Coolier - 新生・東方創想話

かつ丼を愛したツェペシュの末裔

2017/08/20 14:48:04
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1.三日前 ~レミリア・スカーレット

 ぼんやりと目線をとろけさせグラスを傾けた。
 グラスの中の赤い液体が私の五感を刺激する。
 甘美な香りが八重歯の隙間からくくくと漏れた。
 夜は私の時間。私はその夜を楽しむこと、更に楽しんでいる自分が居ることに楽しさを感じている。
 ナプキンで口を拭き、メイドが用意してくれた……禁じられた魅惑の肉。
 それをひと思いにがぶりとやった。
 禁じられたこの食物を遠慮なく堪能できる私は、まさに夜の王にふさわしいだろう。
 もにゃもにゃと禁肉(きんにく)を咀嚼していると、ぴょこんとデスティニーセンサーが反応した。

「ありゃま」
 
 ”運命ヲ視ルモノ”である私は驚愕を抑えられず思わず突飛な声を上げてしまった。

 考えるまでもない。伝えなければ。
 今は夜、私は優雅にスカーレットウォークでキッチンへと向かった。



『かつ丼を愛したツェペシュの末裔』



「咲夜」

 キッチンに居た私のメイドに話しかける。
 咲夜は私がここまで来たことに驚いたのか、それとも今から告げられる辛い運命を察したのか。
 私をみるやいなや深妙な面持ちで口を開いた。
 
「お嬢様、わざわざこんな所までいらっしゃらなくとも。私の方から伺いましたのに」
「私がお前に用があるのだから、私から出向くのが普通だろう」

 咲夜は数瞬考えた後ぺこりと腰を折り、それでご用とは? と私を促した。
 こほんと咳払いをしたり、襟を直したりと心の準備を整えていると、何かを察したのか咲夜の方が先に口を開いた。

「まさかお嬢様」
「……うむ、何を察したのかわからないが、そうなんだよ咲夜。慌てずに聞いて欲しい」
「言わなくてもわかりますよお嬢様。私は何年貴方のメイドをやっていると思っているんですか」
「咲夜……お前……」
「ビッグカツのおかわりの催促ですね。駄目ですよ。あれは一日ひとつまで」
「違うわ!」
「でしたら 『よいこのスパークリングワイン濃縮三倍ぶどう味』がなくなったんですね? すぐにおかわりをお持ちします」
「そんなことじゃないよ! 冒頭ですごく格好いい感じにやったのに台無しにするんじゃない!」
「あら、それは失礼」

 咲夜は私の頭をぽんぽんとやりながら優しい口調で答えた。
 ちくしょう、せっかくの私のクールさが台無しだ。

「そんなことじゃなくてね、さっき私のデスティニーセンサーが反応して」
「あの髪の毛が可愛らしくぴょこんとなる」
「ちがう、格好良くびきんとなるの! ……あのな、驚かずに聞いてくれ」
「はい」
「お前、数日中に死ぬよ」
「ありゃま」

 ありゃまって言われちゃった。
 言葉とは裏腹に驚いていないように見えるけど。
 
「あんまり驚いてなくない?」
「なくない? と言われましても。
 まあ、なんとなく予感というか、そろそろかなと思ってましたし。
 それにお嬢様が言うのですから逃れられないでしょう。騒いでも仕方ないです。して死因は?」
「寿命だよ。きっと大往生だよ。うーんそれにしてもなあ」
「お嬢様だって驚いてないじゃないですか」
「ふん。人間一人死んで慌てるような子供じゃないわ。
 それにお前のことだから、なんか死んでもすぐひょっこり輪廻りそうだし」
「仮にも当主なんですから『輪廻る』とかいうふざけた単語使わないで下さい」
「仮じゃないけど」
「ふふふ、失礼しました」

 咲夜はしわくちゃな顔で笑顔を作った。
 まあいい。
 ここで大層驚かれたり泣かれたりしても困ってたし
 なにより寿命からは逃れられない。
 咲夜は人間だということに誇りを持っているから眷属になったり仙人になったりと、延命を望むことはしないだろう。
 ……それにしても落ち着きすぎだと思うけど、やっぱり年寄りって肝が据わってるんだなあ。
 ちょっと苦手。

「年寄りではないですけど」
「ナチュラルに心を読むな」
「メイド長を辞して十年と少し、そろそろだと思っていましたので驚きは有りません」
「そか。よかったよ。安心した」
「それにそういうお涙頂戴系はよその二次創作に任せましょう、と慧音も言ってました」
「そういうこと言うんじゃないよ、感動死に別れ二大巨頭め。……まあいいんだけど。お前がそうなら」
「お別れパーティは盛大にやってくださいね。ええと、パーティバーレルのクーポンはどこにしまったかしら」
「ノリノリだなお前……前から聞きたかったんだけどさ、咲夜は悔いとかないの?」
「悔い、ですか」
「お前、人間じゃん」
「あたしゃ人間です」
「人間なんだから、やり残したこととか、心に引っかかることとかないの?
 お前には本当に感謝しているんだ。
 私を、ううん。私達、紅魔館の面々を長い間、楽しませてくれたんだから。
 だからもし悔いがあれば、協力する。私が出来る最大限の力でだ。
 きっとお前のためならフランドールも美鈴も、パチェだって協力する。必ず。
 だって家族なんだから」
「お嬢様……有難うございます」

 既に曲がっていた腰を、さらに深く曲げて、私に頭を垂れた。
 こやつめ。
 少し大げさだと思うけど、素直で可愛いとこ有るじゃないか。
 私は主らしく咲夜の頭をぽんぽんと撫ぜてやった。



 振り払われた。

「髪が乱れるのでやめて下さい」
「え、あ、ごめん」
「そして今の台詞ちょっと感動狙ってましたよね。くすくす。十年前の二次創作じゃないんだから私の死で感動狙わないで下さい」

 おいおい台無しだよ。

「まあ、私は悔いなどありませんよ。この紅魔館で、こちらこそ十分楽しませて頂きました。
 これ以上何かを求めたらバチが当たります」
「そ。なら良いんだけど。助かったよ、お前が大人で」
「ただ、少し」
「なになに?」
「不安な事が二つ。まずは妹様のことです」
「フランドール?」
「最近、仲良しなもので、泣かれるかもしれません」
「あー……」
「そうなったらいくら私でも……ちょっと泣いてしまうかもしれません」
「……そうだなあ、泣きじゃくるフランドール見たら私ももらい泣きしそう」
「でもまあ、それは私が死ぬサプライズ演出ということでいいでしょう。映えますよ」
「自分の死のサプライズ演出を淡々と話すメイド、嫌いじゃないよ」
「不安な事はもう一つ。正直、こちらが本題です。お嬢様、おだいどこはどうするのですか?」

 ……やっぱりそれだよなあ。

「私が居なくなってまたあの騒ぎが起きたら……」
「そうなんだよな。何か策を打たなきゃいけない」

 咲夜が死ぬ前に心配するほどのおだいどこ事情。
 それは過去にあった、ちょっと騒ぎが原因だ。

 十年程前、咲夜がメイド長を辞した時の事。
 体の不調から何日か床に伏したのをきっかけで
 私は咲夜に『そろそろメイド長辞めて隠居すれば?』と提案した。
 咲夜は何人かのメイド妖精を育てていたので跡取りは問題ない。
 今まで咲夜が働いていた仕事を何人かで分担すれば、今まで咲夜が一人以上の仕事をしてきた穴も埋まるはずだ。
 最初は不便ながらもどうにかなる、そろそろいいおばちゃんの咲夜の肩の荷をおろしてやろうと思っての提案だ。
 咲夜は最初は渋っていたが、私の気遣いだということと
 自身の体のガタについては嫌でも自覚していたのもあったのか、案外あっさり首を縦に振った。
 メイド長不在の紅魔館となるが、百年前に戻ったと言えば変わりない。
 今は慣れないが、じきに新しい紅魔館として馴染んでいくだろう、そう思っていた。
 
 だが、問題はすぐ露呈した。
 掃除、これなんかは数でどうにかなる。
 未だに本を狙いにやってくる黒白の魔法使いなんかも自慢の門番が居るし、ダメだったらメイド妖精が数で圧倒してくれる。
 そう、問題が起きても『数』が豊富な紅魔館は、大体の事が解決してしまうのだ。
 問題なのは、『質』。
 いくら咲夜の手ほどきを受けたからと言って、メイドとして数十年生きた咲夜の料理の腕を
 踏襲するのは難しく、キッチンで働く妖精は他のメイド妖精からかなり激しく批判を受けた。
 「もっと旨い料理を作れ」「ちゃんと仕事しろ」「メイド長のご飯はまだか」「おやつに酢昆布は認めない」
 酷いものだった。
 更にキッチン妖精は、他の妖精から数々の嫌がらせを受けた。
 靴にまち針をしかけられたり冬場、湯たんぽを氷のうに変えられたり、メイド妖精のライングループで悪口を言われたり
 紅魔館修学旅行の移動に使う大型バスの座席を無理やり補助席に決められたりと、酷いものだった。
 咲夜の料理で肥えた私達の舌を満足させられるのは、やはり咲夜しか居なかったのだ。私はそれを心底痛感し、紅魔館での咲夜の存在の大きさを突きつけられた。

 一度決めたことというのもあるし、私はできるだけ咲夜に休んでほしかったので
 そのうち良くなるから、と批判するメイド妖精たちを説得し続けていたのだが
 しばらくすると、不満が溜まったメイド妖精たちは徒党を組み、ストライキを起こし始めた。
 『咲夜を出せ』『うまい飯を出せ』『メイド長の料理を提供しろ』『週休六日にしろ』『労基にチクるぞ』『どこがアットホームだ』『おやつに酢昆布は認めない』
 各部署でそんな文句が出始めた。
 プラカードを掲げたメイド妖精たちは仕事を放棄し遊び呆け私の隠しおやつも食べてしまう始末。
 最終的には私の部屋に何人かの暴徒が流れ込み、大変な目にあった。
 まさか妖精に囲まれ殴られ蹴られ、しまいにはドラゴンスクリューからの足四の字固めを受けて10カウントとられるなんて、私の人生(吸血鬼生)でも初めての経験だった。
 もうこれはどうにもならないと思い、私は咲夜に頭を下げ、もう一度アドバイザーという立ち位置で良いので戦線復帰してくれないかとお願いしたのだ。
 咲夜の介入によって紅魔館に出てくる料理のレベルが上がった途端
 メイド妖精たちはおとなしくなり、普段の紅魔館がやってきたのだ。
 ……今思うとあれちょっとした異変だな。整数ナンバーレベルの異変。

「メイド長は辞しましたが、結局私は死ぬまで仕事をし続けることになりましたね」
「……本当に申し訳ないと思ってるよ」
「良いのです。これが私の生き方だったんですから。こんな年寄りを働かせてくれて
 お嬢様の懐の深さには感服いたします」
「ちょっと皮肉っぽく聞こえるけど……」
「気のせいですよ」

 咲夜はそう言ってばちこんと私にウインクをぶち込んだ。
 そういう様は年相応じゃないのが、いかにも咲夜っぽい。
 かわいいおばあちゃんだなあ。

「でも、今度は戦線復帰できませんよ。死んじゃうんですから」
「うん、そうだけど前よりメイド妖精の腕も上がってるから大丈夫なんじゃ……」
「いくら上手くなっても妖精ですから。私の足元に及びませんわ。
 きっと私を求めて騒ぎは起こると思います」
「酷い言いようだなあ。自信過剰だし」
「決してメイド妖精の腕が悪いんじゃあありません。私が育てたあの子達は
 どこに出しても恥ずかしくないと思っております」
「うん。そうか、つまりは私達の舌が肥えすぎたのが悪いと」
「さいです」
 さいですかー
「しかし、もう一度あの暴動が起きるか……震えてくるよ。
 私、妖精たちに怒声と罵声を浴びせらながら犯されそうになったの初めてだったもん」
「お嬢様と一番仲が良い、きのこみたいな名前のメイド妖精にでさえデンプシーロールされてましたもんね」
「妖精恐怖症になりかけたからな私」
 本当に由々しき問題だ。
 まさか咲夜を幽霊として留めて働いてもらうわけにはいかないし。
「美鈴も中華料理はうまいけど、担当にしたら門が手薄になる。
 門番は門に置いてこそ意味があるし、それこそ紅魔館の顔にメイド妖精を置くわけにはいかない。あいつは門番として、紅魔館の顔としては優秀なんだ」
「美鈴は器用ですから。今からでも他の料理を教えておきましょうか。まあ美鈴に教えるって変な感じですけど」
「うんにゃ。美鈴もお前が居なくなって忙しくなるからちょっと難しいかも」
「そうすると、いかに対策を?」
「そうだな……」
 私は人差し指と親指でブイの字を作りあごを乗せた。
 さて、どうしたものか。
 と、考えたふりはするものの、実は一個だけ考えていた案がある。
 この事情の対策の為に、前の騒ぎからずっと考えていた案。
 それはもちろん、咲夜の不安を拭い去るため。あの暴動を起こさせないため。
 更には、かつて私に仕えたメイドの証を、自身に刻みつけるための大切なこと。
 ……まあ、少々面倒なのがネックなんだけど。

「つまりだよ咲夜。お前の作るご飯くらい美味しいものがでれば皆は満足するんだよな」
「仰る通りかと。ですが人員が。今から求人広告を出しても、いくらアットホームな我が館でも優秀なのは簡単に集まらないでしょう」
「美鈴は忙しい、パチェは客人。フランドールはお手てが荒れるからダメ」
「ぶれないシスターコンプレックスで安心しております。……あれ、ということは」

 だとしたら、そう。
 もう残るは一人しか居ない。
 長年生きて舌が肥え、なおかつ器用で手際がよく、咲夜の代わりに足る人物。
 そんなのは、はじめから一人しか居ないのだ。

「うん、咲夜が居なくなった後は、私がみんなの料理を作るよ」

 咲夜のご飯がないんだったら、私が代わりに美味いご飯を作ればいいじゃない。



--




「おおいパチェえもん」
「……私を十年前の二次創作に出てきそうな呼称で呼ばないで」

 困ったときの我が親友。
 こういうときの為にうちに置いてやってるんだから、頼らないと損だ。
 不機嫌そうにむきゅんと眉をひそめているパチェに先程の咲夜とのやりとりを話した。
 咲夜が死ぬと言った瞬間、少しだけ辛そうな顔が見えた。
 普段は我関せずの癖にこういう時には少しだけ感情が出てしまうの、パチェって感じがする。

 私の話を聞き終わると面倒そうな顔を向けて面倒そうに小悪魔を呼び面倒そうに何かをつぶやいていた。
 その間、膝に我が最愛の妹を乗せているところが少々、いやかなり憎たらしかったが 私は我慢する。
 フランドールは鉄棒にぶらぶらするように、椅子に座るパチュリーの膝にお腹を乗せて絵本を読んでいる。

「フランドール、咲夜の事だけどもし何かあったら私に言うんだぞ。辛かったらベッドで一緒に寝たっていいんだから」
「……」
「フランドールよ、無視しないでおくれ。ほら、パチェじゃなくてお姉ちゃんのお膝も空いているよ。おいで」
「いやだよしね」
「これフランドール、いくらお前が可愛いからってしねはダメだぞ」
「さわんなきもい」
「照れちゃってこやつめ」
「スカーレットシスターズ、うるさくするならすぐに出ていってもらうわよ」
「何よパチェ。私が邪魔だっていうの?」
「私はこいつ……おっとお姉様と違って静かだよパチュリー」
「フランドール、私をだしにパチュリーの機嫌をとるんじゃないよ。
 確かにこいつはご機嫌斜めになるとまっすぐになるまで阿呆みたいに面倒だから機嫌を損ねたくない気持ちはわかるけど」
「確かにパチュリーは機嫌が悪くなると魔女特有の面倒臭さをかもしだす上に女臭いねちょねちょしたところを惜しみなく噴出するけどその言い方は無いんじゃない?」
「……おっと間違って欲求不満の触手を召喚してしまったわ。近くにこの触手の性欲を処理してくれる吸血鬼は……」
「ごめんなさいパチュリーさんうそですきょうもおうつくしいですね」
「ごめんなさいパチュリーさんうそですきょうもでらかわいいですね」
「うるさくしないわね?」
「ろんもちです」
「もちのろんです」

 この図書館においてパチェは一番偉いので素直にいうことを聞くことにした。
 フランドールもナイスなタイミングで息を合わせてくれてなんとかご機嫌をまっすぐなままに出来た。
 それにしても、フランドールのツンデレっぷりは尋常じゃない。
 パチェとのくつろぎタイムを邪魔したせいか、並の人間や妖怪なら消滅しそうな殺気をさっきから放ってくるし
 時々私の「目」を探しつつ手をぐーぱーさせている。
 全くツンデレで可愛いやつだ。世界一チャーミングでプリティでキュートなスイート妹という二つ名(私名付け)は伊達じゃない。

「レミリア様、いくつか持ってきましたよ」
「おうリトルありがとう、助かる」
「いえいえ。でもそんな十年前に少しだけ流行った呼称で呼ぶのはやめて下さい」

 小悪魔が両手に抱えて持ってきた本の山は
 パチュリーの物書き机の空きスペースを全て埋めるほどだった。
 この中から一品、これぞというものを作る必要がある。

「普段の料理はキッチン妖精にまかせて、不満が溜まってきたら
 ガス抜きとして私が天下一品の超バリうまギャラクティカファントムウルトラスーパー44マグナムアルティメット料理を振る舞えば皆も文句は言わないだろう。
 なにせ私が作るんだ、きっと皆も満足するさ」
「私は咲夜の凝った料理も好きだしメイド妖精たちのシンプルなのも好きだけどな。パチュリーは?」
「まあ。咲夜よりは劣るけど食べられないほどではないかしらね」

 そう、先程咲夜も言っていたように料理妖精の料理は悪くはない。むしろ平均以上だと私は思う。
 ただフランドールやパチェ、美鈴などの長年生きるものと違って
 他のメイド妖精はあくまで「自然」に「瞬間的」に生きている。
 この前まで食べていた料理より少しでも劣っているものが出されたら、それだけで不満が出てしまうのだ。
 咲夜が居ない時はこんなんだったろ、と言っても通用しない。
 それに多分、二進法で記憶しない限り忘れているだろうし。

「所詮妖精。芯というか、一貫性が無く自然に生きているのでそうなってしまうのね」
「うむ。だから私が一肌脱いでやろうってことよ。どうよパチェ、私は立派な主だろう。な? な?」
「まあ……」
「フランドール、こんなお姉ちゃんをどう思う?」
「いい加減寝るとき寂しいからってベッドにぬいぐるみを持ち込むのはどうかと思う」
 
 二人の賞賛の声が身にしみ、自然と涙が流れてきた。私は幸せものだなあ。
 幸せを噛み締めたところで、そろそろ真剣に考えることにした。
 よし、まずは情報集め。

「ちょっとそこら辺のメイド妖精に何が好きか聞いてくる」

 何事も自分の足で。
 咲夜の為に私はメイド妖精にインタビューするべく図書館を後にした。

「妹様」
「なにパチュリー?」
「どうなると思う?」
「色々とダメだと思う」
「同感」

 二人がなにか言っていた気がするけど聞こえない。
 聞こえたとしても頭には入らない。走り出した私は止まらないのだ。ぶおおおおおん。


---


「あ、お前ら今いい?」
「オセロしてるのでしょーしょーお待ちを」
「あ、うん」

 私、紅魔館の主ことレミリア・スカーレットは妖精たちが集う娯楽室にやってきた。
 主人の質問よりも重視される妖精たちのオセロ対決を
 ぼんやりと眺めながら待つ私のこの儚い気持ちは一体何なんだろうか。

 ……私、主人なんだけどな。 
 主人、なんだけどな……

「はあいお前たせしました。なんでしょーおじょうさま」
「え、あ、もういい? えっとな。お前たちの好きな食べ物知りたいんだけど」
「好きな食べ物です? ええっと、私が好きなのは……メイド長の作る具だくさんごろごろカレー!」
「さんきゅー お前は?」
「私はメイド長の作るからっとぱりぱり唐揚げですー」

 やはり咲夜の作る料理は人気か。
 この調子で何人かに聞いてみよう。
 私はメモに咲夜カレー、咲夜唐揚げと残し次の妖精に話し掛けた。
 なんかカニバリズムみたい。ぐろい。

「なあ、好きな食べ物教えて」
「私はメイド長の作るふわふわチーズケーキが好きですー」

「お前の好きな食べ物教えてちょうだいな」
「メイド長の作るとろとろビーフストロガノフ!」

「好きな食べ物なーあに」
「メイド長の作るパラパラ本格チャーハン!」

「好きな食べ物教えてチョモランマ」
「メイド長の作るさくさくコーンコロッケ!」

「好食物教頂戴」
「メイド長の作るギトギトじろう系ラーメン!」

「すきたべ」
「メイド長の作るじゅわじゅわ月見ハンバーグ!」

「YOUは何を食しに紅魔館へ?」
「メイド長の作るこってりもつ煮のネギまみれ!」

「好きな食べ物教えておくれ」
「シュッシュッ! シュッ! シュッシュッシュッ! ……あいたっ!」

 よしよし。
 こんなものだろうか。
 私は集めたメニューを見て、やはり咲夜だ、と感じた。
 皆から愛されている。
 こんなに愛されているのは私のメイドなんだよ、と誰かに自慢したくなる気持ちを抑え
 私は図書館へと戻ることにした。


 



「上記の結果から……デゲデゲデゲデゲデゲデゲ、デン!」
「うるさいわレミィ」
「ほんとうるさいこの姉」
「かつ丼を作ることにします」
「……なんで?」
「ソースかつ丼じゃなくて卵でとじるほうね。そっちの方が好きだし」
「……なんで?」

 メモを見たパチェのえげつないあきれ顔はさておき、メニューはかつ丼に決まった。
 余談になるが、最後にシャドーボクシングで回答しやがったやつは
 くだんの騒ぎの時に私にデンプシーロールをかましてきたメイド妖精なので
 調子に乗ったおしおきにゲンコツを落としておいた。
 はしゃぐのは良いが調子にのるのはいけない。

「質問は何の意味があったのよ」
「皆好きなものがばらばらだって事がわかった」
「それでなんでかつ丼?」
「丼にごはん入ってて具をぶっかけたやつってみんな好きじゃん」
「そうなの?」
「かつ丼って丼の王様じゃん」
「そうなの?」
「王様とか私に相応しいじゃん」
「そうなの?」
「じゃあかつ丼になるじゃん」
「そうなの?」
「そうなの」

 そうなのだ。私はふくよかな胸をふふんと反らしてやると
 パチェは羨望の目で私を眺めてきた。

「ま、レミィが良いなら良いけど」

 パチェのOKも出たので早速準備だ。私は燃えてきたぞ。
 咲夜のお別れパーティは三日後。
 それまでに一度くらい練習しておいたほうが良いだろう。
 そうと思えば私はレミリア。
 行動は早いに限る。私はギャラクシーノートセブなんとかを取り出して美鈴に電話をかける。

「もしもし私だ。主人主人。門番中悪いんだけど」
『どうしました? ぐーぐー寝たりなんてしていませんよ』
「お腹すいてる?」
『ぐーぐーです!』
「ちょうどいい。この後私が作ったかつ丼の試食会やるからメイド妖精の中でも舌が肥えてるやつを三人くらい連れてキッチンに集合してくれ。二時間後くらいかな」
『ひょう! いいですねえ。では二時間後、参ります』
「あいよー」

 熱々ほかほか爆発寸前のスマートフォンを懐にしまい、さて、と頬を張った。
 小悪魔が用意してくれた本をいくつかつかみ、キッチンへと向かう。
 楽しみだ。メイド妖精や美鈴が目をまんまるにして美味い美味いとかつ丼をかきこむ姿が目に浮かぶ。
 さて、やってやるか!



 時は進んだ。
 あれから二時間経った。ここはキッチンである。
 いやはやしかし、今考え直してみると、先程の思考はいかにもなフラグと言える。
 ああ、汗が止まらない。
 いくら私が高貴で高潔な吸血鬼だからって
 かつ丼を目の前に、額に皺を寄せている門番と三人のメイド妖精。
 そんな奴らの前に居ちゃあ、コックの私は冷や汗を止められないのは仕方の無いことだ。
 生唾と垂れてきた冷や汗をごくりと飲み込んだ。

「も、もう単刀直入に聞くけど。このかつ丼どうだった? 端っこのお前、答えてみて」
「お嬢様、これは美味しくないです。つゆがただのしょっぱい汁です。つゆだくなのが更に苦痛でもう箸を持ちたくないです。吐きそう」

 わーお。ちょっとストレート過ぎてお嬢様気絶しそう。

「……う、うむ。お前は?」
「美味しくないです。卵も固まりすぎてて堅焼き茶碗蒸しみたいになってますし、卵自体に味がないです。もう見たくもありません。ゴムを食べるほうがマシ。吐きそう」
「……次、お前」
「美味しくないです。かつの揚げ具合にムラがあって一部は固くて一部は半生。玉ねぎも辛いし、これがお店で出てきたらお金も払わず一生その店には行きませんし食べログで星に1をつけてSNSで炎上させます。インスタ映えもしないですし。吐きそう」
「……さ、最後、美鈴、感想をお願い……出来れば……優しめに……」
「単純に美味しくないです」
「……う、うわあ!」

 ただただ純粋で澱みのない真っ直ぐで透き通った単純な感想。
 私の心にグングニルより強烈なものが突き刺さる。
 私だからこそ致命的な致命傷で済んだが並大抵の妖怪ならきっと死んでいるはずだ。
 ふふ、よかった、無駄な命が亡くならなくて。ふふふ。よかった。

「お嬢様、これを私たちに食べさせるのは罰ゲームですか?」
「それとも単純な嫌がらせですか?」
「この前お嬢様のプリンを内緒で食べた時の仕返しですか?」
「……あなた達、お嬢様が死にそうだからもう行っていいよ。あとは私が片付けるから」

 メイドの三人組は、はーいと元気な返事とともに去っていった。
 残されたのは九割ほど死んだ私と流石に悪いと思ったのか苦笑いの門番だけ。
 いや、違うか。今しがた罰ゲームと評された悲しきかつ丼がここには残っている。
 四つも。一口だけ食べて残されたかつ丼が四つも。

「美鈴」
「は、はい」
「これは言葉のレイプだよ」
「……私はもう、ええと、なんと言えば良いのでしょうか、その、あの」

 美鈴てすごく優秀なやつなんだけどな。
 空気を読んだり、気を遣ったりするのがすごく得意で。
 いっつもフォローの言葉をくれて、頼りになるの。
 でも、ここまでうろたえて言葉に詰まっている美鈴見たの初めてだよ。
 
「私にも一口頂戴」
「私も」
「あ、パチュリー様に妹様。良かった。お嬢様が死にそうなのでぜひ良い感想を」
「……」
「あ、もうパチュリー様が言葉や言語では表現しきれない不愉快と不快と不純と不衛生と不感症をミックスさせたばりいかつい顔になっていますね。
 こりゃダメだ。小説だからこの表情を見せられないのが残念なくらい、いかつい顔」
「……」
「妹様、吐くならこの袋に」

 友人と妹にまでこのひどい始末。
 なぜだ、なぜここまで悪かったのか。

「お嬢様、参考にまで聞きますけどどうやって作ったのですか?」
「……小悪魔に持ってきた貰ったかつ丼のレシピをいくつか見て、いいとこ取りしようと思って、こうなんかうまいことやった」
「……」

 美鈴の目はうまいことはやってないと訴えていたが私は主人なのであんまり考えないことにした。
 いや、たしかにだ。美鈴の言いたいことはわかる。料理をあんまりしたこと無い私がレシピの通りに作らずに失敗することなど目に見えていたことだと。
 こんなの青春マンガのヒロインがよくやる間違いってことだと。
 だが、そうでもしないといけないのだ。
 なぜなら咲夜の寿命はもうカウントダウンに入っている。あと片手で足りるくらいの日数で咲夜は死んじゃうの。
 上手くならなきゃいけないんだ。格別に、特別に。

「お嬢様、焦る気持ちはわかります。ですが、まずはですね」
「レシピ通りに、とかまずは基礎から、とか言いたいんだろ! わかるよ美鈴。
 だけどな。そんなことで最高に美味しいかつ丼を作れるわけ無いだろ!
 私には、咲夜にはもう時間が無いんだよ。私は特別で格別の美味しいかつ丼が作りたいの!」
「だからこそ、です。……材料はまだ残ってますか? 私が一度作ってみますので……」
「いい、いらない。どうせ美味いの作るんだろお前は」
「いやまあ……そうですけど」
「そこは否定しろ! 美鈴のボケナス! パチェのサブカルうんにゃクソビッチ! フランドール大好き!」
「お嬢様、待って下さい!」
「なんで私も悪口言われたの?」
「私告白された」

 ここには私の敵しかいない。
 美鈴とパチェとフランドールの言葉を背に受け私は走った。
 逃げるわけではない。私は敵の居ない所に向かって走っているだけなので
 これは逃げではない。
 羽を広げ、どこに向かうまでも無くまっすぐに飛んだ。
 もうわかんない。どうすればいいんだ。
 誰か、誰か助けて!


 そんな感じで、悲劇のヒロインが如く逃げたかったんだけど
 このまま外に出たら灰になっちゃうので私は一旦部屋に戻った。
 ベッドにごろんして先程の出来事を思い返してみると
 やっぱり私は、いや、吸血鬼ってわがままなんだな、と思う。

 咲夜の存在は自分が思うより大きく、他人が思うより小さい存在だと感じている。
 なし崩し的に子供の頃から飼っていたい犬。
 毎日の散歩は面倒だし、餌は私があげないと死ぬし
 なにより脆弱。ちょっと撫でてあげるだけで死んでしまう。
 そんな面倒な存在だけど、育つと私の言うことは従順に聞くし
 なにより私の事を大事に思っているし、あとは可愛い。
 おばあちゃんになってから、その可愛さは増したように思える。
 先程ああは言ったものの、咲夜が死ぬのはそりゃあ悲しいし、何日か引きずるかもしれない。
 でも、一緒に居た時間はあまりに短い。
 美鈴やパチュリー、フランドールと比べるとその短さは顕著だ。
 時間が全てではないけれど、自身の中の重さを増すには質とともに時間は重要だ。
 私が誰かに「じゃあ咲夜がいないと生活がままならないのね?」と聞かれたら
 「何言ってんだこいつ」と答える。
 咲夜それ以上でもそれ以下でもない。
 
「あー。咲夜、眷属になればいいのに」

 そうすればこんな悩まずに済む。
 だけどそれは叶わない願いだ。
 あいつは誇りを持ってる犬だから。

 ともあれ、この考えは逃げだ。
 私が言い出した以上、それは叶えなくてはいけない。
 咲夜が死ぬのは逃れられない。だから、私はおだいどこ事情を解決しなければいけない。
 一度言ったことだし、私は主人だから。

「て言ったってなあ。どうすりゃいいのさ」

 そう独りごちた時、私のスマートフォンがぺろんと鳴った。
 IQKグループのラインの未読が溜まっている。
 忘れていたが、今日はIQK(幻想郷の妹バカの姉たち達が集う『妹にきゅんきゅんする会議』の略)が行われている日だった。
 きっと不参加の私のために誰かが議事録を送ってくれたのだろう。




satorin_koishiperopero
議事録、テキストで共有ドライブにアップしておきました
shizunyan_minolove
有難うございます
lunapippi_marlyrichucchu
あr
gyao-_flankunkun
thx 確認しとくー
satorin_koishiperopero
あ、お疲れ様です。急用、大丈夫でした?
gyao-_flankunkun
うんまあ。従者が死んじゃうからさー
shizunyan_minolove
突然深刻な話になりましたね……
gyao-_flankunkun
人間だからね。しゃーない
それでさ、皆に参考までに聞きたいんだけど
お別れパーティで私の料理を振る舞うことにしたのね
shizunyan_minolove
素敵です!
gyao-_flankunkun
あんがと。そんでね、私料理下手なのよ
どうにか出来ないもんかねって思って
satorin_koishiperopero
難しいですね。急に料理の腕を上げるのは
lunapippi_marlyrichucchu
わたしhあ
shizunyan_minolove
うちは、妹がよく料理を作るのですが
gyao-_flankunkun
おお。そういう具体的な話聞きたい
shizunyan_minolove
それが全部じゃないとは思いますが、やっぱり私のために愛情込めて作ってくれると
たとえ味がどうであれ、幸せですね。嬉しいです
gyao-_flankunkun
なるほど、そういうものか
satorin_koishiperopero
羨ましい……私もこいしに作ってもらいたい
shizunyan_minolove
妹が作ってもらったものだと生ゴミでも美味しいですよ
satorin_koishiperopero
わかる
gyao-_flankunkun
わかる
lunapippi_marlyrichucchu
わか

 
 食べてもらう人のために愛情を込めて、か。
 そっか、そうだよな。それが大事だよな。
 私は独りよがりだったのかもしれない。
 自分が作りたいように作って人を満足させるなんて
 そんなうまい話は無いだろう。
 そうと決まれば、キッチンへ行こう。
 パーティまであと三日。
 少しでも腕を上げて、皆に食べてもらって。
 咲夜を安心させよう。
 
 ……それにしても、ルナサが何か言おうとしてたな。
 あいつはうつの音色を扱うくせにメッセージをうつのは遅いから
 いつも見逃してしまうんだ。
 まあいっか。あとで確認しよう。
 私は闘志に火がついた。
 走り出した私は、誰にも止められないのだ。ぶおおおおおん!



 ……まずは、美鈴に頭を下げなくちゃ。



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