Coolier - 新生・東方創想話

【それじゃあ、また百年後】

2015/05/10 16:43:45
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【褒めたわけじゃあないのよ、おばかさん】(雨籠もる)

「貴女の劇っていつも恋愛要素が無いのね」

 宴の余興でやった人形劇を見て、そう言ったのは月の民のお姫様だった。

「冒険活劇だけでは途中飽きてしまうわ。主人公だってピンチになってばかりでは、馬鹿に見えてしまうものよ。やっぱり、適度に恋愛要素もなきゃ」
「見目麗しいヒロインに数多の男が求婚し、手ひどく振られる話、とかですか?」
「永琳。それはどういう意味かしら」
「他意はありませんよ、姫様」

 月の民は意味深に笑った。


「私は別に人形師の魔法使いであり、魔法使いの人形師であって、大道芸人とは違うのよね」

 そんなことを言いながらも、アリス・マーガトロイドは新しい話を考えていた。

 外は雨だった。最近雨が多いわねとアリスが言う。幽香はそうねと返す。頷きながら、この国は雨が多いのが普通だけど、と思う。梅雨なのだから尚更当然だと思う。更に言えばここは鬱蒼とした魔法の森だ。

「血わき肉おどるような冒険ではなく、胸が切なくなるような退屈しない話ねぇ。……わからないわ。幽香はどんな話を聞いたことがある?」
「私は本なんて読まないわよ。大抵知っていることばかり書いてあるんだもの」
「幽香は嘘つきね。そんなに何でもかんでも知っているわけ無いじゃない」
「私が知らないってことは大したことじゃあないのよ」
「なにそれ、相変わらず暴論なのね」

 アリスは楽しそうにしている。幽香の前なのに、楽しそうにしている。最近は話しかけたぐらいでは前のように嫌そうな顔はしなくなった。表情も随分増えた。

――――それだけなら、まあ結構なことでしょうけど。

 幼い動作が増えているのだ。感情の出し方がひどく単純になっている。そのことが妙に気に掛かっていた。まるで、と幽香は思う。もう二度と会えなくなってしまったあの子ようだ、と。黄昏の向こうへと消えてしまった少女。最後の最後まで、幽香を忌々しそうに見上げ、幽香を嫌いと何度も言った少女。
 これは良い傾向なのだろうか、それとも悪い傾向なのだろうか。自分がどっちにだって変えられる位置いる気がして、珍しく他人の扱いに慎重になっていることに気づかされる。何故だろうかと自己を探って、幽香は意外にも自分が消えた彼女を惜しんでいることを知る。
 だって彼女は、最後まで幽香を憎んでいたから。一度だって楽しそうにしてはくれなかった。そういう思いの集合体だったことはわかっている。けれど彼女は消えるとき――――

「ゆうか」

 アリスの声がした。13回目、と幽香は数えた。そしてゆるゆると視線を向けた。魔法使いが一人、そこにはいて、こんな話はどうかしらと幽香の意見を問う。青い瞳が幽香をまっすぐ見てくる。多分、それなりに気を許した者への習性なのだろう。

――――習性?

 自分の考えを否定する。アリスはアリスだ。それで良いではないか。

「やっぱり男の子にも女の子にも楽しめる話がいいと思うの。だから考えたんだけど、私のやる話のヒロインって、よく冒険するでしょう?その方が盛り上がるからだけど。だからね、今度もその子は冒険に出るの。その子の村からずっと東の村で、悪役……なんでもいいんだけど仮にドラゴンとして、そのドラゴンが暴れているから退治にいくわけよ」

 アリスがそこで一呼吸したので、幽香も小さく頷く。聞いているわ、と示してやる。

「ここまではいつも通りなんだけど、このドラゴンというのが、実は――――」

 人間だったんでしょう?と幽香は思った。人間だったのよ、とアリスは言う。呪いなのよ。暴れてしまうのもその所為なの、と。そのドラゴンは恋をするのね?と幽香は言ってやった。アリスは頷く。でも、それは上手くいかないの、と嬉しそうに。

「ドラゴンの少年は月に何度か人間に戻れるの。その時二人は出会って、惹かれるの。もちろんお互いが悪いドラゴンと勇者という相反する存在だと知らずにね」

 在り来たりね、と幽香は思う。思うだけで言わない。こういうものは在り来たりなほど良いと知っていたからだ。

 惹かれ合った二人はその後も何度か逢瀬を重ね、恋をする。そのうちに少年の方は少女が自分を倒そうとしていることを知る。驚き、悲しみ暮れ、もう会わない方が良いのだろうかと悩み、けれどそれも出来ない。やがて決戦の時、少年は少女を傷つけることが出来ずに少女の攻撃を甘んじて受け入れる。少年は血に倒れ、もがき苦しみ、最後に人の姿を取り戻す。その時初めて、少女は少年の正体を知るのだ。
 けれど全ては後の祭り。少年は二度と目を開けることがないのだった。

「ねえ幽香どう聞こえる?子どもにはちょっと残酷すぎるかしら。それとも、少しくらい可哀想な方が、観客は喜ぶのかしら。人間は悲劇が好きなんだとパチュリーなんかは言うのよ」

 幽香にはアリスの疑問こそが残酷に、そして美しく聞こえていたが、やはり他の言葉のようにそれを口にすることはなかった。幽香にはわかっているのだ。あの紅い屋敷に住まう魔女の言うとおり、アリスが思っているよりずっと人間は悲劇好きで、それがわからないアリスは脆く幸福なのだ。だからきっと、この話はアリスのオリジナルでは無いのだろう。元になった物語が存在するに決まっている。誰かがこんな話が好かれていると彼女に本を読ませ、アリスはそれを参考にした。幽香は天使の輪っかを見下ろした。くしゃくしゃにしてあげたい。何故人々が悲劇を語り継ぐのか理解できない少女から、こんな話が生まれるわけないことを、幽香はよくよく知っていた。花の妖怪で在る風見幽香には理解できるのだ。動物の中で人間だけが花の美しさを愛でる。人間にとって花と人形はよく似ている。だが花にとっての人間と、人形にとっての人間は天地ほどの差があるものだ。

「ねえ、幽香」
「15回目」
「え?」

 アリスの目がまるくなる。
 わかりやすい、と幽香は笑う。
 ひどくおさない、と幽香は笑う。

「貴女は酷い妖怪ね」

 アリスは驚いて瞬きをする。
 それから、ちょっと嬉しそうに
 彼女にしては、とても誇らしげに

「ええ。私は魔法使いだもの」

 幽香の言いたかったことを、一欠片もわからないアリス・マーガトロイドは笑う。

 雨の音を聞きながら、幽香は明日どこかで咲く花の色を考えていた。

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