Coolier - 新生・東方創想話

【それじゃあ、また百年後】

2015/05/10 16:43:45
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「今行けば夕食に間に合うわ」
 森で困っていた私に、その妖怪は一人の魔法使いを紹介してくれました。

【迷い人の話】

「どうして森の外じゃなく、私の方に連れてくるのよ」
「私の用が外ではなくこっちにあるからに決まっているでしょう?」

 唐突に現れた訪問者を訝しげに見やる顔には覚えがありました。名前は忘れてしまいましたけれど、里で時々人形芸をしている妖怪です。妖怪と言っても、全然そんなふうには見えないのですけれど。同じく妖怪だという、わたしをここまで連れてきてくれた風見幽花さんも見た目は人間のようですが、彼女の場合は明らかに人外だとわかる空気のようなものがあります。

 アリス、とその妖怪は名乗りました。
 名乗って、結局私たち二人を家に上げ、渋々といった体でキッチンに人形を飛ばしました。

「素っ気いないでしょう?でもね、これから出てくる食べ物の方はまるっきり逆なのよ。派手さは何もないけど、口当たりが良くて。何より人懐っこい味がするの」

 私を連れてきてくれた妖怪(幽香さんと言いますが)その人は内緒話をするみたいにこっそりと耳打ちします。

「人懐っこい味?」
「そう」

 その時は幽香さんの言葉がよくわかりませんでしたが、やがてアリスさんが出してくれた料理(作ったのは人形ですが、アリスさん曰く、人形が作ったものはアリスさんが作ったのと同じなんだそうです)を食べて、その意味がわかりました。なんというか、どれもこれもすごく食べやすいのです。あっさりしているというのとは違うのですが、癖がありません。よその家の味を食べている気がしないくらい慣れ親しんだもののような、それでいて私の母が作るものとは違うという不思議な味です。あまり食べたことが無いはずのドレッシングさえそう思えてしまうのです。

「これは何というものなんですか?」
「なにって、ただのサラダよ。特に名前なんて無いわ」
「それじゃ、例えば私が明日の朝これを食べたい場合、何て言えばいいです?」
「昨日と同じもの」
「じゃ、一年後なら?」
「この前来た時のって言えばいいわ」
「覚えてるんですか」
「多分、忘れてる」
「あの、私、からかわれてますか?」

 思わずそう言うと、幽香さんが笑いました。

「アリスも意地悪になってきたわね」
「私は真面目に答えてるだけ。だいたい、いきなり来られても困ると思うわ。その日に有るものしか出せないわよ」
「でも、作ってはくれるんですね」
「明るい時間の内に森を出られるなら追い返すわよ」
「えー」
「当たり前でしょう。私の家をなんだと思っているのよ」

 最近、湖の畔で開業したと噂に聞く「ぺんしょん」のように思っています、とは言いませんでした。ここは店ではないのですから、メニューがあるわけでもなければ、アリスさんに人を泊める義務があるわけでもありません。そもそも善意でご馳走して頂いているのに、注文を付けるなんて厚かましい話でした。

「でも、だって。本当に美味しいんですよ、これ」

 どうにかしてもう一度この食卓にありつきたい一心で褒めちぎると、アリスさんはふうとため息を吐いて、根負けしたように言いました。
 
「温野菜とポテトのサラダをくれって言えばいいわ。そうしたら、私は大抵こんなのを作るから」
「ジャガイモも温野菜も家で出ますよ。でも、こんなふうにはならないなぁ」
「そう?コツはね、火を通す時は茹で時間をその野菜に合わせて調節すること。生の野菜なら水をしっかり切ることね。あと、切るサイズは食べやすいようにするだけ」
「それだけのことでこんなに美味しくなりますかね」

 アリスさんのアドバイスはあんまりに普通です。

「そこしか手のかけようが無いわよ。後は味付けね。これは好みの問題だけど。精々、塩分の過剰摂取には気をつけてとしか言うことが無いわね」
「はぁ、そんなもんですかね」
「何しろサラダだもの。料理の腕よりも素材を見極める目を磨いた方が効果的かもね」
「じゃあそれも教えてください」
「八百屋に聞きなさい」

 アリスさんはそれだけ言うと、あとはもうこっちを見ること無く食事を再開しました。そんなアリスさんを何が面白いのか幽花さんはにこにこと見ていました。


 これは数日経ってから知った話ですけれど、アリスさんがこうして迷い人と同じ食卓を囲むことは、あまり無いそうです。それどころか普段は自分の研究にかかりっきりで、話し相手にもならないらしいのです。

 どうしてあの晩、アリスさんはあんなにも私に良くしてくれたのか。私が子どもだったからだって里のみんなは言うけれど、本当はもっと別な理由があったのではないかと私は思うのでした。

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