Coolier - 新生・東方創想話

【それじゃあ、また百年後】

2015/05/10 16:43:45
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【ふほうとうき】

 こんな夢を見た。

一面が満開の向日葵が咲いている中で、一カ所だけ開けた低い草むらになっている。そこにはアリスがぴくりともしないで寝転んでいた。眠っているようだった。いつかどこかで見たようにアリスの髪は長かった。けれどいつかと違って、傍には人形の一体も無い。
 アリスの細い喉がひどく無防備に上下していた。蝋のようにあんまりにもその白いから、薄気味悪くて眩暈がする。みっともなくて見ていられない、と思う。幽香は閉じた傘の先を空へと真っ直ぐ向けた後、僅かにアリスの上へと傾け指揮棒のように微調節をする。深呼吸のあと、ぽんっと綻ぶように傘を開くと、それまで何処にしまわれたいのか、傘の内からひらひらと大量の花びらが落ちてきた。それがアリスへと降り注ぎ、何枚かが地に着いたと思うと、横たわる少女の顔や腕や足の横、肘の隙間から、次々にゆっくりと蔓植物や枝を持つ草の葉が生い茂った。

 緑、翠、碧、綠。

 やがて眠るアリスをすっかり覆うほど蔓や茎や枝が伸びきると、今度は活動写真の早回しのように一斉に花を付け始めた。限界まで深まったみどりを覆い尽くすように。上書きするかのように。百という花の香りがし、千という色が舞い、万という花弁が洪水さながら溢れる。徐々にアリスが見えなくなってゆく。鮮やかな色が視界を奪っていく。二人を遮っていく。むせ返るほどの四季の花だった。花に溺れていくアリスを見ている幽香が息苦しさを覚えるほどに。そうだ、と幽香は笑んだ。息を詰まらせればいい。息絶えてしまえばいい。そうしてそのまま、ここを棺にすればいい。辺り一面、誰も献花に訪れなくてもいいように、一年中花を咲き詰めて、全て何もかも忘れ去られるほど彩っておくから。
 そうして、ずっと遠いいつの日か、花はすっかりアリスを土に還してくれることだろう。それはなんて素敵なことだろう。


そんな、叶うはずも無い夢を見たの。
【花十夜】

こんな夢を見た。

夢の中で目を覚ますと、私は床に座っている。
 何か私を呼ぶ声が聞こえて音の方を見ると、そこには花の妖怪がいる。私が膝を着くすぐ傍で、彼女は横たわり静かに目を閉じている。そうして目を閉じたまま、「ねえアリス、私は今から死ぬの」としきりに云うのだ。どういうわけか私はそれで、「幽香がそう云うならそうなのだ」と思う。

 けれど急にそんなことを云われてもやはり納得できない。そこで私は負担をかけない小さな声で、支える右手を折ってぐっと彼女に近づき、本当に死ぬの?どうせからかっているのでしょう、と耳に口を付けてきいた。すると彼女はくすぐったそうに首を竦めて、だって死ぬんですもの、生まれたからには仕方がないわ、と云った。云って、ぱちりと大きく目を開いた。林檎飴のような真っ紅な眼が私を映す。幽香の髪はいつものように鮮やかな蓬色で、生命そのもののように芳潤としていた。私にかけられる声もやわらかく軽やかに自由で、瞳の輝きときたら生まれたばかりのように曇りを知らなかった。例え死という何人も抗いがたいものであっても、この輝きを失わせることは困難に思われた。
私が黙っていると何が楽しいのか幽香はくすりと笑って、「なぁにアリス泣いているの?」と嬉しそうに云った。それが本当に腹の底から楽しそうで、私は「こんなに余裕が有るのに、本当に死ぬのかしら」と思う。
 こんな趣味の悪い嘘でからかわれては癪だから、私は彼女の顔に躙り寄り、ねえ死ぬなんてやっぱり冗談なんでしょう、本当はなんともないんでしょう、とまた聞き返した。すると幽香は燃えるような紅い眼を大きく見開いて、やっぱり静かな声で、でも、死ぬと決まっているんだから、仕方がないわと云った。
 ねえじゃあ、私の顔がちゃんと見えるかしらと聞くと、見えるかって、そら、そこに、映って、目の前にいるでしょう、とにこりと笑って見せた。私は黙って顔を彼女から離した。首を傾げて、これでどうしても死んでしまうのねと思った。

 しばらくして、幽香がまたこう云った。

「死んだら、二つお願いがあるの。葬儀は要らないわ。念仏も歌も献花も要らない。私は花だもの。花のために花を手向けるような愚かな考えは今棄ててね。墓石なんて以ての外。あんなもの、草や花の生長を邪魔するだけよ。だから人間が死んだときのような諸々の全て、あなたは考えなくていいのよ。そんなお飯事は人形とやってちょうだいな。ねえ、私の頼みはもっと簡単なことなの。だって私、死ねば骨も残らない花なのよ。だから、ねえアリス。必ずすると頷いてちょうだい」

 幽香の言葉は歌うようで、私は必ず行うと約束した。すると彼女は花開くように微笑みを浮かべ、綿毛のように白い手がやわらかく私に胡桃大のそれを握らせた。磨かれた小石のようなそれは種だと云う。「これを口に含んで。ええそう。噛まないように舌に乗せてね」種は口に入れた途端に口の奥へと転がっていこうとする。喉が詰まっては大変だから、慌てて首に手を当てた。なんだか息苦しかった。酸欠なのか意識が朦朧として、幽香の声が遠くなっていく。

「堅い間はまだ飲み込んじゃ駄目よ。今に唾液と熱でやわらかくなるから。氷がとけるように輪郭が崩れて、わらび餅のようにつるんと貴女の中におちるわ。そうしたあとは普通に暮らしていなさい。これが二つ目のお願い。イイコにしていて。また逢いに来るから」

 私はぼんやりと霧がかった頭でそれはいつ頃なのかと眼で尋ねた。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行く。貴女は寝て起きて、本を読んで食べて歩いて歌ってお人形と戯れてまた眠る――アリス、貴女本当に待っていられるかしら」

私は黙って首肯いた。幽香は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていてちょうだい」と思い切った声で云った。

「百年、ここで待っていて。きっと逢いに来るから」

 私はただ待っていると答えた。すると、紅い眸のなかに鮮に見えていたはずの私の姿が、ぼうっと溶けて崩れて来た。薄氷の張った湖が春を告げる渡り鳥の羽ばたきで写る人影が乱れるように、水が流れ出したと思ったら、幽香の燃える眼がぱちりと閉じられた。長い睫の間から涙が一粒、頬へ垂れて床へと滑り落ちた。ああとそれを目で追って次にまた顔を見る――もう死んでいた。

 幽香、と名前を呼ぼうとしたが、まだ堅いままの種が舌を抑えつけてその音を吸い込んでしまった。だから代わりに目蓋に顔を寄せる。触れた皮膚は花弁のように潤いがあった。隠れてしまった紅を想って、私はゆっくりと唇を離した。それを待っていたように蕾(幽香)が綻ぶ。どこからともなく風が吹き、女の形をしていたものが土に帰っていく。百という香りがし、千という色が視界を覆い、万という花弁が舞っては春の雪のように淡く消えていく。手向けに相応しい言葉を云おうにも種はまだまだ堅く、だから私はその四文字を口に出来ない。
 もういい加減に溶けてしまえばいいのに。つるりと輪郭を失い、私の中へと深くおちればいい。そうしたら私は立ち上がって、約束した通り普通に暮らせるのだから。いつものように本を読み、いつものように菓子を焼き、良い天気だからとっておきの紅茶を開けて、新しい人形の服を設えるのだ。丁度手にしたばかりの上等の布を贅沢に使った一枚を仕上げよう。珍しいキラキラしたボタンも、美しいレースもたくさん使って。なんてわくわくする計画だろう。きっと今まで一番素敵な物になるわ。
 だからもう、こんなところでいつまでもうずくまっていなくていいように。お願いだから今すぐに。

 涙を足せば、はやくやわらかくなるだろうか。 




――――――●―――――――●――――――●――――――●―――――――

おかげさまで生きながらえております。

こちら、歪な夜の星空観察倶楽部です

今年こそは再起動していきたい所存です。
それではまた、どこかの別の物語でお目にかかれれば光栄です。

追記

>図書屋he-suke氏
いつもコメントありがとうございます。幽香の赤と緑の配色は美しいなぁと思っております。

>2氏
きれいな文章と言ってもらえて嬉しいです。アリスと幽香にしか出せない空気、みたいなものが描けていたらと思います。

>3氏
ありがとうございます!

>5氏
お久しぶりでございます。間が随分と開いてしまいましたが、こうしてお届けできてよかったです。再起動に励みます。

>6氏
戻って参りました。書けるところから書いていく予定です。

>7氏
アリスの魅力は書いても書いても底をつきません。過去作の旅路、行ってらっしゃいませ。

>8氏
創想話は魅力のある場所ですね。
>12氏
いつも以上に力を入れたので嬉しいです。

>13氏
アリスが少女であり、美しいことに意義深さを感じてしまう倶楽部です。
指摘ありがとうございました。こちらの間違いです。

>無休氏
お久しぶりでございます。
我々倶楽部もまた戻ってこられて喜んでおります。。
今回は特にアリスというキャラクターに沿った文章をと練っていたので、そのような感想を頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます。
 

倶楽部をまだ覚えておられる方がいて、こうしてコメントまでいただけてとても嬉しいです。
ありがとうございます。
※完全版【Ending No.31:Sabbath】はTwitterにて承っております。コメント同ページのリンクからどうぞ。
歪な夜の星空観察倶楽部
[email protected]
http://twitter.com/llo_o1l
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コメント



0.290簡易評価
1.100図書屋he-suke削除
本当に美しく、言葉の一言一言を噛みしめるように楽しませていただきました。
草むらの蛇苺、という表現が印象的でした。
2.100名前が無い程度の能力削除
この感情を表せる言葉が見つからなくて、今凄く悶えています
きれいな文章で描かれたアリスと幽香、本当にすてきでした
3.100奇声を発する程度の能力削除
とても素晴らしかったです
5.100名前が無い程度の能力削除
まず、あなた様のお名前を再び見ることができたことに感謝を。
相当間が空いた後日談でしたが、美しい文章は衰えることがなく。
安心感と懐かしさを抱きながら読みました。
再起動を期待しております。
6.100名前が無い程度の能力削除
新作を読めるとは思ってもみなかった。
7.100名前が無い程度の能力削除
相変わらず貴方のアリスは素晴らしい
また過去作品読み直してこよう
8.100名前が無い程度の能力削除
これだからやめられない 創想話
12.100名前が無い程度の能力削除
 文の一つひとつが沁みました。
13.100名前が無い程度の能力削除
アリスさんが美少女過ぎて困る
そう想起させる文章もまた美文で困る

>ケルトの吐き出す湯煙の中、
ケトルでは? 違ったらすみません
15.100無休削除
またあなたのアリスが読める喜び

相変わらず吸い込まれる様な文章とアリスの魅力に溢れた話で
何度も読み返せる話がふえました。

しかし紫や由香と確かに面倒な相手になつくアリスって……まぁそこが可愛い訳ですが
17.100名前が無い程度の能力削除
あなたの作品はほんとうに素晴らしい。
どこが素晴らしいのかを説明できない自分に腹が立つほどに素晴らしい