Coolier - 新生・東方創想話

タイで高速回転する犬

2019/06/24 04:03:52
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 これには背景がある。

 日本という国が、選ばれた国民による文化的かつ持続可能な社会を実現したのには、大きく二つの要因がある。
 一つは人口統制。これは言うまでもないだろう。最も有効で、かつ最も残虐な最終手段だった。それを成し得たのは、どこよりも早く高齢化し、どこよりも深刻な少子化を抱えたこの国が、苦悩の末、一部の倫理を捨てることを受け入れたからに他ならない。一方、科学世紀の日本の有様をディストピアだと罵り、最後まで倫理を貫いた国々は、それから百年の間に、みな事実上の滅びを迎えた。現在、日本の義務教育では人口統制を礼賛し、それがこの国の存続を成し遂げた唯一の手段であったと教えられている。
 だがそれは事実ではない。もう一つの要因こそ、不可欠なものであった。
 二つ目は怪奇の管理である。科学世紀に入り、四つの力が統一されようとし、科学が万能だと人々が酔いしれる最中、人々から忘れ去られようとした〝非科学〟はその生存願望から必然的に叛逆を起こした。いわゆる〝オカルト〟の発生である。遥か昔、平成の末期に現れた超能力者・宇佐見菫子が全ての始まりであった。彼女はオカルトの逆襲を標榜し、科学のぬるま湯につかった人々の心にオカルトの存在を刻み込んだのだ。彼らの制御失くして、日本は存続し得なかった。
 オカルトが滅ぶのは、科学に駆逐されるからではない。そもそも定義として、オカルトは科学から逸脱する者であって、科学が自らの範疇にあるモデルでしか物事を説明できない以上、科学はオカルトを肯定も否定もできないのである。
 では何がオカルトを滅ぼすのか。
 真にオカルトを殺すのは人々の心だ。科学は全てを説明できるという傲慢。科学はオカルトを駆逐できるという錯誤。科学を信じれば他に何も心配する必要が無いという慢心。これらが人々の心に引き起こす、決定的かつ致命的な心の変化。

そう、「探究心の喪失」である。

 この変化を迎えたとき、人の心からオカルトは消える。そしてオカルトが消えたとき、人類の進化は止まる。
 何故なら。もう探求することが何も無いのだから。
 国の滅亡、人類の滅亡。その全ては、人の心が死んだときに起こる。令和に入った日本は、平成のオカルト惨劇を嘆き、かつ隠蔽しつつも、人の心を殺さないための手段と、その研究のために全力を尽くしたのだ。そうして出来上がったのが、今の私たちが住む国だ。「文化的な生活」とは、人として探究心を失わない生活を意味するのである。

 だがそれは同時に〝オカルトの許容〟を意味する。
 オカルトには屈せず、しかしオカルトを排除することのない環境。共存とは程遠いが、しかし同時存在している世界。それを実現させるのが「結界」だ。ヒトの世と、そうでない世を接触させる。切り離すことなく、隣り合わせる。結界は、隔てるためでなく、交わらせるために存在している。
 だが当然、この事実を知る者はほんの一握りである。大半の国民はぬるま湯に浸かったままだ。オカルトの本質はその未知性にあり、だからこそ人々は探求するのだ。真実を知る者が多ければ、この結界の交わり、そのバランスはすぐに崩れ去ってしまうだろう。故に、結界の管理は国のほんの一部の組織、電脳管理局の結界課に一任されている。
 その必然的代償として、結界課には、それを〝監視〟する公的機関が存在しない。過去の歴史を鑑みるに、彼らには自身を〝牽制〟する存在が不可欠である。さもなくば、結界はやがて壁となり、人々は再び〝狂信者〟と化すだろう。あるいは結界は消え、人々はオカルトの餌となるだろう。故に、人妖の秩序を砂上の楼閣としない為には、たとえ醜くとも、それを塗り固める泥が必要だ。その危険性を指摘し、啓蒙し、啓発していく者が、いつの時代にも存在していなければならない。
 我々は、いわゆる「ハッカー」である。この結界の、この世界の、そしてその宇宙の欠陥、瑕疵、根本を暴き出し、管理者にその脆弱性を突きつける。使命の遂行の為ならば、時として倫理を、法規を、そして物理を逸脱することも厭わない。であるからして、相手方は我々に容赦しない。正義の名の下に徹底的に叩き潰しに来ることもある。が、しかし〝必要悪〟として適度に我々を見逃すのである。こうした相互の干渉を、平成の古来、初代会長・宇佐見菫子より受け継ぎ、絶えることなく続けてきたのが、我々、霊能力者サークル「秘封倶楽部」の正体だ。

 かくして、日本の結界政策は〝成功〟してきた。そのシステムの有用性に目を付け、自国にも輸入しようとする国も現れた。

 最初にそれを実現したのはインドだった。これが元で日印の交流は深まり、今でも新幹線に乗ればインド人観光客を頻繁に見ることができる。
 だがすべての国が成功したわけではなかった。日本の結界はそもそも日本の風土に合った風水に沿って構成されたものであり、さらに日本の文化に依拠したオカルトを想定している。インドで成功できたのは単なる幸運であり、偶然日本の結界がその周辺地域に適合できただけに過ぎなかった。しかし、結界の輸出というかつてない大産業を手にした日本は、愚かにも軽率にその商売の手を広げすぎてしまったのである。

 故に結界課は、タイで失敗した。結界を構成する段階で、力場の制御を誤り、現地のオカルトの異常増大を引き起こしたのだ。結果として結界移植の中心地はものの数秒で廃墟と化した。現地作業員は強力な現実歪曲を受け、異常圧縮・分離結合・表裏反転・五感拡散等を経て肉塊となった。その惨劇が起きた場所、その中心が……

 今我々の立っている場所、結界移植試験区域〝イザナミ〟である。

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