Coolier - 新生・東方創想話

かつ丼を愛したツェペシュの末裔

2017/08/20 14:48:04
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6.当日 ~小悪魔


 
 フランドール様が壇上に上がった時、私はやっと納得がいきました。
 そしてあの台詞の意味を理解しました。
 「いっぱい抵抗してやるんだ」
 とフランドールは言っていました。ぶち壊してやる、私が大人ぶってるやつを成敗してやる、と。
 
 昨日の事です。
 パチュリー様にお休みを頂き、娯楽室でメイド妖精と遊んでいると
 フランドール様に声をかけられました。
 手元にはボロボロのレシピ本。
 その本に見覚えがないか、と聞いてきた彼女の表情は酷く真剣でした。
 私がこの紅魔館にある本は大体把握している事を知っているので、聞いてきたのでしょう。
 
「だいぶん使い込んでいるんですね。うーん。どこかで見たような」
「みたい。……その、内緒で持ってきたから秘密にしてほしいんだけど、咲夜の部屋に置いてあったの」
「咲夜さんの……あー、これ、パチュリー様が咲夜さんにあげたやつですね」
「パチュリーが?」
「少し前の話になります。聞きたいですか?」
「お願い」

 フランドール様を椅子に座らせて、私はひとつ、昔話をしました。
 いつかの頃、料理が上手くなるにはどうすればいいか、と我が主人のパチュリー様に相談しにきた少女の事を。



--



「あ、あの」
「緊張しないでいいわ。話して」
「……私は、あの、家事をするメイドです」
「知っているわ咲夜。それで?」
「お掃除は得意です。メイド妖精をしつけるのも得意で、お風呂の温度を調節するのも得意なんです」
「優秀なのね」
「い、いえ。……それで、そうなんですけど。あの、私は料理が苦手なんです」
「そうなの」
「そ、そうなんです」
「……それで」
「あ、すみません。それで、あの、パチュリー様に教えてもらおうかなって。
 あの、美鈴がパチュリー様に聞けば大体のことはわかるって……」
「そういうこと。全く、美鈴め」
「……お忙しいですよね、すみません。私はこれで」
「待ちなさい。このまま帰ったら美鈴のメンツと私のプライドを汚すことになるわよ」
「え、ご、ごめんなさい!」
「良いから落ち着きなさい。小悪魔、紅茶でも持ってきてやって」
「はーい」
「あ、ミルクティでお願い、します……」
「……ぷ。くくっ……小悪魔、ミルクティね」
「はいはーい」

 いやいや、中々厚かましくて面白い娘でしたね。
 突然質問してきたと思ったら紅茶に更に注文をしてきました。
 今の咲夜さんの自由奔放さはこの頃から合ったみたいです。
 ……まあ、そういうのを「天然」と言ったりもするみたいですけど。
 ともあれ、そんな態度の咲夜さんをパチュリー様も気に入ったようで
 珍しく不機嫌顔を解いて親身に相談役に徹していたみたいでした。

「咲夜。見てわかるように、私は料理なんて得意でも何でもないわ」
「……はい。すみません、変な質問をしてしまって、失礼でしたよね……?」
「失礼でも何でもないわ。私は料理が得意でもなんでもないけど、私に聞いて正解だから」
「え?」
「私は料理が得意でもなんでもないけど、料理を上手くする方法は知っている」
「え、是非教えてください」
「まあ待ちなさい咲夜。答えを教えるのは簡単だけど、それは貴方のためにはならないの。自分で少し考えてみて」

 パチュリー様はそう言って、しばらく紅茶をすすっていました。
 咲夜さんは頭をひねったり、俯いたり、何かを思いついたように拳を手のひらにぽんと叩いたりと
 大変細かく動いていました。
 パチュリー様はそれが面白かったのか笑いを我慢しながら少し震えていました。
 やっぱり気に入っていたようですね。

「わかった?」
「……食べて貰う人の事を考えて、愛情を込めて作ればいいのでしょうか」
「違うわ。咲夜、苦手ってことは何回か料理をしたことあるんでしょう?」
「はい……」
「それはレミィ……お嬢様を想って? それとも適当に?」
「適当になんて! お嬢様の為を想って真剣に作りました」
「でも美味しくなかった、じゃあ答えはそれじゃないわね」
「そ、そうですね……」
「でもその答えは大変惜しい。もう一歩先のことを考えてみて」
「もう一歩先のこと?」

 さながら先生と生徒みたいでしたね。
 しかも、いい関係の。
 生徒は勉強したくて必死になって、先生は教えがいのある生徒を持って満たされている。
 見ていて面白い二人でした。

「……わかりません」
「そうね、少し難しかったかも。ヒントは抽象的なものを具体化する、ということ。
 あらゆる物事においてそれは重要だけど、料理においてもそう」
「……どういうことでしょう?」
「咲夜、さっき愛情を込めてって言ったけど。愛情って見える?」
「え、見えません」
「そうね、見えないわ。見えない愛情を、実際に存在する料理に込めるにはどうすればいいかしら」
「愛情……具体化……ええと」
「ゆっくりでいいのよ。ミルクティを飲みながら」
「はい」
「美味しい?」
「はい、美味しいです」
「良かった。じゃあ咲夜、私の紅茶も飲んでみて」
「え、はい……え、甘い! 凄く甘いですねこれ」
「美味しい?」
「私には甘すぎます。こっちのミルクティの方が美味しいです」
「そうでしょ。角砂糖がむっつ入ってる。私はこれでいいの。魔女だから糖を脳に入れることは重要だし、あと単純に甘党だし」

 それが、パチュリー様の最大のヒントでした。
 咲夜さんが考える顔を、パチュリー様は興味深そうに眺めて続けます。

「私の従者はね、紅茶を持ってきてって言うと、これを持ってくるの」
「すごいですね、小悪魔さんはパチュリー様の事をよく知っているんですね」
「そうかもしれないわね。……はい、置き換えてみて」
「え? ええと…………あ!」
「何かわかった?」

 そこで咲夜さんは気付きました。
 愛情の正体を。料理が上手くなる方法を。

「パチュリー様、小悪魔さんが込めた愛情は、このむっつの角砂糖なんですね?」
「いいわね咲夜、その調子」
「愛情を込めるということは、相手を知って、相手の事を考えて、相手の食べたいものを作るということなんでしょうか」
「そう、言葉の上での『愛情』で料理が上手くなるなんて、そんな単純な事はありえないわ。
 愛情を上手く形にすることが、料理の上手さにつながるの」
「……すごいです。すごく、こう、ぴったりした気がします」
「しっくりきた? 良かったわ。まあ基礎は大事だけど。このレシピ本をあげる。
 ますはレシピ通りに作りなさい。そこからお嬢様のために自分なりの愛情を加えていくの。
 それが出来たらもう、咲夜は料理上手よ」
「パチュリー様……有難うございます!」


--


「ほら、見てください妹様。このレシピ本、ふせんがいっぱい張ってありますよ。
 一つの料理にお嬢様が好きな味付け、妹様が好きな味付け、パチュリー様のも私のも。メイド妖精のも全部書いてあるんです。
 たった一つの料理に、咲夜さんの愛情はこんなにもいっぱい入っているんです」
「……すごいね。流石咲夜だよ」

 妹様は満足そうに頷いて、レシピ本を閉じました。
 これからどうするのですか、と聞いてみると、妹様はいたずらっ子の様な顔で「ひみつ」と言いました。
 非常に子供らしい、明るい笑顔です。

「妹様は咲夜さんの事が大好きなんですね」
「うん、大好きなの。だから悲しいの。皆と違って、私は悲しい。だからね」

 いっぱい抵抗してやる。ぶち壊してやるんだ。
 そう、妹様は真剣に言っていました。
 私は妹様の言っていることがわかりませんでした。
 ですが、今日、この場でやっと理解することが出来たのです。
 



「小悪魔、持ってきて!」
「はーい」

 私は全てのちゃぶ台に妹様の作ったかつ丼を載せていきました。
 こっちのキッチン妖精たちのは味が濃いめ。つゆだく。
 清掃妖精たちのはネギ多め。玉子は固め。
 美鈴さんのは油多めのかつで大盛り。
 パチュリー様のはあっさりめ、ごはんは少なくて具は多め。
 レミリアお嬢様の。がばーっと食べられるようにスプーンで。味は濃いめでネギは食感を残すように作ったの。
 咲夜さんの。かつは赤身で衣は少なめ。白身の風船がぷくーってなってる一番美味しいところ。
 妹様は紅魔館の面々全員に、愛情を込めたかつ丼を作り上げました。

「私が作る。美味しいのを。私は嫌だから。子供だから、我慢できないから。
 まずい料理を理屈で納得して食べるんて嫌。皆、食べてみて」

 結果はもう、言わないでもわかるでしょう。
 妹様がたくさん愛情をこめたそれが、美味しくないわけありません。
 メイド妖精達も、美鈴さんも、パチュリー様、レミリアお嬢様も、咲夜さんも。
 全員美味しい、と言って完食しました。

「まずいものを食べて、満足しないでよ。大人ぶって納得しないでしょ。
 美味しいものを食べたほうがいいじゃん。
 だからみんな、真剣に考えてよ。咲夜は明日にはもう居ない。
 大人ぶって格好つけて余裕あるふりしないでよ。最後にちゃんと、咲夜に話してあげてよ。
 わざと明るく振る舞わないで、悲しいって、正直になってよ」

 妹様は、溜めた涙を流さずに、そう言い切りました。
 紅魔館の中で、今まで唯一子供だった妹様は、最後の最後まで子供で居続けました。
 妹様は咲夜さんの所まで走って行って、頬に触れました。
 きっと、彼女の生を感じたかったのでしょう。
 先ほどまで我慢していた涙はぽろぽろと溢れてきています。

「咲夜……ねえ、咲夜」
「……はい、フランドール様」
「美味しかったでしょ? 私、頑張ったの」
「ええ、私は幸せです」
「ほんとう?」
「……妹様が、ここまで考えて頂いたのであれば、私も言わなくてはいけません」
「……ん」
「私は幸せでした。皆に囲われて、一日たりとも退屈しないで紅魔館で過ごせました。
 でも、……満足した、なんて言いません」
「うん、うん」
「もっと、皆と過ごしたかった。
 美鈴と毎朝体操して、パチュリー様と図書館で本を読んで、フランドール様と本の感想を言い合って
 お嬢様のまずいご飯に文句を言って……悔いなんて、いくらでも出てきます」
「……うん、うぅ……」
「でも、今日で終わりなんです。そう思うと……悲しくて仕方がありません」
「咲夜、さく……うう、やだ。しなないで。やだよう。咲夜がしぬのやだよう」
「申し訳ございません。フランドール様。……私も死にたくありません。
 ……楽しかったです」
「やだ、やだ、うぅ……う、うわあ、うわああああん!」

 妹様は遠慮なく、子供のように泣き続けました。
 つられてメイド妖精たちも泣き始めました。
 そして、ひときわ大きな声でお嬢様も。美鈴さんも。
 皆、泣きながら咲夜さんのもとへ駆け寄っていきました。
 我が主人がどうだったか、それはわかりません。
 仕方がないのです。
 皆、妹様によって子供になってしまったから。
 溢れ出る涙を抑えるのに必死でしたので、確認のしようがありませんでした。
 
 ただ一つだけ。
 これだけは確認出来ました。
 泣きじゃくる面々の中心に居た咲夜さんは、本当に満足そうに、幸せそうに
 涙を流しながらも、にっこりと笑っていたってことだけは。




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