Coolier - 新生・東方創想話

鈴奈庵と別れ離れの桃太郎

2013/09/16 00:30:13
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 朝起きて、起き上がる前にふと思い返す。鈴奈庵の展示してあった桃太郎の本が無くなったのである。
 昨日は何かと時間が掛かってしまい一つしか見つからなかったが、今日は全部取り戻したいところだ。
 そして犯人も捕まえなくてはならない。私は支度を済ませると朝も早い時刻に鈴奈庵へと向かった。

 里もまだまだ盛り上がりを見せそうだが、この時間は流石にまだ大人しい。
 鈴奈庵は閉まっていたが、声を掛けると小鈴ちゃんが出てきて入れてくれた。今日は早めに来て欲しいとの事だったし、私としても望むところ。
 中は一日経ってまた静謐な雰囲気は取り戻している様だった。店内にしまわれたケースの中に一つ
 『犬にあふまで』のページが開かれた『父の乗る汽車』が有った。早速準備はしているらしい。

「それで、朝早く申し訳ないのですが、探しに行きたいんです。良いでしょうか?私より霊夢さんのほうが詳しい様子だったので」
「勿論、えっと昨日聞いたのは萃香とアリスだっけ。アリスは場所は知ってるから大丈夫だと思う、萃香も神社に居ないことも無いと思うんだけど……」
「確実に行きましょうか、次はアリスさんという方の所に……」
 私達はアリスの家に行くことにした。里にいる可能性もあるが、人形とか作ってる時は家に居るんだろうし、家に居そうだ。

 今回は私が護衛役として進むと、特に厄介事には見舞われなかった。さい先が良い。
 アリス・マーガトロイド邸に着くと、窓から少し中を覗いてみた。鈴奈庵とはまた別の閑散とした静けさを感じる。
 ぱっと見たところ人形しか見当たらなかった。入口の前で叫んでみる。
「ちょっとー、出てこいー!」
「そんな不躾な……」
 私が言った途端、ドアが開いて中から小さい人形が現れた。何かと思ったが、どうやら中に入ることを促されているようだったので
 私達は中にはいった。中は様々な人形がずらっと居た、座ったり立ったり、置いてあったり。中々に異様な風景だ。
「凄いですね、里で展示したら沢山人が来そうです」
「爆発したりするから気をつけて」
「そ、そうなんてすか……」
 小鈴ちゃんは興味深そうに辺りを見回していた。小さい人形が先導するように動いて、一つの部屋に入ったので続いて入ると丸いテーブルと周りに椅子が三つ。うち一つにアリスが座って人形を弄っていた。

「何か用?」
 アリスは人形の方を見たまま視線を逸らさずに聞いた。少し機嫌が悪そうだった。
「あの、もしかして昨日鈴奈庵で本を買いませんでしたか? そうでしたら手違いでしたので、返品して貰いたいのです。お金はお返しますから……」
「変な紙が挟まってたかもしれないけど、それは気にしないでいいから」
 アリスはちらっと此方を見るとまた人形を弄る。
「あの紙何なのよ。確かに私は買ったけど、童話大系のやつ」
 紙の事を言えるようになったのは大きいかも知れない。もし言わなければ問答無用で無視を決め込まれても不思議じゃない。
 そしてアリスの持っているのは大系の本らしい。私は良く分からないが小鈴ちゃんもこっちを見て頷いたので間違いないだろう。
「じゃあさっそく返しなさい」
「私この本前から集めてたのよね」
「此方が至らないばかりにこの様な自体になってすみません、でも大切な本なんです」
「正直あの本の内容って大して珍しくもなさそうだけど、大切なの?」
「本は内容だけが重要ではないと思うんです。誰が書いたか、どんな思想があるか、そういうのも大切です。それに本は本ごとに持ち主の元で、また新たな意味を持つとおもいますし」
「だったらこれからは私の物になっても良いじゃない。その方が幸せよ」
「元々小鈴ちゃんのだったんだから、良くない」
「否定はしません。ですが少なくとも今は展示としての役目がありますから、返して貰いたいです」

「ふーん、魔導書でも無いし返してもいいけど……ただ返すだけじゃ勿体無い。ちょっと頼み聞いて欲しいの」
「それで返して頂けるなら……」
 またか。そんな事聞かなくて力ずくで返してもらえばいい。と言おうとしたが、小鈴ちゃんは既に返事をしてしまった。
「ありがとう」
 アリスはしたり顔で笑って言った。

「実は昨日、人形が三体ほど盗まれたみたいで」
「魔理沙に?」
 と自然に聞いてしまったのが何か魔理沙に申し訳ないが、元より魔法使いから物を盗めるというのは、精神的にも力的にも魔理沙が妥当だから仕方ない。
「さあねぇ……本を買いに行ってる間だったと思うけど、取り返してきてくれない?」
 アリスの不機嫌の理由はこれの様で、どうにも空気が張りつめている気がした。
「どんな人形を盗まれたんですか」
 アリスは手を止めそっと人形を置いた。
「片手遣い人形と棒遣い人形なんだけど……桃太郎の人形と和装の人形と異国人の人形」
「桃太郎の?」
 また桃太郎か。片手遣い人形と棒遣い人形とは何だろうか
「棒遣い人形ってのは棒がくっついていて、下から動かせる人形よ。無くなったのは基本的な三本の棒で動かす奴。片手人形は手袋みたいに片手をはめ込むタイプの人形」
 察したのかアリスは右手で薬指、人差し指と中指、親指を三方向に立ててそれらしい動きをした。
「人形劇みたいね」
「それ用ということでしょう」
「手がかりはないの?」
「有ったら自分で探しに行ってるけどね。里で誰かが使ってるんじゃないかしら」
 確かにタイミングから言っても、劇用の人形を今盗むのは里と関連があると見るべきだろう。

「霊夢さん行きましょう! 早く行かないと日が暮れてしまいます」
 小鈴ちゃんはやる気満々だ。私たちはアリス邸を後にした。


「ところでアリスの持ってる童話大系の奴ってなんなの?」
 私は展示の内容自体にも少し興味を持ち始めていた。何より根っこの犯人の情報はそこから読み解くしか無いと思うから、出来るだけ聞いておきたい。

「アリスさんが持っているのは『世界童話大系16 日本篇』という本の様です。近代社内の世界童話大系刊行会が1924年から1928年でシリーズ刊行した大系です。大正13年から昭和3年ですね。松村武雄という著者が担当した巻です」
「犬にあふまでみたいに変な話だったりするのかしら」
「いえ、これは大系ですから再話という形ですよ。子供向けに書き直した物と思ってもらえれば間違いないかと」
「ふーん、なんか書くの楽そうよね」
「そんな事無いですよ?この時代の再話は如何せん近代文学調で読みにくかったり、再話といえど創作の部分が見られたりしますが、この本にはそういう部分がほぼ無いんです。仮名遣いを直せば今でも苦なく読めますから」
「昔の話を今分かるようにするのもそれなりの技術が居るって事なのかしら」
「再話が頻繁に行われていたら訳文というのは要りませんからね。松村武雄は児童文学を科学的、学問的な方法で展開した初期の人物です。だから再話も質が良い物が多いんですよ」
「学がある人だったのね、童話の学問かぁ。童話って言うと西洋っぽいイメージだし想像つかないけど」
「神話学者でもありますから、そういうアプローチが出来たのでしょうね。同書には日本の童話、お伽話を“優にグリム童話を凌駕している”なんて文言もあります」 

 一言えば十返ってくるペースで返答がどんどん来る。本当に展示を楽しみにしていたんだろうな。ちょっとまた頑張ろうという気が出てきた。

「ありがと、じゃあ人形の方は心当たりある?あれも多分……」
 人形の方も気になっていた。もし盗んだ犯人が人形劇をしようという事なら、桃太郎の劇をしようということだ。
 しかし盗んだ人形は桃太郎以外は二つだけ、しかも異国人の人形を盗ったとなると、もしかしたら普通でない桃太郎かもしれない。

「ええ、恐らく人形を盗んだ人も桃太郎を買った人物だと思います。タイトルも想像出来ます。多分『桃太郎征伐』かと」
「そっちはどういう話なの?」
「これは1927年、昭和4年の『童話運動』という雑誌に載ったのですが……所謂プロレタリア文学です」
「ぷろれたりあ?」
 聞き慣れない言葉に思わず聞き直す。小鈴ちゃんは道ばたの小石を軽く蹴っ飛ばしてから答えた。
「個人主義的な文学を否定し、社会主義思想や共産主義思想と結びついた文学……。というと少し固いですが、社会風刺と思ってもらえれば良いと思います」
「桃太郎が社会風刺ねぇ、今一想像しにくいけど」
「これがまた桃太郎はそういう話も多いんですよ?この『桃太郎征伐』は猿助が黍畑が豊作で踊っているというシーンから始まりますが、土地の所有者である桃太郎が大半をせしめてしまいます」
「いきなり夢も希望も無い話ね、鬼退治はどうしたのよ」

「鬼退治は普通に行くんです。腹を空かせた猿吉を黍団子で家来にして。でも桃太郎はお腹を壊していまして……最終的に桃太郎が猿吉をまくし立てて一人で鬼を倒すんです、その後お宝は桃太郎が取り分を多くしようとして猿助と喧嘩になります」
「なんか嫌な桃太郎ね……」
 小鈴ちゃんはくすくすと笑った。
「そうですよね、でもそんな桃太郎が許されないというのがこの話です。後に鬼は異国人……中国人だったという事がわかるんです。それで猿助はこき使われたことに加え、ただの異国人を鬼とした事に怒って桃太郎をやっつけます。見事に桃太郎をひれ伏させ、異国人と猿はお互いを誉め讃えて終わりです」
 え、それで終わり?
「『桃太郎征伐』って桃太郎が征伐されるって話だったの……そりゃ意外ね。人形は関係あるの?」
「この話は台本調で書かれていますし、実際に人形劇……ギニョルが行われたんです。登場人物も多くなると大変なのを考慮してか今言った三人しか出てきません。アリスさんが人形遣いと聞いて、この本を持ってるんじゃないかと思っていたんですけど、外れてしまいました」

 人形遣いと言えば確かにそうかもしれない。でも魔法遣いでもあるのだから三体と言わず操ることができるだろう。
 そんな話をしていたらもう里に着いていた。昼前時になり、どの店も開かれていて昨日と同じ喧騒さだ。

「まずは情報を集めなくちゃね」
「はい、歩いてみましょう」

 とはいえ人形泥棒が里に居るのかすら分からないし、難航するかと覚悟した。現に少し人に聞いたりしながら鈴奈庵の近くまで来たが。人形の話は見事に誰も知らないと言う。人形劇なんてそうどこでもやってるものじゃないし、あまりに話が出ないと、何に使おうとしてるのかも疑わしい。

 小鈴ちゃんも頬を掻いて参ったという感じだ。あんまり気張っていても良い結果はでないかもしれないな。作戦会議がてら休憩でもしようか、と話していたら、一枚のビラが風に流れて飛んできて私の足に引っかかった。
 鬱陶しいなと思いつつ拾ってみると、願ってもないビラだった。

「小鈴ちゃん、これを見て」
「はい?」

 肩を寄せて一緒に見えるようにビラを前に出した。
 ビラには桃太郎人形劇とデカデカと記されている。赤やら黄色やら派手な色で装飾された文字は、見てるだけで目を悪い意味で刺激する。
 場所は村の外れで随時やるらしいが、それ以外の情報がほぼない。大スペクタクル、ハートフル問題作やらと意味があるのか無いのかよく分からない単語が羅列されていた。

「こ、これは……いろんな意味で怪しい……でもとりあえず行ってみましょうか」
 小鈴ちゃんは苦笑いで答えると場所を確認してから歩き始めた。私もじっとビラを見て、嘘くささを確認してから歩を進めた。

 里の外れの方はやはり人が少ない。近づくにつれて人が疎らになり、私たち二人だけになると、とても人形劇をやるような空気では無い。
 ようやくビラにある場所に来たが特に誰もいない。冷やかしか何かだったのだろうか、タイミング良すぎるなあ。とビラを粉々に破ってやろうかと考えていたら小鈴ちゃんが何かに気づいた。
「霊夢さん、あそこの木の後ろに台が……」
 見ると少し離れた見通しの良い木の下に、乗って優に横たわれそうな大きな台が寂しそうに置き去りにされていた。白いテーブルクロスが台の足まで掛かっていて、絵になるといえばなりそうなのだ。
「あれが人形劇の舞台かしら?あれだけ大きければできそうだけど」
 二人で台に寄っていくと、テーブルクロスの奥から何か異様な物が飛び出ていた。もっと寄ると台の下から飛び出ていた。
 紫色の奇妙な傘が。
「なんですか、これ……傘……?」
 困惑する小鈴ちゃんを無視し、私は無言でテーブルクロスの端を掴むと手で思いっきり引いた。

「お助けー!」
ゴツン
 鈍い音が響く。
 中に居た化け傘は台の裏にに思いきり頭をぶつけた。驚かせるつもりではなかったのだが、事故なので気にしない。
「大丈夫でしょうか」
「このくらい平気でしょ。さっさと出てきなさい」
 台の下にうずくまっていた物を引きずり出した。

「痛た……何するのよ!」
「不可抗力よ、あんたこそ何してたのよ」
 言うまでもなく居たのは多々良小傘だった。頭をさすりつつ、怒って睨んでくる。
 小鈴ちゃんがそんな小傘に控えめな調子で話しかけた。
「あの、もしかして桃太郎の本を使って人形劇をやろうとしていたのではありませんか……?」
「え?まぁ、そうだけど……」
 呆けた顔で小鈴ちゃんを見たが、直ぐにはっとして渋い顔に変わった。もしかして紙を読んだのだろうか。
「さては私の本を取り返そうって言うんでしょう、これは私のよ」
 やっぱりそうだ。おおよそ犯人の思惑通りということか。私が一丁叩きのめすのがいいだろう。
「あんたの意志は関係ないんだけどね。無理矢理返してもらうから」
「う、いや、それは困る……。私は人形劇をする予定があるから」
「なんで人形劇なんてしようとしてるのよ」
「子供が驚くかと思って」
「子供居ないし、あんた隠れてたし」
 何で人形劇で驚くんだ、しかも村はずれの木の後ろ。本人はテーブルクロスの下ときたもんだ。
「それが親の人間に私は不評みたいでさ、さっきも怒った里の連中が来たからちょっと位置ずらしたんだよ」
 今度は照れくさそうに頭を撫でていた。なるほど、そりゃこんな怪しい奴はとっちめられるだろうな。
「それでこんな木の後ろに居たんですね。本もそうなんですが……人形も返してもらえませんか」
「アリスの所から盗んだんでしょう、返してもらうじゃなくて返せ。で十分」

「ふん、ちょっと借りてるだけだって」
「泥棒はみんなそう言う」
「まだ一回もしてないしー、一回くらいやらせてよー」
「霊夢さん……」
 小鈴ちゃんがちょいちょいと袖を引くのでそっちを向くと、なんとあのビラを持った小さい子が三人、不思議そうにこちらを見ていた。
「ほらお客さん来た! やらないと」
 小傘はささっと立ち上がってどもたちの方へ傘を揺らし駆けて行った。何を話したのか分からないが、少しするとまたこちらに戻ってきた。
「突然だけど一緒に人形劇やってよ」
「えっ」
「はぁ?」

「実はさ、私って傘持ってるし。傘離すのは化け傘としてはダメなわけよ。でも気づいてしまったの……それだと人形一つしか持てないことに!」
「……馬鹿じゃないの?」
「けさが抜けてるよ?ばけかさ」
「やめちゃえば良いじゃない」
 何を言っているんだか。小鈴ちゃんも苦笑い。しかし、子供と小傘を交互に見ると、私に小声で話しかけてきた。
「子供が待ってらっしゃる様ですし、それは可哀想じゃ……折角だからやってみませんか?」
 思えばアリスの所で人形を物珍しそうに見ていた……本当は小鈴ちゃんも興味をもっていたのだろう。
 正直馬鹿らしいが……。
「やったら本返してくれるのよね。それなら少し協力しても良いけど」
「いやあ、ありがたい。桃太郎やって良いからさ。これだけ棒人形で動かすの難しいけど」
 やるか聞いただけなのに、人形を渡されてしまった。小鈴ちゃんの方を向いたら一緒にがんばろうね、という目で見てきたのでで断りにくくなってしまった。
「分かったわよ、やりゃあいいんでしょ。小鈴ちゃんもやりたそうだし」
「楽しそうじゃないですか」
 三人で台を見えやすい所に移すと、小鈴ちゃんとテーブルクロスを掛け直した。化け傘の方は何処からか台の上にそれっぽい小物を置くと私達に人形を渡した。
 渡された人形をいじってみる。棒が下から刺さっている人形で両手からも棒が出ている。両手を手を振る動作をやってみたが、これが想像以上に難しく、動かすこと自体はできても何処か不自然に見える。一カ所を動かすことに集中してしまうと、他の箇所が動かなくて人っぽくないのだろうか。どうしても緊張してる人みたいになってしまう。

「小鈴ちゃんのはどう?」
「私のはこれですので」
 小鈴ちゃんは手にはめるタイプの人形だ、ぐねぐね動いたり、御辞儀したり。自在に動かしている。
 何故私が難しい人形なのか。

「じゃあ始めるからこっちこっち」
 台の裏側に回された。私は台本とか全く知らないのだが。と思っていたら原本を渡された。
 『童話運動』と右から書かれていて写真が載っている。桃太郎討伐(ギニョール脚本)。これだろう。
 ページを開くと台詞量はそこまで多くはない。ぎりぎり短編と言えるくらいの文章量だろうか。聞いてた以外の部分が結構多い。そして読むだけで良いかと考えていたが、動作が指示されている部分もあり、ぶっつけ本番でできる気がしない。
「ちょっと、こんなのできないって」
「へーきへーき」
 化け傘は子供達の肩を掴んでを台の前に座らせると、ささっとまた後ろに来た。
 
「それでは上演開始でーす♪」

 ぱち、ぱち、と何とも寂しい拍手があり桃太郎討伐は始まった。


猿――豊年じゃ、豊年じゃ、黍畑も実ったわい。

――中略――

 猿助――なんだ、ただの外国人さんか、お隣の南京さんじゃないか。

異国人――そうとも!そうとも!
 猿助――桃太郎野郎ひどい奴だ。わっちの黍を盗んでびちびちしゃーと言うほど食べちゃって!おまけに君を鬼だなんて言いやがって!

猿助の人形が桃太郎の人形に殴りかかる

桃太郎――降参降参!
 猿助――カンニンするものか。地球の外へ飛んで行きやがれ。

異国人――これで悪者が居なくなった。
 猿助――この宝物はお前に返すよ。
異国人――ありがとう。これで黍畑は君の物になったんだ。
 猿助――こんなことと初めからしっておれば、戦争なんてしないで、初めから二人で桃太郎をやっつけてしまったのに。
異国人――だが万歳だ。猿助さん万歳!
 猿助――南京さん万歳!



 どうやらここで終幕らしい。台本はここまでだ。
 しかしまぁ酷い話だった。途中から内容ががひどい下の方に流れていく。子供が喜びそうな幼稚さといえばそれまでではあるが。

 小鈴ちゃんと小傘は二人、異国人と猿助と二人共闘し桃太郎を倒した愉悦からか、無事に終幕まで漕ぎ着けた喜びからか、何度も万歳万歳と言い合っている。私はどうしようもないので待っていた。それにしても何故私が一番難しそうな桃太郎だったのか。そもそも発端となった当の本人は異国人の役だが、鬼の役であり最後の場面でしか出ないのだから、一番出番が少ないではないか。考えているとどんどん納得し難いという不満が膨れてくる。
 同時に悪戯心が芽生えた。

 ふせったポーズで固まっている桃太郎を再び動かした。
「まていまてい、何故私がこんな目にあわなくてはいけないのか!」
「!!」
 二人は固まってだいぶ驚いていたが、かまわない。
「なんちゃって、もう良いでしょ? 見てみなさいよ」
 私は桃太郎の手で台の前を指す。台の前には何もなかった。そう、実は子供達も飽きたのか途中で帰ってしまっていた。子供達は彼らなりに気を使ったのか申し訳なさそうにこっそりと何処かに行くのが、横目に見えた。
 位置からして私にしか見えなかったわけだが、二人が人形劇に集中しているようで水を差すの気が引ける。正直馬鹿らしいと思うも、それを突きつけるのも億劫になって黙っていた。
 言ったら絶対、小傘は子供達を連れ戻したりするだろうし、そんなんで神社の評判が落ちたらそれこそ馬鹿らしいからだ。何より……
「あれ。もう皆帰っちゃってたんだ」
「中々に楽しくって気がつきませんでしたねー?」
 客以上に楽しんでいるのが二人だったから。


「人形と本さっさと返しなさいよ」
「いいよ、もう。なんか飽きちゃったし。誰も見てくれなさそうだから」
「ありがとうございます。とても良い経験ができました。お名前なんと言うんですか?」
「多々良小傘。あれ、そういえば貴女は小鈴とかって名前だっけ、もしかして貴女も付喪神なの?」
「そんなわけ無いでしょうが」
「えー?そうだったんだ。鈴が無くなったら誰か分からなくなりそうな感じとか、それっぽいと思ってたのに」
「私は歴とした人間ですよ、貸本屋です」
「ふーん、でもこうして人形劇を楽しめて、似たもの同士ね」
「そ、そうですね……」
 小鈴ちゃんは歪な笑みになりながらも、本と人形を受け取った。念のため他の小道具はどうしたのかと聞くとそれは自作だった。一晩の内にどれだけ準備していたのだろうか。その努力は認めよう。


 やや急ぎ足でアリス邸に戻り、先程の様に人形に案内され部屋に通される。アリスの方は相も変わらずさっきの場所で仏頂面のまま、黙々と人形をいじっていた。
「思ったより早いじゃない、人形取り返せたの?」
 テーブルの上に人形を乗せると横目に見た。手にとって大丈夫だったか心配するように撫でたりして確認すると席を立ち、直ぐ戻ると言って部屋を出ていった。
 何処からか人形がテーブルに紅茶を二つ持って来たので私たちは遠慮無く座って、嗜む。
 少しすると戻ってきたアリスは手に本を抱えていた。右から『世界童話大系』と書かれていた。鈴奈庵から買った本だろう。箱に入っていたが、小鈴ちゃんが中を出すと背表紙から一尺ほどは朱色で、他が茶色っぽい二色に分かれた本が出てきた。
 アリスはそのまま席に着くと本テーブルの上に差し出した。
「これよね、約束通り返すわ」
「……確かに」
 小鈴ちゃんはぺらぺらとめくって中を確認すると、返金を用意した。

 アリスはその様子を敵意も無くじっと見ていたが、ふいに口開いた。
「ねえ、その本は円本に影響を与えたかもしれないって知っている?」
 そう言うと一瞬小鈴ちゃんの手が止まったが、またすぐに動き出した。
「えんぽん?」
 と聞いたのは無論私だ。

「円本というのは一冊一円で売られた大系本等の全集の事です。丁度『世界童話大系』の後……大正15年からとされているんです。読者の本への欲とも呼べる需要が増え、それに併せて出版社が捨て身の薄利多売をしました。印刷や出版はそこで大きく前進したと言われているそうです」
 小鈴ちゃんが返してくれた。流石と言うべきか、本の内容意外の事もかなり詳しい。
 外の世界の物の価値は分からないが、安かったらしい。

「そう、円本は廉価版として主に文学が出て、本は潤っていった。後に学問的な本も比較的安価になる」
「外の世界には岩波文庫という今も権威ある文庫がありますが……岩波文庫も円本に触発されたと言われていますよね」
「それは知らないけど……とにかく本はセットになったりして集められる物になったわ、それが真に良いか悪いかはともかく、爆発的に数が増えた。だからこそ本に対する気持ちは希薄になったと私は思う」
「だから、なんなのよ」
「人形もそういう所があるから……貴女のように、物を内面と外見以外も見る事の出来る人は嫌いじゃないわよ」
 アリスは小鈴ちゃんの方を向くと軽く笑みを見せた。
「恐縮です、私は無駄に集めてる気もしますし、ちょっとした変人かもしれません」
「私もだもの。似たもの同士ね」
「そう、ですね」
 小鈴ちゃんも笑った。

「だから……ちょっとしたアドバイスをしてあげるわ。本も人形も……集まるからこそ、本来は見えない物がはっきりしてくる。それが誰もが喜ぶ事とは限らないものよ」
 と、急に私の方を向いて言い放つ。私はいつまで講釈が続くのかと飽き飽きして気が抜けて居たので焦った。
「まぁ、気には留めとくわ」


 アリスは呆れ顔で送り出してくれた。とりあえず二冊戻ってきて良かった。小鈴ちゃんは嬉しいのか自然と頬がゆるんでいたが、戻ってきた二冊はがっちりと抱えている。
 アリス邸を出る前にふと脇を見ると桃太郎の五月人形が置いてあった。来たときはあったかな、無かったかな。アリスの家は人形が有りすぎて分からなくなる。
 アリスの言っていた事はこういう事なのだろうか。
 桃太郎の人形は一人笑いながらこちらを見ていた。

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