Coolier - 新生・東方創想話

HOTELエイリアン

2019/05/04 01:04:41
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『メディスン・メランコリー』

 患者の名前はメアリー、とても大人しく、可憐な女性である。彼女の症状は体内に蓄積した「毒素」による肉体の損傷であった。診療所を訪れた時には、彼女の内臓のほとんどが爛れてしまっていた。もう、この時代の技術では回復不能な段階に達していた。私が彼女に行える処置は二種類、即死させるか、苦痛を伴いながら延命するかである。それも、後者は激しい激痛を伴いながらも、得られる時間はほんのわずかである。この状況であれば、通常の人間なら迷わずに死を選ぶ筈、だが、驚いた事に、メアリーは生きる事を選択したのだ。

 メアリーが毒に侵されていたのには原因があった。それは、彼女と同じ家に住んでいる人形の妖怪、メディスン・メランコリーの能力だ。どうしてこの二人が共に居るのかは不明であったが、なるほど、身体がズタズタになってしまう訳だ。メディスンの付近には常に妖力による神経毒が蔓延しており、メアリーは直に影響を受けてしまっている。こんな生活を長期的に続ける事は不可能だ。そして、不可解であった。

 メディスンは、メアリーの事を「お母さん」と呼び、慕っているのだ。そこに何の因果があるのかは分からない。だが、私の患者である以上、これ以上メアリーをメディスンに近付かせる訳にはいかない。私はそう何度も説得するが、メアリーはそれを拒んだ。延命の治療を受けながら、メディスンと共に居る事を選んだ。何故、そう問わずにはいられなかった。メディスンは、メアリーの命を蝕む元凶だというのに……。

 これは、矛盾した自殺だ。

 結局、メアリーは無名の丘、その鈴蘭畑の付近に建てられた小屋の中で死亡した。メアリーの意思により、私達はメアリーに必要以上の干渉をする事が出来なかった。彼女が息を引き取った後、私達は遺体を回収した。究極にまで腐敗したメアリーの遺体の横で、メディスンが一人で泣いていた。泣きながら、私達に訴えるのだ。

「私が、お母さんを殺したの」

 メアリーは最後、メディスンを抱きしめながら、ベッドの上で息を引き取ったらしい。メアリーの遺体は皮膚や神経が爛れていた。息をするだけでも想像を絶する苦痛だっただろう。それなのに、何故、メアリーは自身の命を脅かす存在のメディスンを抱きしめ続けたのか。

 私は、メアリーの身辺を調べた。遺体の引き取りを探すためだ。そこで、メアリーの真相を聞いてしまった。

 メアリーは、人里でとある男の子供を身籠ったらしい。だが、生まれてきた赤子には身体的な欠陥があり、あろう事か、男はメアリーの承諾も無しにその子供を無名の丘に遺棄したのだという。無名の丘、そこは鈴蘭の咲く草原だ。かつて、「間引き」の場所として扱われていた場所である。事実を知ったメアリーは半狂乱になり、人里から去った後、無名の丘で捨てられた我が子を探し続けた。それは、赤子が捨てられて数か月も後の事だ。

 そこで、メアリーはメディスンと出会ったのである。正気を失ったメアリーは、メディスンの事を自分の子供のように錯覚してしまった。メディスンも最初は困惑していたが、彼女にとって、メアリーは自身の振りまく毒を恐れず、気を許してくれる初めての人間であった。メディスンが警戒を解くのは時間の問題であった。

 そこから、二人の親子の暮らしが始まった。仮初ではあるが、メアリーはとても幸せだった。それはメディスンも同様である。だが同時に、メディスンの周囲に充満する毒素は確実にメアリーの身体を蝕んでいった。二人の絆が強くなればなるほど、メアリーの身体は傷付くのだ。二人もそれに気付いていた。だが、メアリーはメディスンから離れようとはしなかった。たとえ自分の命を焼く事になろうとも、愛する我が子から離れたくなかったのだ。それが、メアリーの望みであった。意識を失い、メディスンが彼女を背負って永遠亭にやって来た時には、既にもう手遅れであった。

 最期に、自分の子供と一緒に居たい。我が子と共に平穏な一日を過ごしたい。メアリーにそう頼まれ、私は、メアリーに出来うる限りの延命治療を施した。そして、彼女の望み通り、私は再びメアリーをメディスンの元へと返してしまった。その判断は、本当に正しい事だったのか、私は変わり果てたメアリーの遺体の傍で泣き崩れるメディスンに、一体どんな事を言えたのだろうか?

「あなたを愛している」

 それが、メアリーの最期の言葉であった。全身を焼かれる痛みの中で、メアリーは、愛する我が子、メディスンを抱きしめながらそう呟き、息を引き取った。

 大昔、間引きによって捨てられた子供が鈴蘭の毒に侵され、眠るように死んでいった。それがここ、無名の丘だ。メアリーを看取った鈴蘭の花が、メディスンの慟哭と共に風になびいている。

 私がお母さんを殺した。

 その名の通り、私は憂鬱な想いで、メディスンの悲しみから目を背けた。
 メアリー、貴女の愛情は、妖怪の毒でさえ侵せない場所にある。

 ……貴方の病は治せない。

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