Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
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幻想郷第一回ドッジボール大会 一回戦 第一試合 
フェアリーミックス VS アンダーグラウンド

「さあて、いよいよあたい達が大活躍する時が来たな」
「ち、チルノちゃん あんなこと言って大丈夫なのかな?」
「へーきよ、平気。あいつらあたいの実力知ってるから、負けてもあきらめるからさ」
 大妖精にはチルノの無根拠の自信が理解できない。しかし三月精はチルノの意見に同じだ。“負けるはずがない”この自負が崩れることはない。だって妖精のライバル同士が手を組んだ史上最強のチームなのだから。

「こいし様! ご命令を!」
「お空、ちょっと待ってね。お燐は……お姉ちゃんから何か言われた?」
「いえ、まだ何も……ジェスチャーも来ていません」
 こいしが観客席を見る。
 お姉ちゃんは観客にもまれて顔が死にかけてる。……ダメだこりゃ。
 まあいいか、お姉ちゃんに介入されるよりは。
 チームリーダが振り返って『各自、自由に行動!』と指示を出す。
 フェアリーミックスぐらいなら作戦なしで勝てる。勝てなきゃおかしい。

 さとりがフェアリーミックスを見ている。
 が、対策を思いつかない。連中の頭の声を並べるなら
 “いつも通りいくぞ”(チルノ)
 “いつも通りね!”(サニーミルク)
 “だ、大丈夫かなぁ~?”(大妖精)
 “私に任せれば大丈夫!!”(スターサファイア)
 “じゃあ任せる”(ルナチャイルド)
 連中の思考が単純すぎて読むに値しない。目線をかわすだけでそれだけの会話をしているのだから連携が取れているはいるのだが……頭が痛い。
 私は連中の“いつも通り”なんて知らないのだ。
 一人頭を抱えているさとりだが、これよりさらに恐ろしい事態になることをまだ理解できていない。
 心を読めるさとりに対して、読む価値のない思考内容、光を得意技としたお空に対して光学操作を得意とするサニーミルク、そして指示待ちをしてしまうお燐に対してルナチャイルドの音声封鎖……チーム『アンダーグラウンド』を史上最悪の相性が襲う。

……

「両チームとも準備はいいですか?」
 審判から声がかかる。まだ自分の視線が動き続けている。真横のお空はボールしか見ていない。お燐も楽しそうにとびかかる寸前の体勢だ。
 そして相手チームは……チルノのみが突進体勢……他は全員動く気配がない。
 視線を動かして審判にOKのサインを送る。フェアリーミックスはとっくの昔に臨戦態勢だ。
 審判が叫ぶ。ホイッスルが鳴って、そして決戦が始まる。
「試合開始!」
 直後に自分の視界がゆがむ。お酒で酔った時よりたちが悪い。一気に相手、ボール、自分たちが分身した。
 とっさの状況変化に声を出して指示を出そうとする。
 ……あれ? 声が出てないよ?
 いくら大声を上げようとしても、息を吐いているだけ……やばいかもしれない。
 視界の中でとんでもないことが起きてる。ボールがあっちこっちに転がっている。自分が目の前にいる。お空が地面にめり込んだ。お燐が結界を突き破って地平に向かって走る。
 虚構ってことはわかっている。わかりきっている。そしてそれをお空が理解していないことも簡単に予想できる。
 大パニックを起こしているだろう。
 ボールがどこにあるのかわからないのもまずいが……お空を止めなくてはいけない。それが第一優先事項だ。そんなことを無意識にさとる。
 お空の単純な頭なら虚構をすべて吹き飛ばそうとするはずだ。時空や空間すらゆがめてしまう太陽の力で……ほらやっぱり。
 突如として強い光がコートを襲う。お空が暴走を始めている。一瞬だがお空の今の位置が見えた。多分、虚構を作っていた奴が強い光にびっくりして術が解けたんだと思う。
 お空の腕を思いっきりつかむ。お空も一瞬こっちを見て気が付いてくれた。
 あっという間に光と熱がやむ。
「お空ダメだよ?」
「あ……あ、こ、こいし様!」
「お空!!! 何やってんだい!!!」
 全身の毛を逆立ててお燐が近づいてくる。コートの端ではボールを抱えたヤマメとキスメが震えている。
 全員の視線が自分に集まっているのを感じる。正確には私の右手かな。
 お空を止めるためにお空をつかみ上げた方の手から肉が焼けたにおいがする。
 審判が慌てて試合を中断している。
 試合の続行可否を永琳と映姫が判断する。
 ちょっと痛い。けど、勝負を途中でやめるわけにはいかない。自分は大丈夫だとアピールする。
 フェアリーミックスなんて片手で十分……利き手が使えなくても問題ない。
「試合再開してよ。右手が使えないぐらいどうってことないよ」
 永琳が顔を覆っている。映姫もあきれている。
「貴方ねぇ。……続けるつもり?」
「もちろん! だって優勝するもの!」
「……止めるのが正解だけど……まあ、いいか。よし、許可する」
 永琳は医者として右手を見て治せると判断した。例え完治まで一週間かかるとしても本人が言う以上、本人の責任と割り切った。
「ちょ……いいんですか? 神の火でできた傷ですよ?」
「私なら治せるから問題ないわよ。それに……一度ぐらい馬鹿を見た方がいいのよ。特にこの子はね」
 永琳はそういってさっさと背を向ける。映姫も渋々コートから出ていく。
「ああ、そうだ。空ちゃん、貴方はダメよ。ここで退場」
 空が泣きそうな顔を上げて永琳を見ている。永琳が親指で指さした方向には溶けかけたチルノが息も絶え絶えで立っていた。
「ま、まだ。ピチュったわけじゃないぞ」
「あなたがそういうのはわかってたわよ。チルノちゃん、あなたもちょっと痛い目に遭えば大人しくなるかしらね」
 チルノは滴る汗をぬぐって手でしっしっとジェスチャーしている。
 永琳はそれを見てお空の首根っこをつかんでコートの外に出る。
「こいし様! あそこにさとり様が!」
 お燐だ。指さす方向を見れば結界の手前で小野塚小町に止められている。自分のことを叫んでくれているから左手で大丈夫だよとジェスチャーを送る。
「お燐、お姉ちゃんが何を言っても私は勝つまでやめないからね?」
 燐の表情が引きつる。お燐に対してお姉ちゃんは何かしらのジェスチャーを必死に送っている。多分連れ戻せって言っているんだろうな。でも嫌だ。ここで、この程度で終わりたくない。
 いきなり四対五で右手が使えなくなったが……何の問題もない。
 ふふ、さあ面白くなってきました。
「コホン、空選手はこいし選手、チルノ選手へのダメージを考慮し退場処分とします。それではボールはアンダーグラウンドで試合を再開します」
 審判の声とともに試合が再開する。そして今度は相手だけが分裂した。音は完全に消え去る。
 ボールは今、ヤマメが持っていた。さっきの虚構が崩れたときにボールを持っていたのを確認している。お空のパニックよりも早く、お燐の突進よりも速く、クモの糸を飛ばして手元にボールを引き寄せたらしい。
 ボールを投げられる前にヤマメの前に立つ。
 ヤマメは突然のことで驚いていたようだが、ボールを指さすと意図を察してくれたらしい。ボールを私に渡してくれた。
 さあて、誰を狙おうか?
 この場面で一番倒しておかなくてはいけない人物は? 光を操っているサニーではない。チルノを支えている大妖精でもない。チルノも違う。残りの二人、スターサファイアとルナチャイルドのうち音を消している奴だ。
 二人のうち力を使っているのはルナチャイルドだろうな。他の連中と違って目をつぶっている分身が半数を占める。必死に能力を使っているんだろう。
 無意識にボールを放り上げる。
 敵、味方から注目を集めた状態で本当にパスのような、攻撃という意図が全く見えないヘロヘロのボールが飛んでいく。
 しかしこれでいい。連中はぽかんとボールを見ているはずだ。自分への攻撃じゃないから警戒する必要がない……だからルナチャイルドへの警告も遅れる。
 ルナが目を開いてボールの軌道を今、見ている。
 このぐらいなら取れる。頑張ればとれる。そういうところにボールを落とした。
 結果……不用意に手を伸ばした手先でボールをはじいてしまった。
 これぞ「イデアボール」、確実にアウトを取れる着弾点にボールをほうる。威力なんて必要ない。
 相手のアウトと同時に歓声が聞こえた。
 予想の通り、あいつが音を消していたに違いない。相手は悔しがっているが、無意識に手を出してしまう範囲なら手に取るようにわかる。
 あとは少しずつフェアリーミックスのメッキをはがしていけばいい。次のターゲットはサニーミルクだ。こいつを倒さないと私以外じゃボールをどこに投げていいのかわからないだろうから。
 ボールは今、フェアリーミックスが持っているが、いきなり視界がぐちゃぐちゃに変化する。
 とっさにお燐も私も臨戦態勢に入る。
 お燐は目がいい。だから虚構のボールをよけてよけまくっている。
「クッソ、視界さえしっかりしてれば!!」
 私はこんなのよける必要がない。虚構は虚構、他人が意識をして投げつけた実体のボールなら無意識でよけられる。
 ボールを持っているであろうスターサファイアを見る。視線の先でスターがおびえたのがわかる。
 ふ~ん、標的を変えるんだ? 動いていない私を狙うより視界変化で戸惑っている奴を狙う……でもお燐はそんなの関係ないぐらいに運動神経がいい。そうすると?
 スターの投げたボールがキスメに向かって飛んでいく。
 キスメは桶から顔を出して回りの変化に戸惑っている最中だ。
 しかし、奇妙な現象が起こる。本物のボールが空中で止まった。
「くくく、あまり馬鹿にしちゃいけないね」
 ヤマメの声がする。ヤマメがクモの巣をいつの間にか張り巡らせている。ボールはクモの巣に引っかかって止まったのだ。
 ヤマメに振動を伝えた糸を巻き上げてボールを回収する。キスメはヤマメの巣に対するおとりだ。
 二人して笑っている。
 ボールを取られたことで視界が元に戻り、相手が分身を始める。
「ボールをよこしな! あいつらギタギタにしてやる!」
 お燐がヤマメにそういっているが……耳をつまんで引っ張る。せっかくヤマメがやる気なのだから邪魔しちゃいけない。それにさっきボールを渡してもらった。
 お燐を黙らせて、笑顔でヤマメを促す。
 ヤマメはすぐさまボールに糸を接着して、まるでヨーヨーの様にボールを振り回し始めた。
「ありがとね。こいしちゃん。さあ、これが私の必殺! ヨーヨーボール!! 全員仕留めてやるよ!!!」
 ボールを振り回しながら試合場の中央に歩いていく。糸の長さ、たわみ、それらをすべて計算しているのか? 分身体に遠慮構わず片っ端からボールを打ち込んでいく。
 すごいなぁ! こんなことができるなんて知らなかった。言っちゃ悪いがただの頭数のつもりだった。弱いと思っていたし言うこと聞きそうだったから仲間に引き入れたんだけど、これは期待してもいいかもしれない。
 しばらくヤマメの猛攻が続いていたが、サニーミルクに直撃する。
「痛っ!」
 虚構が崩れ去って通常の視界に戻る。多分虚構を構築するのに力を回したから他がおろそかになってたんだろう。
 ボールはすぐさま糸を巻き取ってヤマメが回収する。これから先ずっとアンダーグラウンドの攻撃ターンだ。ヤマメは試合場の中央で得意気にしている。
 フェアリーミックスはもう悔しそうなスターとチルノ……あれ? 大妖精は?
「えっ?」
 ヤマメの声が聞こえる。突然ボールの糸が伸びた。
「油断しすぎ!」
 大妖精だ。姿を消したまま試合場の中央に近づいてヤマメの手からボールを取った。
 慌てて糸を引っ張るヤマメ……無意識に私もヤマメの体を引っ張る。
 ずるずると大妖精を引く。お燐も途中で加勢する。相手はチルノにスターに大妖精……綱引きなら負けるわけがない。
 チルノが糸をいきなり凍らせて柔軟性を一気に無くす。一瞬でぶつ切りされた糸によってアンダーグラウンドは糸を引いていた全員が転倒した。
 その隙をつかれる。素早く大妖精が、スターサファイアにボールを回す。
 スターの投げたボールがヤマメに直撃する。カバーに入る暇すらない。
 地面をたたいてヤマメが悔しがっている。でも十分に活躍してくれた。
 サニーがいなくなればこちらの物だ。
 ボールは相手コートに転がっている。これを取れる人はヤマメ以外には居ない。こういう状況はいくらでも発生する。次の試合でも活躍してもらおう。
 よそ見をしていたら、スターサファイアがもう一度ボールをもって全力投球してくる。
「ルナの仇!」
 すかさずお燐がボールに飛びついて止めてくれた。
「いい加減にしなよ? こいし様を狙うなんて思い上がりも甚だしい」
 お燐が怨霊を呼んでいる。そしてボールに憑りつかせる。
 ボールがお燐の手を離れて浮かび上がった。お燐がニンマリと笑っている。
「お前らはもう終わりさ。行け、怨霊! トリプルアウトだ!! 着弾するまで戻ってくるな!!!
 必殺! イデアボール・偽!」
 お燐が私を支えながら怨霊を操作している。直角に曲がり、垂直に上昇する。逃げ回る大妖精もスターにも接触してとどめはチルノに当てて地面に落とす。
 これで決まりのはずだ。
 観客から歓声が上がる。お燐も目を丸くしている。
 私もすごいと思った。
 パーフェクトフリーズでボールが地面に落ちるのを止めた。その隙に大妖精とスターがボールを支えて完全捕球とする。
「まだまだこれからだぜ?」
 チルノはいいこというなぁ。試合時間は全部で十五分……まだまだ十分はある。
 自然と笑みこぼれる。楽しい時間は長いほうがいいのに決まっているのだ。
 ボールを持った大妖精がそのまま姿を消す。ボールも見えなくなった。
 緊張が走る。インビジブルショット!?
 とっさに飛び跳ねてよける。無意識の行動だったがこれが幸いする。
 立っていたところでほこりが舞う。悔しそうな大妖精が現れると同時にボールが転がりながら出現する。
 いくら何でも見えないボールだからと言って、それだけでアウトになるつもりはないよ。
 ボールをわしづかみする。
「こ、こいし様、もう一度、私にチャンスをください!」
 首を横に振って断る。なんとなくだがお燐に力が入りすぎている気がする。多分必殺技を破られて焦っているんだろう。でも、お燐の身体能力で直球を投げたら、お空と同じ結果になる。加減ができないのなら戦力外だ。
「お燐はこぼれたボールのカバーね。私が投げるよ」
 今度もイデアボールを投げる。相手はスターだ。チルノでは落下中に固められてしまうし、大妖精は警戒心が強くて隙がない。
 スターもキャッチできると判断して突っ込み、ポロリとこぼす。
 スターが地団太踏んで悔しがっている。
 さあ、これで三対二! 逃げ回っていても勝てるがどうせなら相手を全滅させる。
 ボールは今、大妖精が持っている。私を見ていた視線が外れてお燐に移る。そして姿が消える。
 フェイントかな? それとも本当にお燐を狙ったのかな?


「お燐!!! 動き回りなさい!!」
 さとりの絶叫は届いていない。それも当然である。さとりの近くにルナチャイルドがいて声をかき消しているのだ。そのうえサニーも来てさとりの姿を分裂させている。もはやジェスチャーも通じない。
 さとりはルナチャイルドが来た時点でこの現状を紫に訴えていたのだが、攻撃でない以上手出し不可とされてしまった。それにほかの実力者がフェアリーミックス程度にそこまでの策を打つか? と思っていることを心の声で聴いてしまった。
 こいつら妨害を止める気がない。そのうえ手を出したら四方を敵に回すことになる。
 さとりには叫び声をあげることしかできないのだ。


 お燐は正直目に頼りすぎだと思う。猫って種族上どうしようもないかもしれないが、見えるボールだったら妖精が投げたものならかすりもしない。耳だって良い、鬼の剛球だったら逆に風切り音でよけられたと思う。それだけの身体能力がある。
 しかし、今回の奴は見えない。音も小さい、観客の歓声以上の音量なんて絶対にない。
 だから直撃した。つま先だ。如何に反射神経の優れたお燐でも足元ではボールをすくい上げることができなかった。
「着弾! 燐選手、アウトです!」
 お燐が悔しそうな申し訳ないような顔をしている。
 そんなお燐を手を振って送りだす。ボールは自陣、これで二対二……なんでだろうな、震えるほどに楽しい。
 負けるかもしれないって緊張感かな?
 ボールを手にしてちょっと困った。さっき言ったようにイデアボールでは残った二人が仕留めきれない。
 利き手が使えれば別だが左手じゃ威力が出せない。う~ん困った。
 不意に袖を引かれる。
 おっと、いけない いけない。キスメを忘れていた。いくら何でも私じゃどうしようもないからキスメにボールを渡す。
 キスメはボールに鬼火を込めている。
 そっか……それなら凍らないね。そうしてボールを私に返してくれた。
「ごめんねキスメ。今まで無視してて、これでチルノからアウトが取れるよ」
 声を掛けたら顔を真っ赤にしてキスメは桶の中に引っ込んでしまった。妖怪つるべ落としと言われる彼女は桶を手放せないのだ。
 左手でボールを放り上げる。軌道はチルノ、これはパーフェクトフリーズで凍り付いたりしない。きっと止めようとして止められずに落としてしまうだろう。
 空中でボールが曲がった。あれ? おかしいな? そんな軌道にはならないはずだけど?
「あ、熱い!」
 大妖精だ。ボールを空中で止めるつもりだったのだろう。大妖精が取りこぼしたボールをチルノがパーフェクトフリーズで止めようとする。
 しかし鬼火の力がこもったボールはそのまま地面に落ちる。
「大妖精選手、アウト」
 慌ててチルノがボールに触って温度を確かめている。
 触れないほど熱いそのボールを氷漬けにするほど冷やして一気に温度を下げる。
「大ちゃん……敵は討つからな」
「うん、チルノちゃん頑張ってね」
 大妖精とチルノは握手を交わすと別れる。そしてこっちに向かって向き直る。
 ボールには信じられないほどの冷気が込められているのがわかる。
 雄叫びを上げながらチルノが突進とともにボールを投げる。
 へぇ、ちょっと速いかも、無意識に大きく飛びのける。 ? こんなに距離がいるかな?
 突如としてボールが鋭角に曲がった。
 そうか、パーフェクトフリーズの応用だな。曲がった先は……しまった!! キスメだ!!
 キスメは桶の中に隠れてしまった。ボールが桶に当たって転々と転がる。
「キスメ選手、アウト」
 恥ずかしそうにキスメがコートから出ていく。
 キスメが持ち込んだ桶は体と同じ判定……この不利をおとりとして利用したのがヤマメで、今思いっきり裏目に出た。
 ついに一対一……なんだ、フェアリーミックスは強かったのか。
 選手宣誓の時になんか変なこと言ってると思ったけど……じゃあここから本気でいいよね?
 復燃「恋の埋火」……ダメだ。右手が拒否反応を示している。焼けた手から力が出ない。熱を込めた攻撃でないとチルノのパーフェクトフリーズを打ち破れないのに。
 でも、ここであきらめるつもりは無い。
 無意識に手を伸ばしてしまう範囲、キャッチできると思わせる威力、全神経を集中して相手の意識の隙を探る。
 集中に集中を重ねて相手を見る。
 心底、勝利が欲しいと思う。多分勝てたら爆発するほどうれしい。
 しかし、チルノに隙が無い。警戒された上にパーフェクトフリーズ……手ではじく範囲まではわかるけど、はじいた後はボールを止められてしまう。
 どこを狙ってもキャッチされてしまう。
 こんな時、どうすればいいか……普通の相手なら絶対に引っかからないが……チルノなら引っかかるかもしれない。
「あっ、あれなーんだ!」
 思いっきり右手を振り回して観客席を指さす。……すっごい痛い。
 でも、チルノが引っかかった。観客席に視線を誘導されている。
 チャンス到来! 左手でパスの軌道でチルノのつま先を狙う。超ピンポイントボールだ。反応したところで止める暇がない。
 い良ぉし! 勝ったーーー!
「チルノちゃん前を見て!!」
 だ、大妖精!? こんなに声が大きいなんて!! 
 慌てて私も観客席を見る。
 両チームの敗退者がさとりの周りに集結している。フェアリーミックスはさとりの妨害のため、アンダーグラウンドはさとりの指示だった。
 ルナチャイルドが歓声を一気にかき消して大妖精の声だけを響かせている。
 チルノが眼前に迫ったボールに気が付く。
 クッソ、もうワンテンポ遅れていたら確実にアウトにできたのに……ボールを止められてしまう。
「中々の作戦だったな。意表を突かれたよ。でも、あたいの勝利は揺るがないね」
 チルノの冷気がボールに入っていく。そして私に向けて一直線にコートを凍り付かせる。
「決勝温存用の必殺技だったけど、いくぞ、
 スケーティングパーフェクトフリーズショット!!!」
 チルノが結界の壁を蹴って、氷の靴を履いて氷上でロケットスタートを切る。コートライン上で靴を瞬間凍結させ、全身の運動エネルギーをボールに転化して投げてきた。
 速い、二ボスにしてはだが。
 このボールはよけるとだめだ。鋭角に曲がってきて逃げた先で当たってしまう。ならば、前進してパーフェクトフリーズで軌道が変わる前に止めてしまえばいい。
 迷わずダッシュ! 全身を丸めてボールをキャッチする。
 つ、冷たい! パーフェクトフリーズを直撃されたのと同じだけの冷気を浴びてしまう。だけどこれをこらえれば……!
「ふぅ~、ちょっと凍えちゃった」
 ボールは完全捕球した。体は冷えたけど、芯までは冷えない。さあ、もう一度イデアボールだ。
 相手を見る。集中してみる。無意識の範囲を意識する。耳に聞こえてくるのは相手への声援だけ。
 こんな状況ならいくらでもあった。いつも私は注目なんてされなかった。でもそれでも私が勝つ。私はこれでいつも勝ってきたんだ。相手が負けて 信じられないという顔をする。それがとても面白かった。だから今度もそれを見たい。
 ボールに右手を添えて少しでも威力を上げる。ダッシュからの初めてショットする。
 狙いはチルノが思わず手を伸ばしてしまうところで、上がった威力ではじいてしまうところ……ダメか~。
 手を伸ばしてさらにパーフェクトフリーズで自分ごと氷漬けにしてボールを捕球している。
 そして次もさっきと同じ……すけーてぃんぐ……何だっけ? を投げてくる。
 軌道変化前にキャッチする。二回目の冷気も耐えきった……けど、まずい。これが続くと凍えて行動不能になる。
 体がまともに動く、これがおそらく最後のチャンス。
 さあ、集中だ。これまでよりももっと、もっと。相手を見て、観る。
 私の状態も加味する。自分を知り、相手を知る。
「来いよ、来てみやがれ。お前の全力を叩き伏せてあたいが勝つ!!」
 チルノが猛っているのがわかる。いくら心を読むことをやめたって、そんなに叫ばれたらわかってしまう。
 応援している奴も同じ。みんな誰よりも勝利を望んでいる。何だろうなこの感覚、とっくの昔に捨ててしまった感覚……心の声が聞こえているような感じだ。
 私が心を見ることをやめてしまったのは、“気持ち悪い”なんて心の声をぶつけられてしまったからだ。他人の心を見るのがそれで怖くなってしまった。
 でも、今なら見えても問題ない。だって見えているのと同じ状態だ。チルノの態度は単純で、心と体が一致した行動しかとらない。
 この子は心の底から私の全力を受けてくれる。楽しいなぁ!!
 イデアボール!!!
 必ず着弾するボールだ。だけど今回、読んだのはその先、相手がキャッチしたそのあと、スケーティングパーフェクトフリーズショットの後だ。
 必ずこの行動をとる。射出位置でさえもわかる。チルノが構えたら突進だ。
「スケーティングパーフェクト――」
 ここで一気にコート中央に突進する。
 射出点を抑え込む。
「フリー、げっ!? ば、馬鹿!」
 突進同士の力なら妖精に負ける道理はない。チルノの全力ショットのカウンターを取る。
 試合場中央でボールを左手で抑える。
 手のひらでボールは氷結して止まった。チルノは衝撃で後ろに転がっていく。
 やった。最大のチャンスが来た。ここで、チルノをアウトにすればいい。
 チルノの体勢が整う前に、“復燃「恋の埋火」”を左手のみで発動、右手が多少痛くたって、解凍ぐらいならできる! そしたらショットだ!
 これが「真・イデア」、ショットなんかの類じゃない。アウトを取るまでの過程を理想的な状態でコントロールする。状況を管理下に置くという投球のさらに上の必殺技だ。
 チルノの足の裏を狙ってボールを投げる。氷結させても足を地面につけたら落としたのと同じ判定、完全捕球にはならない。その場でアウト……唯一無二のパーフェクトフリーズの弱点だ。
“行け! こいし!”
 わかってるよ! お姉ちゃん!
 ……え!?
 観客席を振り返る。さざ波のような音が聞こえる。何だろうこの音は?
 その中で姉の声が妙によく聞こえた。
 でも、ルナチャイルドは横で必死に目をつぶっている……? 
 何が聞こえているのか?
「隙あり!」
 体に何か当たった気がしたが、そんなことはどうでもいい。
 音声封鎖が解除されたせいか大歓声がいきなり響き渡る。
「こいし選手アウトです。一対ゼロ、フェアリーミックスの勝利です」
 あ? 負けた?
 アウトになったのはチルノのはず……。なんで?
「勝負途中でよそ見はいけないぞ」
 相手コートを見れば氷の靴が霜柱と一体化して凍り付いている。
 ぐぬぬ、全部まとめて氷漬けにしていたのか……。
 チルノが拳を伸ばしてくる。
「いい勝負だった。後でもう一回やろうな」
「次は叩きのめすからね」
 言葉と同時に拳で答える。チルノの笑顔から“いいぜその意気だ”って言葉を聞いた。
 疑問に思う暇もなくお姉ちゃんの声がする。
「こいし! 心配させないで」“心配だったんだから!”
 変だ二重音声のように聞こえる。
 あれ……もしかして?
 自分のサードアイを見る、うっすらと開いているのか? 半眼のような状態だ。
 お姉ちゃんもそれに気が付く。
「もしかして、こいし?」
「うん、サードアイが少し開いたみたい」
「見えるよ。こいしの心が、“勝ちたかった”のね?」
“そうだよ でも、楽しかった。今度は一緒に……ね”
“そうね。今度は私も出るわ。一緒に頑張ろうね”
 二人だけで静かに見つめあって会話をする。この後、永琳の救急所に行って右手の治療をしてもらおう。
 ケガが完全に治ったならチルノなんか敵じゃない。そうしたらお姉ちゃんと一緒に……今度こそ確実に勝って見せる。

 一回戦、第一試合終了

 大歓声のうちに第一試合が終わる。
 チルノがコート中央で片手をあげて歓声にこたえている。
 いいなぁ。あの姿はほんのわずか油断しなかった私の姿のはずだった。
 震えるほど悔しいけど、次やりあえば確実に勝てる。
 そう思うと“早く再戦したい”としか思わない。つかの間の勝利を味あわせる……そんな感じだ。
 チルノの凱旋を遠目に見ながら救急所に向かう。


 お空がさとり様とこいし様に頭を下げている。地面にめり込まんばかりに低頭し、許しを乞うている。
「も、申し訳ありませんでした! この霊烏路空、一生の不覚……どうか、どうかお許しを」
「その一生の不覚を聞くのは何度目?」
「うぇ、わ、わかりません」
 私は厳しい顔してお空を見ている。口をはさむわけにもいかない。なんといってもこいし様は大怪我だ。
「どうする? こいし」
「うん? 別にいいよ。手のけがも治るし……“一週間右手の代わり”って、言っても、お空はその辺、失敗しそうだから。お燐、私の補佐よろしくね。あと、お空のお仕置きはお燐に任せるからね」
 すがるような瞳でお空が私を見ている。
 ご飯抜き三日! で、勘弁してやろうか。
「お燐がそれでいいならそれでいいよ」
 思わずこいし様を見る。
「そう不思議な顔をしない。今なら、二人の気持ちも分かるよ。お空が心の底から反省してるのもわかる。だからいいよ」
 私が見たこいし様のサードアイは薄目程度に開いている。それって? つまり?
「今までずっと閉じていたからなぁ。サードアイの視力が落ちちゃってて、視界はボケるし、焦点合わせるのに集中しなくちゃで、観るのも大変だけど……でも、私を強く思ってくれているなら心が見えるし、聞こえるよ」
 そ、それはすごい。今日はパーティにしよう。試合には負けたけど、それより大きな成果を得ることができた。
 お空はそれをよだれを垂らしながら見ることになる。お仕置きにはこのぐらいの罰が必要だ。
 ドッジボール大会の後、地霊殿ではまるで優勝を祝うかのような祝宴が開かれた。

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