Coolier - 新生・東方創想話

■Thanks Despair■

2013/10/20 10:27:59
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【数年後:いつかの森】





「……」


赤髪を十数の三つ編みにした少女が切り株に座っていた

膝に置かれた分厚い本を読みつつ、目の前の小さな焚き火に据えられた小さな壺形の鍋を時折り掻き回す

鍋からは、吐き気がする程の甘い香りが漂う


「……」


深緑の長髪を伸ばし放題にした亡霊が、木の枝に寝そべっていた

人魂の尻尾を振り子の様に振りながら、バッタの足をもいでいる


「……」


黙読


「……」


黙殺


「……・・・!」


突然少女が何か単語を発し、鍋を掻き回していた火掻き棒の様な小さな杖が炸裂し、壺鍋に稲妻が走る

しばし帯電していた壺から煙が上がり、やがて電気も失せた段階で杖を引き抜く


「……」


亡霊が半殺しにしたバッタを千切った足と共に口に放り込み、少女の元に降り立つ


「出来ました」


少女が亡霊に杖を差し出す

尖端には壺の中でも掻き回していたドロドロの液体が付着している


「『出来ました』?」


「…………………今度こそは」


「ふぅん」


女の子だった頃の少女が亡霊に出会ってから、既に常人が経験する数倍は打ち砕かれた“今度こそ”を、杖と共に受け取る


「んー…」


亡霊はそれの尖端を口に含み、ドロドロの真っ赤な液体を舐め取る

最後に口から引き抜く数瞬、杖に巻き付いていた長い舌が音を立てて外れた


「ん~~~…うん、んん…」


口の中でもっちゃもっちゃと舐め回す舐め回す舐め回す


「……」


少女は泡立つ壺の中をぼんやり見つめている

手が震えている


「………ぺィッ!!」


いきなり
亡霊が口の中の物を吐き捨てた


地面に落ちたのは、五体満足傷一つ無いバッタ

正確には、亡霊の口の中で漬け込まれたドロドロの効能で傷を治したバッタ

もう沢山だとばかりに持ち前の脚力でピョンピョン飛び跳ねて行った


「合格」


亡霊は欠伸を噛み締める時よりも何気無く言った


「ッあああ~~~……!」


女性は膝に置かれた本に顔を埋める

厚さと言い大きさと言い固さと言い、突っ伏すには丁度いいのだ

これまで何度、悔しさや安堵や眠気からそうしてしがみついて来た事か


今回は中者である


「78回目か…随分掛かったわね」


杖の先端で爪楊枝の様に歯を掻く亡霊


「…出来た今だからようやく聞けるんですけど」


突っ伏したまま、前髪の隙間から目線だけ亡霊に向ける


「なにさ」


「全行程で時計や量りを使わせずに作らせた意図は?」


「ん? 無いよ」


これまた瞬きの様に言い捨てる


「…でしょうね」


少女にとっては予測通りである
この亡霊は、そう言う奴なのだ


「あぁ、あと時間と分量も間違ってたわよ 全部、ちょっとずつ」


「……」


向けていた目線すらも突っ伏す


「ま、おかげでお前の憮然とした顔が見れた訳だし よかったよかった」


再び口から出した杖の先には、粘性の高い先程の薬が玉になって固まっていた


「…お師匠様」


ようやっと顔を上げる


「あん?」


パチンと指を鳴らせば、尖端の塊に火がつく


「……私、好きな人がいるんです」


「あっそ」


いっそ清々しい返答

これを悪びれも無く、咄嗟に意図せず自然にやってのけるのだから大したものだ


「媚薬の類は教えないぞ あんなのタダの精力剤だし」


「違います」


「恋の魔法(大失笑)なんてのも教えたくないわよ あれ半分洗脳術だし」


「違います」


「あーでも妻子持ちなら奪っとけ その方が私は面白い」


「違います!」


「例の商人のトコのクソガキでしょ? やめときな」


「…ッ」


削りカスの塊が程よく燃えたのを見計らって杖を振るい、杖の反対側を煙管の様にくわえる


「商人は人間のままの人間で、あんたは魔法使いになる人間だ」


「……」


「まだまだ覚えなきゃならない事は沢山ある 男にかまける時間や頭の余裕は無いし…」


歯だけで杖を噛んだまま、隙間から煙を吐き出す


「男の方は、間違いなくあんたより先に死ぬ」


「……」


「そんな輩の事なんか忘れて、せめて魔法使いや妖怪の野郎に目ぇ向けなね」


「そんっ…!?」


「あぁそうだ」


いきなり明るい声を出し、亡霊は口から取り上げた杖の先端の火種を握り潰す



「基礎的な部分は術も薬も知識も実技も殆ど身に付いたからね 準備と儀式さえ済ませれば、あんた今からでも魔法使いになれるよ」



「!!!」


背けていた顔を上げる


「職業の名称じゃない、“種族として”魔法使いの心と身体になる素質は充分あるわよ」


本に置かれた手が震える

喜びと、戸惑いだ


「ただし」


宙に浮かんだ亡霊の見下す視線は、物理的な位置関係以上の隔たりを示していた


「人間と魔法使いは別物だ…犬とオルゴール程の違いがある 成って初めて分かる」


どっちが犬でどっちがオルゴールなのかは、永遠に分からない


「犬がオルゴールと恋愛を出来ると思うなよ…?」


「…ッ!」


亡霊は小さな杖を地面に落とし、自分の大きな杖の三日月を降り下ろした


「さぁ選びな 人か、魔法使いか」


三日月の両端が、杖を挟む様に地面に突き刺さる

弧の部分は、杖にギリギリ触れていない

まるで断頭台だ


「『すぐには選べない』なんて言わない事だよ? この先避けられない問題で、寿命の短い人間に迷う暇は無い」


淡々と
あまりにも淡々と迫った

夕食を和食にするか洋食にするか程度の気軽さで、亡霊は少女の人生の分岐点を、前触れなく突きつけたのだ


と少女は本を抱き締め立ち上がった

立ち、向かわざるを得なかった




「そして今のお前は、まだ人間だ」

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