Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
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幻想郷第一回ドッジボール大会 二回戦 第一試合 
フェアリーミックス VS 草の根友の会

 ようやく出番が来た。この戦いが決まってから早く戦いたくてたまらない。チームメンバーでは唯一、影狼だけが不安で爪をかじっているがほかの子は大丈夫だ。
「サリエルは大丈夫?」
「うん、大丈夫さ、それよりわかさぎ姫は? でなくてよかったの?」
「私は、ほら、こういうの苦手だから」
 まあ確かに、わかさぎ姫ぐらいになると戦いになったら逃げ回るしかないかな。でも、相手がフェアリーミックスだ。わかさぎ姫でも十分に戦力になりえる。
 「残念」と言いつつ、影狼の様子を見に行く。試合開始まであと十五分……やれることはやってきたつもりだし残り時間ぐらいリラックスしていればいいのに。
「影狼……そんなに不安?」
「当たり前でしょう。もし勝っちゃったら……絶対に幽香が来る」
「大丈夫だよ。幽香は私たちみたいに弱い連中に本気にはならないからさ」
 それでも影狼の小言が止まらない。全く、こんな状態でアンダーグラウンドを相手にしていたら大変だった。
 サリエルは影狼の小言を適当に流して対戦相手への戦略を確認する。
 サニーミルク、強敵だ。体が子供の今となっては身体能力が私とほとんど互角、その上に光学操作……厄介なことこの上ない。
 スターサファイアも同じ、先攻された場合、こちらの被害が確実に出る。
 ルナチャイルド、声が聞こえないだけならまだしも、光学操作が相まってとんでもない手ごわさになる。
 チルノ、身体能力で上を行かれたのに加えてパーフェクトフリーズ……残念ながら倒す手立てすら思いつかない、ポイント差で逃げ切るしかない。
 大妖精、不可視からの一撃は回避する方法がない。動き回って当たらないことを祈るのみだ。
 ……ああ、楽しい。元の力があったなら視線だけで全員一撃即死させてしまっただろう。弱くなって、こんなにも夢中に相手のこと考えることができた。果たして私の考えた作戦は通用するのか……手に汗握る。こんな感覚、今までなかった。
 作戦としては何としても最初のボールを影狼に抑えてほしい。そうすれば何とかなる。何とかするんだ。
 ぎゅっとこぶしを握っていると、肩をポンと針妙丸に叩かれる。
「気合が入っているな」
「うん、もちろん。そうだ針妙丸は小槌を使うの?」
「いいや、さすがに使う気はない。体のサイズだけで十分だ」
 彼女も朗らかに笑っている。「強敵だよね」との言葉に「ああ、相手にとって不足無しってものだろうな」と返される。
 この後、柏手でみんなの注目を集めて作戦を伝える。
 あまり乗り気でないのが影狼と正邪だ。この二人には相手の強さというものが伝わってない。全力で戦っても勝利が危うい相手なのに……。
「あ~あ、ガキのくせに俺様に命令するなよ。妖精なんてちょちょいのちょいだろうが」
「いや、正邪よ。そうは言うが総合的に相手の戦力を考えてみろ、フェアリーミックスは強いぞ」
 正邪には針妙丸が説得にかかる。私は影狼の説得に取り掛かった。
「影狼、最初のボールだけでいいから抑えてほしいんだけど?」
「……最初だけだよ? あと、私は相手にボールは投げないからね。流石に力の差がありすぎる」
 それはどうだか……チルノだけは異常に手ごわいとみている。チルノのパーフェクトフリーズで止められないだけの威力は影狼しか出せないはずだ。まあ、影狼が言うようにサニーの顔面に全力投球が直撃したらだめなのだけれど。
 そうこうしている間に時間が来る。試合会場にはフェアリーミックスが入場している。私たちも早く入場しないといけない。
 対戦相手の顔は全員が自信満々、最強であるとの自負が伝わってくる。
 ああ、むず痒い。ドキドキが収まらないこの感じ……楽しくて仕方がない。
 昔の自分ならこの感覚を味わうことはなかった。是が非でも勝ちたい。勝利の雄たけびを上げてみたい。
 思えば常に強者の、挑まれる立場だった。相対した者はひれ伏すか死かの二択……心揺さぶられる戦いなんて経験したことがない。
 私の人生の中でもこの戦いは大きな一戦になる。努力すれば勝てる相手に夢中で挑みかかる……こんな経験、長い人生で何度もできることじゃない。
 審判の合図が入る。
 視界がゆがむ、音が消え去る。でも、相手の気配はわかる。今までずっと死天使として君臨してきた。命を感じるとることならだれにも負けない。たとえ弱体化していてもだ。
 死天使時代は邪眼を自ら封じるために瞳を閉ざして過ごしてきた。目を開けたのは本当に数えるほど……だからこそ視覚に頼らない行動がとれる。
 私のチームは一回戦を見てきた。だから相手のやることも大体想像がついている。空気がそよぐほどの速度で突進したのは影狼だ。力強く地面を蹴ったシグナルが振動になって足から伝わる。
 そして視界がまた変わる。相手コートだけがぐにゃりとゆがんだ。そしてこちらのコートは元に戻る……影狼がボールを奪うことに成功したってことだ。
 目の前に影狼が立つ。ボールを差し出された。影狼の顔は少しまずいと言った顔だ。下唇をかんでいる。多分、一辺に音と視界が役に立たない状況に置かれてようやく相手の実力を思い知ったのだろう。
 定位置に置かれたボールであれば影狼なら嗅覚でとらえられる。しかし音と視界が役に立たない最中、飛んでくるボールをよけるのは影狼でも無理だろう。
 渡されたボールを見る。一つ深呼吸、一球一球が大切だ。
 昔通りに目をつむる。
 敵陣の命を感じる。素敵な生命力を五つ感じとる。ひときわ元気なのがおそらくチルノ、緊張で張りつめているのが大妖精、どこかのんびりと油断しているのがルナチャイルド、したたかな疑心はスターサファイア、大絶賛で力を放出中なのが……サニーミルク!
 目を見開く。
 ターゲットロックオン完了!
 狙いはおなかよりやや下、太ももだ!
 全速力でライン際まで勢いをつける。腕を思いっきり振る。遠心力で指先がジンジンする。
「サニーミルク! もらったぁ――!」
 無意識のうちに叫んでいた。ルナのおかげで誰にも聞き取れないからいいのだ。
 自分の人生で初めて全力で物を投げた。はしたなかったか? それでもボールはサニーミルクに向けて的確に飛んでいく。ここから先は私にもわからない。
 ドキドキの一瞬、とられたか? よけられたか? それとも――?
 幻影が掻き消えて、歓声が降ってくる。
 サニーミルクは泣き出さんばかりに地面をたたいていた。
「サニーミルク選手アウト」
 審判の声に高く腕を伸ばしてガッツポーズ、小さな戦いだったが、今までのどんな勝利よりもうれしい。
「よっしゃぁー!」
 普段の自分とは思えない声が出た。死天使時代の自分がこの声を出したら、異常事態と感じた側近天使が何事かと駆けつけてきたはずだ。でも、今は歓声が私を肯定してくれる。自分自身の感情をそのままに表現して受け入れられる。こんなに素晴らしいことはない。
 振り返って仲間にも“やってのけたぞ”とアピールする。
 不意に影狼が自分の手を引っ張る。いきなりで対応ができない。
 思いっきり引っ張られて腕が抜けるかと思った。
「今泉影狼選手アウトです」
 このコールに慌てて相手コートを見る。
 にたりと笑ったスターサファイアがいる。
 私が背を向けたときにサニーが退場、すでに試合が再開される条件が整っていた。勝利の興奮はこんな簡単なルールでさえ覆い隠してしまう。
 背中を無防備にさらした私を狙ったボールをかばって影狼が早くもアウトだ。
 「ごめんなさい」と口をついたはずの言葉が聞こえない。
 影狼は笑って頭を撫でてくれた。そして拳で軽くトンと胸を叩いて、片目でウインク……言葉にできなくても、“頑張って”という思いは伝わる。
 影狼は笑顔のまま、相手コートのボールを指さしてコートを退場していく。
 大丈夫、もう油断はない!
 ささやかな勝利で有頂天になり、仲間の敗退で反省と後悔を学ぶ……“私”史上最高の試合だ。
 試合は振り出しの四対四……だが、サニーの光学錯視がなくなっただけでもこちらが有利だ。押せば勝てる!


「影狼はわざとアウトになったの?」
「ううん、違うよ。あの場面だとボールを叩き落とすしかなかった。まさかサリエルがコート中央で敵に背を向けてピースサインするとは思わなかったからさ。わかさぎ姫が思うようにかばわなければアウトにはならなかったけどね」
 観客席での影狼とわかさぎ姫の会話である。
 わかさぎ姫は影狼が手抜きをしたのかといぶかしんだのだが、影狼自身はいたって真面目だ。
 わかさぎ姫には影狼のそんな態度が少しわからない。サリエルが残るより、影狼が残った方が試合は絶対に有利になる。
「……勝つつもりは無いの?」
「それはあんまりない。それにさ、サリエルが初めて自分でアウトを取って大興奮してたし、そのまま、アウトになったら可哀そうだと思ったんだよ。だって、あんなに大はしゃぎしたのは初めて見たからさ」
「それはそう、何だけど」
 わかさぎ姫自身は影狼に勝利を目指してほしかった。影狼こそが一番であると示してほしかった。だからちょっと他人を気遣ってあっさりアウトになったことが信じられない。
 影狼が優しいのは知っているのだけれど、少しぐらい熱気を、情熱を見せてくれてもよかったと思っている。
「ほら見て、みんな頑張ってるよ」
 そんなに他人事で言わないでほしい。ちょっと悔しくて、ふいっと顔をそむけた。
 影狼がわかさぎ姫のそんな態度に気が付くのはもう少し先になる。


 スターサファイアの投げたボールを捕球して針妙丸が投げ返す。小槌の力は背のためだけに使った。同等の背丈という条件下での全力投球だ。
 スターが惜しくもはじいたボールは落球前にチルノが凍結させる。
「流石に強い」
「うん本当に強い」
 針妙丸とサリエルが同じ意見を交わしている。次の投手はチルノだ。最大限警戒しないといけない。
 一回戦で見せた最強ボールを投げてくる。
 一回曲がるまでは誰を狙ったものかわからない。
 狙いは赤蛮奇……だが、距離を開けて、軌道を確認した後なら簡単に抑えられる。
「フフン、私を狙うなんていい度胸だ。
 飛頭「ナインズヘッド」
 “草の根友の会”最強の力を見せてやるよ」
 蛮奇の頭が九つに増える。ボールをサッカーの様にヘディングしながら、相手コートを立体的に取り囲む。
「ふははははは、これぞ蛮奇様特製「ナインヘッド・プリズン」全員アウトにしてやるよ!」
 九つの頭で相手の死角を探し、パスワークで混乱を誘う。
 フェアリーミックスはチルノを中心に壁際に集まってしまった。
 チャンス到来、熱気が集まればチルノだって冷気は簡単に使えない。
 どうしようもない中、飛び出してボールを取ろうとしたのはスターサファイア……取れなくはない速度だった。何しろヘディング……腕の振りを利用した遠心力のような強力な速度がない。
 それでもアウトになったのは九つある頭のせいだ。目の前で何回も軌道が変わる。一人相手に五つの頭が襲い掛かる。そのうえパーフェクトフリーズで止まったはずのボールをヘッドバッドではたき落とした。圧倒的な数の暴力の前にスターサファイアが敗れ去る。
「ふははははは、見たか! これが私の実力だ」
 流石に落ちたボールは大妖精が抑えた。しかし大妖精は厳しい表情……たとえインビジブルショットであっても、顔面セーフを盾に取った八つの頭をかいくぐるのは至難の業だ。
 私の視線の先で大妖精にチルノが手を添えている。見る間にボールがキンキンに冷えた。チルノが笑っている。大妖精が頷く……背筋がぞっとする。
 ハイアングルインビジブルショットだ。
 一回戦、全く連携技を使用しなかった二人がいつも通りの笑顔と視線で連携技を解き放ってくる。大妖精が透明になって見えなくなる。
 逆に冷汗が噴き出たのが赤蛮奇、即座に九つの頭を自陣に戻して自分の周りをぐるぐる回す。軌道が完全に見えない以上こうするしかない。
 突如として音が消え去る。見ればチルノにルナチャイルドが耳打ちしている。途端にチルノが空中で氷を作っては割ると言う行動をする。音はこれだけしか聞こえない。
 私も壁際に張り付いて警戒する。大妖精が赤蛮奇を狙うという保証はない。
「ボールが!」
 声が聞こえた。とっさに声の方向を見てしまう。コートの外、その視線の先にはにやりと笑うスターサファイアがいる。
 ヤバイ!!! 正面を向きなおしたときには赤蛮奇がアウトになった後だった。九つの頭すべてが声に視線誘導されている。
「赤蛮奇選手アウトです」
 これは推定だが、大妖精は透明になってすぐにボールを投げた。そしてチルノはすぐに赤蛮奇の目の前でボールを止める。油断するまでその状態で待っていたのだ。
「強かったな! だが、あたい達のほうが上ってことだな!」
 赤蛮奇が震える手を握って押さえつける。
「次はこうはいかないからな」
 赤蛮奇はこのセリフを残して退場する。そして残されたボールを取ったのは正邪だ。
 正邪も道具を持ち込んでいるが、よける道具がほとんどだ。レプリカの小槌だと威力がありすぎて妖精なら一発で倒してしまう。強すぎる道具は使えないのだ。
 そして正邪の能力も同じ、この日のために用意した相手のボールをはじき返す大技「リバースベクトル」もボールの威力がなさ過ぎて使っても意味がない。大体自分で投げた方が威力がある。
「ちっ、お前らよくもこんな程度で出てきやがったな」
 全力ダッシュからのボールはチルノに当たって止められてしまう。
 想像以上の厄介さ、当たった後の減速したボールは簡単に氷漬けになっている。勝つためにはルナチャイルドをアウトにして二対三の状況を作るしかない。
 チーム大将が敗退している今、人数で圧倒するしかないのだ。
 チルノが冷気を収束する。大妖精がボールをもって消える。
 対処法すら思いつかない相手の最強必殺技だ。
「なめんな。何度もそんな程度が通用するか」
 正邪がレプリカの小槌を取り出す。
 地面を打ち据えて土砂を一挙に巻き上げる。
 ボールが見えた。不自然に透明な空間がある。
 ボールに正邪が抱きついて止める。
「うっひ~、つめてぇ!」
 ボールを足で抑えて全身をこする。
 それが終われば空中にボールを放り上げてニタリと笑う。
「ふはは、もう、てめぇら容赦しねぇからな」
 ちょっと待て。まさかレプリカの小槌を使う気か?
 私の思いを肯定するかのように小槌を振りかぶる。
 絶対にヤバイ! 威力がありすぎる!
「くたばれ! 雑魚共!」
 小槌がボールを弾き飛ばす。信じられないほどの剛速球だ。
 弾道上のルナチャイルドにはよけるどころか反応の時間がない。悲鳴を上げるひまもなく直撃して転倒した。
 ……ルナチャイルドが起き上がってこない。
 背筋がぞくりとする中、審判が試合を中断し、医者がルナの様子を確認する。
 医者の判断は衝撃による軽い失神だった。
 ……良かった。ほっと胸をなでおろす。そして、ルナチャイルドは医者の手でそのまま救急所に連れていかれる。
 そして、正邪はこれが原因で退場処分になった。
「鬼人正邪選手、退場。
 理由はわかりますよね?」
「はぁ? わかんねえよ! ただの気絶だろうが!」
「あなたにはその道具を使いこなすことができていないようです。手加減できない道具を持ち込むことは認められません。審判権限で退場を命じます」
 審判は駄々をこねる正邪を問答無用でつまみ出す。
 これでコート上は二対二、ルナチャイルドはこの試合には復帰しない。医者が復帰はさせないと断言した。チルノも大妖精も永琳の言うことには従っている。
 大妖精が姿を消す。
 私と針妙丸は声を合わせて動き回る。結果、大妖精のインビジブルショットは外れた。
 私がボールを取ると大妖精の姿が再び見えなくなる。
 ……ふふ、ふははは、透明化程度なら見つけられるぞ。おっと、いけない。意識を集中しないと……見つけた。コートの隅だな……。
「針妙丸、ほら、あそこに大妖精がいる。一緒にさ、ツインショットで倒しちゃおうよ」
「! よくわかるな。私には全然見えない……わかった。合わせるよ」
 二人でボールを持つ。
 私の全速力に合わせて針妙丸が走ってくれる。私の手の甲に針妙丸の手が重なる。
 二人同時に腕をフルスイング。方向は私が定め、威力は私と針妙丸の二人がかりで出す。
 見事に息の合ったツインショット……大妖精がいくら警戒していてもこの威力なら撃ち取れる!!
「大妖精選手アウト」
 チルノにも隠れた大妖精がどこにいるかわからなかったらしい。パーフェクトフリーズの発動タイミングを逃した。
 これで、これでようやく一対二……勝利への予感だけで鼻血を噴きそうなぐらい興奮している。
「良し! これで逃げ回れば勝てる!」
「まだだ、サリエル。ルナチャイルドの分が残っている。彼女はアウトで退場したわけじゃない。チルノを倒さないと大将が残留で負けるぞ」
 針妙丸の言葉を肯定するように審判が頷いている。
 思わず舌打ちした私に対してチルノが鼻を鳴らす。
「そんな心配するなよ。お前ら二人共、あたいが撃ち取るからな」
 そっとチルノが地面に触れる。
 地面が凍る。試合会場がスケートリンクの如く凍結していく。
 ……直撃したら踏ん張れない。滑って転んでボールをこぼす。かといって空中ではよけるだけの機動力がない。
「いいよな、審判。一回戦で幽香も諏訪子も地形を変えるのやってたしさ」
 冥府の裁判長相手に随分な口の利き方だが、言われた当人は手でO.K.のサインを送っている。
 私からしたら“そんなんありか!?”と叫びたい気持ちだ。
 視界錯視(サニー)に音声封鎖(ルナ)に環境変化(チルノ)……おまけにピンポイントショット(スター)とインビジブルショット(大妖精)……なんていう強敵だろう。絶対に勝ってみんなに大威張りしてやる。
 チルノがスケートを履いて、壁際でクラウチングスタートの姿勢を取る。
「もうお前らに手加減してやる必要はないよな?」
 チルノの手の内にアイスホッケーのスティックが形作られる。身長に比べてやたら長い。
「神奈子や正邪を見て思ったんだ。道具を使っていいなら、もっともっと全力が出せるってな」
 チルノが素早い手つきでスティックを操る。全力でボールを弾き飛ばす。ボールは摩擦ゼロの氷の上、速度を落とさず結界の壁で反射する。
 チルノは中央を全力で進む、ロケットスタートを切ってボールを壁との間ではじきながら前進する。
 コートの中央、ボールのスピードを維持したまま、スティックですくい上げて、全身のエネルギーをボールに伝える。
「アイスアクセルショット」
 信じられない速度! 狙いは私なのか!? だめだ……とてもよけられるような速度じゃない!!
「大きくなあれ!!」
 針妙丸が叫んでお椀の盾を召還している。目の前で黒く大きな盾が展開する。
 ボールは大きくはじかれて逆にチルノを直撃している。
「小槌は使わないって言ったけど、守るためならいいよな?」
 針妙丸が笑ってくれた。私はしりもちつくだけで手いっぱいだ。
「ありがとう、助かったよ」
 パチパチパチと審判から拍手が聞こえる。
「ええ、その判断は評価します。
 ですが、少名針妙丸選手アウト。わかっていますよね?」
 針妙丸は大きく頷いている。
「ああ、盾は体と同じ扱いだろう? じゃあ、サリエル。正々堂々と頑張って、願わくは勝利を」
 私も頷く。ここまでやりあった以上、全力を出し切って勝負をする。針妙丸を見送って相手コートを見る。
 自分の投げたボールがほぼ減速無しで顔に直撃し、鼻血を噴いているチルノが見える。しかし、その程度で戦意喪失とはいかない。審判が私とチルノを見ている。
「チルノ、あなたも少しは反省できましたか?」
 チルノはその言葉に首を横に振っている。
「わかんないよ。強い相手に全力を出す。何がおかしいんだ?」
 審判が呆れて肩をすくめる。
 ボールはチルノが顔面直撃したせいでこっちのコートにある。鼻血噴いているチルノにはボールを止める暇がなかったのだ。
「では、草の根友の会のボールで試合を再開します」
 ボールを手に取る。
 今の自分には大したことはできない。
 ただ全力で飛んで投げるだけだ。
 チルノは“かかって来いよ”と右手で誘っている。
 一呼吸、震えるほどの緊張、チームの勝利が私の双肩にかかっている。初めてのプレッシャーを感じる。
 対等の戦いだ、逃げるわけにはいかない。振りかぶったまま、全力で飛ぶ。コート中央ライン上で転倒をもじさない全力ショット、案の定氷の上をこけたまま滑ってしまう。
 顔を上げる。両手で私の全力を受け止めてくれた人が立っている。その顔はとんでもない笑顔だ。ああ、私もこんな風に笑ってみたかった。
 相手が振りかぶる。滑る手足をばたつかせ、慌ててコートに戻る。
 ボールをジャンプでよける。そして直角に上昇したボールの直撃で撃墜された。
 歓声が降る中、チルノが高々と拳を上げている。
「サリエル選手アウト、草の根友の会全滅により勝者フェアリーミックス」
 歓声がひときわ大きくなる中、悔しさがこみあげてくる。自然と涙がこぼれる。身体能力のすべてがチルノには及ばなかったはずだ。だからこんなに悲しいはずはない。戦えば負けるなんてことは試合前からわかっていたはずだ。
 あと少し、連携ができればとか、コート中央で油断さえしなければとか、もっと、もっと練習していればとか、後悔してもし切れない。
 声を上げて泣く。
 

「影狼のせいだからね?」
 泣き疲れて寝てしまったサリエルをわかさぎ姫が抱き留めている。
 影狼には私の言葉がわからないようだ。なんで、サリエルが泣いたことが私の責任なのか? って驚いた顔をしている。
「サリエルは感情が爆発するほど試合を楽しんでいたはずだけど?」
「爆発して泣いちゃったのは、影狼のせいでしょ?」
 私は挑発するように影狼を見ている。一種のなぞなぞだ。影狼はメンバーを見るが赤蛮奇は“近くにいると火傷する”とわかったような口を叩いて観客席に逃げて行った。
「し、針妙丸」
「影狼殿、残念だが、私にもわからない。火傷しないうちに正邪を探しに行くよ」
 影狼は救いを求めるように針妙丸を見るが、口実つけられて逃げられてしまう。慌ててあとを追おうとするので服の端をつかむ。
「影狼ってさ、攻められると逃げる癖があるよね?」
 初めて影狼を追い詰めたかもしれない。自分の言動で影狼がドギマギしているのを見るのはちょっと楽しい。それでいて少し腹立たしい。
 影狼に取ってほしいのはこういう態度じゃない。情熱的な態度を、力強い意思を、恰好良い影狼を見たかったのだ。そしてそれはフェアリーミックスを打倒して勝利のこぶしを突き上げた影狼だった。きっとサリエルだってそれで大喜びしたはずだ。
 服の端をつかんだまま、グイっと近づく。視線の先で影狼の目が泳いでいる。影狼が情けない姿をするから思わず頬が膨れてしまう。
「え、えっ~と、ご、ごめんね」
 違う違うそうじゃない。謝る姿が見たいわけじゃない。なんでわかってくれないのだろう?

 この後、影狼は見当違いの言動でさらにわかさぎ姫の頬を膨らせてしまい、事情が分かるまで針のむしろに座らせられた。

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