【旧地獄:橋】
「はぁッ… はぁ… はッ…、ぅぇッ…」
結局、私はここに戻って来るしか無かった
手摺に手をつき、冷えきった空気に締め付けられる肺を静めようとする
「……、…、…っけほ」
何が
何が、あった
私が勇儀を…酒瓶で殴った のは、間違い無さそうだ
その前は…勇儀を殴った理由、理由は………思い出せない
それより前…いやそもそも、私は勇儀の晩酌に付き合わされていたんだ
私は「嫌だ、気が向かない」と言って断ったのだが、結局いつもの様になし崩しに連れて行かれ、付き合わされたのだ
ならば、呑んでる間に何かあったのか
嫉妬深い私の事だ、また何かを妬んで、そして頭に来て……
(…そうじゃないでしょ……)
目元を掌で覆い、呆れた溜め息
酒が入ろうが妬もうが、いきなり酒瓶で殴っていい理由にはならない
ましてや咄嗟に逃げ出してしまうだなんて…
そう言えば勇儀に手当てもせずに来てしまった… 勇儀に限って頭をぶたれた位でどうこうなりはしないだろうとは思うが
…気絶したのは、不意を突かれたからか
酒の席だったとは言え、力の勇儀らしくもない
……そんなに油断する程までに私を信頼していたのか
……それとも、それ程までに急な…普段の私でも激昂しない様な事が原因だったのか
………頭が痛い
…………吐き気が、する
口を塞ぎ、お腹を抱えてうずくまる
確か、前にもこんな喧嘩をした様な気がする
酒を呑んだあの人は普段の豪胆さが更に強くなり、一回りして鼻につく程だった
何でもかんでも根拠も無いのに大きく言い放ち、それを本気にして一喜一憂する私を見て面白がっていた
余りに自信満々に言うから信用してしまい、余りに豪胆に言うから疑ったりもした
好きだと言った 大好きだとも言った 言ってた 言ってくれた
でもあの人はいつも他人に愛想よく、他人からも愛されていた
それが憎くて憎
「…!?きゃッ」
我に帰ったパルスィは自分の置かれた状態…手摺の上に立ったままゆらゆらと揺れた状態に驚き、足を滑らせ橋の上に落ちた
強(したた)かに肩を打ち付け、身を縮込ませて呻く
川の流水と風に冷やされた橋板の冷たさを皮切りに、夜の冷たさを思い出す
…ぁ、肩切れてる
手摺にすがって立ち上がるも、頭も打ったのか視界が揺れて少しよろける
ゴトッ
(……?)
何かを蹴った様だ 何を……
「、ちっ…」
舌打ちする
ついさっき友人を殴り倒した物と同じものが転がっていたら嬉しくは無い 御丁寧に、品種も同じ赤ワインだ
ただ大きさはさっきのものより小さく、パルスィの小さな手でも胴回りを片手で握れる位だった
どこの酔っ払いの置き土産なのか、栓は抜かれているのに中身はたっぷり残っていた
「……」
パルスィは酒瓶の口元を手で包む様に握り、横向きにする
当然中身は手の中に流れ、指の隙間から溢れる
そのまま瓶の首や口をしごいて、取り合えずこれで洗浄消毒した事にする
それでも、直接口を付ける気にはならない しかし酒が欲しい
瓶を仰向けになった顔の上で逆さにする
口に流し込むつもりだったが上手くいかず、しばらく額や瞼や喉や胸にバシャバシャと降り注いた後にようやく口を捉える
酒の染みる両目からまた酒が溢れ、首から下も赤く濡らしていく
…以前にも
ずっと昔にも、こうして全身に“まとわりつかれた”事があった
あの時はそれが暖かく、心地よく、そのまま死にたくなる程に幸せだった
それが今の自分はどうだ?
冷たく、鬱陶しく、………
…最後の時も、こうだった
思い出せば不愉快だった
よかった事は不愉快な事に、嬉しかった事は虚しい事に、悦びは哀しみに
全てが反転、反比例
幸せだった日々が、逃れられない枷となった
なった が
その枷の重さも愛しかった 信じたかった
きっと、いつかきっと、また、と
そうして最後に
「……がボェ!!?」
肺にまで酒が流れ込んだ段になってようやく気付き、瓶を退けて顔を下に向け、咳き込み咳き込み吐き出す吐き出す咳を込む
なんだこの瓶は 酒を作る虫でも入っているのか?
そう言えば勇儀の古い知り合いが、水から酒を作る虫がどうとか……
(……そう、だ…)
酸素の足りない頭で思い出す
確か、その古い知り合いの話をしていた 筈だ 勇儀と酒を呑んでいた時
嗚呼、またあの女か
その時の自分は、と言うか、そいつの話が挙がる度にいつもいつも面白くない顔をしていた筈だ
なんで、どうして
そこに酒の勢いが乗って、アレ か
どうして、私がいるのに
何よもう…やっぱり私の癇癪じゃない
あの人はどうして、どうして…
(……謝んなくちゃ……)
しい