Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
最終更新
サイズ
342.21KB
ページ数
14
閲覧数
8218
評価数
3/6
POINT
140
Rate
4.71

分類タグ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
幻想郷第一回ドッジボール大会 二回戦 最終試合 
アルティメットゴッズ VS 白雲

 さすが主催者、よくもまあベストフォーまで進んだものだ。もしも、最初の気持ちで戦っていたら、きっと私はアウトになっただろうな。でも、おかげで気持ちも意識も切り替えることができた。もしも決勝で出会ったなら、私の強さを見せよう
 さて、対戦相手だが、まあ大した連中だ。先ほどのアンリミテッドパワーズと並ぶ優勝候補の筆頭だ。紫様の策略でシードを取ったとはいえ、本来ならこのシードは別のチームの物だった。
 ちょっとトーナメントを偏らせすぎたとは思う。主催者のいるブロックの代表が私たちのはずだったのだが……まあ、どのみち強豪チームとはいつかは当たるものだ。
「藍様、藍様! あの……紫様が呼んでます!
 藍様!!」
 おっといけない、考え事をしすぎた。橙に連れられて紫の前に出る。
「紫様、およびですか?」
「そ~よ。作戦は考えた?」
「いいえ。そういうものは紫様の専門だと思っていましたが?」
「そんなに何でもあてにしないで頂戴、じゃあちょっと待って」
 紫様が虚空を見つめて数秒、それだけで作戦を立てる。
 私は紫様のガード、幽々子さんと橙は遊撃隊、妖夢は幽々子さんのガードだ。
 攻撃は隙を見て紫様が行うらしい。
「ん~、さすがに軍神と邪神は厄介ねぇ。あと早苗さんは先に片付けないと永琳の如くはめられるわ。
 ……ま、何とかなるでしょ。別に倒す必要ないし。五対二だろうが三対二だろうが勝ちは勝ちだし」
 紫様はのらりくらりとコートに向かう。
 私たちも続いてコートに入場する。
 コート上ではすでに諏訪子が入場し、入念にコートを直している。先ほどの戦いでクレータやら亀裂やらができたからだ。
 ……諏訪子がやばいな。一回戦でキレた後そのまんまだ。帽子を深くかぶって視線を悟らせない。
 相手の表情もへったくれもないのだから、どういう行動をとるのかわからないのだが……こういう相手が一番厄介だ。
 なるべく早急につぶすようにしよう。
 橙を呼び止める。
「橙、いいかい。式神の性能を最大まで上げるから、ボールを取ってくれないかな?」
「わかりました藍様!」
 橙に向かって人差し指を口に当てる。そして耳を触る。それだけで察してくれたようだ。
「あいつら耳がいいからね。特に神様は願い事をしたたかに探しているから」
 橙は口を開きかけてコクンと頷く。良し、優秀。頭をそっと撫でて式神の符を渡す。
 口に指を当てたまま、発動を指示……背中に視線を感じる。やはり二人、軍神と邪神だ。
 はっきりと断言する。あの二人に比べれば残りの三人はたいしたことはない。残りの連中は橙が力を発動したのに気が付かないのだ。
 さてと、相手コートに向き直る。風が追い風……、軍神の仕業か……恐らく一回戦と同じのびーるアームと光学迷彩布の組み合わせだろう。下手に逆風だと、変なものの匂いがあれば私に感づかれるからだろうな。
 だが、意図的な追い風なら、逆にそこから推定できる。
 学習しない奴らだ。思わず口の端で笑ってしまう。
「……にとり、どうやらバレたみたいだぞ」
 軍神の小言が聞こえた。伊達に狐はやっていない。耳は良い方だ。
 チッ、私としたことが顔を読まれたか。
「のびーるアームはしまっておいてくださいね」
 相手の作戦を読んだことがバレたのなら逆に指摘して心理的にこちらのチームの有利を引き出す。
 にとりがなぜバレたのかと疑問の表情でカバンをいじる。
 あくまでカバンの調整をよそおってアームをしまったようだ。
 これにて決戦の準備が整った。
 コートの端の結界に触る。
「コホン、ではこれより、アルティメットゴッズ対白雲、試合を開始します」
 審判がホイッスルをくわえる。
 ……まあ、橙ならボールは取れるか、相手に劇的なスピードを持つ者はいない。
 ホイッスルが鳴る。
 同時に破裂音が聞こえた。諏訪子が両手で柏手を打っている。
 私は紫様の前に出てガード、幽々子と妖夢も同じ、そして橙がボールに突っ込んでいる。
 こちらのコートだけが異常なうねりを起こした。
 こ、このクソ諏訪子っ、さっきのコート修繕で仕込みやがったな!!?
 そして軍神も行動を開始している。頭上から御柱が降ってくる。
 試合場の外側に五つの御柱が五芒星の頂点を描いて落ちる。
 試合場の外からだがコート内にも作用するような強固な結界が発動する。
 そして土壁が盛り上がってくる。こっちのコートはめちゃくちゃだ!
祟り「ウォール・ジオグラフィ」
禁止「ハンズ・オフ」
 神の気まぐれが動き出す。それも見当違いの方向に……神奈子が「予定と違う」と叫んでいるのが聞こえた。
「おい! 諏訪子、なんじゃありゃ、誰が相手コートを土に埋めろって言った?」
「うるさい。それより、お前の“守り”は大丈夫か?」
 神奈子が「当然だ」と答えれば、地鳴りがする。
 こっちのコートは網目状に仕切り板の如く土壁が盛り上がったのを確認している。陣形を敷いたのが裏目に出た。
 こっちは一人ひとり分断されたに等しい。
 そして、神奈子が結界を張った。多分スキマ転送を警戒してのことだろうが……こちらの合流は不可能と考えていい。
 土を殴ってみる。
 えぐれた部位は即座に元に戻る。案の定だ。クソッ、最初に一斉に固まるべきだった。
 最初のターゲットは橙だ。間違いない。
 ボールを取るために最前線に出たところを捕まった。
 いかに式神が強力とはいえ五対一ではアウトを取るどころではない。
 精神を集中する。式神の波長をつかんで思念をシンクロさせる。この方法では橙を介して感じることしかできないが、何もしないより遥かにまし、少しでも相手の出方を知っておく必要がある。
 しばらくして橙の視界を得ることができた。あとは音声だ。
「おい、橙ちゃんがビビってるじゃないか!」
「はん、そんなのは出場時点で覚悟を決めるもんだ。悪いねぇ五対一だけど、消えてもらうよ?」
 視界の先で神奈子が憤まんやるかたない顔している。
 ボールは橙だ。だが投げたら反撃で即、撃墜される。これがわかるから投げられない。
 それに舌なめずりして諏訪子がボールを待っている。この状況で橙に投げられるわけがない。
「早く投げなよ。戦意喪失で失格にされるよ?」
 橙の恐怖が手に取るようにわかる。クソッ、ふがいない私を許しておくれ。結界と再生する土壁のせいで駆けつけることができない。
 橙の視界が挙動不審になっている。左右を見渡しても土壁があるだけ。誰か頼れる人を探してしまうのは幼いせいだ、仕方ない。
 思わず審判を見ているが、ため息ついて頭を下げただけ。あのクソ審判、何の役にも立たない。
「橙ちゃん、酷だとは思いますが……ボールを投げれないようなら失格です。戦う勇気が足らないのはわかりますが……仕方ありません。
 橙選手、戦意喪失により――」
「待って~、ようやく抜けられそうだわ。ほら妖夢早くして」
 幽々子の声が聞こえる。そうか! 幽々子は幽霊だから土壁のすり抜けが可能なのか!
「ごめんね。遅くなって。ボールは私が投げるのよ。取ってくるようにお願いしたのよね」
 橙が首をかしげそうになるが幽々子が笑って手を伸ばす。
 その手にボールを預ける。
 幽々子はボールに息を吹きかけると、そのままパスの軌道でボールを放り上げる。
 狙いは早苗だ。
 いくら人間だからと言って早苗にふわりと上がった何の変哲もないボールをとれないわけがない。
 両手を伸ばして取ろうとする。
 それを襟首つかんで軍神が引き戻した。
 落ちたボールの中から死蝶がふわりと飛び立っていく。
「あらあら、早苗さんなら取ってくれると思ったのに」
「お前は早苗を殺す気か!!!」
 幽々子は首を横に振る。
「そのぐらいはわきまえています。ちょっと魂に衝撃を与えて気絶させるだけ……名付けてスタン・ショット、可憐な少女だろうと剛力マッチョなお兄さんだろうと魂はみんな同じ物だからね」
 軍神がおもむろにボールをつかむ。
「お前にゃ手加減はいらなそうだ」
「あら、怖い。もっと優雅にふるまいましょうよ」
 その言葉には乗らずに肩から先が高速で動く。
 幽々子は弾道を読んでいたのか後ろに下がる。そしてそのまま土壁に潜り込んでしまう。
 ボールは土壁をえぐっただけだ。
 幽々子が壁から頭を出す。
「せっかくだから土壁利用させてもらうわ。審判、土に潜るのは一回戦でダメだって言ってたけど、これは相手がくれたものだし……いいでしょ?」
 審判が諏訪子をみる。視線が合ってから鼻で笑って許可を出した。
 幽々子の体が出てくるのと同時に妖夢も現れる。
「も~、妖夢遅いんだから」
「すみません、幽々子様、やっぱり刀は持ってこられませんでした」
 その言葉から推測するに半霊だけすり抜けてきたのか。だが、よかった。三対五ならまだ戦える。
 ボールは幽々子が持っている。息をそっと吹きかけるとボールを橙に手渡す。
「はい、橙ちゃん。大丈夫よ、思いっきりやっちゃって構わないから」
 橙の視界は幽々子とボールを交互に見比べているが……相手コートに向いた。
 少し感心する。式神の性能をいかんなく発揮する。視点の移動スピードから橙がどれだけ力を引き出しているかがわかる。
 にとりはこのスピードについていけていない。首の振りが追い付かない速度で死角からショットをお見舞いする。
 腰に直撃して四つ這いに倒れる。
「クソッ、なんで私が化け猫なんかに!」
 ? にとりが気絶しない。橙もそれが気になっている。
「ふふっ、そんな顔をしない。プラシーボ効果って奴よ。私は息を吹きかけただけ……もとから橙ちゃんだけでアウトは取れたのよ。ちゃんと頑張れば、貴方は強いから、ね?」
 優しい瞳で見つめられる。
 橙の中で嬉しさと親しさがこみあげてくる。
 ……まて、橙……その感情はいけない。
 感受性が高いのはいいこと、感情が豊かなのは素晴らしいことだが……幽々子になついてはならない。その感情は私だけに向けられるべきものだ!
 瞬間、幽々子が揺れた。
 初めて幽々子が怒った表情を作る。
「こちらは話し合いをしていたのだけれど?」
「そっちの事情なんて知らないね。油断した馬鹿を一匹仕留めただけだ」
「着弾貫通により西行寺幽々子選手アウト」
 私ですら意識を奪われた幽々子の行動を隙としてボールを投げた。邪神は全く風情とか情緒とかを理解するつもりがないらしい。
「ごめんね橙ちゃん、ほんとはもっと話したかったんだけどね」
「いいえ、幽々子さん、ありがとうございます。おかげで自信が付きました。もう、迷ったりしません」
 橙から自信と決意を感じる。全く私の式は優秀だ。
 ボールを片手に幽々子の退場を見送る。
 橙が体を揺らす、次の狙いは雛だ。
 跳ね回る橙に目がついていかない。いともたやすくアウトを取る。
 次にボールを取ったのは早苗だ。
「奇跡よ起これ! ミラクルショット!」
 橙に捕球という選択肢はない。早苗の投球と同時に全速力で逃げる。
 着弾点で大凶のおみくじが炸裂する。
「あー! なんで、よけるの!?」
「すみませんが、私の体だと、取るよりよけた方が効率的なんです。それよりも行きますよ。ドッジボールは力じゃない。スピードこそ最大の戦力です!」
 橙に拍手を送りたい! よく自分を理解し、最大の力と結果を引き出している。これがこの年でできる奴は他にいない。ベストプレーヤー賞を贈ろう!
 藍がひそかに親バカを発揮している。
 ボールをつかんで、速度でかく乱、目が追い付かないうちにショットをお見舞いする。
 これを軽々と止めたのが邪神だ。
「工夫もなく、力もなく、技もない。お前みたいなやつを口だけって言うのさ」
 この言葉でシンクロが解けそうなほどに激情が走る。言いたい放題言いやがって!
 邪神が指を鳴らす。途端に足場が泥沼と化す。膝まで沈む、機動力などあったものではない。
「自慢のお足は大丈夫かな? くふ、くっふふふふふふ」
 軽く投げつけられたボールがよけられない。
 空中にはねてしまった。
 それを妖夢が助ける。半霊がボールに憑りついて空中で止めた。ボールは浮遊したまま、落ちてこない。
「橙ちゃん! 一緒に頑張りましょう! あんな奴に負けちゃダメです!」
 橙が頷いている。
 私も“よくやったぞ!”と妖夢を絶賛する。
「私がこのままボールと一体になって軌道を変えます! 全力で投げてください!」
 妖夢のアイディアに一瞬思考を取られる。
 え!? それはいけない。ダメ、ダメ、ダメ! 妖夢は阿保か!? そんなのが通じるのは同レベルの選手までだ。絶対にやってはいけない! 神奈子と諏訪子は遥か格上だぞ!!
 橙も「合体必殺技!!」なんて叫ばないで!
 ああああ! せめて早苗さんを狙えばよい物を! 馬鹿すぎる! 寄りにもよって神奈子か!
 ……視線上でボールが飛んで行った。はるか上空だ。神奈子が蹴鞠の要領で真上に蹴る。
 それも全力で……すさまじい加速度がかかったはずだ。妖夢は死んだな。いや、半霊だから大丈夫か……それでも意識は期待しない方がいい。
 しばらくして落ちてきたボールを神奈子が抑える。
 遅れて半霊が落ちてくる。地面に伸びたままピクリとも動かない。
「審判、これはどうする? 多分、妖夢は戦闘不能だぞ」
「……妖夢選手の自爆と判断します。
 魂魄妖夢選手、戦闘不能により退場」
 審判の裁定が下ると土壁の一部が崩れ去り、妖夢の本体が現れる。
 半霊と同じでピクリとも動かない。うつぶせに倒れたままだ。……半霊からのダメージが本体まで突き抜けたか。
 妖夢は永遠亭の面々に担がれるとそのまま救急所に直行した。
「これで三対三だな、いや、三対一か」
「ま、まだ終わったわけじゃない!」
「そうだな。勝つとしよう」
 神奈子の合図で橙が腰まで泥沼にはまった。
 あっけなくアウトを取られる。
 しょんぼりしたままコートを退場する。
 ここで私は橙の視界との共有を解除する。
 大丈夫だ、任せてくれ橙、きっと敵は討つから。
 地鳴りがして升目状の土壁が私のところまで沈む。
 後ろを見ればワンブロックだけ土壁が残されている。恐らく紫様が入っているんだろう。
 振り向いてボールに手を伸ばす。
 ……さて、どう料理してやろうか?
 ボールに式神を張り付ける。
 ボールの軌道変化……十二神将だから合計十二回、くすっ、さて、当たるのは誰かな?
 さあ飛んでいけ! 
 ボールをふわりと浮かべて軽く押す。
 橙の投球を超える速度でボールが曲がった。
 ボールがその方向を変えるたびに速度が増す。
 狙いは諏訪子……真後ろを取ってからフォークボールのように落ち、物理法則を無視して上昇する。
 丸めた背中に直撃した。これまで十回軌道を変えている。さてここからラスト二回、地面にぶち当てるまで油断はしない。
 ボールが背中から真下に向かう、その軌道を諏訪子がヒールリフトで迎え撃つ。
 やはりな、軌道変化を二回残して正解だった。
 跳ね上がったその先で今度は結界に向かってボールをたたきつける。
「捕球失敗により洩矢諏訪子選手アウト」
 顔を帽子で隠したまま諏訪子がコートから退場する。
 ……おかしい、キレた諏訪子なら絶対に暴れるはずだが?
 ボールは相手コート、神奈子がボールを拾おうとしたのを早苗が遮る。
「くふ、くふふふふふ」
 早苗さんの笑い方がおかしい。
 あ、やりやがったなこいつ。紫様が警戒していた強制降臨、……早苗さんは可哀そうに、依り代にされっぱなしで自分で戦えている時間が少なすぎる。
 早苗の顔がゆがむ。普段絶対しない表情だが……こんな顔(邪神の微笑み)ができること自体、遺伝と言ったらいいんだろうか。
「お、おまっ、やりすぎだろう!」
「早苗の体なら大丈夫さぁ、それにな、お前よりも、私の方が相性がいい。
 さて、九尾……祟り神の呪いと人の奇跡、同時に相手ができるかな?」
 こいつ、難易度を勝手にあげやがる。
 早苗が諏訪子のスペルカードを掲げる。
土着神「宝永四年の赤蛙」
「くふ、なんだ、呼び出せる分身は一体だけか。全く、修行が足らんね」
 今度は早苗さんのスペルカードを……ひい、ふう、みい、三つ同時!? 馬鹿な! 体がもたんぞ!?
開海「モーゼの奇跡」
秘法「九字刺し」
妖怪退治「妖力スポイラー」
 行動制限と能力低下の重ね技! そのうえ諏訪子の分身体がボールを回す。
 ……これはスペルカードバトルではない。超人「飛翔役小角」を使って力業で脱出する!
 諏訪子の分身体がボールを蹴りだす。その向きと狙いを読み切って体を反転させる。
 ボールは空中でいきなり軌道を変える。
 八坂神奈子だ。ボールを直接殴って軌道を修正してきた。
 この場面で、このタイミングで割り込める。こういう連携は守矢一家と言えるだけの長い時間をかけた生活が基盤だろうな。相手の行動に阿吽の呼吸をするように合わせた行動をとれるのか。
 楽しいことも、悔しいことも包み隠さず共有してきたからこその連携だろう、少しだけ羨ましい。多少腹の立つことがあったって、それを度外視して手を取ることができる。
 体に衝撃が走る。ボールが自分の体の上を疾走する。蹴り上げる暇すらない。
 ボールは早苗さんの手に戻ってしまう。
「着弾、八雲藍選手アウト」
 早苗さんがこちらを指さして笑っている。
「く、くふふふふふ! ざまぁないな九尾よ!」
 でもやっぱりこいつだけはムカつく。さっさとコートを出よう。すぐに背を向けて外に出る。
 コートを出るときに背中で拳骨が落ちる音が聞こえた。でも振り向かない。自業自得だ。
 そして、試合場では最後の封印が解かれる。我らが大将、八雲紫の出陣である。
 紫様は閉じ込められていたにもかかわらず不機嫌そうには見えない。相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている。
「あ~あ、さっきから振動で試合解析してたけどナニコレ? 二対一じゃない。全くうちの式ときたら、役に立たないんだから」
 この言葉を聞いた時、“ああ、あの連携は無理だな”と心の底から思う。
 そして早苗さんが諏訪子の表情で笑っている。
「くふっ、随分余裕そうだな紫。実状は三対一なんだけどねぇ?」
「あらあら、早苗さんは可哀そうに邪神に好かれるなんて、すぐに解放してあげなきゃね」
「くふ! 言ってくれる。早苗はこの方が幸せさ。とっとと片付けてやろうか」
 早苗さんが諏訪子の力をボールに込めている。
 蛙符「手管の蝦蟇」
 あー、多分あれだ。触ると大爆発する奴。威力的には相手コートが壊滅するぐらい……それは早苗さんが扱った場合か……諏訪子が憑りついている状態において全力で力を貸した場合は……下手すりゃマスタースパークすら上回るぞ?
 にたりと笑って早苗さんがボールを投げる。
 軌道は紫様すら狙っていない。コートのど真ん中……アウトよりもダメージを優先しやがった。
 確かに紫様は強い。この威力も多分耐えられる。でも、これが何回も続いたら……ああ、そのための時間制限か、残り時間を考えて、このボールを連発したところで仕留めきれはしない。
 紫様はコートの端で傘を広げて衝撃を防ぐ体勢をとる。白雲のコートが真っ白の光に覆われて何も見えなくなる。
「ケフッ、全く困ったものよね。神様のくせにさ」
 何事もなかったかのように紫様が立っている。
 予想以上に無傷……さすがは最強妖怪の一角、けた違いもいい所だ。
 ボールを手に取って、目で距離を測っている。そしていつもの癖の様に指を空間に引っ掛けようとしている。
「紫、スキマは使えないぞ。そのぐらいわかっているだろう?」
 紫様はさも驚いた表情を作っている。……表情を作りすぎ、嘘がバレバレだ。
「ええっ! 気が付かなかったわ。一応、式を信頼して任せていたので、スキマは試さなかったのよ」
 この言葉を神奈子も諏訪子も信じていない。
 紫様が笑ったまま、首をかしげる。……考えている振りだな。ポンと手を叩くと「じゃあ他の境界操作をしましょう!」と、さも今、思いついたように言っている。ちょっと白々し過ぎるんじゃないだろうか?
「えっ~と、硬さとやわらかさの境界をいじって……ボールのガラス転移点をいじって……と。とりゃあ!」
 ……あざとい。それで可愛いふりをしているつもりか。演技が目端につきすぎて狙った効果が出ていない。
 ボールは硬度を保ったまま液化すると言うわけのわからない変形を起こしている。一番イメージしやすいのは固まりかけの水あめみたいなものだろう。
 しかし、このボールは第二試合で見た。メディスンの超必殺ゴールデンドロップと同じものだ。触れた瞬間に超軟化、キャッチできずにこぼしてしまうやつだ。
 神奈子も早苗さんもとる気配がない。さっとよけてしまう。
「まてまて~」
 紫様が笑顔で……もうやめてくれないかな、その顔、胡散臭すぎて試合に集中できない。
 これはあれだ、私が式神で方向転換させたのと同じ手法、連続でボールが方向をかえて二人を追い詰めていく。あからさまに私より遅い速度だが、確実にコーナーに追い詰める。
 早苗さんが地面に手をつく、途端に土砂の津波がボールを覆いつくす。
 土の中からボールをとりだして神奈子が呆れている。
「紫、馬鹿にしすぎじゃないか? それとも勝ち目がなくてあきらめているのか?」
 紫様が首をかしげている。
「? あら? 勝ち目がない? それはあなた達のことでしょう? だから、少しだけ遊んであげたんですのよ?」
 神奈子がため息をつく。
「じゃあ、十分に遊んだ。ここらで幕引きと行こうか」
 紫様が頷く。幕引きに同意した……ここから本気ということか?
 大げさに深呼吸している。肩を回して首をひねる。
 頬をぺちぺちと叩いて両腕を伸ばす。
 伸ばしきったところで、軽く息を吸った。
 破裂音がする。
 多分声だったと思う。
 気合を入れて意識を切り替えたんだ。
 ゾクリとする。気配が一気に変わった。
 コートを構成する結界のあちこちがゆがんで割れる! 
 ……これは演出だと信じたい。今回の結界は紫様と神奈子の合作だ。自分が構成したところだけ意図的にひびを入れた、と思いたい。幽香だってきしませただけで結界が割れるなんて事態になっていないのだ。
「遊びはここまで、さっさと終わりにしましょうか」
 神奈子と早苗さんが顔を見合わせる。
「なるほど、口だけじゃなさそうだ」
「くふ、じゃあ本気で行こうか」
 神が二人で合体必殺技を構成する。
 早苗さんの力で蛙符「手管の蝦蟇」の威力をボールに込める。
 諏訪子の分身体がボールを三軸に回転させる。
 神奈子の蹴りでボールを射出する。
 直撃したら即死ともいえるほどのボールを前に紫様が笑う。
 その笑みは胡散臭さは全くない。勝利を確信した強者の笑みだ。
 左手をかざして、ボールの硬度を変える。
 そして、右手でコートの結界を変形させる。
 まだボールの硬度管理を捨ててなかったのか!? そして結界は紫様と神奈子の合作……最初から仕込んでいたのかッ!?
 強固な結界が紫様の前に出現する。ボールはスライムの如くへばりつく。
「じゃあね、神様。自分で自分の全力を浴びるといいわ」
 ボールは爆発しない。ボールが柔らかすぎて爆発のスイッチが入らなかったんだろう。
 そしてボールが元の形に戻っていく。
 全エネルギーが反射する。今のボールは普通の硬さだろう。直撃したら神奈子の威力で打ち抜かれながら、諏訪子の回転でほんろうされて、とどめに大爆発を起こす。
 手に汗握る最後の攻防!
 神奈子が御柱を召喚している。早苗さんが必死に詠唱してボムを解除する。
 普通目の前であれをやられたら頭真っ白のはずだが……すごい。反応を間に合わせる。
 早苗さんがボムを不発にした。
 間髪入れずに神奈子が一打入魂「ホームランスイング」でボールをさらに加速させて打ち返す。
 しかし、紫様は笑っている。さっきと同じ現象が起こる。スライムの様にボールが変形して……そのさなかに御柱が飛んでくる。
「紫、そっちがその気ならこっちもその気だ!! メテオリックオンバシラ!!」
 ボールが変形している隙に神奈子が手に持った御柱を全力で投げる。ボールに御柱が突き刺さって、結界が限界以上にしなって割れる。
 焦ったのは紫様のほうだ。
 ただでさえ恐ろしい威力のボールが御柱という質量の塊というおまけ付きで飛んでくる。
 会場全体が揺れる衝撃が吹き抜ける。コート外にも威力が漏れまくっている。
 そして、爆心点にはこの威力をワンハンドキャッチした紫様が立っている。
 妖気で周囲の空間がゆがんでいる。
 空間を操って漏れていた妖気をまき散らさずに体に集中させて……それだけじゃない、自分の限界点を揺らしている。
 過去、数回だけこの手法を見た。自分自身の限界という境界を操作して、限界点を超える手法……予想以上の強敵を一方的に叩きのめした方法だ。
超臨界点突破「八雲紫」
 ……確かにこれでなければ今の威力は抑えられなかっただろう。
 でも、これの代償は大きい。たった三十秒発揮しただけで一週間以上寝込むような力の使い方だ。
 ポロリと紫様がボールを落とす。
「審判、捕球ミスっちゃった。てへっ」
 舌を出して、自分で頭を小突きながら、ミスをアピールしているが……多分、もう限界が来ているんだろう。
 つかんだボールを持っていられなかったんだ。
 私の見立てで力を使ったのは約三秒、多めに見積もって二日は寝たきりになる。
 アルティメットゴッズに対して勝利コールが行われる。
 早く駆け付けないといけない。
「紫様、お体は大丈夫ですか?」
 この言葉に対して油が切れた機械の様に首を動かしている。……この症状は、全身筋肉痛だな。
「大丈夫なわけないじゃない。これすっごく痛いんだから。
 藍、悪いけど家まで連れて行って頂戴。もう一歩も動けないわ」
 その言葉に頷く。いつもの様に直通スキマを開けると八雲亭に向かう。


「紫様、あとちょっと、そう、十秒ほど頑張ればアルティメットゴッズには勝てたのではないですか?」
「ら~ん、馬鹿なこと言っちゃいけないわ。次の萃香どうすんのよ。私、全身筋肉痛で動けないんだけど?」
「それはそうですが、軍神に勝った方が後々のために良かったのでは?」
「別にいいわよ。私の目的は“私の力を示す事”だもの。あの威力をワンハンドキャッチされて神様がビックリしてたから、目的は達したも同然ね」
 そういうものかな? でも、まあ納得しているのならよかった。
「藍、私のことが終わったら、会場に戻って試合経過を見ておいてね?」
「ええ、わかりました」
 休憩時間は一時間だ。それまでには会場に戻れる。そうしたら主催者を応援でもしようか。

コメントは最後のページに表示されます。