Coolier - 新生・東方創想話

■Thanks Despair■

2013/10/20 10:27:59
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【数年後:民家】





「?ッッけほっ…」


赤髪を肩口で切り揃えた母親は突然の事に思わずベッドで上体を起こしたが、急な姿勢の変化から沸き起こった咳に手で口を覆って目を瞑った
一日の歩数より多くなった咳が、今夜も続く


枕元で膝をついて自分の手を握り眠そうな顔をしていた娘が突っ伏して眠ったのは分かる

隣のベッドにわざわざ書類を持ち込んで作業をしてくれていた夫までも壁にもたれて眠り込んだのだ 突然、前触れもなく


寝室の二つのベッドの枕元の間のデスクの燭台の三本の蝋燭の炎が揺らぐ


ようやく咳も落ち着き初め、肋骨に響く痛みも引き、滲んだ涙を拭うと




「……お迎えが来たのかと思ったわ」


「いやぁ、死神はこんなに可愛くないわよ」



あの亡霊がいた

枕元の娘の隣に


「四年位ぶりかしら?」


「そうね、この娘がお腹にいたのが原因だったし」


スヤスヤと擬音が漂いそうな寝顔の娘の頭を撫でる

自分と同じ赤髪が薄明かりに照らされ、揺れる


「…可愛いわね」


上から眺めるだけで触れはせず、亡霊も口角を上げる


「ほんとに?」


「えぇ…可愛い」


「そっくりなのよね アルバムに載ってた子供の頃の夫に」


「  」


への字口から苦い顔


「ふふふ…」


「…ふん」


「……私の人生の転機には、いつも貴女が傍にいてくれるわよね?」


まさに二人が出会った夜

初恋と魔法使いの選択を迫られた昼

子供と友情の選択を迫られた夕方


そして今夜



「私の人生の転機なんて、もう命日くらいしか無いのよ?」



バッタの足をむしり取る様に、気の抜けた表情で言った



「いや、それは無いのよ むしろその前じゃなきゃ困る」


ふわりと飛び上がり、ベッドを挟んで娘とは反対側の窓を開け放ち、腰掛けた

熱に火照った頬を夜風が拭う




「生きてるあんたの、生きた気持ちを貰いに来た」



何か悪いものでも食べたのか

のんびりとそう考えてしまう様な顔をしていた


「……」


娘の頭を撫でながら
母親は黙って亡霊を見つめた

今夜は満月
月明かりで亡霊の顔は陰っていた


「あの夜見つけた女の子は、悲しみに暮れていた…」


この亡霊、何やら語り出した


「シングルマザーの母が持病で死に、遺品も見知らぬ親族に持ち去られ、残ったのは魔法の本だけだった…」


「……」


「女の子は母が絵本代わりに読み聞かせていた魔法の本を読み漁った…もう二度と母が読んでくれない本を…」


「……」


「『いつか魔法使いなってお母さんの病気を治してあげよう』 そう目を輝かせて読んでいた本を」


「……」


口が苦い 薬が強過ぎたか

効きもしないのに、副作用だけは一丁前だ


「その本を、いきなり現れた亡霊が焼き捨てた」


亡霊の口元で、三日月が寝転んだ


「本を持ち去られるかと思うだけで涙が出たのに火までつけられた…女の子は泣き叫んだ」


「……」


「しかし亡霊は本を何倍も厚くして直し、自分を魔法使いにしてやろうと言った…」


「…けほっ」


「女の子は少女になった」


月明かりに指先の爪を照らし、擦り合わせる


「同年代の殆どの子供達から奇異の目に曝され、省かれ、避けられながらも魔法や薬の扱いを順当に身に付け…」


前髪や逆光越しにも亡霊の目が輝いているのが分かる


「少女は恋をした」


「……」


頬が熱い
最後に平熱になったのはいつだったか


「少女は亡霊に打ち明けた…それが自分を魔法使いにする道から外れる事と最初から分かっていた…」


「……」


「少女は杖を折った…師の足元から杖を拾い、自ら折った」


「……」


「魔法使いへの道は断たれ、素敵な恋の道が拓けた」


「……」


「少女は…女性になった」


くしゃみか欠伸かゲップか咳か
一瞬亡霊の台詞が突っ掛かる


「女性は少年だった青年と結ばれ、彼はその前後にも周囲の悪意から女性を守り、その庇護の中で女性は人間として亡霊と知識を集め続けた…」


すっかり渇いてしまった髪を撫で付ける
指に引っ掛かる


「女性は子を孕んだ」


娘が寝返りを打った


「亡霊は女性に子を殺す様に勧めた…子育てと研究の両立は“女性には”不可能であり、亡霊は女性と研究を続けたかった…」


亡霊の髪が風に巻き上げられ、月明かりに透ける様だった


「女性は研究の手段と成果を全て倉庫に封じ込めた…亡霊は自分の元を去り、魔の領域に触れる機会は全て無くなった…」


夫は癖っ毛だが、側頭部を壁に押し付けては酷い寝相になってしまうなぁ と、横目に眺める


「女性は母親になった…」


…寒いなぁ


「あぁ、ほら寝てなよ」


窓から降りた亡霊が震える肩を支え、母親を寝かせる

背中の筋肉が痛い

娘は母親の手を話さない


「………どこまで話したっけ?」


「『女性は母親に…」


「あぁそうそう、うん 女性は母親になった…で、現在に至る、と」


また窓口に戻る


「大体はこんな感じかしらね…」


…まだ背中が寒いな
汗でもかいたか





「…お前の後悔まみれの人生は」



寒い、な



「女の子は自分の生まれを後悔した… 母親は死に、形見は焼かれ別物に作り変えられ、残ったのは母親の腹の中で引き継いだ不治の持病だけだった…」


「、けほっ…」


また発作が始まりそうだ
横向きになり、亡霊に向けた背中を丸める


「少女は恋に後悔した… 初恋を選んだが為に魔法使いの長命な身体になる機会を放棄し、苦病を取り去るチャンスを捨ててしまった」


「げほっ…げッハ…」


肺がささくれる 喉が掻き切れる 口が苦い


「女性は愛に後悔した… 子供を守ったが為に死病の治療薬を作る機会を捨て、そうなると分かっていながら子供を生み、残り少ない命を擦り切り尽くしてしまった」


「かひぃッ…ぐっぅぅ、ぅ…!!」


苦しい 痛い 気持ち悪い寒い


「…母親は後悔した」


娘に咳がかかってしまう



「自分の身体を知った上で愛してくれる夫と、自分の身体を知らずに愛される娘達を遺して滅びる、自分の命を」






「くぅ…ッは、あ……ぉぇぇっ」

何かが背中を擦っている

夫より慣れていない手付きだ



「初めて会った時一目で気付いたよ この娘の死相と境遇はとてつもない星のもとにあるのだと…この先、決して心から笑う事は出来ない人生になるだろうと」


亡霊の声がさっきより近く感じる


嬉しそうだ


「お前は強い女だ…何もかも蹴散らし乗り越え、やれるだけの事をやり尽くし、得られるだけのものを得て、得難いものまで手に入れた」


娘は…夫も、まだ寝ている
あまり幼児に強い魔法を使わないで欲しい


「嬉しかったでしょうね…その喜びは本物よ お前だけの、お前が自分で掴んだ幸せ…」


「……っは…」


軽い過呼吸になったが、持ち直す

慣れたものだ



「だからと言って、幸せが不幸の分の席を横取りする訳じゃあない」



「……けほっ、ん…」


「沢山の幸せを得ても、不幸せはいつもそれを上回った… むしろお前が強いからこそ、上回る絶望も濃さを増した」


背中から手が離れる

あ…、手だったんだ


「そんなお前の理不尽に腐った感情を、私は食べに来た…」


軋む身体をよじり、亡霊の方を向く





「悪霊の私には、最高の御馳走だよ」

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