Coolier - 新生・東方創想話

【それじゃあ、また百年後】

2015/05/10 16:43:45
最終更新
サイズ
40.55KB
ページ数
9
閲覧数
7222
評価数
11/17
POINT
1390
Rate
15.72


【遣らずの雨】(毒キノコがよく育つ日)

 てんてんたぁと雨は降る。

[Alice]

「濡れた傘は持ち込まないで」
「いやね、これは手から離れないのよ」

 実に白々しい事を言って、幽香は傘を振り回した。ぱっと水飛沫が飛ぶ。アリスのいる室内ではなく外に向かって振ったのは、彼女にしては特筆すべき気遣いであったと言えるだろう。水を切った傘がくるりと一回転すると、どういう仕掛けなのか傘先が床に付く頃には張っていた布地は一瞬で閉じられ、止めボタンまでかけられていた。ピッタリとした傘布の線は、先の方から終いまで綺麗な螺旋を描いていて、それを見つめるアリスに白い朝顔のつぼみを連想させる。

「梅雨が始まったのね」
「ええ。ここではあんまり関係ないけれど」

 森はいつもどおり薄暗い。人間にとっては躰にも心にも毒なほどに。

「喉が渇かない?」
「こんなに雨が降っているのに?」
「雨水は飲まないわ。直接にはね」

 水は適度に色がついていなきゃ。
 だいたい厚かましい妖怪は笑う。

 外ではしとしと雨が降っている。



「サンドイッチっていう言葉の由来は、砂と魔女以外は挟めるからって言うのは本当かしら。もしそうなら、貴女がサンドイッチを食べるのは、ちょっとしたジョークね」

 幽香は木苺のサンドイッチを口に入れる。大口というわけでもない幽香がほんの数口で食べて見せたのは、それが指二本でつまめる小さなサイズだからだ。軽食にすらならない甘いサンドイッチはアリスの出せる最もお手軽なお茶請けなのだ。

「私は考案者の名前だと聞いたけど?」

 アリスの方はブルーベリーの味を堪能する。ジャムは木苺とブルーベリー、マーマレードにイチジク、それと普通の莓の計5種類。アリスだけだとイチジクの減りが遅くなりがちだが、こうして偶に来客があるので、ジャム瓶の中身はほとんど均等に減っていく。種類は他にも林檎とか梅とかまだまだあるのだが、今日はこれで充分そうだった。

 外ではしとしと雨が降っている。

 眠くなる音だわとアリスは思った。幽香は平気なのかしらと見てみると、彼女の方も肘をついてぼぅっとしているようだった。そういえば、魔法使いや魔女と違って、彼女は普通に食べて眠る妖怪だった。幽香って普段は何を食べているんだろう。今まで出した物はみんな文句言わずに食べていたけど、本当は嫌いな物とかあるのかしら。アリスはぼんやりと想像してみる。

 まず、この妖怪は人間を食べる妖怪だったろうか、食べない妖怪だったろうか。食べられないってことはない気がした。なんとなくだけれど。けれど、いまいちイメージがしっかりしないのは、幽香があんまり大食家には見えないからだろう。今は人ってあんまり食べられていないし。
 ご飯とパンで言えばパンだろうか。いつか神社で出されたお味噌汁を、遠慮無くお代わりしていたことを思い出し、意外と和食派なのかもしれないと考え直す。目玉焼きには何をかけるんだろう。これがわかれば大雑把にも嗜好がはっきりするんだけど。いや、和食を好むなら目玉よりも厚焼きの方がいいのかもしれない。その場合、卵にはなにか入れるのかどうか。

 何も入れずに醤油をかけるだけのオーソドックスなのか、砂糖を入れる甘々か。だし巻きもいいなぁと思う。あんまりガチガチに焼かないで、中は半熟のとろとろで、白身の味がわかるぐらいのがアリスは好きだ。いろいろ考えていく内に、タマゴサンドを食べたくなってきた。付けるスープはタマネギをたっぷり入れたのがいいな。透明な金色をして、少し胡椒が効いたの。そう言えば、タマゴサンドにはシソを混ぜても美味しいって誰か言ってたなぁ。

 よし、今日の晩ご飯は決まったわ。そこで、ふとアリスは気になって、ねぇと幽香に訊いた。

「なにかしら」
「貴女、いつまでここにいる気なの?」
「雨が止むまで。良いでしょう?」
「立派な傘があるじゃない」
「いやぁよ。濡らしたくないもの」

 来るときに盛大に濡らしていたじゃないと思ったけど、そんなことを言っても結果が変わらないことは経験済みだ。気づけば、アリスがぼうっとしている間にジャムサンドはすっかり無くなっていた。食べなくても平気な体とはいえ、どうにも面白くない。アリスは2、3きれしか食べていないから、ほとんどが幽香の胃に収まったということになるのだ。健啖ってわけはないけれど、とアリスは考える。幽香って小食ってわけでもないかもね。

「そんなことより、お代わりをちょうだいな」

 幽香が差し出したカップはすっかり底が見ていたので、言われたとおり人形にお茶を準備させる。アリスは椅子に座り直した。幽香の相手はこれでいいとして、自分は服でも作ろうかなと思案していると、不意に幽香がアリスを見て、「目」と言いながら下睫の生え際を指さした。

「え?」
「涙が溜まってる。欠伸でもしたの?」

 慌てて手をやると、確かに指先が濡れる感触がした。いったいいつ自分は欠伸をしたのだろうか。アリスは覚えていなかった。それから、今気がついたって事は、それまで幽香も考え事をしていたのかなと思った。幽香は何を考えていたのだろう。まさか今日の夕飯についてではないだろうなぁ。


 外ではしとしと雨が降っている。
 屋根を叩くその音が、アリスの耳にはてんてんたぁと歌うように聞こえていた。


コメントは最後のページに表示されます。