Coolier - 新生・東方創想話

HOTELエイリアン

2019/05/04 01:04:41
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『ALICE』

 私はALICEに「貴女には治療は必要ない」と告げた。にもかかわらず、ALICEはこの診療所へと通い続けた。
 
 ALICEの職業は、とある劇団の女優だった。艶のある肌に、ガラス玉のような瞳、ALICEはとても美しい女性である。
 
 診療所に来る理由は、精神的な病が原因だと言う。「自分の人生が、まるで入れ物の中にあるように感じられる」というのだ。そんなの、私にはどうする事も出来ない。カウンセリングで、私は何度も慎重に言葉を選んでALICEを諭した。だが、ALICEは納得してくれない。

『どうして? 私はこんなにも苦しんでいるのに、どうして先生は助けてくれないの? こんなの、あんまりだわ』

 それでも、私はALICEを治療しようとは思わなかった。治療の必要が無いからだ。診療所を訪れては、私と口論になって、機嫌を損ねて帰っていく。

 ある日、ALICEが友人を連れてきた。その友人の名はアリス・マーガトロイド。ALICEにとって、アリスは仕事上での相棒だという。ALICEを別室で待機させて、私はアリスと二人きりで話した。

「先生、どうかALICEを診てあげてほしい。あの子が言っているのは本当よ。あの子には治療が必要なの……」

 アリスは、良き友人であるALICEの事を本気で心配している様子であった。だが、ALICEが今の症状に悩まされているのには原因がある。私は覚悟を決め、アリスに厳しく言い放った。

「アリスさん。これは、貴女の責任でもある。ALICEをあんなに苦しめているのは他でもない、アリスさんなのよ」

 私に説得され、アリスは項垂れながらそれを了承した。ALICEは、確かに病気である。ALICEは、本当に心を患っている。精神の病は治療がとても難しい。今のALICEを苦しめている原因を元から正さなければならない。それには友人であるアリスの協力が必要になる。

 だが、もし、それを実行してしまったら、ALICEは……きっと……。

 ある日、真夜中の人里にて、ALICEが所属している劇団による公演が開かれた。私は客としてALICEの演技を観るために会場へと赴いた。ALICEの劇団は幻想郷でも流行っており、私が着いた頃には既に超満員であった。

 悲しげな音楽と共に、舞台の幕が上がる。ステージの上で、ALICEが主演として登場した。演目は「ガラスの中の少女」だ。とある一国の王城にて、一人寂しく幽閉されている姫君と、それを救う名も無き勇者の物語、まさに王道の筋書きだ。勇者との密会を王に知られ、姫君はガラスの中に閉じ込められた。姫君はもうこれで何処にも行けない。

 そして、演劇のクライマックス。ガラスの中で、少女の大事な台詞が始まる。

『どうして私には自由が無い? 私の命は誰の物でもない筈なのに。いえ、いえ、誰にも奪わせる訳にはいかない。誰にも、私の旅路を止める権利なんて無い筈。私の世界は、ガラスの中には存在しない。私の命は、ガラスの――』

 その言葉が、合図であった。

 次の瞬間、ALICEは心臓が止まったかのように舞台の中央で倒れた。観客が何事かと騒ぎ立てる。ALICEは、悲しそうな瞳で会場を見つめていた。



 アリスが、糸を切ったのだ。



『――中には存在しない。私は、生きているのだ。このガラスを飛び出して、愛しい人の元へ行こう。それこそが、私の世界、私の人生だから……』

 ALICEが倒れた舞台の上で、台詞が流れ続ける。「人形劇」用に録音された台詞が流れ続ける。ALICEの身体は、アリスの魔法の糸無しでは動かない。

 それもそのはずだ。だって、ALICEはただの「人形」なのだから。その鮮やかな瞳の色がやけに悲しく見え、私はそのまま会場から立ち去った。これでもう、彼女に治療など必要なくなった。

「自分の人生が、まるで入れ物の中にあるように感じられる」とALICEは言った。そう、彼女を治療する理由は何処にもない。元々、ALICEに、人生なんて存在しないのだから。

 ALICEの生涯は、その通り、人形を収納するためのガラスケースの中にある。奇しくも、本日の演目は「ガラスの中の少女」、この物語のラストは、ガラスに閉じ込められた姫君を助けるために戦った勇者が、彼女の目の前で命を落とし、絶望した姫君は生きる事をやめ、ガラスの中に永遠に閉じこもってしまうという、あまりにも救われない物であった。

 ALICEが「本当の人間」だったら、そのラストをどんな風に演じていたのか? ガラスの世界から飛び出したと同時に、自分が「人形」だと気付いてしまったのだから、とても、皮肉である。

 アリスが予備の糸をALICEの関節に伸ばした。音楽が流れる。演劇、否、人形劇は再開される。アリスが操る通り、ALICEは手足を動かしていく。観客達は安堵したように、再び物語の世界に浸る。去り際に、私はもう一度だけALICEの顔を見た。ALICEの心を壊したのは、「人間」としての時間を終わらせたのは、果たして本当に正しい事だったのだろうか? 姫君を演じる人形の瞳は、とても綺麗なのに、悲しそうに見えた。

 ALICE、貴女にとって、この幕引きは本当に正しい事だったのか? 

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