Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
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幻想郷第一回ドッジボール大会 二回戦 第二試合 
お花屋さん VS 命蓮寺

 命蓮寺の白蓮の顔が青い。尋常じゃない量の汗をかいている。一方で寅丸、響子、小傘は元気いっぱいだ。響子と小傘はリグルたちをどう倒すかで議論している。寅丸は白蓮の前で幽香を倒し“私だってやれるぞ”とアピールすることしか考えていない。
 白蓮は幽香を気にしすぎだ。少なくとも俺はそう思う。まあ、仙人チームを一人で壊滅させたのには驚いたけど、そのぐらいの実力なら白蓮だって持っているはずだ。少なくとも球技なら、体力勝負なら、超人「聖白蓮」のスペルカードがある限り白蓮が負けるわけがない。
 ちょっとした武者震いをする。さあて、いっちょ試合に潜り込むとするか。白蓮をアシストするのは寅丸じゃない、この大妖怪、“封獣ぬえ様”だ。
 命蓮寺のメンバーの一人になったぬえにマミゾウが声をかける。今回のトーナメントが決まって以降、マミゾウといろいろな小道具を用意していた。
「……あ~、ぬえ、あんまりやりすぎんようにな?」
「任せろよ。この姿で、この方法でバレるわけがねぇ、仮にバレたところで問題ねぇし」
「う~む、わしの心配は主の性格なんじゃが……」
「馬鹿言え、こいつと俺の性格は似てるぜ」
 ぬえは自身の姿を指で示し、にやりと笑う。
 マミゾウからすればその笑い方そのものが“ぬえ”だ。
「うちのメンバーは大丈夫だと思うがのう……幽香と審判がのう」
「マミゾウ、小言は無しだぜ? 大丈夫さ任せておけよ」
 そう言ってぬえは試合会場にかけて行った。


 コート上では命蓮寺メンバーが整列している。白蓮が見渡した顔は誰一人として怖気づいてはいない。気後れしているのは自分だけのようだ。
 目を閉じて、両手を合わせる。しばしの間、精神統一する。歓声を聞き流し、心を落ち着ける。
 すっと目を開ける。いつも通りだ。もう、開き直るしかない。
 歓声が少し小さくなった。風見幽香の入場だ。幽香の顔には倦怠感が色濃く出ている。他の子は元気だが、明らかに一人だけその元気がない。
 おっと、あんまり相手を意識してはいけない。試合が始まればそんな状況一変する。現に仙人チームは幽香の手で全滅した。私は守ることに集中しないといけない。
 ボールがコート中央に置かれる。審判が両チームの様子を確認し開始の合図をかける。
 家のチームで飛び出したのは響子に、小傘に、村紗に……寅丸っ!? えっ? 私以外が全員飛び出した?
 相手チームは、リグルとメディスンの二名……ぽかんとしている間にメディスンがモウセンゴケから取り出した新しい粘着型の毒を飛ばした。まるで納豆が糸を引くようにボールが相手コートに吸い寄せられていく。
 これで家のチームは村紗以外が全員停止した。
「けーけっけっけっけ、甘えよ!」
 村紗が……え? あなたは本当に村紗? 随分と身近で聞きなれた別人の笑い声だ。
 しかし疑惑の村紗はアンカーをぶん投げて空中でボールを奪い返す。
 はっとして、幽香を見る。倦怠感が吹っ飛んだらしい、腕組みして結界に寄り掛かっていた姿勢が前傾している。
 村紗はボールを響子に投げ渡す。
「けーけっけっけっけ、甘えよ! リグル、いっくよー!」
 響子の口からも信じられない声が飛び出す。こっちは恐らく直前の声の物真似……だと信じたい。響子が声の力をボールに入れて自身のやまびこの能力で声を反射する壁を作る。
「すごいでしょ! 当たるまで絶対に落ちない! “ノン・フォール・ショット”! いっけぇー!」
 投げたボールは壁で反射を繰り返しながらリグルに迫る。
 そして着弾の瞬間、大声が響く。
「驚け!!! 轟け!!! 私の声!!!」
 普通なら耳をふさげばいい。ただしこれはドッジボールだ。両手を使ったらボールなんて取れない。リグルは球威ではなく音量にぶちのめされる。
 響子が両手を上げて喜んでいる。リグルは大音声でぶちのめされて泡を吹く。ボールはあっけなく取りこぼした。
 ボールはメディスンが拾う。新しい粘着性の毒を使った新魔球「スレード・バッグ」、当たった後に毒を戻してボールも回収する。狙いは当然響子だ。
 このボールを軌道上で無理やりぶっちぎったのは寅丸。ボールに残る毒は宝塔の力で浄化する。
「聖、見ていてください。私が幽香を倒します!」
 さらっと爆弾発言して寅丸がボールを全力投球、そして宝塔のレーザでボールをさらに押す。
 ボールが直撃した後だって手抜きはしない。さらに光を増強して幽香を飲み込む。
 ……
 沈黙が流れる。
 濛々と上がる煙の中、人影が見える。
 幽香の顔には青筋が立っている。ボールは片手で止めた。そして体には明らかにやりすぎた宝塔の力の痕が残っている。
 寅丸は“自分の力が全く通用しなかった現状”が理解できずに棒立ちしている。
「前言撤回……殺す」
 私が“ああ、まずいな”と思っている最中、寅丸が結界に吹っ飛んでいった。
 試合中断。
 寅丸が救助された後、何事もなかったかのように試合が再開される。ボールは小傘が持っている。小傘は頭の中が真っ白だろう。ボールを持ったまま硬直してしまった。
 幽香がコートの隅に移動して結界に寄り掛かる。
「多々良ちゃんだっけ? 別に私に投げなければ、誓って攻撃はしないわ。こっちの三人を狙う分には手を出さないから安心して投げていいわよ」
 小傘はそれでも疑心暗鬼だったので、私からも声をかける。
「小傘さん、大丈夫です。幽香さんは私が相手をしますから。残りの三人をお願いします」
 これでようやく小傘が動く、ガチガチだったけど、とりあえずボールはメディスンに飛んで行った。
 メディスンは自分で粘着質の毒をまとうと微動だにしない。べっちゃりとボールを張り付けて、自身の毒の調子を確かめているようだ。
 ボールはルーミアにわたる。
 ルーミアがにっこり笑って、コート上は闇に飲まれた。「いっくぞ~」と間延びした声を聴いた。投てき音と「いたっ」という声が聞こえる。
 闇が晴れると小傘がアウトになっている。
 ルーミアはとっても素敵な笑顔をしているが、小傘は泣きそうだった。
 そんな小傘の背中をやさしくたたいて「大丈夫ですよ」と笑顔で送り出す。
 試合が再開される。ボールは響子の目の前に転がっている。しかし、響子が動かない。
 幽香の威圧が強すぎる。コートの端で薄目で響子を観察している。“ぬえ”をにおわせた最初の一声が余計だった。視線が怖すぎて響子は動けない。
 しびれを切らせたのか村紗がボールを取り上げる。
 村紗がボールをアンカーの先端に突き刺してぶん投げる。この重さと速さを取るのはルーミアやメディスンたちでは無理だ。
 私はちらりと村紗を見る。あの口の端の上がり方……ぬえにそっくりだと思う。ぬえは化けるのが得意……気が付かなかった。
 私が加速して空中のアンカーの終端をつかむのと同時にコート中央に前進してきた幽香が先端のボールをつかむ。信じられないぐらいの速さで、村紗には絶対に反応できない速さで、幽香がボールを撃ち込む。
「あ、あぶねぇ! コラ! 幽香、殺す気か!!!」
 ひらりとかわす。その反応速度、体勢、口調、すべてが指し示す答えは“ぬえ”以外にない。
 このことで幽香が完全に村紗を“ぬえ”として認識した。
「……ぶっ殺す。
 あんたもよ。白蓮、よくもまあぬけぬけと……“馬鹿”を持ち込んでくれたじゃない」
 幽香の顔を見る限り弁明は不可能だろう。
 審判が笛を吹く。
「反則! 村紗選手、いいえ。封獣ぬえ、退場です!」
 高らかに宣言された失格に対し、村紗が笑う。
「……けけけけ、けーっけっけっけ!!! 反則? いったいどこが?」
 村紗が両手を広げる。私の目の前でそのまま白を切る。どう考えても言い訳不能だ。しかし、村紗が指さした観客席にぬえがいる。マミゾウも居る。
 そして、それらを確認させたうえで村紗が高らかに宣言する。
「け、けーっけっけっけっけ、村紗は舟幽霊だ。だから、憑りついてもらったのさ柄杓を映した紫鏡にな!!!」
 ! それでコートの上でも気が付かなかったし、最初のチェックでもバレなかったわけか!
「まあ、俺様と村紗の力の関係上、支配率は“仮に分身体”と言えど俺様が上だがな。審判、いいよな? 俺様は村紗が自分の意思で持ち込んだ道具だ!」
 道具というには信じられないぐらい傲慢に言い放つ。本大会は道具の使用が認められている以上、認めざるを得ないわけだが……反則すれすれどころか、次回大会からは明確に反則規定になる方法だ。それに誰も思いつかない上にぬえ以外にはできない。
 審判はパニックに近い。そんなルール書かなかったし、それは大会規定の穴……ただし信条ではアウト、即座に退場処分が適当だ。
「あ……が、ぬえ――」
「審判、私は別にいいわよ。ここで退場されたらとどめさせないし。敵対チームの代表として参戦を認めるわ」
 審判が幽香を見ている。その顔は沸騰寸前じゃない、すでに空焚き状態だ。普段と変わらない表情に隠しきれない妖気が駄々洩れしている。
 その気配に完全に気圧された審判が頷く。
 試合が再開される。
 村紗を見れば、にんまり笑って親指を上げてくる。
 相手コートでは幽香の指示で残りメンバーが上空に退避する。
 私も響子を抱きしめて即座に上に退避した。
 眼下のコートには幽香と村紗のみ……アンカーの質量を頼った攻撃が炸裂し、それを剛腕で粉砕する。あらん限りの力で投げつけた剛速球を神技で回避する。
 繰り返される一進一退の攻防……しかし、明らかに村紗の分が悪い。
「ぜぇ、はっ、さ、さすがに疲れる」
「ちょこまかと……しぶとい」
 次第に村紗に疲労が蓄積していく。体力勝負では村紗に勝ち目はない。
「ああ、クソッ、このままじゃ、じり貧だ! 奥の手をくらえ!!」
 ボールを確保したままで村紗が自らの体の中から紫鏡を取り出す。
「けけっ、幽香……こいつをよく見ろ、今からお前に不幸を呼んでやる。見るも無残な敗北という不幸をな!」
 紫鏡が変化する。鏡は幽香の姿を映し、その姿そのものを鏡の内側から吐き出す。今見たまんまの青筋を立てている幽香が現れた。
 紫鏡はその力を使い切ったのか、すっと空気に溶けて消える。そして、村紗もぬえの呪縛から解放されたのかその場でばったりと倒れてしまった。白蓮が即座に抱きかかえてコート上空に退避する。


「っげっふ、はっ、おもっ」
「ぬえよ。少しやりすぎておらんか?」
「やりすぎ? そんなわけあるか、幽香あいてならあれでも足らないぐらいだぞ? つーか、あのコピー作るだけで、紫鏡の妖力を全部持ってかれた。信じられねぇ」
 コート上のコピーが本物と同じように首をひねって肩を回している。
 そして、唐突に前触れなく観客席が静まり返る。
 幽香が見たくもない物……自分のキレた顔を目の前で見せられて……自分がキレた顔はこれほどまでに醜悪であると見せつけられて、幻想郷ができて以来、初めて完璧にプッツンした。
 暴風の如き妖気が吹き荒れている。キレた時点の力を再現したコピーなんて物の数ではない。強固な結界がうなってしなる。真に恐ろしいのは、これがただ立っているだけの状態ってことだ。
「……ぬえよ。主は死ぬかもしれんぞ」
「あ、あの野郎……あの時点でマジギレしてたんじゃねぇのかよ。なんだ。あの力」
 蒼白な状態でぬえがコートをにらみつける。コピーはすでにぬえのコントロール下にない。そんなことしたらそれこそ審判に反則を取られるからだ。しかし独立したコピーは本人を挑発するかのように歯を見せて笑っている。
 ぬえはもう生きた心地がしなかった。


 幽香を指さしてゲラゲラと笑うコピーを眼下に見る。ドキドキと心音が高まる。自分自身で初めて恐怖がはいよる。コートの内側ながら、相手コートにも広がるよう魔人経巻を広げて幽香の吹き上がる妖気を押しのける。
「自称最強妖怪っていうのは伊達ではないですね」
 白蓮の下でコピーがボールを放り上げた。
 見た目で明らかに硬質化している。そして端を蹴り上げる。超高速スピンでボールがピザ生地の如く薄く、大きく広がる。そして指先ではなく、全身を回転させたローリングソバットで撃ち出す。
完全版「穿・孔」
 コピーの笑い声が響く。
 ボールは幽香を直撃し結界にたたきつけて、なお余る威力で結界に大きくめり込ませる。
 舞い上がった砂ぼこりが結果を隠す。が、なんにせよ、大ダメージは必至だ。……コピーが手を叩いている。
 吹き荒れていた妖気が収まった。濛々と舞う砂塵も落ち着いていく。
 擦り傷だらけ、着ていたシャツはボロキレになり、しりもちつくなんて情けない格好だが、ボールはしっかりと抑えている。
 幽香がゆっくりと立ち上がる。吐き出す息は熱く、視線は凍り付くように冷たい。地獄の業火の如き感情がくすぶっているのを感じる。
 普段通りというか、体をひねって手首を回す。のんびりと準備運動しているがさっきから口を開かない。
 幽香がボールを両手でつかみ、硬質化させる。
 伸ばした両手からボールを自由落下させる。
 ボールは目にも止まらぬ蹴り上げを加えて大回転、ホットケーキの様に丸く薄く引き伸ばされた。その端をさらにかかと落としで回転させる。鋼鉄の如き固さのボールをクレープになるまで引き延ばした。
 思いっきり振りかぶって、拳で回転中心をぶち抜く。そしてそれだけでは終わらない。そのまま、手から収束版マスタースパークをぶっ放してさらに押す。
改良版 必殺「穿・孔・Λ(ラムダ)」
 コピーが攻撃の直撃を受ける。あっという間に貫通した。そして、光に飲み込まれて一辺の欠片残さず消滅する。
「……ふはっ、あ~、疲れた。審判、ちょっとタイム、着替えの時間をくれない?」
 審判が試合中断を宣言して十五分のタイムがとられる。
 幽香が植物を急成長させて即席の更衣室を作って、着替え終わるまで待ち時間だ。
 響子が白蓮の袖を引く、幽香のプレッシャーがすさまじすぎて同じコートに居られないらしい。そしてそれは“ぬえ”の呪縛が解けた村紗も同じだった。
「映姫さん、申し訳ありません。命蓮寺チーム、二人が体調不良でギブアップです」
 映姫が頷き、私は退場を促すように村紗と響子の背中を押す。
「びゃ、白蓮はやめないの?」
「ええ、チームリーダーとして背中を見せるわけにはいきません。それに“ぬえ”に気が付かなかった責任をとらないと」
「聖、ごめんなさい。私、ぬえの口車に――」
「いいんですよ。村紗、私も気が付かなくてごめんなさい。それとぬえのことも悪く言わないように、お願いします。あの子はあの子で活躍したかっただけでしょうから。ぬえのこともチームメンバーに選ばなかった私の責任です」
 朗らかに笑って手を振り送りだす。


「うっ、ぐっ、ゲホォ」
 コートの外、試合会場から少し離れたところに自分で作った更衣室の中のことだ。幽香が血の塊を吐き出す。……あのクソ“ぬえ”は絶対に許さん。
 手で口を拭う、くそっ、コピーの攻撃で内臓がいかれた。血が止まらない。
 クソ、十五分でどこまで戻せるかわからないが……血だけは止める。
 ガキどもに心配なんてされたら、風見幽香のプライドにひびが入る。白蓮如き一分、いいや、一球でいいなら十秒あれば十分だ。
 この後、時間ぎりぎりまで粘って会場に戻る。


「幽香、大丈夫なのかー?」
 ルーミアが幽香に話しかけている。ミスティアは完全にビビってお花屋さんチームで唯一リタイアした。残ったメディスンは一回戦の経緯から話しかけようとは思っていないらしい。
 幽香は手であっち行ってろとの仕草をする。しかしそれでもルーミアが食い下がる。
「メディスンはわからないだろうけど、血の――」
 即座に幽香がルーミアの口に人差し指を当てている。
「おしゃべりさんは早死にするのよ? わかるわよね? 私は大丈夫だから、端で遊んでいなさい」
 ルーミアを指先だけで押しのけている。
 そして試合が再開される。残り時間は五分、私のチームは私だけだ。相手は幽香に、メディスン、ルーミアだ。
「ボールは命蓮寺チームで、試合を再開します」
 私はゆっくりとボールに歩み寄り、そっと取り上げる。
 相手コートでは幽香がコート中央に前進している。
 それに合わせて私も前進する。
 中央ラインを境に幽香と向かい合う。
「あの……」
「早くしてくれない? 私、このあと“ぬえ”に止めを刺さないといけないのよ」
「……やはりそうですか。あの、見逃してもらうわけには――」
 幽香の瞳孔が細く引き絞られる。絶対に見逃すつもりは無い。そんな意思が感じ取れる。
「見逃せって? 絶対に無理、ぬえは私の逆鱗に触れたのよ。ぬえは死ぬ。決定事項よ」
「そこを何とか……私にも責任の一端がありますし……」
 幽香が頭を掻いている。
「……白蓮、勘違いしているから言っておくけど、あんたもターゲットだからね? 死なないにしても七転八倒してもらうわ」
「ではどうしたら、許していただけますか?」
「どうもこうもあんたはサンドバッグ、ぬえは灰。何がどうあろうと変わらない。自然災害にお願いが通じると思って?」
「ええ、思っていますよ。あなたは強い人ですから、他人に対しても、自分に対してもです」
「禅問答をする気はない。口車で時間を稼ぐな。さっさと来なさいよ」
 ここまでくれば仕方ない。ボールを渡そう。
 そっとボールを差し出す。
 幽香のこめかみに青筋が立つ。
「何コレ?」
「何って、ボールですが? どうぞ、ご自由に」
「……あんたわかってないわねぇ。私は全力のあなたを無慈悲に叩き伏せる。さっさとスペルカードでも何でも使いなさいよ。ぬえに恐怖を与えるためにも私は全力全開のあんたをねじ伏せて勝つ」
「……おっしゃることはわかるのですが……その……どうにもこういう状態だと全力が出しづらくて……」
「じゃあ、餌を上げるわ。いい? 私をアウトにできたらぬえもあんたも見逃す。これなら全力が出せるでしょ? 他人の命を天秤にかけてあなたは引けないわよねぇ? さあ、全力を出しなさいな。徹底的に! 見るも無残に!! 踏みつぶしてあげるわ!!!」
 幽香が足を踏み鳴らす。目の前で吹き上がった妖力に思わずのけぞる。
 威圧に反応するほど若くはないが、チャンスをもらった。全力で、すがりつかせてもらう。
 呼吸を整える。超人のスペルカードを発動する。息を深くはいて、静かに吸って止める。
 幽香の目の前で全身をひねる。法力で鋼鉄と化したボールに猛禽類が獲物を捕らえたときと同じ様な指の痕がつく。
 全身全霊で幽香の腹にめがけて投げたボールが手から離れない。幽香が中央ライン上でボールを押さえつけてきた。
 並の妖怪なら抑える以前、白蓮の投球モーションがとらえきれずに腕の振りの勢いだけで吹っ飛ばされる。
 それを余裕の笑みでとらえて捕まえる。
 慌てた白蓮が両手でボールをつかみ返すが……そんなことで揺らぐ幽香ではない。
 満面の笑みでボールを抑えている。
 ボールを全身で必死に押す。それでも幽香は動かない。ふと見れば、幽香の足にツタが絡みついていた。
 相撲と同じだ……何度足を掻いても幽香は微動だにしない。白蓮がもがいた跡だけがコートに刻まれていく。
 幽香が笑う。私が十分にもがいたのを確認したのだ。幽香の手の力の入れ方が変わるのがわかる。
 ……とどめを刺す気だ!!!
 とっさの判断、全力でボールを蹴り上げる。まだ私はあがき切っていない。通常、腕の力の三倍と表現される脚力で火事場の馬鹿力を発揮する。
 さしもの幽香も力の向きが直角にいきなり変わって対処ができない。しかも白蓮の全力の火事場の馬鹿力……ホールドなんかできるわけがなかった。
 中央ライン直上にボールが跳ね上がる。
 とっさにボールに追いすがった。
 超音速で跳ね上がったボールが停止して見える感覚、一流のアスリートが発揮する超集中、ゾーンの最中、全身の力を手のひらに集中する。
 指先が自身のかかとにつくほどのけぞる。手の平が描く軌跡はまさに真円、全ての力を込めたその一撃は真昼の太陽に匹敵する輝きを放った。
 直上から直下への白蓮の必殺の一撃!
摩天楼スパイク!!!
 幽香の膝を直撃したそれは余力で結界内を跳ね回る。数百と光の軌跡を描いてボールが止まった後も、観客に希望の残像を残した。
 幽香の左足はパイルドライバー(杭打機)の直撃を受けたように膝から下が埋まっている。
「風見幽香選手、アウト」
 審判の裁定が下って、観客席から大歓声が巻き起こる。
 幽香は自分に起きたことが信じられないらしい。白蓮と自分の足を交互に見返している。
「あ……な、何? 何故? 私が?」
「幽香さん、申し訳ありませんがこれで恨みっこなしということで――」
「あ゛!? ざけッ……!! グブッ!」
 幽香がとっさに口を押える。口から血がこぼれたようにみえた。
 幽香は舌打ちすると口元を隠したまま即座に足を引き抜いて、コートから退場する。
 さらに拍手が大きくなる。私に対する万歳三唱も聞こえる。形がどうあれ、風見幽香を力技で押しのけた白蓮の人気は高まるだろう。
 それが白蓮には少し複雑に感じる。幽香はこの試合に限っては悪者ではない。悪いのは“ぬえ”の乱入を招いた私の甘さだ。
 自陣に転がるボールを見つめる。
 アウトになるわけにはいかなかったが責められるべきは幽香ではない。そう考えると申し訳ない気持ちにもなる。悪役を無理やりかぶせてしまった、やるせないような感情だ。
「何、感傷に浸ってんのよ。幽香を倒した程度で勝ったつもりか!」
 怒鳴り声が歓声に割り込んでくる。この勝気な声はメディスンだ。
 ふ、ふふふふ、本当に、戦いの最中に相手を忘れるなんて、成っていない。
 メディスンやルーミアを敵未満に見下していなければできない所業だ。平等に相手を見る……メディスンと幽香を同等の相手として扱う……とても難しいことだ。
 しかし、妖力の大きさや身体能力でこの勝負が決まるか? 答えは否だ。先ほど幽香相手に自分で証明した。力だけで勝ち負けが決まるなら幽香が勝っていたはずだ。
 勝利への想いだって、負けたくない気持ちだって勝敗を左右する。
 さあ、この試合のラストバトルだ。命蓮寺チームリーダとして勝利を目指す! 子供相手でも油断は禁物、対等な敵として迎え撃つのだ!
「申し訳ありません。さあ、勝負を続けましょう」
 ボールを拾う。狙いはメディスン、正面から堂々とアウトをとろう。
 肩から先だけを使って投げる。
 馬鹿にしたわけではない。子供にとってはこれでかなり強めの威力だ。大体、白蓮が腰を入れてボールを投げたらぬえや寅丸ですら取れない。
 第一試合を参考に、粘着質の毒を加味してアウトを取れる威力だった。
 メディスンの後ろにルーミアがいる。
 ボールは毒でメディスンに張り付き、それをルーミアが支えて、二人して転倒したが、地面には落ちない。
「ど、どうだ!!! とってやったぞ!!!」
 メディスンが吠える。自分の力を示すようにボールを掲げている。
 その一方でルーミアは下敷きになって目を回していた。
 このままであれば二対一……、自分にあれ以上強い球を投げるのは無理だ。メディスンもルーミアも怪我をしてしまう。
 どうしようか? 残り時間も短い。ボールをキープされたら敗退してしまう。
 しかし、それは相手の作戦だ。私はアウトを取れると思って投げ、それを捕球された。言い訳不能、チームメンバーには頭を下げよう。
「これで終わりだ!!!」
 ちょっとギョッとした。試合終了まであと三十秒もないのに……私が捕球して投げ返せるような残り時間でメディスンが全力投球してきた。
 考え事をしていたとはいえ、メディスンの行動は見ていた。全力でモウセンゴケの毒を込めていた。そのまま、毒を込め続けるふりをするものだと思っていた。そして、それで敗退する覚悟もした。
 でも、現実に猛毒まみれのボールが飛んでくる。
 メディスンが全力で勝負に出た。あくまで純粋な勝負へのこだわりに答えないわけにはいかない。
 毒は問題ない。法力で全身を守っている。毒は体に浸透しない。そしてそれはメディスンもわかっているだろう。
 メディスンの作戦は恐らく、私がちょっと触ったら毒の粘着性で引き戻すつもりなのだ。ドッジボールは打ち倒せばいいのではない、当てれば……掠ればよいのだ。
 両手を大きく広げて抱きしめるようにボールを取る。
 直後に自分の失敗に気が付いた。ボールが溶け落ちる。力を入れれば入れただけ滑り落ちてしまう。とっさに手ですくうが取り切れない。大慌てで蹴り上げようとしたが飛沫が飛び散っただけだ。
 ……これはモウセンゴケの消化毒素! メディスンは粘着性の毒ともう一つ、消化毒素も集めていたのか!
「超必殺ゴールデンドロップ(最後のひとしずく)!!! とれるもんなら取ってみやがれ!!!」
 メディスンの叫び声とともにどろっどろに溶けたボールが零れ落ちた。
 審判と顔を見合わせる。
 審判が眉間にしわをよせて悩んでいる。
「こほん、いいですか? メディスン選手、ボールを壊してはいけません。これはルールブックに書いてはいませんが暗黙の了解というものです」
「暗黙の了解? だったら、ぬえは何だったんだ? あいつ六人目だったぞ! それにボールは固めればいいんじゃない!! 当てて落とす。ただそれに忠実だっただけだ!!!」
 これで審判は頭を抱えている。ぬえのことは幽香の同意の元、超法規的に許可がなされたわけだが……、そうか、この反則投球の裁定権は私にある。先に反則をして認めてもらったのだから、ここは公平に認めるべきだ。
「映姫さん、私、捕球に失敗しました。完全捕球ミスです。勝者にコールをお願いします」
 審判がいいのかと目で聞いてくるが、文句はない。メディスンが自分で考え、自分の力だけで私を攻略した。その勝利への執念に純粋に賛辞を贈ろう。
「聖白蓮選手、捕球ミスによりアウト。これにより二対ゼロ、勝者、チーム“お花屋さん”」
「お見事です。メディスンさん。参りました」
 ぺこりと頭を下げる。
 メディスンは興奮した様子で両手を上げて雄叫びを上げている。
 敗者はそそくさと退場するものだ。勝者にコートを任せて一人、試合場を去る。
 この後はぬえを連れて一緒に幽香さんに謝りに行こう。


「幽香さん、すみません。私も気が付かなかったもので」
「幽香、俺がマジで悪かった。謝るからその目、やめてくれ」
 二人が目の前で頭を下げている。
 正直、ぬえは八つ裂きでも足らない。
 だが、“私をアウトにしたら無罪放免”と約束した。腹立たしいが口にしたものは最低限の礼儀として守る。
「次はないぞ」
 そういってぬえをにらみつけた視線を外す。それで手をしっしっと振って追い出す。
 白蓮は深々と頭を下げているが、ぬえは“もうここには用はない”と言わんばかりに飛び出していった。
 正直、それだけで自分の中の怒りがうずく。それと一緒に体の中の傷が開く。
 白蓮とちょっと長く戦いすぎた。ボールの取り合いで全身に力を入れっぱなしだったし、最後の一撃は衝撃が全身を駆け巡った。
 クソッ、口の中で鉄の味がする。
「幽香さん、あまり無理はしないように」
「チッ、あんたもさっさと消えなさいよ。私の心配するなんて千年早いわ」
 もう一度白蓮が頭を下げて離れていく。
 そして間髪入れずにメディスンが来た。
「幽香、貴方役に立たないにもほどがあるんじゃない?」
 こめかみに青筋が立つ。寅丸とぬえを片付けてやったのは私だぞ!?
「おかげで私が白蓮を倒さなきゃいけなくなったんだからね?」
 !? 何だと? もしかして試合に勝ったのか!?
 白蓮は試合のことを言わなかったし、正直、内臓が痛くて試合の観戦どころじゃなかった。特製の更衣室に閉じこもって腹を抑えていたのだ。
 それにしても白蓮が負けた? 信じられない。私のアウトで試合は決したと思っていた。
「どういうこと?」
「どうもこうも、幽香が白蓮にコテンパンにされたから、私が仕方なく倒してやったのよ。超必殺魔球でね」
 メディスンが胸を張る。そのあと饒舌に語った内容では、ボールを溶かし落として無理やりアウトを取ったそうだ。一回戦の仕返しとばかりに私を馬鹿にしてくる。
 内臓がいかれてさえいなければ、これほどの暴言はかせないのに。
 ……仕方ない。一回戦で少し言い過ぎたか……馬鹿にしたツケだ今回は聞き流してやろう。
 その後、私は役立たずの烙印を押され、次戦は隅で大人しくしていることを誓わされた。

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