Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
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幻想郷第一回ドッジボール大会 二回戦 第三試合 
アンリミテッドパワーズ VS 紅魔・スカーレットデビルズ

 ……ヤバイ、妹がヤバイ。全然言うことを聞かない。激戦にあてられて興奮が収まらなくなっている。
 今、無理やり運命「ミゼラブルフェイト」で拘束して、上から私が押さえつけているが、下手をすれば拘束がはじけ飛んでしまいそうな状態だ。
「落ち着けフラン、ここで暴走するようなら“紅魔”チームは辞退するぞ」
 魔力で構築した鎖がようやく落ち着く。ため息が出る。ここで拘束を解いたら……コートに入場するまでに何人の死人が出るかわからない。
 拘束したままコートに入場する。
「いいか、フラン。今から紅霧でコートを覆う。それが終わったら出――」
「待てない!!!」
 鎖が勢いよくはじけ飛んだ。散弾銃よりもひどい。全方位に破片の雨が降る。コート上、結界の中で本当によかった。これがコートの外だったら……考えたくもない。
 舌打ちして霧を生産する。 十秒ほどでコート上空に分厚い霧の壁ができた。
「姉さま。酷い。なんで拘束したの?」
「お前の魔力が駄々洩れで、荒れ狂っていたからだ! 私が押さえつけなかったら周りにどれだけ被害が出たか……わかっているのか!」
 私の怒りに妹はキョトンとしている。あ~、ダメだこりゃ、全然わかってない。最近覚えたはずの手加減とか自制ってものがものの見事に吹っ飛んでいる。
 心の高鳴りと魔力が完全に連動している。この状態で“相手にボールを投げる”なんて攻撃的な動作をしたら、間違いなく一撃必殺してしまう。
 頭が痛い。コートの外では咲夜達や審判、アンリミテッドパワーズが待機している。そいつらにもう少し待てとサインを送る。
「姉さま、何してるの? 早く始めようよ。早く、早く、早く」
「フラン、まず、深呼吸だ。わかるだろ? 息を吸って――、吐く。
 ゆっくりとだ。
 私に合わせろ」
 レミリアとフランが向かい合って、端から見たら仲睦まじく、呼吸を合わせている。
 しばらくしてようやく魔力が激しさをなくした。ただし無くなったわけではない。コート内にサウナの熱量の如く充填されている。まあ、さっきまではこれを竜巻で撹拌していたような状態だったのだが……むせかえるほどに圧を感じるとはいえ、呼吸ができないわけではない。
 私が合図をすると咲夜を筆頭に家のチームが入場してきた。続いて相手チーム……一人だけ口を押えて救急所に走っていったが、気にしてはいけない。
「あ~あ、はたてはまたぶり返したのか?」
「仕方ありませんよ。まだお酒が残っていましたから」
 射命丸と萃香の会話が聞こえる。今、走っていった奴の名前なんてどうでもいい。審判を見る。
「おい、審判、向こうは四人だが……人数合わせするのか?」
「あれは自己管理不足です。このまま五対四で始めます」
 ……できるなら、人数合わせという形で咲夜を引っ込めたかった。このまま超至近距離で長時間、高濃度の魔力を浴び続けたら寿命が縮んでしまう。
 仕方ない。五分以内に決着させる。かたが付かなきゃ、無理にでも咲夜を退場させる。そう思って顔を上げればフランがすでに相手コートにいる。
「射命丸だよね? 魔理沙とやってたことを私とやらない?」
「ええ、いいですよ。どうせ私が勝ちますから」
「え~っと、ボールの早取りと早撃ちね」
 射命丸は不敵にその提案にうなずいている。私の見立てでは、フランは瞬間加速度、最高到達速度のその両方で射命丸に届かない。同じ土俵には上がれるだろうが、さすがに相手に一日の長がある。
 ……一秒に満たない瞬間で敗北したら……コートの外で暴発するのか……どうする?
「姉さま。考え事?」
「ん、っと、ああ、悪い、考え事だ。どうした?」
 流石に速い。一瞬でも迷ったら即アウトだ。暴発してしまう。
 フランドールはそんな心配事にまるで気が付かずに私にお願いごとをしてきた。
「姉さま、あのね……射命丸とボールの早取り競争するの……ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「いいぞ、咲――」
 口を押えられた。フランドールの目は真剣だ。
「咲夜は無し。私は姉さまに力を貸してほしいの」
 咲夜が視界の端でどうするのかと首を傾けている。目線だけで少し待つように指示する。
「――で? 何をすればいい?」
「グングニルの要領で思いっきりぶん投げてほしいの」
「いいのか? かなり強く握るぞ?」
「いいよ。手痕ぐらいならすぐ治るから」
 ……まあいいか、妹が私を踏み台にするぐらい。
 おもむろにフランドールの右の足首をつかんでそのまま持ち上げる。どさくさに紛れて自分の魔力で妹をコーティングする。
 はたから見ていればやっていることはバレバレだが……まあいい。やりたいようにやらせる。
 すっと、咲夜が前に出る。やってることがわかる以上、咲夜ならアシストしようとするだろう。
「咲夜、今回の戦いは手出し不要だ。お前は自分を全力で守れ、それ以上はいらん」
「そうだよ。咲夜、私は姉さまとやるの。だから、お前は邪魔なの……わかるよね?」
 咲夜が頭を下げて引っ込む。よしよし、コートの端に移動したか。
 それを確認すると足を広げて、投擲体勢を作る。かかとが結界に触れるようにして、妹を高く振り上げる。
 ホイッスルが鳴ったら、全力投擲する。
 私、ボール、射命丸が一直線上に並んだ。射命丸は先ほどまでの余裕が消えて、真剣な面持ちをしている。
「審判、チーム紅魔、準備完了だ」
 この声に呼応して萃香が「こっちもいいぞ」と合図を送る。
 目をつむる。
 音だけに集中する。
 フランドールの足がきしみを上げる。
「では、チーム紅魔スカーレットデビルズ対アンリミテッドパワーズの試合を始めます」
 審判が息を吸う音が聞こえる。
 一瞬の静寂……そして、今!!!
 目を開くと同時に投擲動作! ホイッスルの音がようやく到達する。
 私の耳は地獄耳、ホイッスルの中を息が抜ける前、審判の笛を吹くと言う動作の音を探り当ててモーションを開始した。
 ロケットスタート成功!!!
 そしてボールまでのフランと射命丸の残り距離はほぼ互角!?
 あの野郎!!! 審判じゃなく私の動きを見ていたな!?
 超特急のデッドヒートの最中フランが両手を伸ばす、射命丸は肩を入れて利き手を伸ばす、射命丸が体の使い方で十数センチの距離を詰める。
 一回戦で見た魔理沙の欲しい物に手を伸ばす技術! おのれ! たった一回見ただけで、ほんの一時間で学習してきやがった!
 ボールに先に触ったのは射命丸、ここまでやって先行されるとは! 誠に遺憾ながら、幻想最速を認めざるをえない。
 射命丸の手がボールを動かす。ボールを必死に手繰り寄せるその動作中にフランドールが追い付いた。ボールを両手でつかむと射命丸の動きが止まる!
 強引に力に任せて奪い取る。
 射命丸は腕力だけで吹っ飛ばされた。
 フランドールがボールを高く掲げたところで経過時間ゼロコンマ五秒……ワンテンポ遅れて観客の叫びが降ってくる。
「何が起こった!?」、「フランドール速ぇえ!!!」、「射命丸はアウト!?」、「すげぇぇ! フランドールが速さで勝った!」
 ……観客のボケ共が! 速かったのは射命丸だ! 見えなかったくせにアホなことを叫ぶな!!
 妹は刹那の勝負に痺れている。力尽くでもぎ取った勝利の歓喜が全身を駆け巡っているんだろう。突如として叫び声をあげる。まだ、だれ一人としてアウトではないのに勝利の咆哮を上げる。総勢で千を軽く超える観客を瞬時に黙らせる。会場が揺れて威力が駄々洩れする。
 そして、私の見てる目の前であっという間に魔力のコーティングが吹っ飛んだ。テンションに魔力が連動しすぎている。私は咲夜の前に移動して魔力の暴発を遮る。
「ありがとうございます」
「……礼はいい。それよりも咲夜、お前はここまでだ。リタイアしろ。コート内が危険すぎる」
「レミリアお嬢様は?」
「私はここに残る。フランが遊び終わったら、一緒に出るさ。
 おい、審判、試合中断だ。
 咲夜、さっさと出ていけ。
 あと、残りの連中、出たきゃ今がチャンスだぞ」
 小悪魔が縋りつくような目で、美鈴も冷汗が噴出している状態で、レミリアを見ていた。
 咲夜は頭を深く下げるとそのまま消え去り、小悪魔はそそくさと、美鈴はフランドールに声をかけて退場する。
 一挙に二対四、誰がアウトになったとかではない。フランドールが暴発した今、コート内に残れるのは強者のみだ。
「おい、そっちはどうする?」
 声に反応したのは鬼の二人組、当然のように残留、射命丸も残留を選択した。彼女はまだアウトになったわけではない。
 「申し訳ありません」と声を出したのは椛、さすがに暴走フランに対抗できる術はない。足手まといになると判断したのだろう。相手のチームで唯一辞退を申し出た。
 ボールをチーム紅魔で試合再開したときには二対三……さて、形勢は不利だが……関係ないか、妹が楽しければ、もうそれでいい。
「姉さま、一気に少なくなっちゃった。なんで?」
「……少しは自分の状態を自覚しろ」
「してるよ。姉さま! すごくすごく調子がいい! 楽しくて楽しくて仕方ないよ! 今なら今まできなかったことも簡単にできる気がする! 見てよ。このあふれるエネルギー!」
 顔を覆った。……お馬鹿、それは制御できてないって言うんだ。
 私の見立てで普段を百としたら三百以上の力が出ている。……この後、遊び疲れて、ばったりと眠ってしまうパターンだ。
 残り時間を見る。ほぼ丸々一試合分が残っている。ため息が出る。今のフランにはペース配分なんてわからないだろうな。
 ……仕方ない、今日だけは特別、妹のアシストに徹してやろう。
「フラン、この後だが――」
「もちろん射命丸を早撃ちで仕留めるよ! あああああ、楽しみ! あいつ速いよ。でも仕留めてくるからね!」
 こっちの話が終わってないのにコート中央に移動された。射命丸を手招きしている。
 ……全っ然ダメだ。話にならない。ペース配分の話をしようとしたら、完全にそれをぶち壊す行動をとられた。
 射命丸を無視して鬼どもをピンポイントショットで片付ける。あとはタイムアップで二対一……これが次戦を考慮した戦い方なのに……射命丸を倒すだけで体力がなくなってしまうぞ?
「射命丸! ハリーアップ!! 早撃ち勝負しようよ!!!」
「私に向かって“急げ”とはよく言ってくれるものです」
 射命丸が中央ラインから自陣側に一メートル離れた線を新しく引く。
「フランドールさん、特別に私の全速力をお見せします。特別ハンデとして私はこの中央ラインと私が引いたこの線の間から体の重心は出しませんよ。
 さあ! 好きなタイミングでとびかかってきなさい!! 最速は伊達ではないことを思い知らせてあげます!!!」
 フランドールがボールを握りしめたまま、笑っている。
「いいね! そういうの! 審判、合図頂戴!」
 審判はもうやけくそだ。ホイッスルをくわえて合図をする。
「二対三でボールはチーム紅魔、試合を再開します」
 ホイッスルが鳴った直後にフランドールが掻き消える。
 結界から結界へ飛び、地面を蹴って七色の閃光が射命丸に襲い掛かる。
 首を傾ける。多分手を振った時の衝撃波が飛んできた。
 地面に亀裂だけが刻まれていく。
 ダメだ。射命丸に追いつけていない。手の届くところにいるのに、差を詰める術がない。
 妹もそれを理解しているはずなのに一向に追うのをやめない。
 フランが一度止まった。
「フラン、もうそのぐらいにして――」
「はぁ、大丈夫、はぁ、いけるよこのぐらい!
 禁忌「フォーオブアカインド」!!!
 さあ、射命丸! もっともっともっと、遊ぼうじゃない!」
 終わった……今、フランドールの魔力がガタ落ちした。
 練習と称して数日前からテンション駄々上がり、ぶっ続けで動き続けて、さっきは限界以上の速度で飛んでいた。そして、特大スペルを発動……今は気持ちの乗りで自分の力が出ていると錯覚しているだけ……フランがこれほどまで早くガス欠に陥るとは夢にも思っていなかった。
 フランが上空に分身を配置している。
 自身は結界、地面、分身を使って跳ね飛ぶ。上空の分身が射命丸の行動を制限する。
 行動範囲が狭められた結果、射命丸が捕まる。
 お腹をボールがかすめた。それだけで回転しながら後方にぶっ飛んでいく。
 射命丸は結界に激突寸前で勇儀に助けられた。
「よっと! 文、もういいから休んでな。残りは私がもらうからさ」
「……くそっ、あんなの反則です。鬼の力に天狗のスピード……シャレになりません」
「はっはっはっは、いいじゃないか」
 射命丸が退場する。よろよろと力なくコートを出て行った。
 これほどの戦いをして、時計を見れば経過時間三分……残り十分以上あるが……私がいれば問題ない!!!
 ふわりと妹の前に立つ。
「フラン、少し疲れたろう? 交代するから、ボールを貸せ」
「ぜっ、はっ、いい、 いいの、姉さま、私が全ぶ、やる、から」
 全部やるって言ったって息切れしてるじゃないか……、相手は無傷の鬼が二匹だ。アウトが簡単に取れる連中じゃない。
「いいから代われ。私の活躍の場を奪ってくれるな。私はお前にかっこいい姉を見せてやりたい」
「そう? はぁ、じゃあ、ちょっとだけ……」
 ボールを渡される。
 呼吸が浅くなっている妹を壁際に座らせる。
 さあ、ここから二対一、妹を前線に出すことはもうない。手に力が入る。ここから先は私の独壇場だ。
 ボールの端をつまみ上げる。両手で左右に引き延ばす。細く、長く一気に引き延ばし、硬質化……よく自分で投げている形にする。
「お前ら、死にたい方から前に出ろ、そのぐらいは選ばせてやる」
 この言葉を皮切りに萃香と勇儀が殴り合いを始める。
「よこせ! 私の権利だ!」
「おいおい、大将が先に死んでどうする。前に出るのは雑兵の私の役目だ!」
 ……馬鹿じゃねぇかこいつら? 前に出る権利をかけて二人が喧嘩を始めた。
 そしてパンチ力では勇儀が上回った。非常に良いモノが萃香の顔面に入る。
「っしゃー! 良っしレミリア、さあ来い! 手加減不要だ!」
 ずかずかとデッドラインを超えてくる。
 ……そんなに死にたきゃ、殺してやる。
「遺言は何だ? 聞いてやる」
「同じ死ぬなら前のめりだ。死線は超えていくもの。さあ来い! この世は力がすべて、どっちが上か決めようじゃないか!」
 もういい。頭のねじがここまで吹っ飛んだ連中だとは思わなかった。命乞いをするとか、逃げるとか、泡を吹いて気絶するとかほかにやることがあるだろうに。
 もう仕方ない、引かないならとどめを刺す。 
 足を大きく開く。勇儀もそれに呼応して足を踏みしめる。
 魔力をボールに流す。勇儀が全身に力を込める。
 狙いは腹! 読み切ったように勇儀が両手を腹の前に出す。
 覚悟は決めた。
「いくぞ!
 神魔を貫け!!
 我が神槍!!!
 スピア・ザ・グングニル!!!」
 音速などとっくに超えた速さで勇儀に迫る。
 恐らく、勇儀には見えていない。超神速の一撃だ。しかしそれでも投擲タイミングは読まれている。
 勇儀が軽く後ろにジャンプして、体を浮かす。
 技の威力に乗る。私の攻撃をとらえるなら直撃が前提だ。
 腹に命中してから、貫通までの刹那に槍をつかむ。超装甲の勇儀の腹と、着弾からの超反応、そして萃香をぶっ飛ばした超剛腕、これがなければ止められない。
 ……クソッ、完全捕球された。
「っ~! い、いてぇ。流石に速い。全く見えんかった」
 突き刺さったままの槍を腹から引き抜く。
 右手は腹を抑えるとそのままだ。ジワリと赤い色が広がる。
「よっし、レミリア今度はこっちの番だな」
 まるで問題ないふりをしているが、右手は血を抑えるので手いっぱいだ。
 左手でボールを思いっきり振りかぶって右足にたたきつける。
 そして思いっきり右足を振り抜く。左手の力を利き足で弾き飛ばす。鬼の力はけた違いだ。自分自身で全力を反発させて、ボールに力を与える。
 超音速の仕返し……だが、これに反応できないほど鈍くなどない!
 よけるだけならたやすい。右に――。
「姉さま……頑張って」
 一瞬だけ体が硬直する。私がよけたら? 当然、妹に直撃する!
「しまったぁ―――!」
 両手で魔力を全力発動、両掌をボールにたたきつける。ボールに膝蹴りを入れて、全力のヘッドバッド、とどめに体にぶち当てさせて、ようやく止める。
「ふ、ふはははは、私としたことがすっかりフランに見られていることを忘れていた。危うく逃げるところだったぞ」
「はっはっはっは、さすがだね。よく止めたもんだ」
 当然止められるに決まっている。両腕が全壊? そんなもの一振りで元通りだ。
 勇儀とは回復能力が異なる。
「さあ、今度は萃香前に出ろ。串刺しにしてやる」
「おいおい、先に私を片付けてからにしてくれないか?」
「手負いは黙ってろ、萃香、さっさとしろ。お友達を早く医者に連れて行きたいだろう?」
 萃香がレミリアに誘われて前に出る。ちょっと勇儀が暴れかけたので負傷箇所を裏拳で殴って黙らせている。
「待たせたな。さあ来い、鬼の頭領の力、見せてやるよ」
「ふん、一撃でアウトにしてやる」
 先ほどと同じ構え、槍に魔力を伝導させる。
 その隙に萃香が巨大化する。そして腕を振り上げる。
 構うものか!!! 
 全力投擲を行う。
 萃香が利き手をフルスイングして槍を迎え撃つ。
 結果、槍は拳を貫通……しかし抜けきっていない。爪楊枝を取るみたいに巨大化した萃香が刺さったものを引き抜いた。
「ひゅ~、こりゃすげぇ、全力じゃなかったら射抜かれたな」
 チッ、こいつら防御力が高すぎる。普通のプレーヤーなら、即、撤退するだけのダメージを与えたはずなのにちっともこたえていない。
 萃香は体を元に戻して傷を眺めている。
「さぁてと、こっちの番だよな? 一回戦じゃ全力を使えなかったが……お前ぐらいなら別にいいだろう」
 萃香が両手で挟み込んでボールをつぶす。普通のボールならこれで破裂だろうが、今回のボールは特別性……柔軟に伸びる。
 それを利用してさらにボールを引き延ばす。丁度、金箔を作るように叩いて引き延ばしていく。
 そして大面積と化したボールをこぶしに張り付けて萃香が巨大化する。丁度拳にボールがぴったり張り付いたような格好だ。
「これが私の「メテオハンマー」だ。一撃必殺してやるよ」
 萃香が撃ちやすいように前に出る。コート中央で迎え撃つ。
 本来なら軽くよけてやるところだが……コート内に移動が限定された上に、端で妹が見ている。よけるなんてことが許されるパターンではない。
 萃香の攻撃を鼻で笑って取り押さえるしかない。
「必殺できるものならやってみるがいい。さあ、私はここだ。かかって来い!」
「言われなくとも! いざ、止めてみやがれ!!
 必殺 メテオハンマー!!!」
 巨大化した萃香の拳が落ちてくる。地上で受けたら必ずつぶされる。
 魔力を全部つぎ込んででも止める。
 不夜城レッド!!!
 ボールを張り付けた拳をめがけて紅の光柱が立つ。
 萃香の拳は光を受けても何のその、片手に全体重をかけてレミリアをつぶしにいく。
「がっ、があああああ!!!」
 圧力が一向に減らない。こいつの手は一体どうなっていやがる! こんなところでみじめにつぶれるわけにはいかないんだぞ!?
 魔力を振り絞る。力点と魔力の作用点をずらす。受け止めているだけだとらちが明かないのだ。力のバランスを崩して目の前に滑り落とす!!
 ほんの僅かの力点のずれでメテオハンマーが外れる。
 外れたメテオハンマーが大地をえぐる。
 コート中央にはメテオそのもののクレータができている。
 そして、私は結界に吹き飛ぶ。
 空中で反転し、足から結界に着地する。受けたダメージは軽微……問題ない。ふわりと地面に着地すれば完全に元通りだ。
 妹を見ればちゃんと魔法で身を守っている。ただ少し土を被ったか。
 無防備に背中を敵にさらして、妹の汚れを払う。
 萃香はこれを待つ。このぐらいの情緒が相手にもあることはわかっている。
「よし、これでいいな」
「……姉さま、もしかして負ける?」
「まさか、そんなつもりは毛頭ない」
 言葉ではそういったが、萃香の攻撃がよけられないとなるときつい。実戦であれば、よける、かわす、いなす、すり抜ける。いろいろ手立てがあるのだが……妹の前でそれをしたくない。
 相手の力を真正面から叩き潰す。それ以外の勝利はいらない。妹が楽しめるのはそういう勝ち方だろう。
 息を静かに吐く、深く吸う。
 右手に力を込める。魔力を結晶化させて最大最強の武器を呼び起こす。
完全具象化・グングニル
 私の“とっておき”を遊びで使うのに、少しばかりの躊躇があった。だが、妹に姉の本気を見せつけるなら、多分、この機会だけだろうな。
「待たせたな。萃香、お前はここで終わりだ」
「ふふふふふ、そんな技があるのか。最初の最初で使えばよかったのに」
「馬鹿が、攻撃でこれを使ったら私の反則負けになるだろうが。まあいい。私がこれで“馬鹿を治して”やる」
「ああ、あれか“馬鹿は死ななきゃ治らねぇ”って奴だな」
「カカカカ、最後にお利口さんになったな」
 レミリアが両手でグングニルを操る。
 巨大化したままの萃香が拳にボールを張り付ける。
 大きく振りかぶるのと刺突体勢を取るのがほぼ同時。
 必殺「メテオハンマー」
 完全具象化・グングニル
 すべての力を一点に込めた槍で鉄槌を打ち抜く。
 紅い血風をまとって空中に飛び出す。
 信じられないものを見る萃香に向かって勝利宣言だ。
「カカカカ、力技なら私の勝ちだな!!!」
 そして、強烈にホイッスルの音がする。
「アウト! レミリア選手アウトです!! これ以上は審判長である私が許可しません!!!
 萃香ぁあぁぁ!!! やめなさい!!!」
 萃香が自慢の拳を打ち抜かれて青筋立てている。叫んでいる審判に目もくれないで私を追う。
「い、いったい誰が力で勝ったって?」
「私がお前に力で勝った。
 どうした? 何か不服でもあるのか?」
「もう一回だ! 今度は頭突きでやってやる! 骨の間を通り抜けやがって! 隙間がなきゃお前なんか! ぺしゃんこの蛙だ!」
 まあ、そうかもしれない。流石に骨は想像以上に硬いだろう。
 槍が貫いたところで私が抜けるスペースがない。
 肩をすくめて、相手の言葉を肯定してやる。
 そして槍を手放す。槍は溶けるように消えてしまう。これ以上の戦意がないことを伝える。
「おいっ! 待てよ! もう一度、どっちが上か決めるぞ! 戻って来い!」
 審判を無視したまま、萃香ががなり立てる。
 それらを無視して、妹に別れを告げる。
「悪いな、お前の姉はここまでだ。少しは楽しかったか?」
「うん、とっても……ねぇ、姉さま。姉さまが勝ったら、なんだかすっごく安心して眠くなってきちゃった」
「そうか、お前が好きに決めていいぞ。寝たいなら寝ればいいし。勝ちたいなら好きに勝てばいい。……別に“試合に”勝たなくたっていいさ。
 じゃあな」
 あとは観戦だけになる。勝ちも負けもチーム大将が決めたこと。このまま眠ったって文句はない。
 コートの外からフランを見る。よろよろと立ち上がったところだ。
 ボールは萃香の拳に張り付いているが、私が貫通させた。審判が新しいボールを用意している。
 新しいボールはつかんで離さなかった萃香の手に渡る。
 萃香は同じ行動をとる。今度は負傷した手と逆の手にボールを張り付ける。
 妹は両手で力を込めて……ダメだな。煙も出ない。多分レーヴァテインだと思うが作り出すだけの余力がない。
「あれ? おかしいな……絶好調のはずだったけど……なんか急に疲れた」
 ふらふらの妹を見て萃香が攻撃を中止する。体は元の大きさに戻ってしまった。
「やめだ。勇儀、こいつはお前にやる。これは私の求めた戦いではない」
 勇儀も困った顔だ。
「文が頑張りすぎたな。フランドールの体力と魔力を全部、持って行っちまった。
 でも勝負は勝負……決着はつけさせてもらうよ」
 勇儀が軽く投げる。それをフランドールは抑えたが、勢いで地面を転がった。
「はは、どうしよう。せっかく楽しみにしてたのになぁ……眠い……、チルノちゃんのチームと、あたりたかった……すー」
 コート中央で倒れたまま、起き上がる気配がない。
 私の耳には寝息が届いている。
 ボールを抱きしめたまま、寝返りを打った。
 審判が妹に近づいて顔に手を近づけている。
 三回、寝息を確認した。
「……フランドール選手試合放棄により、決着、勝者アンリミテッドパワーズ」
 萃香も勇儀も勝者コールを受けて困っている。
「普通この緊張感で寝るか?」
「フランドールは普通じゃないからな……とは言うものの、大会だ。もう少し体調管理をしっかりしてほしいな」
「そういや、駅伝大会はレミリアがくたばってたな」
「ああ、そういえばそうだったな。姉妹そろって体調管理が下手糞すぎる。全くよく似た姉妹だよな」
 今、聞き捨てならない言葉を聞いた。だが、この言葉を後悔させるのは次の機会にする。熟睡している妹の傍で大騒ぎはよくない。
 コートに再び舞い戻ると、優しく妹を抱き上げてレミリアが退場する。


 私の横で、はたてが胃の中身を全部吐き戻した。狭い救急所の中でやめてほしい。椛は優しくはたての背中を撫でているが、飲めない酒を無理に飲むなんて馬鹿のすることだ。
「はたて、いい加減、お酒は抜けたでしょう?」
 言われた本人は口を押えたまま、青い顔で振り返る。変わりに椛が返事をする。
「文 様が勇儀様の誘いを断るからいけないのでは?」
「何ですか今の間は?」
「一応人前ですからね」
 椛の顔にはとりあえず、目上だから気を遣ったというのがありありと浮かんでいる。
 この駄犬は駄犬の分際で……昔みたいに狼に戻ればいいのに……はたての心配ばかりしてないで私の心配もすればいいのに。
「あ~あ、私も翼が痛いです。フランドールさんのおかげで二回も地面を転がされました」
「あなたのはただの打ち身と擦り傷です。永琳さんが塗り薬をくれたでしょう?」
 八意印の塗り薬は異常によく効く。次の試合までにはばっちり治るだろう。怪我をアピールしても、すでにその対処は済んでいる。冷たく椛にあしらわれた。
 あー、何だろうこの感覚、飼い犬が見知らぬ人になついてしまったような疎外感がある。
「お~い、三人とも大丈夫か?」
 勇儀様だ。
 椛が膝をついて頭を垂れる。
 はたては失礼極まりないことに顔を背けて桶を手にした。顔を見ただけで酒を思い出したらしい。
「はたてはダメみたいだな。まあいい。文、お前は?」
「もう動けますよ」
「そうか、じゃあ椛、はたてを頼んだぞ。文、お前は紫の監視に行ってくれ」
「? 勇儀様は?」
 勇儀が笑って自身の腹を指さす。そして萃香も永琳のところで手を見てもらっている。二人共、大怪我をしていた。
「わかりました。すべてを伝えますよ」
 私は救急所を飛び出す。頭は一瞬で切り替えた
 目の前では二回戦最終試合が始まろうとしている。
 記者で培った情報収集能力を存分に見てもらおう。

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