Coolier - 新生・東方創想話

HOTELエイリアン

2019/05/04 01:04:41
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『霧雨魔理沙』

 魔理沙に関して言えば、私も半ば治療を諦めている節がある。だってコイツ、傷を治す気が無いんだもん。いつからだったか忘れたが、魔理沙は毎日のように永遠亭に来るようになった。その理由は、両腕に出来た火傷や切り傷の治療だ。

 普通に生活していれば、こんな夥しい数の傷を受ける事なんか無い筈、しかし、私が何度問いかけても、魔理沙は傷の理由を喋ろうとはしなかった。しかも、治療費はツケといて、だってさ。大人になったら払ってやるぜって言う。図々しい奴なのぜ。まぁ、別にいいんだけど。

 奇妙な事に、魔理沙は常に何処かしらに傷を作っていた。やんちゃな子供みたいと言えば可愛らしいが、正直、魔理沙のは度を越えている。身体には無数の打撲痕もあった。虐待とか、何かしら不当な暴力に晒されているという様子でもない。魔理沙はケラケラと笑って、気丈に振舞っているが、魔理沙が負っているのは、本来なら大の男が泣き喚く程の傷だ。そんなの、医者として心配するなって言う方が無理だろう。

 ある日、幻想郷の巫女である博麗霊夢がウチに遊びに来た事がある。遊びに来た、と見せかけて、私達が悪巧みをしていないか確認するためだ。……患者の事を他人に相談するのも気が引けたが、私は思い切って霊夢に尋ねてしまった。魔理沙の傷の事を。

「……放っておいてあげて。アレは、魔理沙の悪い癖なのよ」

 霊夢はめんどくさそうにそう呟くだけであった。魔理沙の、悪い癖……。
 それからしばらく経ったある日の事、受付時間をとうに過ぎた真夜中だ。魔理沙がいつも通り傷だらけになって診療所までやって来た。だが、その日はいつもと違った。血の滴る両腕で私に縋りついて来たのだ。確かに、いつもより傷が酷い……。私も、流石に今回ばかりは看過出来ない。何があったのかを問いただした。しかし、魔理沙は何も答えない。呆れて声も出なくなった。痛いのは自分だろうに……。結局、傷の手当てが済むと、魔理沙はすぐに元気を取り戻して診療所を後にしてしまった。

 翌日、私は診療所を鈴仙に任せ、魔理沙の家へと出向いた。魔理沙の傷の正体が知りたかった。魔法の森へと入る。ここは、常人は決して近付かない瘴気の森だ。魔法への耐性が付いていないとすぐに意識を失ってしまうような、危険な場所、魔理沙はそういう場所に住んでいる。森を深く歩き続けていると、大きな爆発音が聞こえてきた。何事かと思い、その音の方へと向かう。そこには、魔理沙の姿があった。

 魔法の実験……のつもりなのか、魔理沙は自身の持つマジックアイテム、八卦炉を介し、自身の魔力を放出していた。魔法に関しては専門外だが、たった一度の砲撃で身体が軋むほど疲弊しているのは分かる。それを、魔理沙は連続で行っているのだ。八卦炉から滲み出る光の刃が魔理沙の腕を切り裂く。火の粉が全身に降りかかる。華奢な身体では衝撃に耐えきれず、何度も何度も吹き飛ばされ、地面へと叩き付けられている。これじゃあ、毎日傷だらけになるのも無理はない。

 これでは自傷、いや、自殺行為と変わらない。私は魔理沙へと近付き、彼女から八卦炉を奪った。その瞬間、魔理沙は力なくその場に倒れ込んでしまった。とっくの昔に限界を超えた身体で、魔理沙は何度も魔法を放ち続けていたのだ。それでも、魔理沙は、震える声で私に言う。

「頼むから、続けさせてくれ。この魔法だけは、完成させなきゃいけないんだ」

 その年の、とある夏の一夜、幻想郷の上空に巨大な花火が出現した。それも、この世の物とは思えないほどの大輪の花であった。突如上がった花火の正体、その原因も、それと打ち上げた犯人も今のところ不明とされているが、私だけは知っている。犯人は、魔理沙だ。

 ある日、魔理沙に一件の依頼が舞い込んできた。その内容は「幻想郷で一番大きな花火を用意してくれ」という物だ。依頼した者は男であった。その花火を舞台装置に、一人の女性に愛の告白するつもりであったらしい。魔理沙は二つ返事でそれを引き受けたのだ。その日から、魔理沙は毎日その花火を打ち上げるために八卦炉による魔法を仕込み続けていたのだ。たったそれだけの為に? と最初は呆れたが、今になって思う。ああ、これが魔理沙なんだ、と。苦労を誰にも知られる事なく、文字通り血の滲む努力をする、それが魔理沙。見ず知らずの他人の「恋」に本気になれる人間、それでこそ、霧雨魔理沙なんだって――。

 幻想の夜に咲いた一輪の火花が、二人の男女の恋を成就させた。魔理沙は随分と嬉しそうに私に報告してきた。

「私の魔法はな、恋を実らせるんだぜ」

 魔理沙の傷を治療する日々は終わった。安心すると同時に、何処か寂しくもあった。だが、魔理沙はすぐにまたウチに顔を出すようになった。また別件で依頼を受けたらしい。嬉しそうに傷を作る魔理沙を見て、私は呆れてしまった。これから先、依頼がある度に魔理沙の治療をしなきゃいけないのか、と。

 でも、仕方がない。幻想郷で悩み続ける何処かの誰かさんの為だ。治療費はツケだけど、大目に見てやるとしよう。

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