Coolier - 新生・東方創想話

鈴奈庵と別れ離れの桃太郎

2013/09/16 00:30:13
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 勇儀と別れた私達は、マミゾウ達との件もあり消耗していた為、その日の残りは鈴奈庵で情報待ちに徹した。
 残念ながら全く情報が無かったけど……そうしてまた翌日になってしまった。
 私は朝から鈴奈庵へと出向き、今日はどうするか話していた。


「あのー。こちらが鈴奈庵でしょうか」
 少し休憩がてらお茶を啜ってまどろんでいたが、そんな声が聞こえ私は顔を軽くたたき己を覚醒させた。
 見ると刀を背負った彼女が暖簾を潜って来ていた。

 小鈴ちゃんがすかさず対応する。
「はい。此方が貸本印刷、諸々の鈴奈庵ですよ」
「私魂魄妖夢って言います。実は新聞を見まして……あ、霊夢もいましたか。丁度いいです」
 私達は顔を見合わせる。新聞というのは、桃太郎の事を書いてくれたあれか。

「もしかして、桃太郎の本持って来てくれたの?」
「あ、いえ……私でなくて、幽々子様が持っているんですが……」
 なんだ。でも新聞を見て有益な情報を向こうから進んで来る事は無かったので、正直嬉しい。
「それって何という本か分かりますか?」
「えーっと、なんとか桃太郎」
「何よそれ」
「もう残ってる物は『桃太郎遠征記』、『やんちゃ桃太郎』、『ある日の鬼ヶ島』だけですので。恐らく『やんちゃ桃太郎』かと……」
「多分それです。それがその本を読んだら急に妖夢はやんちゃよね、とか仰って」
「あはは、内容に影響されたのかもしれませんね……」
 小鈴ちゃんは困り顔で妖夢にお茶を出した。
「挙句に此岸へ行ってしばらく帰ってきちゃだめ、許して欲しかったらお宝でも献上して。とか言うんです」
「そりゃ難儀ね。あいつなら何言っても不思議じゃないけど」
「絶対幽々子様の方がやんちゃなのに、春を集めろだの月に行ったときだって……」
 確かに幽々子の方がやんちゃというイメージには合うな。
 妖夢はもごもごと呪詛のように不満を漏らしていた。
「私は主さんの事はよくわかりませんけど、家を追い出されたということでしょうか。それは穏やかじゃないです、もう少し詳しく伺っても……?」
 小鈴ちゃんもそんな妖夢の様子を気のどくに思ったのか、妖夢をなだめ詳しい事情を聞く。


 話を聞くと、どうやら里が賑わう事によって幽霊もまた普段と違う動きをしつつあるという。
 その為幻想郷で妙な動向が無いかと、合わせて里の現認をすべく幽々子と一緒に来たのが事の発端だ。
 来たのは鈴奈庵の展示初日で、その時に休憩中、鈴奈庵に寄り本を買ったそうだ。其の日はことさら際立った異常は無いと判断し、帰路に着いたのはいいが、帰ってみると持ってきていた人魂灯が無くなっていた。
 人魂灯は霊を少し集めるために幽々子が持っていたのだが、妖夢がちゃんとしていなかったのが悪いという事になってしまった。実際妖夢が持ち運んでいて気づいたのも妖夢。否定もできないが無くなった理由は不明とのことだった。
 初めはまた探してきてね、と言うくらいだったのに、本を読んだら急に帰ってくるなと言われ妖夢はどうにも主の在り方を理解できず、今は反旗を翻す所存とのこと。
 今日は先の事案に加えて妖夢の様子を見に来ると先に伝えられているらしい。

「こう聞くのもなんだけど、じゃああんた何しに此処来たのよ」
「もう辛抱たまりません!あの本が原因に違いないし、私はあの本をお嬢様から拝借し此方にお返ししたいと思います」
「それは……うーん。辞めた方がいいと思いますが」
 小鈴ちゃんはおろおろと言う。
「拝借って言ったって、私達は何もできないわよ」
「里に来る前に準備を整えたらなと。幽々子様は里の食べ物を楽しみにしていましたので、そういうのを教えていただきたいのです。そして隙を見て私がぐわっと」
 宙を掴んでみせる妖夢。そんなに単純に行くのだろうか。
「本を里に持ってくるの?」
「私には見せてくれないんです、幽々子様のことだから、見せないと決めたら肌身離さず持っているに決まってます」
「なるほど……」
 小鈴ちゃんは眉を潜め、じっと考えている。
「この前の観光地図見せてあげればいいんじゃないの?」
「あ、はい。そうですね……それは構わないけど……魂魄妖夢さん、幽々子さんは何時頃来るか分かりますか?」
「んーっと、夕方から夜くらいだったかと」
「わかりました、じゃあ今のうちに行く所を見て来てはどうでしょう」
 小鈴ちゃんが観光地図を渡し、受け取った妖夢は幽々子の気に入りそうな物を品定めする。
 妖夢の姿を見ているとやってることは健全な給仕というか、仕える物のようだが……きっと私の知らない大変さが有るのだろう。
 ある程度見込みが付いたのか、地図を畳み明後日の方を向いた。

「偶には私もやるという所を見せておかないと!幽々子様も私を頼れませんしね!」
 自分に言い聞かせるように意気込んでいた。

 さっそく下見に行ってくると言い残し、妖夢が外に出て見えなくなると小鈴ちゃんはカウンターに頬杖をついた。再び眉を潜めてじっと何かを考えている。

「何そんなに考えこんでるの?」
「『やんちゃ桃太郎』のせいで仲違いの様な事になっているなら、申し訳なかったなと」
「買ったのはあっちなんだし。あいつら腐っても主従関係はあるから、心配する必要はないわよ」
 時々妖夢と幽々子は相まみえている気がする。しかしあくまでお遊びで、本気で怒ったりというわけではないだろう。
 大事になるようなのは想像つかない。
「なら良いのですが……」 

「それより『やんちゃ桃太郎』」
「『やんちゃ桃太郎』は二〇〇三年、平成十五年にでくの房という所から出た桃太郎です」
 小鈴ちゃんは頬杖を解いたが、まだ少し妖夢達の事をきにしているようだった。
「これまた新しい。二一世紀突入ね」
「展示の中で平成の年号を持つのはこれだけです。
 この話は桃を拾ってくる所までは一緒なんですが……お婆さんとお爺さんが甘やかしすぎてしまって……わがままを言っても、《まあよし、まあよし》となんでも許してしまいます。
 悪たれをついたり、乱暴したり。更には村でもわがまま言い放題。植えた種はほじくってしまう、実が成れば勝手に食べてしまうといった具合で……」

「何かしらね、ゆとりが有り過ぎたみたいな」
「……その発言には言及しないとして。ほとほと村人は困っているのですが、そこに犬丸、猿吉、きじろう、という三人の若い衆が来て桃太郎を島送りにしてくると申し出ます。桃太郎は縛られ遠くの島へ……人々は《いいきびだんご》なんて揶揄して送り出します。」
「やんちゃ坊主の末路ね。でも元の話と随分と方向が変わったわね……それで鬼が島へ連れて行かれちゃうのかしら」
 小鈴ちゃんは頷いて、人差し指を立てた。

「ここからがこの話の凄い所でして……鬼が島の鬼は、実は無実だったんですよ!
 泥棒が盗んだ宝の隠し場所として、人が寄り付かない鬼が島を選んでいたんです。
 鬼はそのことに気づいて泥棒は追い払ったものの、金銀財宝は要らないのに返す方法が無いと困り果てていました。
 そこに桃太郎がやってきます、その宝を全部よこせ、なんて言って。でも流石は鬼、桃太郎をさらりとかわします」
「一人じゃそりゃ無理でしょうね。鬼にやられちゃうの?」
「いえ、それどころか鬼に説教されてしまうんです。皆の言うこと聞かないといけないよと。
 説教が身にしみた桃太郎は改心し、お爺さんとお婆さんを大切にし、村人に迷惑をかけない。そう決心して、鬼にも約束するんです。
 鬼はそう約束できるならば。と言って金銀財宝を桃太郎に託し、《おまえが盗っ人から 取り返してきたといって 村の人たちに返して いままでの悪さをすこしは ゆるしてもらえ》と進言し桃太郎を元の村に返します」
 鬼が自ら宝を渡すとは、これはまた存外不思議な話だ。

「随分と優しい鬼なのね、そういうのは色々言われるんじゃないの?」
「この話は創作だと誰でも分かりますし、でくの房は出版社では無いんです。木彫や版画の工房で、自費出版という形でこの本は世に出ました。なので数も少なくあまり目にする機会もないかと」
「ふーん」
「それで村人にお宝を返して謝り、お爺さん達にもお宝を上げようとするんですが……」


「もしもしー。ここが鈴奈庵かしら?」
 急に声がして私達は振り向く。そこに居たのは淡い水色の和服を着た少女が……件の西行寺幽々子だった。
「あんたまで来たの?さっき妖……」
 言いかけて慌てて口を噤む。言っていいのかわからないな。来た事くらいなら言っても構わないだろうが、変に感づかれて帰るとか言い出したら本が返ってこなくなる。

「もしかして、この方が幽々子さん?」
「うん。さっき話してた……西行寺幽々子って言うんだけど、妖夢のことどこまで話していいのかしらね」
 身を寄せ小声で作戦会議をする。小鈴ちゃんは真っ直ぐ私を見て、任せて下さい。とだけ言った。
 それならば私は口を出すまい。
「はい、此処が鈴奈庵ですよ」
「ええ、うちの妖夢がお邪魔してないかと思ったんだけど、来てないかしら?」
「来ましたよ。西行寺さんの事も少し聞いたりしました。貴方がそうですよね」
「そうなの、何か言ってた?」
「えっと……『やんちゃ桃太郎』を奪い返して此処に返してくれると」
 全部喋ってしまった。
「ちょっといいの?小鈴ちゃん……」
「嘘ついても仕方ありません。展示を返してほしいというのは伝えておかないと。それに言っても……怒ったりはしないですよね?」
「どうかしら」
 幽々子は扇子を広げ口元を隠したが、目は惜しげも無く笑っていた。

 小鈴ちゃんは簡単に妖夢が言っていたことを説明した。妖夢が困らせようとしているのを知った幽々子はというと、喜んでいた。怒らないまでも何か仕打ちが有るのではと思ったが、むしろサプライズが無くなったとか言って子供の様に残念がっていた。


「そっか、この本をね……。じゃあ返すのは少し待ってもらって、もう暫く私が持っていてもいいかしら?」
「なんでよ」
「妖夢さんに盗ませる為、ですよね」
「ふふふ、そういうこと。折角妖夢がその気なんだから、引っかかってあげなくちゃ可哀想でしょう」
 わざと泳がせて、自分の本を盗ませようという腹づもりらしい。周りくどいだけのような……。
 というかその方が妖夢が哀れに思えるのは私だけだろうか。

「人魂灯の方は見つかったんでしょうか」
「場所は分かるんだけど、まだ探しに行ってないのよねぇ」
「なんだ、何処にあるのよ」
「香霖堂とかいう所、前に妖夢が無くした時もそこに有ったんだけどね」
 聞くと幽霊にはどんなに離れていても見える光が出るらしい。無くなってからも少しの間だけ光ることがあったので、場所の見当も付いたそうだ。
「まあ何にせよ霖之助さんの所なら、私が行ってきてもいいわよ」
「あら、じゃあお願いしようかしら?私は妖夢に本を盗まれに行かなくちゃ。あ、霊夢、これを上げる」
 幽々子はこっそりと茶封筒を渡してきた。さぞいかがわしい物が入ってるんだろうと思ったら中身はお金だった。
 「捜査費よ」と付け加える。捜査も何も、もう取り戻してくるだけなのだが……。

 小鈴ちゃんは鈴奈庵に残って、本の整理をしながら妖夢を待ち、幽々子は妖夢を探しに里を彷徨く事になった。
 私は里の賑いに暫し別れを告げて香霖堂へと向う。

─カランカラン─

 扉を開けると霖之助さんはいつもの様に、店の奥で本を読んでいた。
「霖之助さん、この間は本を直してくれてありがとう。小鈴ちゃんも綺麗に直してあるって褒めてたわよ」
「そうか、良かったよ。魔理沙が必死になって直して寄越せというから、何かと思ったが……」
 適当に挨拶を済ませ、店内を見回して人魂灯を探してみたが、見つからなかった。店の奥に仕舞っているのだろう。

「人魂灯って無い?」
「ああ、それなら魔理沙が本の修理代として持ってきたよ。以前僕が拾った物と似ていて驚いたが、買うかい?」
 魔理沙か……どっかに落ちてたのを拾いでもしたのだろうか、また面倒なことを……。代金として渡したものがまた関わってくるとは思わないから仕方ないか。素直に買って幽々子に返しておこう。

「ええ、それも魔理沙が拾っただけで持ち主が探していたのよ」
「なんだ、魔理沙は盗品を売りつけてきたのか?」
「多分拾っただけで知らなかったんでしょう」
「そこまで落ちぶれちゃいないか。僕も魔理沙も悪意を持っていたわけではない、悪いがお代は頂くよ」
「しっかりしてるわね」
 幽々子からもらった捜査費でちゃんとお代は払った。
「安々と払ってくれるなんて珍しい」
「運が良かったわね」
「運が良くないと払ってくれないのか、まるで博打だな」
「博打よりたちが悪いけどね」
「自分で言うな」
 そんなやり取りをかわしつつ、壊すといけないので、人魂灯を風呂敷に包んで貰った。
 時々こうして風呂敷などに物を入れて貰う。霖之助はさんは考えばかり先行する頭でっかちの様な奴だけど、手慣れた所作で風呂敷を扱う霖之助さんはお婆ちゃんの様な優しい知恵も持っているように思う。
 とか言うと怒るので口にはしない。
 
「そういえば霖之助さんも桃太郎買ってたけど、何で買ったの?」
「里の土産に買っただけさ。宝を要らないという桃太郎は非英雄で面白かったしね」
 松居直の『ももたろう』を一度買っていた霖之助さんだが、大した理由はなさそうだ。
 何も言わず返してくれたのだから、特にあの本に思い入れも無かったのだろう。
「でも桃太郎と違って霖之助さんは代金ちゃっかり請求したわね」
「あれは愚か者がすることだ、あんな事をしたら姫が桃太郎を断れなくなる。恩はお金より返すのが大変なのさ」
「そうかしら。あ、もうこんな時間。私の目的は人魂灯だから、そろそろ帰るわ」
 話していると変に時間を食ってしまうのが香霖堂の難点だ。
 私は風呂敷を片手に香霖堂を出た。


 里へ戻ると、入り口付近の甘味処で妖夢を見つけた。物陰か中をしきりに観察している。
「何してるの?こんな所で……」
「ああ霊夢、この辺りは里の外れですので、人の目も少なく幽々子様を出し抜きやすいかと……」
 怖じ気づいてるんじゃないかと思ったが、一応本気らしい。
「幽々子ならさっき見たわよ、妖夢を探してるとか言ってたけど」
「もう来られましたか! しかし……ええい、霊夢。ちょっとだけ相談に乗ってください」

 手を引かれ半ば無理やり甘味処に連れ込まれた。店員に店の奥まった方の席に案内され、小さめのテーブルに向かい合って座る。
 何も頼まないわけにも行かないので、メニューも見ずに、多分有るであろう餡蜜を二つ頼んだ。
 注文を受けた店員が離れても、妖夢はもじもじとして、何も喋ろうとしない。

「相談って何かしら。言ってくれないと分からないんだけど」
「実は仕返しなんて馬鹿な真似なんじゃないかと思って……」
 てっきり覚悟を決めていたと思ったが、この期に及んで我に返ってしまったようだ。今まで気づかなかったのが実に馬鹿らしい。
「それで、迷ってるってわけ?」
「いえ、もう本を盗んだりはやめようかと……でも、ただ謝るだけでは気持が収まらないのです。このままでは私は幽々子様の物を無くしただけ、とても顔向けできません……」
「あいつはそんなに深くは考えてないと思うけど……」
「そうでしょうか……今思えば暫く帰ってくるな、宝を見つけて来い、というのは人魂灯をさがしてこいという猶予だったんでしょう。今更手ぶらでなんて……」

 勝手に思いつめている。幽々子は人魂灯の事には大して関心がなさそうだったのに……。
 そうこうしていると、餡蜜が来た。みつ豆だけでなく、蜜柑や桃などが美味しそうに照っていて実に美味しそう。
「まあ、餡蜜食べて落ち着きましょ」
「はぁ……」
 不満気だった妖夢だが、匙を取り餡蜜を口にすれば自然と頬を緩ませていた。暫くは餡蜜の力で他愛無い話をした。

「じゃあ人魂灯があれば素直に謝れるってわけ?」
「……そうですね、今から探してこよう」

「その必要は無いわよ、ほらこれあんたに上げるからさっさと返して謝ってきなさい」
「え?」
 私はテーブルの上に風呂敷を置いた。妖夢は開けてもいいかと目で訴えかけてきたので、黙って頷く。
 妖夢が風呂敷を広げると、勿論人魂灯が顔を見せる。

「これ、探していてくれたんですか?」
「いやまあ、そんな感じ……香霖堂に有ったから買ったのよ。それ持ってっていいから」
 幽々子から教えてもらったとは言えなかった。
「恩に切ります!早速行ってきますね!」

 妖夢は再び風呂敷に人魂灯を包むと、抱きかかえて店を飛び出し走っていった。
 冷静に考えると私でなく妖夢が幽々子に人魂灯を持っていくというのは、かえって信用を失うような……。幽々子が察してくれるだろうか。何も知らない妖夢がちょっと不憫かな。

 私は餡蜜をゆっくりと味わう、こっそり妖夢の食べ残しも頂いた。お代は捜査費から出したが、意外と餡蜜が高くて残りは雀の涙ほどに。
 折角の臨時収入でその内豪遊しようかと思ったのに、残念。
 外に出て里を少し歩いてみるも、幽々子達は見つからず鈴奈庵へと向かった。

「小鈴ちゃんただいま」

「おかえりなさい」
 と答えてくれたのは幽々子だった。本に囲まれ椅子に座る幽々子を見たのは貴重だ。
 不敵な笑みを見せたという事は、人魂灯は帰って来たのかもしれない。
「あ、おかえりなさい」
 続いて書架の影から小鈴ちゃんも顔を見せる。妖夢は鈴奈庵には居ないらしい。
「妖夢はどうしたの?」
「西行寺さんが一度会ったけど一人でまた来たそうです。此処で待ってれば来る……とのことですが」
「まあ幽々子が言うならそうなんじゃないの。主人だし」
 小鈴ちゃんと今まで取り返した本を整理していると、言われていた通り妖夢がやって来た。

「幽々子様、お待たせしました」
「うわ、なにそれ」
 妖夢は両手いっぱいに物を乗せ、絶妙なバランスを保っていた。
 抱えていたのは、ちょぼ焼きやら、焼きそば、焼きとうもろこし、と祭り定番屋台物だ。
 それを展示用としてあった正方形のテーブルの上に置くと、広げた。
 すると出るわ出るわ、他にもゼリーだか寒天みたいな物や、クッキー、シロップの入ったかちわり等。
 食べ物がてんこ盛り。

「見せてもらった地図の所に行ってきまして。見ての通り、食べ物です」
「そりゃわかるけど……」
「これ全部御一人で食べるんですか?」
「そんなわけないじゃない。お腹も空いたし四人で食べましょう」
 何故か頭数に含まれている。それ以前に四人でも普通に食べる量を軽く逸脱している様に見えるが……。

「本の周りで飲食するのちょっと……一応売り物でもありますし」
「固いこと言わないの、私の知ってる図書館は酒盛りだってさせてくれたわ」
 小鈴ちゃんは渋い顔を見せたが、最近はそういう風潮なのかなと呟き了承した。
 ロケットを飛ばしプールを作った紅魔館の図書館と同じ風に考えろというのが無理だ。でも説明するのもややこしいので黙っていた。
 私も小鈴ちゃんもお礼して、適当に焼きそばなどを手に取った。

 椅子を引っ張りだして、私達と妖夢達とで向かい合って座る。
「やっぱりこういう物食べていると、お祭りって感じがしますね」
「まあ確かに味はお祭りっぽいわね……」
 あんみつ食べたばかりなので、少しお腹が膨れ気味。
 私達はあまり祭りの食べ物も味わえていないから、素直に喜んだ。


 一方で幽々子は楽しげでは無かった。
「駄目ね」
「え?」
 妖夢がぎょっとした顔で幽々子を向く。
「やっぱりこういう物はその場で食べないと美味しくないなぁ~ってね」
「そうでしょうか……お腹に入れば結局同じでは?」
「食べ物はお腹に入るまでが勝負なのよ」
 幽々子はため息混じり笑うと、箸を置いた。

「この地図は宝の地図かと思ったんだけど、そうでも無いわね。妖夢が宝を持って帰れるかの試みは、失敗みたい」
 取り出したのは妖夢に渡した観光地図だった。そういえば宝を云々と言っていたんだったな。妖夢は人魂灯だと考えていたが……。

「宝を持ってこいっての本気だったの?」
「うふふ、もちろん」
「本当の宝っていうのは、幽々子さんは分かっているんじゃないですか?」
「どうかしら。私は若いけど古い人間だから、今一この話には共感出来なかったかもしれない」
 今度は子供っぽく笑う幽々子。
 若いからって言う必要あるのか。それは兎も角、幽々子は手を拭いて懐から『やんちゃ桃太郎』を取り出した。

「私は新しい人の気持ちが分かるかと思って買ってみたのよ。お返しするわ」
 と、渡してきた。近い私が受け取ったので表紙を見てみる。
 少年が木の棒を持って鬼退治もとい鬼と対峙しているが、髪はざんばら服もつぎはぎの袢纏みたいな格好。桃太郎っぽさは無い。
 鬼の方は角に虎皮風の布を巻いていかにもな鬼だ。絵はメリハリが良い白黒で、うっすら筆も入れてあるようだが版画だった。
 そういえば出したのは木版画の工房と言っていたな……。

「あのー、私も読んでみたいのですが、いいですか?」
「だーめ、妖夢は直ぐ勘違いするから」
「勘違い?」
「人魂灯の事とかね、今回は大目に見るけど」
「う……」
 私の方もちらりと睨んだ。どうやら人魂灯を渡したのはよろしくなかったらしい。

「新しい人の気持ちは分かりましたか?」
「難しいわね、白黒つけろとは言わないけど……本当に皆こんな風な事が起きると思ってるのかしら」

「『やんちゃ桃太郎』の他にも平成の桃太郎はいくらかあります。風刺の効いた物も無いわけではないですが、それより今までに無く新しい視点として見られるのがこの本の特徴です。外では桃太郎に限らずこういう話もいくらか出ているそうですよ」
「鬼が桃太郎に説教するんだから、なんというか陽気よね。でもこの本はあまり出回ってる本じゃないんでしょう」

「他にも似た趣向の物はあります。平成十九年に出た『ももたろう―だれでも知っているあの有名な』という五味太郎作の絵本がありまして。
 これは鬼と鬼ごっこしたりとシュールな展開になりつつも、最終的に鬼全員を村に招待して和解させるんです。これも斬新な解決法ですが、とても暖かい物語だと思います」
 
「へぇ、そんな話が……でもそんなに上手くいきますかね」
「まあ鬼と仲良くなんてありえないわね」
 私と妖夢は正直に感想を言った。だって村ぐるみで今まで悪さしてきた奴と仲良くしろなんて。例えそう行動できたとしても、心が拒絶してしまいそうだ。
「確かにこれらの話はご都合主義とも呼べます。でも其処に少々目をつぶれば、桃太郎の一つの要素が変化しただけと分かるんです」
「桃太郎の一つの要素……ですか?」
 その言葉に妖夢と二人首を傾げていると、幽々子が答えた。

「宝物よ。最後に得たものこそが、本当の宝物」
 そうか、宝を持って帰ってそれを元手に幸せに成るのが元々の桃太郎なのだ。
 松居直の『ももたろう』ではお姫様を連れ帰って幸せになって……。これは其処を更にねじ曲げているのだ。

「これらの桃太郎が得たものは、幸せを越えた平和とも言える代物です。最早概念的と言いましょうか、自分だけでなく他の人も幸せにしてしまう。それが平成の桃太郎の独特なところです」
「な、なんと尊い考え……」
 妖夢は目を丸くして驚いていた。
 そんな妖夢に幽々子は呆れた様に言葉を返す。
「でも、つまらないでしょう。誰もが仲良くなんて、誰も仲良くないみたい」
「面白いとは言えないかもね」
 幽々子の言うことも分かる。そんな単純に物事はすまないものだ。
 そしてこういう物語は、突き詰めれば退屈な物にしか成らない。

「『やんちゃ桃太郎』を始め、平成に生まれ変わった昔話は表現が改められ、結末を弄られた物もあります。
 それは批判されて当然だし、実際に批判され昔の様な顛末に直されたものもあります。
 でも私は大切にするべきとも思います。その時代にしか無いものは、あとから見ればとても大切な物だと気づきますから」
 当世風という奴だ。慧音も当世風の物は直ぐ朽ちると言っていたな。
 あの時は小鈴ちゃんはあまり賛成していなかったように見えたが。

「小鈴ちゃんこれは案外肯定しているのね」
「半々といった所です。手放しには褒められませんが……宝とはなにか、そう考えるのは悪く無いかと。勿論無理に読ませる物とは思いませんけどね」

「宝とは何か、ですか。私は幽々子様に宝を持って来れませんでしたが……」
 妖夢は腕を組んで考え始めた。幽々子の言う宝とは何を指していたのか考えているのだろう。
「考えなおすのは重要な事。そうしたら気づくはず、私の言った事は対して意味がないってね」
 また首を傾げている妖夢を尻目に、幽々子は席を立った。
 妖夢の買ってきた物が山ほど残っているのだが。

「ちょっと。これどうするのよ」
「お家の人と食べなさい、偶には手のかからない食事も良いでしょう」
 小鈴ちゃんの方を向いて優しく微笑んだ。

「ええ? 此方の落ち度で鈴奈庵に寄って貰ったのに。こんな……悪いですよ」
「あ、じゃあ私が今晩の分として持っていきますね」
「妖夢は駄目。ちゃんと作って頂戴」
「ええー。わかりました……」

 妖夢も物惜しげに食べ物を見つつ、席を立った。
 小鈴ちゃんは気兼ねしていたが、何度言っても置いて行くつもりらしく、幽々子は断るのも礼が無いと強引に受け取らせた。
 それから人魂灯を風呂敷から出すと、ゆったりとした足取りで鈴奈庵を去っていった。霊の様子を見てから帰る、と妖夢が付け足して後を追う。
 私達は身だけ出て見送ると中に戻った。鈴奈庵は私達二人と食べ物の山だけ。

「結局幽々子は何をしたかったのかしらね……」
「『やんちゃ桃太郎』の真似でもしてるのかと思いましたが、少し違ったみたいですね」
「説教する奴なんて居やしないし、妖夢をからかってたのかしら」
「もしかしたら、妖夢さんではなくご自身を試していたのかも……」
「自分を?」
「いえ、そんな気がしただけです」

 小鈴ちゃんは再び席に着くと、焼きとうもろこしをガジガジと食べ始めた。
「霊夢さん、もうちょっと食べていって下さいね。何なら少し持って帰って下さい」
「うん、ありがとう」
 妖夢の分まで餡蜜食べなきゃ良かったな……。

 まあ、本は帰ってきたし。これで一件落着だろう。それにしても宝か……外の世界では金銀財宝よりも、平和で平穏な日常が宝と思われているらしい。確かに今まで見た桃太郎には微塵も出てこなかった内容だ。
 外の世界の人はどうしてこんな風に思い始めたのか、少し気になる。


 もう一度箸をつける前に、『やんちゃ桃太郎』をちょっと開いてみた。
 中も版画で独特の雰囲気。文字も全編手書きの字らしい。
 そんな中、最後のページが思わす目が留まった。

  「わしらは いらんよ
   ももたろう 
   おまえがわしらの宝じゃ」
  と いったと ももたろうは 
  ぽろりと涙を こぼしたとさ
                ”
 本当は宝なんて近くにあったりするのかもしれないな。
 私は本を閉じた。

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