Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
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幻想郷第一回ドッジボール大会 一回戦 第二試合 
一人でセンニン VS お花屋さん

 第二試合の準備が進められる。
 私のチームの面々の顔が暗い。まあ、仕方ないか。相手には風見幽香がいる。超ド級、特A級のそのまた上の危険人物だ。
 ひとまず勝てれば一息つけるだろうが……暗澹たる思いだ。勝つ手段としてはひとつ、周りのリグル、ミスティア、ルーミア、メディスンを倒して ポイント差で勝利を収めるしかない。
 神子もメンバーに対して危険を感知したら即座にリタイアすることを念押ししている。
「大変なことになりましたね」
「ええ、全く。初戦がまさか幽香だとは思いませんでした」
「一応確認しますが、チームとしてのリタイアは無しですか?」
 神子が苦笑いしている。その態度を言葉にかえれば“もう、引っ込みがつかない”ってところだ。
「私としては華扇さんをとんでもないことに巻き込んでしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
 私は“それは構わない”と告げた。紫を放置するわけにもいかないし、下手すれば萃香のチームと初戦で激突していたかもしれない。その時の危険度は幽香に比肩する。どの道激突する運命だったとあきらめるほかないのだ。
 布都も屠自古も顔が暗い。芳香だけが何にもわからずに不気味な笑顔を振りまいている。
「少し待っててください。一応作戦を立てますから」
 神子の声に黙ってうなずくしかなかった。

 両チームがコートに入場する。
 コート上での最終チェックだ。神子がこの時に相手チームの観察を行っている。大体の思いを理解すればおのずと相手の作戦がわかるとのことだ。
「……幽香は最初、見に回りますね。他の子のほうがやる気になってます。“作戦は各自自由に”のようですね」
「うん? そうですか……幽香はやる気がないのかな?」
 私の視線の先で幽香は結界に寄り掛かり、腕組みしている。視線は子供たちを見ているようだが闘気とか覇気というものがない。本当にやる気がないようだ。
 じっと見ている私の視線に気が付いたのか、幽香の目線が上がって一瞬だけ目が合う。
 “何見てんだ? 殺すぞ?”、殺気をたたきつけられて、瞬間的に気圧された。
 慌てて視線を外す。いつでも幽香は臨戦態勢に入れる。ほんの僅か試合運びを間違えただけで幽香が本気になる。それが確認できただけでも良しとしよう。
「両チーム、準備願います」
 審判の声で全員が結界に張り付く。
 全員の視線がボールに集まる。そんなときふと気になって幽香を見た。幽香となぜか視線が合う。こいつボールを見ていない! こっちの状況をコートの端で確認している!
「試合開始!」
 こっちがあっけにとられている間にゲームが始まる。
 遅れて中央を見ればメディスン、リグルがボールに突進している。ボールはリグルが抑えたが……こっちのチームは幽香を警戒していたこともあって前進したのは芳香だけだ。
「ボールをよこせぇえ!」
 芳香が勢い余って中央ラインを超えて前進する。
 冷静にそれを見てからリグルがボールを当てる。芳香の関節が固すぎてキャッチどころではない。手で叩き落としただけだ。即座にアウトが告げられる。
 芳香が本当にどうしようもない勢いで退場し、試合開始十秒も持たずに四対五という不利な状況に陥る。
 そのうえボールは相手コート……ルーミアがその手にボールを持っている。
 突如として視界がふさがれる。一気に暗闇の中だ。
 さて、狙いは誰か? 私かな?
 意外に歓声が大きくて音を探るのが難しい。
 しかしルーミアの投げるボールだ。当たるわけにはいかない。軽く飛び上がる。
 ルーミアの話を伝え聞いたところでは本人も暗闇の中、視力ゼロらしい。暗闇に驚いて棒立ちさえしなければ恐らく当たるまい。
 見当違いの方向からボールが結界にぶち当たった音が聞こえる。
 誰も一掠りすらしていない。
 ボールが転々とした先で拾い上げる。こっちのコートは暗闇のままだ。
 音だけで拾い上げるってのもなれないと難しい。
「誰か投げたい人はいますか?」
 誰からも返事がない。暗闇の中当てられないってのもありそうだが……神子なら相手の居場所がわかるはずだ。それでも黙っているってことは好きにしていいってことかな。
 ならば、暗闇は邪魔だ。ルーミアを仕留めさせてもらう。
 暗闇の術の発生源を探る。術の流れを仙術でたどる。
 多分これだ。軽く投げる。強すぎてはいけない。幽香に観察されているのだから。それに、そもそも本人も暗闇で見えていないなら、タイミングがつかめないはずだ。
「あ? あたっちゃったー!」
 変に間延びした声が聞こえる。その直後、暗闇が明ける。
 金髪の少女が頭を掻きながら仲間に頭を下げて退場する。
 これで四対四……ボールは相手コートだが今度はメディスンがボールを持っている。
 ダッシュからの全力投球……う~ん。体格が違いすぎる。はっきり言って遅い。軌道上の神子も簡単にキャッチしている。
「今だ!!」
 メディスンの掛け声とともにスズランの花粉が噴出される。……それも全部読み取っていた神子はタイミングを合わせて鼻をつまんでいる。スズランの毒なんて吸い込まない。
「えっ!? な、なんで?」
 神子は他人の欲の声が聞こえる。相手が何を望んでいるのか、どういう行動を起こすのか、そういうことが透けて見えている。何をされようが手の内を読んでいる以上、対応できる。
 そして神子は自分で投げるつもりがないようだ。毒を払うと布都にボールを渡してしまう。
 神子からボールを任されて意気揚々と布都がボールを投げる。狙いはミスティアだ。ミスティアがボールの速さに戸惑っている間にアウトになる。
 ボールは幽香の足元に転がるが、幽香はそれを無造作に拾ってリグルに渡している。
 リグルが必死の形相で布都に投げつけるも、はっきり言って力の差がありすぎる。五ボスと一ボスでは流石にレベルが違う。ごくあっさりボールを止められてしまった。
 布都は笑って今度は屠自古にボールを渡す。
 屠自古は電荷を使ってボールを浮かべる。両手をまっすぐ伸ばしてレールを模擬する。
 レールショット、電荷もほどほどにリグルの膝を狙って射出する。
 当たった威力でリグルがしりもちをついているが、それだけだ。ケガはしていない。
 第一試合とは打って変わって静かに淡々とゲームが進んでいく。ポイントでリードするのは計画通りなのだが、逆にそれが恐ろしい。
 現在四対二、残りは幽香とメディスン……メディスンを倒さずともポイント差で逃げきれる状態になった。
 悔しそうな顔でメディスンが幽香にボールを渡している。
「何? 別に私、投げたいとも思ってないんだけど」
「……私じゃアウトが取れない……」
「別にいいわよ。遊びたかったんでしょ? 好きなだけ投げればいいじゃない。私は手出ししないからさ」
 その言葉にメディスンが顔を赤くして幽香の胸倉をつかんでいる。こっちとしてはそんなに幽香を刺激してほしくない。動揺が広がったのは“一人でセンニン”チームのほうだ。
「チームメイトでしょ! 勝利に貢献してよ!! 一緒に勝とうとしてよ!!!」
 この叫びにも幽香は動じていない。
「勝利に貢献ねぇ……言っておくけど、あなたたちより相手のチームのほうが格上よ。芳香は例外にしても、あんたたちじゃ布都も倒せないでしょ? そんな程度で勝利に貢献しろ? ちゃんちゃらおかしいわ」
 役に立たないと図星を指されてメディスンが幽香の頬を引っぱたいた。音だけなら大きい。あまりの出来事に観客まで静まり返る。
「もういい!! 幽香なんかあてにしない!!」
「あっそ、私もあんたなんかあてにしてないわよ」
 メディスンはこの言葉が心底悔しかったんだろう。思いっきり幽香の足を踏みつけてから、ボールを構えている。
「私一人でお前ら四人片付けてやる!」
 この宣言の後ろで幽香はあくびをしている。本当にやる気がないらしい。これなら二回戦進出はなったも同然だろう。
 メディスンがスズランの毒をボールに込めている。毒を操る程度の能力で毒漬けのボールをコントロールする。当たるまで追跡させる気らしい。
 それを目の前で確認してから投げてくる。しかしメディスンの全力投球とはいえ、この速度なら……残り時間を全員で逃げ回ることも可能だ。
 ……不憫だな。
 接近したボールを蹴鞠の要領で真上に蹴り上げる。たった一発のけりですべての毒を吐き出させる。
 空中に放りあがったボールは包帯を巻きつけた仮の手で止める。
「あっ!? ぐぐ、くそっ!」
 メディスンは悔しさと恥ずかしさで泣きそうになっている。少しかわいそうだがこれでアウトになってもらおう。
 手首だけの力でボールを投げる。
「着弾、メディスン選手アウト」
 まあ、分かっていたことだ。
 あてられた当人は今までこらえていた悔しさが爆発している。人目もはばからず号泣してしまった。
 審判が試合を中断し幽香になだめるように指示している。
「……お守りのうえに子守りか……」
 そんな幽香の声を聴いた。いいすぎだと思う。そして幽香は思ってもみないことを要求してくる。
「ちょっとあんた……華扇だっけ? あんたが泣かしたんだから、あんたがあやしてよ」
 この変化球には、言葉を失うしかない。
 今までの過程が理解できていない。
 いくら何でもこれで黙っていられるほど大人しいつもりは無い。いつもの説教癖が出た。
「幽香さん、あなた自分のしたことが理解できてないの?」
 この言葉にムッとしたようだ。
「私はちゃんとお守りをしたわよ。紫や萃香のチームと当たったのなら、ちゃんと守るために行動したわよ。あんたら程度に勝てないならそれは仕方ないことじゃない?」
 ダメだこいつ、全然理解していない。メディスンは“一緒に勝とうとする仲間”を引き入れたつもりだったのだ。こんなこと言っている奴は勝利を目指した仲間ではない。足を引っ張った敵でしかない。
 あまり刺激しないように行動していたがもういい。人の気持ちも理解できない奴に気を遣うなんて馬鹿馬鹿しいことだ。
 メディスンに話して聞かせるように幽香を口撃(こうげき)する。
「あなたは私たちのチームに勝てるつもりだったのよね」
 メディスンが引きつりながら頷いている。
「でも幽香が裏切った」
 顔は見えないがしっかりと強く頷く。
「悔しいだろうね。味方がまさか裏切ってくるなんてね」
 幽香が爆発寸前の雰囲気になる。「ちょっと待て、私がいつ裏切った? お守りはしてやってたんだぞ?」との言葉を無視する。
「勝利を、優勝を見ていない仲間なんていらないよね?」
 子供を促すように言葉を選ぶ。
 この言葉でメディスンが華扇に泣きついた。ここで幽香にとどめを刺す。
「幽香さん、あなた戦力外ですって」
 幽香の握りこぶしがバキリと音を立てる。それを涼しい顔で流してメディスンの背中をポンポンと優しくたたく。幽香の目の前でより強くメディスンが私にしがみついた。
 これが答えだ。顔であざけってゆっくりコートの外に出る。
 外で“お花屋さん”のメンバーにメディスンを引き渡す。
 振り返ればどす黒い妖気を漂わせた幽香がいる。
「殺す」
「お守りは終わったんでしょう? さっさとリタイアしたらいかがです?」
 しれっと挑発して自陣コートに戻る。
 うちのチームメンバーは全員蒼白になっていた。
 ぺこりと頭を下げる。
「……これから大変ですよ?」
「申し訳ない。幽香に気を遣うよりもメディスンの心を代弁してあげたかった。責任は私がとります。神子殿、先にリタイアしてください」
「付き合いますよ。人を正しい方向に向かわせるのは大変ですから」
「幽香は妖怪ですけどね」
 二人でくすっと笑う。
 向き直って審判を見れば試合が再開される。神子が降りないのなら布都も屠自古もリタイアしないつもりだ。
「全員自殺志願者ってことでいいのよね?」
 言葉が終わらないうちに幽香が構えている。誰一人狙っていないそのボールの威力で全員が跳ね上げられる。
「アースクラック」
 幽香が自陣コートにボールをたたきつけたのだ。威力で土のコートが割れる。上からコートを確認した奴がいれば数十の稲妻が走ったようにひび割れたのが確認できたはずである。
 幽香が次の手を打つ。利き手を地面に突き刺して自分の力を一気に流す。
 ひび割れた地面からツタが伸びてコートを覆う。
 こちらは全員が飛んだ。着地したらその時点で終わる。ツタで身動きできないほどに拘束されて一撃必殺される。
 布都が炎符「廃仏の炎風」で焼き払おうとするが、ひびの奥底までは炎が入らない。焼き尽くせなければ最初に逆戻りする。布都の笑いはもはや乾いている。それだけの相手がキレてしまった。
 そして相手コートではさらにやばい物が召喚されている。ハエトリグサとモウセンゴケ、どっちも食虫植物として有名だ。さらに言えば、目の前で幽香が力を流して肥大化させたそれはもはや食獣植物、下手すれば熊でも餌にする勢いだ。
「元からお前ら如き、私一人いれば十分」
「その傲慢な態度がメディスンを泣かせたことを知るべきです」
 幽香がめり込んでいたボールを地面から引き抜く。
 その顔は悪鬼と言っていい。口が耳まで裂けている。
「死ね」
 端的に言ったその言葉が実感できるほどの速さと威力が私を襲う。
 キャッチしたまま結界にたたきつけられた。ボールをこぼさなかったのは自在に動かせる右手のおかげだ。こぼれそうなボールを支える。
 久しぶりにここまでの衝撃を受けた。はるか昔の仲間に匹敵する力だ。
 こぼさずに捕球をし、かつぴんぴんしている私を見て幽香が強く笑う。
「新手のサンドバッグね」
 私に対する評価はそんなものか……。
 ひび割れた地面に立つ。即座にツタが絡まってくるが私の力があれば問題ない。
 ツタは力で引きちぎりながらダッシュ投擲を行う。
 幽香に直撃し転倒させたがモウセンゴケがクッションになってあまり効果があるようには見えない。
 すんなり立たれて反撃を受ける。
 先ほどの「アースクラック」を直接撃ち込まれた。
 余りの威力にボールをこぼす。
 カバーに神子が入ってくれなかったらそのままアウトだった。
 神子は手にしたボールを布都に渡す。布都が全力で炎熱を込める。
 灼熱と化したボールをさらに屠自古に渡して電荷を上乗せする。
 雷熱「レールガンショット」
 布都と屠自古の合体必殺技だ。
 命中すれば電撃と炎熱が同時に幽香を襲う。
 光の矢と称されるほどの速度で幽香を直撃する。
 しかし風見幽香の防御力はそこいらの妖怪と一線を画す。電撃だろうが炎熱だろうが、ちょっと強いぐらいじゃ効果がないのだ。
 ワンハンドキャッチされる。
 視線がギロリと屠自古に向く。
 邪魔だと言わんばかりに肘から先の動きだけでボールをぶち当てる。
 幽霊を貫通したそのボールは結界を跳ね返って幽香のところに戻った。
「屠自古選手、アウトです」
 次の視線は布都に向ける。もはや蛇に睨まれた蛙……棒立ち以外にできることはない。
 私に向けられたボールよりは比較的ましという威力で布都に直撃する。太ももにボールの跡がくっきり残ったが、あざだけで済めば御の字だ。ボールは跳ね返って幽香のコートに行ってしまう。
 次のターゲットは神子らしい。私を最後に残して徹底的に叩き潰すつもりのようだ。
 神子は流石にレベルが違う。欲の声が聞こえるからか、幽香のボールを先読みしてかわしている。ボールは威力が高すぎて結界で勢いよくはじかれるとこちらのコートにとどまることがない。
 連続で攻撃していた幽香だが、だんだんと機嫌が悪化していく。いや、元から最悪だったが、アウトを簡単にとっていたときは嗜虐心が満たされていたからまだ笑っていた。だが、だんだんと笑みが消えていく。
「……申し訳ない。私は次の球がよけられません」
「わかりました」
 神子の思いを口にする必要はない。欲が見えるのだ。“次、よけたら殺す”って心の本音が聞こえてしまったんだろう。
 神子が幽香の剛速球を手先ではじいて地面でバウンドさせる。ボールは私の手元に来る。最後のアシストをして神子が退場する。
 これが最後のチャンス、幽香と一対一だ。
 ちょっと昔の力が欲しい。まだ、両手がそろっていたころの力があれば幽香に勝つ方法だってあった。でもだめか、人になってみたくて無理やり自分の力を削ってしまった。
 覚悟を決めてボールに力を流す。これまでに身につけた仙術でボールを硬質化させる。
「幽香さん、次の攻撃が私の全力です。必殺のつもりで撃つので、できればよけてください」
 幽香が笑って首をかしげている。翻訳するなら“そのジョークとっても面白いわ”って顔だ。
 全力でなければアウトは取れない、しかし、全力では幽香ですら危うい。怪我をする可能性が大だ。だがその覚悟はした。
 怪我の責任は私がとる。
 硬質化させたボールの隅を全力でけり上げる。
 固くなっているはずのボールが遠心力でせんべいの如く平べったくなった。
 その超高速回転しているボールの回転軸を、全身を回転させたけり足で精密に貫く。
必殺「穿・孔」
 今持てる限りの力と人にあこがれて身につけた蹴鞠の技術、力と技を両立させた現在の自分の最強の一手だ。
 精密に貫かれた先端が鋲のようにとがり、先端によって引き絞られた円周はドリルの溝の如きらせんが描かれる。
 円周に触れれば弾き飛ばされ、先端をまともに受ければ体に穴が開く。
 そして幽香はその軌道上から微動だにしない。
 両手を広げて捕球する気だ!!!
「あはっ、あははははは!!!」
 幽香の馬鹿笑いがこだまする。必殺の「穿・孔」が幽香の腹に直撃する。
 摩擦で服が焦げる。
 ボールが白熱する。
 受け止めきれなかった衝撃で幽香が結界にたたきつけられる。
 自分の拳が震えている。こいつ、いったいどれだけの化け物だ!?
「あ~痛い。見てよ、あざになっちゃったじゃない」
 腹の周囲だけ服が燃え尽きている。あらわになった肌には赤いあざがある。薄く血がにじんでいるのかもしれない。
 ……たった、それだけのダメージ?
「きっちりお礼をしないとね~」
 私が見てる目の前で幽香が二人に分身する。一人はアッパーカット、一人は打ち下ろしの拳骨、ボールの外周を対角に挟んで、真逆の方向に叩いて回転させる。ボールが私の時の様に高速回転してクレープの皮の如く薄く引き伸ばされる。
 回転中心を指先でとらえて押す。
物真似「穿・孔」
 私が必死に身につけた技術を一目見ただけで完全に模擬して繰り出してくる。
 脅威の学習能力、嗜虐心、その身体能力も……噂以上の怪物だ。
 目の前に迫ったボールをよけることを忘れた。
 たとえよけても反撃の手立てがない。反撃しようとする心をへし折られた。
 直撃してしりもちをつく。
 ? 想像していたほどの衝撃が来ない。
「あらやだ。硬質化させるのを忘れちゃった」
 幽香はそういっているが……顔を見れば意図的だったのがわかる。手の内で踊らされたか……。
 これにて一人でセンニンは全滅、勝利はお花屋さんに決まる。
 片手をあげて幽香が勝利を観客にアピールすると、さっさとコートを降りてしまった。自分も仲間のところに戻る。全員に頭を下げた。
「みんな、申し訳ない。九分九厘、勝っていたのに」
「いえいえ、上出来ですよ。大してダメージもなく敗退できましたし、今、幽香の欲を聞きましたが“痛くて吐きそう”だそうです。顔に出さなかっただけで内臓にダメージが通っていたようですね」
「……そうですか」
「そう落ち込まないでください。大丈夫ですよ。怪我をさせたことも、真似されたことも、全力で頑張ったことに比べれば大した問題じゃありません。結果はいずれ出ますよ。それもよい結末がね」
 神子の笑顔に押されて私は観客席に向かう。せめて、この大会の結末を見届けたい。


「ぐぶっ、あの華扇の馬鹿野郎……いきなりあんな技打ちやがって」
 幽香が会場の端の人気が無い所で息を整えている。観客やほかのチームの手前、強気にふるまっていたが、本格的に内臓にダメージが浸透した。
 一試合ぐらいなら自分のパワーで圧倒できる。だが、こんな戦い方してたら決勝を待たずにボロボロになる。そんなことは参戦チームを見ればわかっていたことだ。
 だから、メディスンたちには一回ぽっきりで遊んでもらうつもりだった。変に力が削れた状態で萃香、紫なんかと連戦したら守れるものも守れない。しかし、華扇に乗せられたせいで無駄に力を使って、さらに言えば勝ってしまった。
 ああ、クソっ、考えがから回るってのはきつい。次は白蓮が相手になる。お守りをしたまま白蓮と戦うのはしんどい。
 紫が“参加賞”として配った飲料水のペットボトルを開ける。口をゆすいで吐き出したものには血が混ざっていた。
「幽香、大丈夫なのかー」
 ルーミアか……まあ別に見られてダメなものでもないが、変に勘ぐられては困る。
「しっしっ、あっち行ってなさいよ。お友達が待ってるんでしょ?」
「うん。それなんだけど、ミスティアもリグルも幽香の足を引っ張ったとか言って死にそうな顔してるんだよ」
 頭痛い。ルーミアたちが役に立たないのは知っていた。
「別にそんなの気にしてないわ」
「それをみんなに言ってあげて」
 ルーミアが幽香に手を伸ばしてくる。……正直、しばらく休んでいたいが、説明はしてやらないと。
 ルーミアに連れられて進んだ先にはリグルとミスティアが蒼白な顔で、メディスンが背を向けて沈んでいた。
 ……勝つことには勝ったが、こういう状況はチームの瓦解って言うんだろうな。持前のパワーで味方全員を振り回したわけだ。
「さっきの試合のことだけど」
 びくっとリグルが反応する。
「別にあなたたちに怒ってはいないから、あなたたちの力が不足してるはわかってたから」
 リグルたちはそれでほっとしているようだが、メディスンが余計へこんだ。期待していたと言えばリグルが倒れる、期待していないと言えばメディスンが落ち込む……あちらを立てればこちらが立たずだ。めんどくせぇなこのチーム。
「そ、それじゃあ、次はどうします?」
 リグルが期待のこもった瞳で見てくる。私がいれば負けるわけがないって顔だ。
 ……はっきり言って勝ち進むってのは私にとっては得策じゃない。でもこの顔は優勝すら期待している。……迷惑だ。
 でも、この願いを無下に踏みにじったら華扇がうるさそうだ。そのうえ次戦が白蓮、絶対に同じことを言いだす。
 全く! 参加しなけりゃよかった!
 少し白蓮のチームを考えてみる。リグルレベルなら、白蓮を倒すのは絶対に不可能。寅丸もおそらく同じ……村紗はよくわからん。小傘と響子はいいレベルだろう。
 ……卑怯かもしれないが私が白蓮を引き受ける。寅丸以下を全員押し付ければ……リグルたちは敗退する。
 そのあとリタイアすればいい。そういう約束をする。
「次は私が白蓮を引き受けるわ。あなたたちは残りの奴らをお願いね。それで、悪いけどあなたたちに白蓮以外が倒せないなら私はリタイアさせてもらうわ」
 リグルが焦った顔になる。
「えっ? 幽香さん、それは――」
「問答無用、私の力を見たでしょ? 私が小傘とか狙ったら大怪我するわよ? 相手に重症を負わせるぐらいなら私はリタイアする。良いでしょ? それとも誰かに大怪我させてでも先に進みたいの?」
「わ、分かりました。寅丸さん以下全員を私たちで倒します」
「いい答えね」
 幽香が笑ってリグルを撫でた。
 あとはメディスンだ。
「メディスン」
 声をかけたのに背を向けたまま答える気配がない。
 ならばこちらは一方的に言うだけだ。
「……答えないなら別にいいわよ。今ね、試合会場にモウセンゴケが生えてるのわかるわよね? あれの毒を全部回収してきなさい。粘着質の毒だからボールを取るのに役に立つでしょうよ。
 誰の手助けとか、力を借りたくないなんて安っぽい感情は捨てなさい」
 これだけ声をかけてもメディスンに動く気配がない。頭をかいて、音量を上げる。
「私を頼りにしたいんでしょ? だったら私が任せられると思うぐらいの力を見せなさいよ! うじうじしてないで新しい力を集めてきなさい!」
 すっと立ち上がって試合会場の方へ走っていく。こっちを全く見ないでだ。
 プライドとかそういうものがメディスンにあるのはわかっている。だから口答えせずに走っていったなら上出来だ。私なら拗ねて腹いせに暴れ狂っていただろう。でも、もっと言うならお礼が言えたなら最上だった。
 ため息をつく、このチームは難しい。これからどうなるかは幽香自身にも読めなかった。

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