Coolier - 早々思いつかない話

《花果子念報》読書面連載「トラとネズミの交換読書日記」(第0回~第7回)

2020/04/01 01:18:45
最終更新
サイズ
46.12KB
ページ数
8
閲覧数
1726
評価数
6/9
POINT
111111111
Rate
2222222.72

分類タグ


第5回 善性に対する信頼の大切さ――寅丸星からナズーリンへ


 まずは、前回のナズーリンの疑問に答えておきます。私は別に、今のナズーリンに不満が、いや全くないとは言いませんが……決してナズーリンに態度を改めてほしいという理由で『チェリーパイで紅茶を』を薦めたわけではありませんよ。ナズーリンはちょっと邪推のしすぎです。私、そんなにナズーリンに不満があるように見えていましたか?
 とはいえ、確かにこの作品をナズーリンに薦めるのは、そういう風に邪推されてしまっても仕方なかったかと反省しました。私はただ、ナズーリンにこういう心温まるお話を楽しんでほしかっただけなんですが……配慮が足りませんでしたね。
 次からはもっと考えて選書することにします。

 気を取り直しまして、今回のナズーリンのお薦めは小松町子さんの『風天娘は風まかせ』です。小松町子さんの作品は、《銭投げ捕物帳》シリーズや『そして、死神は笑う。』、『幽霊屋台の縁日騒動』を愛読しています。この新作は響子とムラサが熱心に語り合っていたのを聞いて買っておいたのですが、ようやくゆっくり読む時間が取れました。
 主人公は、中有の道で気ままな便利屋稼業を営むフーテン娘のコマ子と、自堕落なコマ子の面倒を見ている幼なじみのキキ。ある日、中有の道の甘味屋で〝お団子姫〟と呼ばれるミステリアスな美少女と出会ったコマ子は、その数日後にお団子姫から仕事の依頼を受けます。心配してついてきたキキと一緒にお団子姫の屋敷を訪れると、依頼というのは、逃げだしたペットの雷獣を捕まえてほしいというもので……。
 大筋は、《銭投げ捕物帳》や『幽霊屋台の縁日騒動』と同じく、主人公が人々の抱えたトラブルを解決していくパターンのお話です。けれど、この『風天娘は風まかせ』の特色は、これまでの作品と違い、非常に恋愛色が強いということでしょう。
 昔からずっとコマ子のことが好きだけれど、コマ子にとっては自分はただの口うるさい幼なじみでしかないと思っているので、自分の気持ちを口に出せないキキ。本当は甘いものやかわいいものが大好きな普通の女の子のに、周囲からはクールでミステリアスで近寄りがたいと思われがちなお団子姫。内面と外面のギャップを抱えたふたりのヒロインの目を通して、主人公であるコマ子の活躍を描くことで、ふたりのコマ子に対する感情の変化が、とても切実でいじらしく感じられます。
 何より、このコマ子がとても格好いいんですよね。普段は自堕落でのんべんだらりとしていますが、一度引き受けた仕事に対しては非常に真摯で、真剣に依頼者と向き合うことで、依頼の達成だけでなく、依頼者の抱えた問題までも鮮やかに解決してしまうその姿は、本当に魅力的で、私も思わずキキやお団子姫と一緒になってときめいてしまいそうです。
 読み終えたあと、既にこれを読んでいた響子やムラサ、一輪と話をしたのですが、皆の興味はやはり「コマ子がキキとお団子姫のどちらを選ぶか」にあるようでした。響子(小説家の幽谷響子さんです)が「絶対キキの方!」と言えば、ムラサ(同じく、小説家の船水三波さんです)は「いやー、お団子姫でしょ」と言い、一輪(三輪雲衣さんです)は「このままどっちともつかず離れずの三角関係が続くんじゃないの?」と言っていました。私個人としては、どちらと結ばれる展開も見てみたいというのが正直な気持ちです。ダメですかね?

 課題図書からは少し離れますが、小松町子さんの作品についてもう少し語らせてください。
 彼女の作品の魅力はやはり、人間・妖怪を問わず、その善性に対する強い信頼があるところだと思います。もちろん、たとえば《銭投げ捕物帳》の銭平のような善性が見出せない悪役や、明白な悪意を持った人物は登場しますが、それでもやはり、世の中で大切なことは、個々人が善くあろうとすることと、他者の善性に対する信頼であるということを、小松町子さんは強く信じていらっしゃるのだと思うのです。
 情けは人の為ならずと申しますが、自分本位に利を求め、合理性を追求していくと、行き着く果ては『たそがれ銭平』に描かれるような孤独と孤立になってしまいます。銭平のようにそれで良しとする強靱な精神力があるならともかく、ほとんどの人間はそれほど強くありませんし、妖怪であってもそれは同様です。だからこそ私たちは他者を求めるわけです。
 善性と信頼に基づいた繋がりの大切さは、弱ったときに誰かが手を差し伸べてくれるか否か、ということに集約されるのだと思います。与えられるものに何も返すものがないとき、それでも自分に何かを与えてくれようとする他者がいる、その希望がなければ、生きるということは不安と不信に満ちて、荒涼としたものになってしまうでしょう。
 《銭投げ捕物帳》の主人公・マチも、『そして、死神は笑う。』の主人公・古塚も、『幽霊屋台の縁日騒動』の主人公・オカノも、困っている誰かに手を差し伸べられる者です。そしてもちろん、『風天娘は風まかせ』のコマ子もそうです。コマ子はこれまでの小松作品の主人公に比べて、何を考えているのかが掴みにくい飄々としたキャラクターですが、根っこには他者に対する優しさと信頼があり、情けというものがどれほど価値があるものかを理解しているからこそ、あれほど格好よく見えるんでしょうね。
 コマ子がこれだけ格好よく描かれているこの作品を読んで、「コマ子のような格好いい大人」をひとつの目指すべき理想として、皆がコマ子のような優しさと信頼を他者へ向けられるようになる、そんな世の中が来れば、命蓮寺の教えは必要なくなってしまうのかもしれません。
 このような人妖の範となりうる作品がたいへん人気があるというのは、とても素晴らしいことだと思います。皆、やはり善くありたいという心があるということですから。私もコマ子のように、他者の善性を信じられる者であり続けたいものです。

 そろそろ紙幅もいいところなので、次の選書に参りましょう。
 ナズーリンにあまり変な邪推をされないような作品を挙げたいところですが……。ううん、ナズーリンがどう読むかは私にはなかなか想像できません。何を挙げてもナズーリンには何か言われそうな気がします。あ、責めてるわけじゃないですよ。あんまり斜に構えてばかりいるのも考え物だとは思ってますけども……。
 『風天娘』が恋愛ものでしたから、こちらも恋愛ものにしましょうか。ナズーリンが恋愛小説を読んでいるイメージもあんまりありませんし、書評でもこの作家さんの作品を取り上げたことはなかったと思いますので……。
 白岩怜さんの短編集『名残雪の消える前に』(博麗文庫)。収録作の中で、どの作品が好きかを教えてくださいね。私のお気に入りは「まどろみ十月」です。

 あ、そういえば、ナズーリンはコマ子がキキとお団子姫、どちらと結ばれるのがいいと思っているのですか? あとで教えてくださいね。

主から従者への一冊 白岩怜『名残雪の消える前に』

コメントは最後のページに表示されます。