Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
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幻想郷第一回ドッジボール大会 準決勝 第一試合 
フェアリーミックス VS お花屋さん

 さあ、いよいよあたいの時間がやってきました。各試合十五分かける四試合、え~っと十五が四個だから、……一時間! 休憩時間は一時間だったから……そう、二時間も待たされた。
 その間に白蓮はメディスンに負けたし、フランドールは寝ちゃった。紫はすごかったけどボールを落としちゃいけないよな。
 トーナメントを振り返ってみる。残りは幽香に鬼に神様だ。こいつら相手に準決勝と決勝を戦う。
 ……あとたったの二試合だ。勝つぞ!
 次の相手は幽香のチーム、幽香にリグル、ルーミアにミスティア、それにメディスン……強敵ぞろいだ。みんな知り合いだから、だれがどのくらい強いかもわかっている。
 厄介なのはルーミアだ。真っ暗けにされたらこっちのチームはかいめつてき打撃を受けるだろう。その前に倒さないといけない。
 ミスティアは大丈夫、リグルも大したことない。メディスンもサニーとかはだめかもしれないけどまずボールは当たらない。
 幽香はあたい達全員でかかればいい。大ちゃんとの合体技ハイアングルインビジブルショットには絶対の自信がある。ああ優勝が待ち遠しい!


 幽香が見つめる先でチルノがキラッキラの瞳で絶対勝つと叫んでいる。それにつられてこみあげてくるものがある。
 そそくさと物陰に隠れて吐瀉する。
 へんな感情浴びたから、傷がまた開いた。クソッ、あいつは明るすぎる。はっきり言って本当に戦力外だ。
 私は生粋の妖怪だ。恐れとか畏怖などのマイナスの感情を受けて強くなった。優しさとか楽しいとかのプラスの感情は体に合わない。特に大怪我しているときなどは妖力を乱されて回復どころの話ではなくなる。
 クソッ、後ろから誰かが近づいてくる。
「幽香~、だ――」
 振り向きざまに指でルーミアの口を押える。今度は警告だけではない、かなり強めに押す。
「む、む! むぐっ!」
「私ね。聞き分けの悪い子って大嫌いなのよ。これで二回目よね? 三回目は無いわよ。
 正直、今は子供だろうと手加減できそうにないのよ。そのぐらい機嫌が悪い。
 私の心配をしてくれるのは迷惑よ。他の連中と私は違うの。
 わかったら、二度と私を心配するな!」
 指先でルーミアを押し切る。
 ルーミアも転んで、立ち上がるとそのままぺこりと頭を下げて去っていった。
 ……優しいのはいいこと、仲間を大事にしたいってのは素晴らしいことだ。だけど私はその他大勢とは異なる。私には思いやりとか優しさとかそういう感情はいらない。
 口を拭う、なんとしてもチルノの影響の下、十五分を耐えきる。


「選手入場!」
 審判のコールによって、あたいのチームが入場する。
 作戦は決まっている。いつも通りだ!
 みんな気合十分、優勝なんて軽いね。
「うっしゃー! いくぞ、野郎ども!」
「誰が野郎よ!」
「チルノちゃん、言葉遣いが汚い」
 口答えしたのはサニーで、警告したのが大ちゃんだ。他の二人は鼻で笑っている。
「お前らノリが悪いなぁ~。そんなんじゃ負けるぞ!」
「私たち三月精のやり方に口を出さないでよ!」
「わかってないなー、勝負は気合いだよ、気合。
 みんなで息を合わせて、幽香から仕留めるぞ!」
 サニーは鼻を鳴らしているが、大ちゃんが警告する。
「チルノちゃん、いくら何でも幽香さんは無理……」
「大丈夫だよ! 大ちゃんのインビジブルショットに、あたいのパーフェクトフリーズ、ルナのサイレント、サニーの光学分身があればさ」
「私は何もしなくていいわけ?」
 一人扱いがなかったスターサファイアが拗ねている。
「もちろん、スターにも協力してもらうぞ、幽香の油断した気配を教えてくれ」
 スターがそれでにやりと笑う。
「全員攻撃ね」
「そうだとも、力を合わせれば勝てない奴はいない!
 さあ審判、試合開始の合図を頼む!」
 審判がげっそりした顔でこっちを見ている。
 なんでだろうな?
「……敵チームの目の前で作戦会議するとは……しかも大声で……信じられない。
 コホン、気を取り直して、チームお花屋さん準備はいいですか?」
 相手チームはまだ相談中だ。
 相手のチームメンバーが幽香を見ている。
 ため息ついて幽香が中央に移動している。
 あたいは幽香の正面だ。ヤバイぞくぞくする。
 早く始まってくれないかな?
 相手チームが全員位置についた。
「ではこれより、フェアリーミックス対お花屋さん、準決勝 第一試合を開始します」
 ホイッスルが鳴る。
 全力ダッシュ!!! 
 ボールを見つめて猪突猛進!
 ボールを手にすれば、幽香を見る。
 はっはっはっはっは、取ってやったぜ!!
 幽香相手にボールが取れたことがうれしい。
 にっこり笑顔をたたきつけてみんなのところに戻る。
 そして、サニーがボールをとったことを確認した。光学分身でこっちの姿が増える。
 ……絶好調だぜ! イェイ!
 自信で鼻を鳴らしてターゲットを見る。
 幽香は口を押えている。え~っと、あれは……失笑って奴かな? なるほど、それだけ自信があるのか! ならば、勝ってあたい達の力を見せるまでだ! 
 全員合体の超、超々々必殺技のお出ましだ。
 まずあたいがボールをキンキンに冷やす。
 お次は大ちゃんだ。
 ボールと一緒に透明化して姿が見えなくなる。
 サニーミルクが分身体をさらに生産する。
 ルナチャイルドが音を消す。
 そして今、大ちゃんがボールを投げました!
 幽香の頭の上、一メートルで止める。
 あとはスターの合図待ちだ。
「どうだ、幽香の気配は?」
「すっごいピリピリしてる、全然油断してない」
「そっか……大声でいきなりびっくりさせるのはどうだ?」
「いいかもしれない。全員で視線と声を合わせて一気に行くよ!」
 突然の音声封鎖の解除! せーので息を合わせて、大声を出す。
「いくぞ! みんな!
 勝つぞー!!!」
「「「「「おーっ!!!!!」」」」」
 五人の一斉の声で、目の前で幽香の体がびくついた。
「よし! 今!」
 スターの合図でフリーズを解除、そして命中!
 幽香はボールをとれない。そのまま落とす。
「風見幽香選手、アウト――」
 大歓声が上がった。


「ちょっと、幽香さん大丈夫ですか?」
 審判の声が聞こえるが、正直ダメだ。だがしかし、こんなところで音は上げられない。
 あの馬鹿共、五人同時に陽気を叩きつけてきやがった。おかげで回復に回すはずの妖力が乱れて逆に傷が大きく開いた。
 口から出そうなものを何とか抑え込む。
「グッ、ブッ、……出て行けばいいんでしょ」
 全然言葉に力が入らない。
 無理やり肺を押さえつけるように、食道を無理やり力で押しつぶして逆流を止めるようにして、歩いて出ていく。
 呼吸もままならない。
 よろよろと結界をくぐって外に出る。
 ほんのわずか躓いただけで体勢が立てなおせない。
 ……クソッ、倒れる。
 地面へ激突する前に腰をつかまれた。
 ……余計なことを!!!
「ちょっと、救急所に連れて行くよー」
 ルーミアが審判に宣告して試合が中断する。

 ベッドで横になる。ルーミアが永琳に事情説明をしている。
「幽香が心労で倒れたのだ」
「……ルーミア、これは助けなくてもいいのよ?」
 クソ、永琳の奴、この私に向かって“これ”とは言ってくれる。
 ルーミアが首を横に振っている。
「ダメだよー、みんなで勝つんだから。幽香は絶対に必要なの」
 ニコニコ笑顔でルーミアがこっちを見る。
 ……私は、私は警告した。三回目は無いと、自分でも馬鹿なことをしてると思う。だけど、私は“本質的に怖いモノ”なのだ。それがなくなってしまったら、私が私でなくなる。
 ルーミア、本当に悪いとは思う。
 だけど、あなたは私を脅かした。純粋に怖いモノであるはずの私を壊そうとした。本質に迫って優しさと同情で畏怖に手あかを付けた。
 震える指先でマスタースパークを撃つ、ろくすっぽに狙いもつけられなかったが、これでいい。痛い目に遭えば気も変わる。
 ルーミアの頭をかすめる。髪が焦げて落ちる。リボンで縛られた髪が、ひとふさ落ちる。ルーミアはあまりの出来事に腰を抜かしている。
「大馬鹿者!!!」
 永琳の大喝が入る。
 即座にベッドが拘束具に早変わりする。
 頭だけ出して布団ごとミイラにされた。
「全くあなたは! 少しは優しさにこたえることはできないのっ!?」
 永琳の語調が珍しく乱れている。
 ルーミアは瞳が揺れて、動揺している。
 だけど、これでいい。私は……恐怖の塊なのだから。
「私は私よ……これで変わらない本質がある……この性分は変わらないし変えられない。
 ルーミアこれに懲りたら、私に優しくするのはやめなさい。その優しさはほかの子にあげればいいから」
 ルーミアが頭を押さえて震えている。
 突如、声に出して悲鳴を上げる。
 永琳が私の頭を思いっきり引っぱたく。
「いかに私でも心の傷は治療できない。記憶を削るか、心をいびつにつなぐことしかできない。そして、子供にそんな傷を残したくない。幽香、この代償は高くつくわよ」
 私の顔に向かって手を伸ばす。
 ……ふん、同じ傷をつける気か……別に構わない。大本はお守りを引き受けた自分の失敗、それを他人に八つ当たりしたのだから当然だ。
「覚悟はできてるみたいだけど、麻酔無しだから、めちゃくちゃに痛い――」
 永琳の手をルーミアが止めた。大あくびをしている。
「……ルーミア?」
 永琳の呼びかけに答えず、リボンを拾い上げてポケットにしまう。
 こちらのことを気にもかけないで、救急所を出て行った。
 しばらくして歓声が聞こえた。ルーミアが戻って試合が再開されたようだ。


 あー、ようやくルーミアが戻ってきた。なかなか戻ってこないから、幽香に大怪我させたかと思ってちょっと内心ドキドキだったぞ。……ん? ルーミア、髪はどうしたんだ?
「お~い、ルーミア、なんか頭焦げてないか?」
 ルーミアがこっちを見る。人差し指を口の前で当てる。このジェスチャーは“内緒”ってことか……フフン、あたいに隠し事をするなんていい度胸だ。
 ボールはルーミアが持つ。
「ルーミア選手……大丈夫ですか?」
 審判の問いかけにルーミアが頷いている。審判が違和感で首をかしげていたが……本人が言う以上、試合を止める理由にならない。
 試合再開だ。
 ホイッスルと同時にあたいたちは分身……できない!?
 慌ててサニーを見る。
 サニーだけが闇に飲まれている。
 !!?? えっと、この闇はルーミアの技? こ、こんなことできたっけ!? ルーミアの闇はいつも自分中心だったはずだけど!?
 にっこり笑ってルーミアがボールを投げる。
 させるか! 体にぶち当ててそのままパーフェクトフリーズ! がっちりと抑えた。威力はいつものルーミアだ。ならば恐るるに足らず!
 ボールが凍り付くほど冷やす。
 振りかぶって投げる。あたいのほうが絶対に上だ! 一対一でも絶対に撃ち取れる。
 ルーミアが前進する。
 曲がる前、冷え切ったボールを抱き着いて止める。
 クソ、さすがに腕力だけならあたいより上だ。
 ボールはリグルにわたる。
 直後にコートが闇に飲まれる。
 何にも見えない。……やってくれたな! だけど絶対あたい達は見えていないはず。
 ボールが当たったところでパーフェクトフリーズで止められる!
 全力で力をためる。
 衝撃が来たらフリーズ、衝撃が来たらフリーズ……。
 闇が晴れる。
 ルナチャイルドがアウトになっている。
 クソッ、あたいにさえ飛んでくれば必ず取れたのに!
 

「ルーミア、さっきのまた出来る?」
 ルーミアが頷く。
 ? 両手で大きく丸を作る。ルナチャイルドは倒れたはず……私の声が聞こえているから答えているはずだけど?
 疑問に思っている間にルーミアが突然離れた。
 振り向いたら相手コートではチルノが猛っている。
 大妖精と連携したハイアングルインビジブルショットだ。
 ボールが消失して襲い掛かる。
 ルーミアはメディスンを盾にする。
 メディスンは戸惑いながらも粘着質の毒をまとう。そして、ルーミアはメディスンの足をつかんで振り回した!?
 えっ!? 何が起きてるのか、理解できない。そしてそれは振り回されているメディスンも一緒だ。驚いて硬直したまま振り回されている。
 突然ルーミアの動きが止まる。
 メディスンの体になんだか透明の塊がくっついている。
 そしてそれがボロッと落ちた。
「……ルーミア、後で覚えてろよ……」
「メディスン選手アウト」
 ジャイアントスイングみたいに振りまわされたメディスンが口を押えて退場する。
 その姿をルーミアが手を振って送り出す。
 ボールを手に入れたルーミアが私を手招きする。
 ルーミアが指先を向ければ相手コートが暗黒に包まれる。
 私はそれに答えるように触角を地面につける。
 私は虫の王だ。触角から伝わる振動で、相手の居場所がわかる。
 相手コートがどたばたとしている。
 力強く、足を踏ん張って立ち止まったのがチルノ、サニーは足が震えているのがわかる。スターはオロオロと動き回り、大妖精は息を沈めて動かない。
 目を開く、動かないのなら大妖精だ。
 思いっきり投げつける。
 しばらくして、大妖精がアウトになった。


「くそっ、大ちゃんまで、よくもやってくれたな!」
 ボールを拾って、全力で凍結させる。ルーミアを倒しきらない限り勝ち目がない。現状三対三……、やってやる!
「サニー! 合わせろ!」
 頭ごなしに命令してパーフェクトフリーズショット!
 ボールが分身してない。
 慌てて振り返れば、サニーだけが暗闇に包まれている。
 しかもサニーの動きに合わせて暗闇が移動する。
 う、嘘だ! ルーミアは絶対こんなことできなかった。
 闇の中で相手が前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのか、自分でもわからないって言っていたじゃないか!
 ボールはルーミアが抑え込む。
 くそっ! なんで、なんで、なんで? 今度も真っ暗闇になるんだ!?
 立ち止まって、パーフェクトフリーズの発動タイミングを待つ。
 光が差した!? あああああ! 今度はスターサファイアか!? ちくしょう!
 やってやる! たとえ一人になろうとも勝ちぬいてやる!
 

 闇が明けたコートではスターサファイアが涙目になって立っていた。
「スターサファイア選手アウト」
 サニーはパニックになっている。
 何をどうしても闇にのまれてしまってコントロールするべき光を集めることができない。
 自然とチルノが前に立つ。
 自分の胸を指して、次はあたいを狙ってみろと挑発している。
 そして、チルノがボールを手にし、コートに触れる。
 コートに氷が広がる。第二回戦で使った環境変化だ。
 試合場が凍結する。チルノ以外は全員寒さに弱い。
 そしてボールを冷やすとホッケーのスティックでボールをはじきながら突進する。
 狙いはルーミア!
 チルノ個人の最強ショット、アイスアクセルフリーズショットが炸裂する。
 ルーミアがショットの威力を受け止める。そして衝撃と一緒に凍結パワーが伝導する。当たった姿勢のまま服が凍り付いてしまった。
 ボトリとボールが落ちる。
「ルーミア選手アウト」
 ルーミアが落ちたボールを見ている前でチルノが「やった!」と叫んでいる。
 ルーミアがその姿を上目遣いで見る。
 観客席からは見えない。コート上の選手もチルノに注目して見落とした。アウト宣告した審判のみが見た。ルーミアの口角の上がり方が尋常じゃない。
「参った。これなら勝てると思っていたぞ」
 声の音程はルーミアなのにイントネーションがまるで別人……
 視線が一瞬だけ審判を向く。そのあとは口に人差し指を当てて、ニヤッと笑って退場していった。
 ……別人だ。妖力、姿、能力すべてが同じ別人……、あり得るのか、そんなことが?
 審判の疑念をよそに試合は続く。いよいよ二対二の頂上決戦だ。


「ミスティアお願い!」
「任せてよ! 夜雀、ミスティア! 歌いま~す!」
 私のお願いでミスティアに夜雀の歌を歌ってもらう。狙いはサニーミルク、いまだに光学分身が健在なのは脅威だ。ミスティアの歌なら、対象を一人に絞れば耳をふさいでも流れ込む。歌が聞こえてしまえば混乱する。光学分身なんて使っている暇はない。
 サニーさえ完封すれば、こっちが完全優位に立てる!
「お、おいっ! しっかりしろサニー! 惑わされるな!」
 チルノが揺さぶっている。さらにミスティアの歌が大きくなる。
 ミスティアの歌とチルノの揺さぶり、その勝者はチルノだ。
 サニーを揺さぶり切った。
「うげっ、も、もう無理、審判助けて」
 冷気全開のチルノにしがみつかれてサニーがギブアップしている。
「ば、馬鹿、助けてやったのに!!」
「馬鹿はお前だ! 馬鹿っ!!」
 サニーは審判に抱えられて青い顔でチルノをののしっている。
「サニーミルク選手、戦闘不能により退場、二対一です」
 チルノは憤っている。「一人でも勝ってやる!!」と叫んでいるが、これで勝利は決まった。
 相手が一人なら、当然夜雀の歌声を使う。
 タイマン最強能力が炸裂する。
 夜雀の歌声が響き渡る。チルノはだんだん立っていられなくなる。
 足が震えて、耳をふさいだその格好で膝をつき腰が抜ける。
 チルノは必死の形相……でも、これで終わりだ!
 私のボールが飛んでいく。威力はないかもしれないけど、チルノにはキャッチできない。


 嫌だ。嫌だ。絶対に負けるのは嫌だ。優勝するのはあたいなんだ! こんなボール、普通だったら絶対にとれる。
 メディスンの超必殺ゴールデンドロップだって凍らせれば取れる!
 ただのボールであたいがアウトになっていいはずがないんだ!
「うあああああ!」
 命中時に凍結パワーを全開にする。ボールを体の表面で氷結させる。
 ボールは落ちない!
 しかし……それまで、立って投げ返すことができない。
 へたり込んだまま、数十秒の間もがく。
 審判がため息をつく。
「チルノ選手、戦闘続行不能により――」
「まだだ! まだだよ! 待ってよ、いま、いま投げるから……!」
 審判がそれで時計を見る。あと五分……試合を強制終了するかを考える。
「……あなたの熱意は認めます。ですが、動けない以上、戦闘不能です。
 チルノ選手、テクニカルノックアウトにより。二対ゼロ、試合を終了します」
「嫌だ! まだ、あたいは、あたいは負けてない! 負けてないんだから!」
 氷の塊を成長させて無理矢理、立つ。
 ボールは氷で坂道を作って転がして相手コートに送った。
「ほ、ほら投げたぞ!?」
「それは投げたとは言いません」
 審判がホイッスルをくわえている。
 余りの怖さで目をつむる。
 音が聞こえない?
 片目を開けて審判を見る。
 審判は観客席を見ている。
「フランドールさんですか? これ?」
 審判が掲げたホイッスルが粉々になっている。
「審判、あきらめてない人の時間を奪っちゃだめだよ?」
 フランドールがホイッスルを破壊の目の能力で砕いた。
「しかしですね。逆転の目はないです。行動不能ですよ?」
「それがどうかした? この勝ち負けはお前が決めることじゃないよ。
 ねぇ、私は私の意思で寝たよ。霊夢は霊夢の意思であきらめたし、サニーも気持ち悪さを抑えられなかった。でも、みんな自分で決めたんだよ。
 チルノちゃんはあきらめてないよ、お前はチルノちゃんがアウトになる権利すら奪うの? 対戦者がチルノちゃんに直接勝利する栄誉を奪うの?
 それがわからないなら今ここで殺すよ?」
 審判があきらめたかのようにこっちを見る。そして、ミスティアとリグルを見る。全員の戦意を確認している。
「……失敬、ミスジャッジです。試合続行、但し、ボールはお花屋さんです」
 い良ぉし! ここから逆転するんだ! どんなに苦しくても、まだ時間はある!


 審判の目の前で、無駄ともいえる時間が流れる。
 ミスティアの歌は止まらず、リグルの投球はパーフェクトフリーズで止められる。
 そして、チルノは動けない。ボールをただ相手に渡しているだけだ。
 フランドールが物言いさえしなければこの無駄な時間はなかった。自らの試合中に爆睡したフランドールを起こしたのは、レミリアと咲夜だろう。休憩時間を時間操作で引き延ばして十分に寝かせたんだろうな。
 全く、試合時間いっぱいまで伸びても試合の結果は変わらないのに……こんな試合を誰が見るというのか?
 ふと周りを見回す。この戦いを見ているのはフランドール、永琳、神奈子、勇儀に萃香、霊夢、白蓮なんかも注目している。この分だときっと他にも気が付かないだけで観察している奴がいる。
 何が面白いのか……あとで永琳にでも聞いてみようか。
 気合を入れて試合終了を告げる。
「タイムアップ!!! 試合終了です。二対一によりお花屋さんの勝利です」
 拍手はまばらにおこる。
 多分、大半の観客は注目していなかった。
 拍手しているのはさっき注目していた連中だ。
 チルノが「まだ、負けてない! 負けてないよ、絶対に勝てるんだよ……うう、うぇ~ん」と号泣して崩れ落ちる。
 歓声を上げてリグルとミスティアがガッツポーズをしている。
 五分前でも、この結果は変わらなかった。それだけは断言できる。
 両チームの退場とコート整備の時間を利用して永琳を捕まえる。さっきの試合の何に注目していたのか? 自分と同じ意見を探していたのかもしれない。
 永琳の話は簡潔で、チルノの応援をしていたからだった。
「注目に値する選手が試合時間いっぱいまで粘るなら見なきゃいけないわよね?」
「私にはその注目の理由がわからないんですが?」
「ふふっ、そうね……私が注目していた理由か……どこかに置き忘れた情熱かしらね? きっと人それぞれよ。試合を見ていた理由なんてね」
 泣いているチルノの周りに白蓮も、フランドールも居る。
 あの連中はまた別の理由で注目していたのか……私はその理由が持てなかったなぁ。
 願わくは次の試合で理解できることを期待して、予備のホイッスルを片手に準決勝第二試合に向かう。


「あぁ面白かった。そうだったろう? 幽香?」
「……お前は誰だ?」
 救急所で寝ていたら、ルーミアが戻ってきた。容赦なく救急所から引っ張り出される。この時はまだいい。ベッド上の拘束具で身動きできなかったからだ。
 その後がよくない。
 ベッドごと物陰に連れ込まれて、瞬時に拘束具が食い破られた。ただの拘束具ではない。永琳の拘束具である。
 そして、物陰から試合を観戦させられた。
「私のことか? 私はルーミアだよ。一応な」
「一応? どういうことよ?」
 ルーミアが頭を掻く。
「説明が難しい……簡単に言うとルーミアは二体で一つの妖怪と考えてもらえばいい。人型のルーミアと、もう一つ、形を持たぬ闇の塊……私はその形のない闇の方というわけだ」
 そんな話は聞いたことがない。
 ルーミアは出会ったころから、人型の方だった。とすると、幻想郷に来る前か? 問えば、肯定するように頷いている。
「そういうことになるな。私はこの人型を依り代に、この世界に現れるはずだった異世界の神、この世に非ざる異神……まあ、結果、失敗してこうなってしまったけどね」
「――要するに人型のルーミアは異世界の蛇口か」
「そうだな。その例えがわかりやすい。本当なら蛇口を食い破ってこちらに来るつもりだった。だけど、思いのほか蛇口が強固でね……だから蛇口が自分でひねった分しか出てこれない。今日はたまたま、蛇口が故障した。だから、こちらに来れたんだよ」
 故障ってのが引っかかる。もしかして? 私のせいか?
「まさか、リボン?」
「さあ? それに答える義務はないよ。それより幽香。どうだった? さっきの試合は? 私はまだ答えを聞いていないはずだが?」
 チッ、こいつ、私の問いには答えない気か……。
「私は試合なんてどうでもいい。勝とうが負けようが関係ないわ」
「ははは、そう、残念なことだな。これだけの熱気が伝わらないのか。
 では、私は勝者を褒めたたえ、敗者の健闘をねぎらいに行くとしよう」
 容赦なく質問タイムを切り上げ、くるりとルーミアが背を向ける。
 まだ、聞きたいことは山とある。
「逃すか!」
 私の手がくうを掻く。触れているはずなのに触れない!
 ルーミアは闇に包まれるとそのまま影に溶けて消えてしまう。
 舌打ちして木陰に座る。別になんてことはないのだが……あいつのおかげで永琳の治療が中断された。永琳に頭を下げてまで治療の続きを受ける気にならない。
 腹を抑える。仮に傷口がふさがったところで、決勝で再発確定。鬼でも神でも、この腹の傷を破れない程度ではない。
 頭が痛い。最悪の勝ち残り方をしてしまった。一回戦でついた傷が二回戦で拡大、準決勝でこじ開けられて、とどめが決勝……お守りをするんじゃなかった。
 少しの間、傷に意識を集中する。
 そして、いきなり背中をトンとたたかれた。
「……メディか、今、めちゃくちゃ機嫌悪いからあっち行ってなさい」
「あっそ、私だって永琳に頼まれていなきゃ来なかったわよ。
 これ、一応渡すからね」
 イラっとしてメディスンに顔を向ける。渡されたものは八意印の薬だ。飲み薬でキズキエールとか書いてある。
「わかった。もらっておくからさっさとあっちに行きなさい」
「全部飲むところまで確認しろって永琳が言ってたんだけど?」
 あのクソ医者に対して青筋が立つ。血圧が上がって、傷口がまた開く。血が肺に入って思いっきりむせた。
「……ッ、ゲホッ、ゲフッ、ヶ、ケフッ……あ~、クソッ、忌々しい」
 メディスンがショックを受けた顔になる。私が重傷であることに今更気が付いたのか……鈍い……とは違うかな。私はメディスンの前で弱みを見せたことはない。そしてそれはこれからもだ。
 さっさと追っ払ってしまおう。メディスンには弱みなんかより強さを見せるべきだ。
「メディ、そんな顔をして私の心配なんかしなくていいのよ。私は大妖怪よ。強いのよ。この程度のダメージなら今まで何度も負ったことがある。平気なのよ。だから、さっさと私の前から消えなさい」
 メディスンは私の意思の強さを熟知しているのだろう。「薬、ここに置いていくから」と言い残し、立ち去る。
 その後ろ姿に「私のこと、他言無用だからね?」と念を押す。
 あとには飲み薬だけが置かれている。
 正直、飲み干してしまいたい。でも、すべて永琳の手の平の上ってのが気に食わない。この薬は“あなたは休憩時間内で回復しきれません”という永琳のメッセージだ。奪い取った戦利品なら、一も二もなく飲んでしまうのだが、“そんなわけあるか”という安いプライドで薬を受け付けられない。
 もとを正せばこの怪我は自分の責任、そう思いきって自力で治すことを決めた。飲み薬を捨てる。決勝ぐらいどうにかなる。どうにかするのだ。泣いても笑ってもあと一試合なのだから……。
 そうして、幽香は少し無理をすることに決めた。


 チルノちゃんが泣き疲れて寝ている。腰にしがみつかれたまま、ワンワン泣いて、そのまま眠ってしまった。太ももを枕にされて身動き取れないが、このままでも今日はいいかもしれない。
 好きな人に抱き着かれるほど頼りにされて、安心して眠ってもらう。なんだか幸せだ。
 でも、この後、チルノちゃんには三位決定戦が残っている。しっかり寝て休んだら、もう一度あの雄姿を見せてほしい。
 アンリミテッドパワーズ、アルティメットゴッズ、どっちが来てもきっと、負けることはない。
 試合会場では対戦相手を決めるためのバトルの準備をしている。
 今度は静かに見よう。物言いは無し。
 咲夜を呼んでほんの数秒を数時間に引き延ばしてもらう。
 そうして、起き上がったチルノちゃんと一緒に準決勝第二試合を見る。
 「力」対「力」の激突が始まった。

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