はじめに――ナズーリンより寅丸星へ
この連載の企画が立ち上がったのは、私が初めて参加した第七回八坂神奈子賞の選考会、その打ち上げの席でのことになる。発行者の姫海棠はたて記者から「《花果子念報》で書評を連載してほしい」と依頼を受けたのだが、そのオーダーが「ただの書評じゃなく、《幻想演義》や《文々。新聞》とは違う、一風変わった面白い書評コーナーにしたい」というものであった。
口で言うのは簡単だが、「面白い書評コーナー」というのはなかなかの難題である。網羅的な新刊小説評ならば伊吹萃香氏が《文々。新聞》でずっと続けているし、小説以外の本は《幻想演義》の書評コーナーや《文々。新聞》の他の書評スペースがフォローしている。やるとすれば埋もれた旧作の発掘か、と提案してみたが、それだけでは「一風変わった」とは言いにくい、とはたて記者は首を振った。
ちびちびと酒を舐めながら考えていると、同じ神奈子賞選考委員の永江衣玖氏が話に入ってきて、こんな提案をしてきた。
「ナズーリンさんと全く小説の評価軸が異なる方と、同じ本を一緒に書評するというのは?」
なるほど、それは面白そうだ――ということになったが、さりとて「私と全く小説の評価軸が異なる書評家」などという都合のいい相手は思い当たらない。それこそ、稗田文芸賞の名物であった上白沢慧音氏とパチュリー・ノーレッジ氏ぐらい極端な小説観の差があれば、面白い読み物にもなろうが。
しかし、「二人で同じ本を書評」というアイデアは捨てがたい、ということになり、「でしたらナズーリンさんが『この本の感想を聞いてみたい』という人と一緒にやるというのは」との衣玖氏の提案に、横で呑んでいた伊吹萃香氏が口を挟んできた。
「ナズーリンなら、星丸小虎とやればいいじゃん」――と。
星丸小虎――『ミッシングハンター・ナッツ』シリーズなどの作品で人気の児童文学作家である。彼女の本名は寅丸星。命蓮寺のご本尊だ。宗教関係の書籍は本名、小説は筆名で使い分けているため、同一人物であることをご存じない方もおられるかもしれない。
そして彼女は、私の御主人様でもある。もう千年以上の永い付き合いになる相手だ。
しかし、考えてみると、御主人様と私的な会話として本の話をすることはまずない。向こうは作家で私は書評家である。書評家として依頼されれば私は御主人様の本だって書評するし、不満があれば厳しい評価だって書く。御主人様もそれは受け入れているので、お互い物書きの仕事についてはプライベートでは不干渉というのが、いつしか暗黙の取り決めになっていた。
その結果、私は御主人様が実際のところ、どんな本が好きなのかということを、ほとんど知らないということに気付いた。御主人様の小説は全て読んでいるので、漠然と同じような児童文学を好んで読むのかと思っていたが、書くものと読むものの好みが同じとは限らない。
寅丸星、あるいは星丸小虎は、どんな本を好み、どんな本を嫌うのか?
書評家は本来黒子である。ある作品について、私がどう評したかよりも、星丸小虎がどう評したかの方が、読者の関心を集めるのは間違いない。
というわけで宴会後、私はこの企画を御主人様に持ち込んだ。私が指定する課題図書を月に一冊御主人様に読んでもらって、感想をエッセイ風に書いてもらい、私がそれに何かしらコメントをつける――という企画のつもりで話したのだが。
困ったことにうちの御主人様は、何を勘違いしたのか、こう解釈したのである。
「ナズーリンと、交換読書日記ですか? やりますやります!」
――違うそうじゃない、とは、そのキラキラと輝く眼差しの前では言い出せなかった。
かくして今回より始まるのがこの連載である。はたて記者との相談の結果、奇数月は私、偶数月は寅丸星が担当。お互い、毎回の原稿の最後に相手に読んでほしい本を一冊課題図書として指定、翌月それを読んで感想を書く、という形式となる。
また、課題図書の指定や選定、原稿の内容について以下のようなルールを定めた。
・課題図書は幻想郷で発行された書物とする。外来本は不可。
・課題図書は指定者が読んだことのある本に限る。
・課題図書を相手が読んだことがあるかどうかは問わない。
・課題図書の選定に事前の打ち合わせはしない。《花果子念報》の掲載号が出るまで、相手が何を課題図書にしたのかはわからないようにする。
・課題図書は原則として自力で入手するものとする。
・課題図書のジャンルは問わない。ただし、身内(命蓮寺関係者)の本はなるべく避ける。
・長大なシリーズものは避ける。指定する場合はその中の一冊という形にする。
・短編集のうちの一編のみという形も可とする。
・原稿は書評という形式にこだわらず、面白い読み物であることを心がける。
・課題図書を無理に褒める必要はない。つまらなかったと思ったら素直にそう書く。
・〆切は守る。
以上のルールが決まったとき、御主人様とこんな会話があった。
「ナズーリンと交換日記なんて、楽しみです」
「もう何年の付き合いだと思ってるんだい。今さら交換日記でもないだろう」
「そんなことはないですよ。まだまだナズーリンについて、知らないこと、知りたいことはたくさんありますから」
――確かに、千年以上の付き合いだが、御主人様について私はまだいくらでも知らないことがある。そもそも未だに理解できないこともいろいろあるし、御主人様にもうちょっと私のことを理解して欲しいと思うこともいろいろある。
この連載を通して、少しは相互理解が進んでくれるだろうか?
そんなわけで、期せずしてこの交換読書日記の裏テーマは「主従の相互理解」ということになってしまった。
はたして、読書で主従の相互理解は進むのか?
変わった連載だが、どうか、お楽しみいただければ幸いだ。
では、私から御主人様へ、最初の課題図書を指定する。
反応を見たいという意味では、いきなり青娥娘々や米井恋、鬼人正邪あたりを読ませるということも考えたが、初回で連載が挫折するようなことは私も避けたい。なので、まずは御主人様でも無難に楽しめそうで感想を書きやすそうな一冊を選ぶことにした。もう読んでいるかもしれないが、御主人様の本棚にこれは無かったように記憶しているので――。
霧雨魔理沙『フェアリーウォーズ』(博麗文庫)。
では、後は御主人様にお任せしよう。〆切は守ってくれたまえよ。
従者から主への一冊 霧雨魔理沙『フェアリーウォーズ』
この連載の企画が立ち上がったのは、私が初めて参加した第七回八坂神奈子賞の選考会、その打ち上げの席でのことになる。発行者の姫海棠はたて記者から「《花果子念報》で書評を連載してほしい」と依頼を受けたのだが、そのオーダーが「ただの書評じゃなく、《幻想演義》や《文々。新聞》とは違う、一風変わった面白い書評コーナーにしたい」というものであった。
口で言うのは簡単だが、「面白い書評コーナー」というのはなかなかの難題である。網羅的な新刊小説評ならば伊吹萃香氏が《文々。新聞》でずっと続けているし、小説以外の本は《幻想演義》の書評コーナーや《文々。新聞》の他の書評スペースがフォローしている。やるとすれば埋もれた旧作の発掘か、と提案してみたが、それだけでは「一風変わった」とは言いにくい、とはたて記者は首を振った。
ちびちびと酒を舐めながら考えていると、同じ神奈子賞選考委員の永江衣玖氏が話に入ってきて、こんな提案をしてきた。
「ナズーリンさんと全く小説の評価軸が異なる方と、同じ本を一緒に書評するというのは?」
なるほど、それは面白そうだ――ということになったが、さりとて「私と全く小説の評価軸が異なる書評家」などという都合のいい相手は思い当たらない。それこそ、稗田文芸賞の名物であった上白沢慧音氏とパチュリー・ノーレッジ氏ぐらい極端な小説観の差があれば、面白い読み物にもなろうが。
しかし、「二人で同じ本を書評」というアイデアは捨てがたい、ということになり、「でしたらナズーリンさんが『この本の感想を聞いてみたい』という人と一緒にやるというのは」との衣玖氏の提案に、横で呑んでいた伊吹萃香氏が口を挟んできた。
「ナズーリンなら、星丸小虎とやればいいじゃん」――と。
星丸小虎――『ミッシングハンター・ナッツ』シリーズなどの作品で人気の児童文学作家である。彼女の本名は寅丸星。命蓮寺のご本尊だ。宗教関係の書籍は本名、小説は筆名で使い分けているため、同一人物であることをご存じない方もおられるかもしれない。
そして彼女は、私の御主人様でもある。もう千年以上の永い付き合いになる相手だ。
しかし、考えてみると、御主人様と私的な会話として本の話をすることはまずない。向こうは作家で私は書評家である。書評家として依頼されれば私は御主人様の本だって書評するし、不満があれば厳しい評価だって書く。御主人様もそれは受け入れているので、お互い物書きの仕事についてはプライベートでは不干渉というのが、いつしか暗黙の取り決めになっていた。
その結果、私は御主人様が実際のところ、どんな本が好きなのかということを、ほとんど知らないということに気付いた。御主人様の小説は全て読んでいるので、漠然と同じような児童文学を好んで読むのかと思っていたが、書くものと読むものの好みが同じとは限らない。
寅丸星、あるいは星丸小虎は、どんな本を好み、どんな本を嫌うのか?
書評家は本来黒子である。ある作品について、私がどう評したかよりも、星丸小虎がどう評したかの方が、読者の関心を集めるのは間違いない。
というわけで宴会後、私はこの企画を御主人様に持ち込んだ。私が指定する課題図書を月に一冊御主人様に読んでもらって、感想をエッセイ風に書いてもらい、私がそれに何かしらコメントをつける――という企画のつもりで話したのだが。
困ったことにうちの御主人様は、何を勘違いしたのか、こう解釈したのである。
「ナズーリンと、交換読書日記ですか? やりますやります!」
――違うそうじゃない、とは、そのキラキラと輝く眼差しの前では言い出せなかった。
かくして今回より始まるのがこの連載である。はたて記者との相談の結果、奇数月は私、偶数月は寅丸星が担当。お互い、毎回の原稿の最後に相手に読んでほしい本を一冊課題図書として指定、翌月それを読んで感想を書く、という形式となる。
また、課題図書の指定や選定、原稿の内容について以下のようなルールを定めた。
・課題図書は幻想郷で発行された書物とする。外来本は不可。
・課題図書は指定者が読んだことのある本に限る。
・課題図書を相手が読んだことがあるかどうかは問わない。
・課題図書の選定に事前の打ち合わせはしない。《花果子念報》の掲載号が出るまで、相手が何を課題図書にしたのかはわからないようにする。
・課題図書は原則として自力で入手するものとする。
・課題図書のジャンルは問わない。ただし、身内(命蓮寺関係者)の本はなるべく避ける。
・長大なシリーズものは避ける。指定する場合はその中の一冊という形にする。
・短編集のうちの一編のみという形も可とする。
・原稿は書評という形式にこだわらず、面白い読み物であることを心がける。
・課題図書を無理に褒める必要はない。つまらなかったと思ったら素直にそう書く。
・〆切は守る。
以上のルールが決まったとき、御主人様とこんな会話があった。
「ナズーリンと交換日記なんて、楽しみです」
「もう何年の付き合いだと思ってるんだい。今さら交換日記でもないだろう」
「そんなことはないですよ。まだまだナズーリンについて、知らないこと、知りたいことはたくさんありますから」
――確かに、千年以上の付き合いだが、御主人様について私はまだいくらでも知らないことがある。そもそも未だに理解できないこともいろいろあるし、御主人様にもうちょっと私のことを理解して欲しいと思うこともいろいろある。
この連載を通して、少しは相互理解が進んでくれるだろうか?
そんなわけで、期せずしてこの交換読書日記の裏テーマは「主従の相互理解」ということになってしまった。
はたして、読書で主従の相互理解は進むのか?
変わった連載だが、どうか、お楽しみいただければ幸いだ。
では、私から御主人様へ、最初の課題図書を指定する。
反応を見たいという意味では、いきなり青娥娘々や米井恋、鬼人正邪あたりを読ませるということも考えたが、初回で連載が挫折するようなことは私も避けたい。なので、まずは御主人様でも無難に楽しめそうで感想を書きやすそうな一冊を選ぶことにした。もう読んでいるかもしれないが、御主人様の本棚にこれは無かったように記憶しているので――。
霧雨魔理沙『フェアリーウォーズ』(博麗文庫)。
では、後は御主人様にお任せしよう。〆切は守ってくれたまえよ。
従者から主への一冊 霧雨魔理沙『フェアリーウォーズ』