Coolier - 新生・東方創想話

HOTELエイリアン

2019/05/04 01:04:41
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『水橋パルスィ』

 地底に封印された妖怪達の中でも、ごくたまに地上へと自由に行き来する者がいる。水橋パルスィ、彼女もその内の一人だ。彼女は他者の「嫉妬心」を煽り、その力を糧とする妖怪である。

 だが地底の妖怪相手では限度がある。彼女にとって最も瑞々しく、蓄える事に適しているのは「人間」の嫉妬だ。嫉妬に対し、人間の心は脆く、壊れやすい。ふとした事で傷付いてしまう。パルスィは、そんな人間の嫉妬心が好物であった。

 ある日、竹林の案内人である藤原妹紅が永遠亭に人間の客を連れてきた。随分と裕福そうな麗人であった。美しい顔立ちに魅惑的な笑み、漂う気品、それに、身に纏っている衣服や装飾品は全て高価な物であった。彼女の名はenvy、女の夢を全て兼ね備えたような人だった。

「私を、綺麗にして下さらない?」

 それが、envyの依頼であった。私は少々首を傾げた。「もう十分お綺麗ですが?」と言うと、彼女は高笑いした。

「私、自分の容姿に満足出来ないんです。お金は幾らでも払います。どうか、私をもっと、もっと綺麗にして」

 envyはそう言いながら、私の目の前に大量の金を差し出してきた。後から聞いた話だが、彼女には数多の恋人がおり、その内の一人が幻想郷の中でも指折りの富豪だという。金を受け取った以上、それに見合う仕事はしなければならない。私は、envyに薬を一瓶渡した。

 これは、服用した人間の顔を、本人の理想である表情へと整える薬だ。だが、効力と同時に副作用も強い。故に、多量に摂取すれば命に関わる。私は何度も念を押して彼女に薬の説明をした。だが、私の話など半分も聞かぬうちに、彼女はその瓶を喜んで持って帰ってしまった。

 envyには付き人がいた。薄汚れたフードを深々と被っていたため、はっきりと顔は見えなかったが、金の髪に、不自然に長い耳、そして、仄暗い緑色の目、一目で人間ではない事に気付いた。

 その日から、envyの生活は変わった。あの薬はほんの一滴、それも水で薄めた物だけで十分な効果を発揮する。彼女は、新たに生まれ変わった。人里で彼女の名を知らぬ者はいない。彼女はその美貌だけで全ての地位と名誉を築いていった。言い寄る男は枚挙に暇がない。誰もが彼女を「羨望」の目で見つめていた。envyは、全てを手に入れた。

 だが、それでもenvyは満たされなかった。彼女は、自分以外の美しい女性の存在を許せなかったのだ。

 ふと傍目にした街角の可愛らしい少女を見て、envyは嫉妬心に駆られた。私以外の美しい女は誰であろうと許さない。Envyは再度、薬を使用した。……彼女の様子がおかしくなったのはここからだ。

 彼女は事あるごとに薬を服用し、顔を変化させていた。金を持った里の男の好みに合わせて顔を変えた。誰でも良い、とにかく、誰かに女として求められないと気が済まないようだ。既に、私が警告した用量を大幅に超えていた。

 だが、魔法は続かない。ついに、彼女の身体に変化が訪れた。一定の時間内に薬を服用しないと、顔面が朽ち、途端に醜くなってしまうようになったのだ。
 
 薬の、最も重い副作用である。

 ついに、私が売った薬の瓶も底を尽きた。Envyの顔はこの世の物とは思えないほど醜悪に変化していった。Envyのそれは既に女性……いや、もはや人間として見られるような顔ではなかった。

 彼女はすぐに永遠亭へと訪れ、例の薬を売って欲しいと私にせがんだ。無論、私はそれを断った。このままではenvyの命が危うくなる。すぐに入院を勧めた。だが、envyは癇癪を起こしたように激昂し、永遠亭から去ってしまった。

 ……その日、永遠亭に何者かが忍び込んだ。Envyに売った例の薬のストックが全て盗まれていた。現場には、見覚えのある金色の毛髪が落ちていた。私はすぐに人里へと向かい、envyを捜索した。だが、彼女は既に顔を変えているだろう。顔も名前も身分も分からないのであれば探しようがない。ただ、私はenvyが改心し、再び永遠亭へと訪れる事を祈った。でなければ、彼女は……。

 あれから、envyは幾度も顔を変え続けた。適量を越えた摂取により、彼女の身体は既に限界を迎えていた筈だ。だが、彼女は変身を止める事はなかった。

 嫉妬心が彼女を狂わせた。

 自分以外の美しい女は許さない。自分が、誰かより劣っている事が許せない。ドロドロとした感情に苛まれ、その都度彼女は薬に頼った。完全に「変身」する事に依存してしまっていた。薬の効力を打ち消すように、彼女の艶のある髪は抜け落ち、その身は死体のように痩せこけていった。不自然に顔面だけが整ったその姿は、美しい顔の皮を被った、気味の悪い「化け物」のソレであった。

 重度のストレスにより、envyは理性さえも失っていた。もう誰も、彼女を「女」として見ようとはしなかった。過去に築いた栄華は儚い夢であったかのように、envyの元から離れていった。Envyはついに狂い、焦点の合わない目で笑いながら、瓶に残った薬を一気に飲み干した。


「私を、この世の誰よりも美しくして――ッ!」


 翌日、envyは死体となって見つかった。知らせを受け、私は彼女の死体を確認したが、もはやそれは、人間と呼べるような「物」ではなかった。里の人間達が何事かと集まり、死体を見る。誰もが吐き気を催したように手で口を押えていた。この死体が、あの美しかったenvyだと気付いた者は一人もいなかった。

 何処かで、妖怪の高笑いが聞こえた気がした。
 嫉妬の妖怪に好かれたenvyは、自分の中に渦巻く憎悪によって殺されたのだ。
 私は、envyの顔を見た。彼女の悲痛な死に顔を見て、問わずにはいられなかった。

 痛ましい死と引き換えに、君は一体何になったんだ?

 君は、何になりたかったんだ?

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