Coolier - 新生・東方創想話

狛犬問答

2018/02/10 22:14:27
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 ○

「神社を守護するという役目を全うするのは褒められるべきことでしょう。……ですが、いささか早とちりが過ぎるんじゃないかしら。挨拶の返事もなしにいきなり襲いかかられては、誰だって自分の身を守るのは当然のことですわよ」
「…………」
 八雲紫が現れ、ものの一分であうんは大の字に打ちのめされていた。
 外敵から神社を守護する。
 八雲紫は妖怪だ。そして、主人が毛嫌いしている人物でもある。
 だからそれを実行したに過ぎないのだが、こちらは受肉して数ヶ月。対して、相手は千年以上を生きる幻想郷の賢者である。実力差は明白。
 しかし、あうんとしては譲れない誇りがあった。賢者が相手なら威嚇はそれ相応のモノになる。妖精たちに警告する気楽さでは効果がないと思ったから。
「その様子では霊夢は留守のようですわね。いつ帰るかはお聞きになっていて?」
「……昼までには戻るって言ってましたよ」
 返答に少しためらいが生じる。しかし、敗北者としてのけじめが彼女の潔さを後押しした。
 体を起こして異常がないか確かめる。賢者は手を抜いてくれていたようで、弾幕に撃たれたところもそれほど痛みはなく、加えて立ち上がることもできた。悔しいのは、主人が掃除した落ち葉たちがまた散らばってしまったことか。
 頭をかきながら周囲を見回し、この散らかりようを許してくれるだろうかと思案する。
「やけに素直に教えてくれるのね。問答なしに襲ってきたのは何だったんですの?」
「私は狛犬で警護を任されてるから。霊夢さん、妖怪がここにくること嫌ってるし」
「その割には中途半端でなくて? 愚直に吠える番犬の方がまだ役立ってますわ。あなた全然殺気がないのですもの。こちらもやる気が削がれるというもの」
 八雲紫は扇子を開いて口元を隠し、あうんを見下ろした。
 威圧感はある、が。怖くはない。敵意がないのは相手も同じだった。
 だから少し、彼女は口を尖らせて言う。
「霊夢さんは……あなたを慕っているところがありますので。口ではいろいろと言ってますけど、きっとそんなには嫌ってないかと」
 自分で言ってあうんは少し後悔した。主人が慕う人物なのだから警戒する必要もないはずなのに、この賢者は自分の知らない主人を知っているのだと思うと、どうもあまり好きにはなれなくて。
「フフ、さすが狛犬。案外まわりをよく見てますのね。あの子って素直じゃないからたまに手を焼いちゃうけども、そこがまた可愛いのよね」
「同意します。で、今日はどういったご用件が?」
 決闘の勝敗にお互い一切の遺恨なし。
 八雲紫の話を興味なさげに流し、あうんは当初の目的であった落ち葉集めのため、賽銭箱の脇にある箒に手を伸ばした。賢者との弾幕勝負で散らかってしまったけれど、主人が帰ってくるまでまだ時間はある。掃除をし直すだけでも。
「もうすぐ眠ろうかと思って。冬眠中の留守を任せる挨拶を済ませにきたの。霊夢は里にいるのかしら?」
「買い出しです。あと半刻もしないうちに帰ってくるとは思います。待ちますか? 言伝なら承りますけど」
 八雲紫のほうは見ずに箒を動かしながら返事をする。
 その対応に別段気にした風もなく、彼女はあうんの提案をこう返した。
「言伝は結構。待たせていただきますわ。人里にいるんでしたら、私が向かうより待っていた方があの子の機嫌も損なわないでしょう。そうですわね、あなた暇つぶしに話相手になってくれないかしら?」
「嬉しい提案ですけど、遠慮します。私には勤めがありますので」
 サッサと落ち葉を集めていく。境内は広いが何も無限にあるわけではない。集中していれば主人が帰ってくるまでには元に戻せるだろうとあうんは考えていて。
「なら、その勤めは私が代わりに果たしましょう」
「えっ」
 あうんが賢者の方に振り向くと、彼女は指をパチンと鳴らした。すると、みるみるうちに散らかった落ち葉たちが八雲紫の作ったスキマに吸い込まれていき。
「これで境内はキレイになりましたわね。さあ、近くに寄りなさい。お話をしましょう」
 手招きと笑顔。
 あうんは以外に思った。賢者――八雲紫の笑みは、敵対者に向けるような妖艶さあふれるそれではなく、博麗霊夢や白玉楼の主などに向ける、邪気が微塵もない、身内に捧げる優しいものだったから。
 訝しみながらも賢者の近くに寄る。八雲紫は拝殿の階段に腰掛け、あうんもそれに続いた。
「あの、こう言っちゃうと失礼かもしれないんですけど、私は、その、賢者様を楽しませるような話題は何も持ち合わせていませんよ?」
 舌が絡まる。八雲紫の親しさに戸惑いを覚えていたから。
「お気になさらず。以前からあなたには少し尋ねたいことがありましたの。質問にいくつか答えていただけます?」
「尋ねたいこと、ですか?」
 それはつまり、賢者様は前々から自分に興味を持っていたということになる。はて、とあうんは首をかしげた。彼女の目にとまるような活躍を自分はしただろうか。肉体を得てしてきたことと言えば、博麗霊夢に仕えてきたことくらいだが。
「顕界してどうかしら? 自由に動かせる体を手に入れて、何か不便なことはない?」
「…………えっと」
 質問の内容は単純だった。八雲紫の優しげな声音からも、問いかけに裏があるようには思えない。だからあうんは余計に困惑して返答に詰まってしまった。
 が、迷って待たせるわけにもいかず、彼女は思うままにその質問にはこう答えた。
「いえ、特には。むしろ便利になって嬉しいくらいです。ずっと石の体のまま、ただ参拝客を見守るだけよりこうやって動ける体のほうが霊夢さんのお手伝いもできますから」
「そう……なら良かったわ」
 また笑顔。今度はどこかホッとしたように胸をなで下ろす仕草も見せて、あうんはさらにわからなくなった。どうして八雲紫は自分を気にかけていたのか。
「あの、私も聞きたいんですけど」
「あら、構いませんわよ。遠慮せずにどうぞ」
「どうして心配してくれたんでしょうか? 私、賢者様に気にされるような行いをした覚えがなくて」
 気にかけてくれていたのは素直に嬉しい。しかし、その理由がわからなかった。賢者とは石の体の頃から顔見知りではあるが、言葉を交わしたことは今日まで一度もない。退治屋のように異変解決に出向いたこともなければ、式神のように彼女に奉仕したこともないのに。
「フフ、少し遠回りな話になるのですけど」
 八雲紫は臆面なく語る。高麗野あうんを気にかける理由を。
「四季異変――あなたに体を与えた事件の顛末は霊夢から聞いていて?」
「はい。えっと、摩多羅隠岐奈っていう幻想郷の秘神様が弟子の後継者を探すため、いろんなところで人間や妖怪の力を解放していったことが原因だって聞いてます。妖精の力も解放したことで、いたるところで四季がバラバラにあふれていたとか」
「厳密にはその秘神が直接手を下したわけではないのですけど、まあ概ねその通りですわ」
「え、でも最後にはあなたと協力して摩多羅隠岐奈を退治した、って霊夢さん言ってましたけど。丑の日の力を借りたとかなんとか」
「その決闘はおまけみたいなものよ。異変を起こした不手際を罰するためのものですわ」
 説明はしてくれているものの、それを答えとするにはまだ納得できなかった。
 首をかしげていると、八雲紫はさらにこう続ける。
「実はその秘神――摩多羅隠岐奈は私と親交がありましてね。彼女が予期していなかったこととはいえ、幻想郷に生を受けたのなら文句を言う権利もあなたにあって当然。何かあればそれを代わりに伝えようかとも思っていただけですわ」
 肩をすくめて八雲紫は苦笑する。
 話を聞いて、あうんはなるほどと相づちをうった。肉体を得るに至ったその原因――自らの母なる存在に対し、憂いを覚えていないか気遣ってくれたのである。
 賢者の優しさに、あうんはこう答えた。
「秘神様には感謝してます。体がほしいと願っていたのは私自身ですから」
 力を込めて手を握る。すぐに開き、体を構成する血と肉と骨に心が通っていることをあうんは確かめた。幾度も夢見た世界がここに。今このときは現実なのだと自らに言い聞かせる。
「でしたら重畳ですわ。願いが叶ったのならそれを私は祝福します。……あの子との生活はどうかしら? 何か困っていることはない?」
「霊夢さんですか? 困っていること……と言ったらやっぱり参拝客の少なさでしょうか。あの人の一番の悩みの種だと思います。いろいろ手段は尽くしてるみたいですけど」
「参拝客、ねえ。縁日でもあれば多少は賑わうのだけど、あの子ってば稼ぎに目がくらんで何かといつも痛い目を見てるわよねえ」
 賢者につられてあうんも笑う。
 主人の悪癖にはいつも片腕の仙人が説教をしているので、自分がそれ以上を告げるつもりは毛頭なかった。その点は八雲紫と共通認識だったようで。
「霊夢に聞いたのだけど、あなた神社の中には入らないんですってね。それはどうしてなのかしら?」
 話が弾む。
 博麗霊夢という主人に同じ感情を持つモノ同士として、好感を持てたのは事実だから。
「狛犬の性分と言いますか、私はあくまで神社の守護者です。霊夢さんの生活圏にみだりに入ったりして迷惑をかけるわけにもいかないかなって」
 それは、あうんが心に誓う正義のようなもの。
 巫女が出かける際にも告げたが、狛犬は普通建物の外で守護するもの。雨風受けながらもくじけず、参拝客や主人を迎え入れ、守り、その背中に幸あれと願う無欲の獣なのだから。
「霊夢さんには何度かお昼ご飯や夕飯に誘ってもらったことがあるんですけど、全部お断りしてます。だって私は狛犬です。私が体を手に入れる前と同じようにあの人には私と接してほしいと願ってます。きっと、そうなることが私の幸せだと思うんです」
 内と外。
 肉の体と石の体。
 変わりはあれど、変わらない関係でいてほしいというのがあうんの考えだった。四季異変が起きずとも、石像のままでも、やるべきことは変わらない。主人に仕えるための利便性、その比較に過ぎず――
「それは、霊夢の気持ちを考えていませんわね。ずっと見てきたのならご存じでしょう、彼女の性分を。あなたがそんな態度だと、あの子も困っているはずですわ」
「そう、ですね。霊夢さんを困らせるのは、私も避けたいと思ってるんですけど。でも……」
「でも?」
「…………」
 言葉が紡げない。それを口にしてしまうと主人を裏切ってしまうような気がして。
 主人を困らせているのは知っている。彼女が神社にいるときは、外にいる自分によく声をかけてくれるし、何かと話もしてくれる。そんな心優しい主人にあうんができることは、変わらず此処を見守るくらいのことで。
 ――変わらず?
 否。
 ――変えられないのだ。
 肉体を得ても、あうんにできることは少ない。
 なぜなら、彼女がいなくても博麗霊夢の周りにはたくさんの親しい友人や偉人たちがいて――
「ここに霊夢はいませんわ。その気持ち、私だけにでも教えていただけないかしら」
「…………」
「『なりたて』によくあることですのよ。いざ理想に近づいてみれば、現実は厳しく儚いものだと遅れて気づくもの。人間も妖怪もそこは同じだったりするのよ」
 なりたて、というのは受肉したばかりの自分のこと。妖怪になったばかりのモノたちも、あうんと同じ心持ちになりやすいと言うが。
「では、あなたには現実でも理想でもなく、夢をお見せいたしますわ。そこでもう一度あなたの気持ち、お聞きします」
「え?」
 そう賢者の声が聞こえた途端、あうんの目の前に突然おびただしい数の瞳が姿を現した。
 八雲紫が操る境界、その中身。
 あうんは暗闇の波に飲み込まれ、上下左右もわからないまま体を揺さぶられ続けた。
 八雲紫も社も境内も全て黒の中。賢者の戯れだとわかってはいるものの、得体の知れなさがあうんを恐怖に陥れていく。
 しかし、酩酊する意識の中にあってうっすらと灯る確かな光を遠くに見た。
 あれは、なんだろう? 目に捉えれば闇の揺さぶりはすぐに止まり、あうんは光源に近づいてみた。
 その明かりを知っている。高麗野あうんもよく見た光景。石の体のときでも肉の体のときでも。変わらずに神社の未来を照らす道しるべ。
「霊夢さんと……みんな?」
 宴会。
 人間と妖怪が入り交じって飲み交わされる酌。
 杯がぶつかる祭り囃子。
 喧噪を奏でる武勇談は、どれも全て極上の肴。
 高麗野あうんの主人――博麗霊夢はその中心にいる。彼女と、妖怪退治屋の仲間と、そして退治された異変の元凶その面々。加えて、単に酒宴に惹かれて集うものたち。
「あなたなら何度も見てますわね。飲んで食べてのバカ騒ぎ。恨み辛みは水に流して、無礼講が飛び交う此方の夢。いかがかしら? あの中に混ざってみたいと思わなくて?」
 いつのまにか隣には八雲紫が佇んでいた。
 此方の夢。そう理解しているのは、この世界で自分と彼女だけ。
「あなたはこれを、どう思っているのかしら?」
 閉じた扇が示す先。賢者が見つめる先も同じ宴。
 その答えは決まっていた。
 決まり切っているのだが、あうんの心はざわつき始めて。
「とても安心します。霊夢さんの周りには、たくさんの頼れる仲間がいて。……でも、それと同じくらいに寂しくて」
 宴は巫女たちを明るく照らしているのに、その光源たる篝火は、あうんにはどこか弱々しく映った。
「どうして寂しいの?」
「それは」
 夢のせいか、それとも賢者の妖術か。
 押しとどめていたいのに、心根がうねりをあげて口からこぼれていく。

「私は、いなくても良いんじゃないか、って」

 そう。高麗野あうんに存在する意味はない。
 狛犬は、参拝者や神社仏閣を守護する神獣。
 それ以上の役割はなく、受肉を果たしても巫女や神社を守るという使命は彼女でなくても果たせるから。
 巫女を守れるのは誰?
 守りたい。自分が守りたい。でも、適任者は博麗霊夢の周囲にたくさんいる。退治屋仲間や巫女を気に入っている魑魅魍魎。いざとなれば「なりたて」より遙かに頼りになる人間や妖怪たちが巫女を助けるはず。
 神社を守護するのは?
 自分だ。だけど、何か起きても自分一人では何もできない。地震で神社が倒壊したとき、真の意味で博麗神社を守ったのはここにいる八雲紫であり、神社を瞬時に建て直したのも彼女や「鬼」だった。あんな芸当できるはずもない。
 だからいらない。
 だから寂しい。
 だから怖い。
 だから――

「そんなことはなくてよ」

 一筋の光明。八雲紫の言葉が、あうんの暗がりに柔らかな火を灯す。
「高麗野あうんさん。あなたが抱える寂しさは、あそこにいる誰もが持っているものよ。ううん、寂しさと思っていない者もいる。だから怖がる必要なんてない。あなたが必要ないなんてことも絶対にない。その悩み自体、あまり意味のないものだったりするかもしれないわ」
「…………」
「では、これを最後の問いかけにします。例えばこんな異変が起きたとき、あなたはどうするのかしら?」
 ふっ、と目の前に暗闇が広がる。
 篝火もヒトの気配すらもかき消えて、辺り一面黒ばかりの世界がそこには在った。
 ただ一点。世界の中心には博麗霊夢がいた。
 いや。言い換えるなら、博麗霊夢だけがいる世界。
 霊夢は……。彼女は驚いた様子で周囲を見回す。誰かの名前を呼んではいるが、返事もこだまもなく、とても戸惑っている様子だった。
 突然広がった闇にどう対処して良いか困っているのだ。上も下もわからず、東西南北方角もわからない。視界は黒、黒、黒。そして、空を飛ぼうとしても飛べず、退魔の力を使おうとしても、なぜだか何も起きない。
 孤独になった巫女はやがて不安げに歩き出す。しかし、行く先々は全て暗闇に縁取られていて、為す術なく景色に飲み込まれていくだけ。
 次第に息を切らしてへたり込み、手に握るお祓い棒も徐々に震えが伝播していった。
「なんですか、これ」
 あうんは問いかけるも返答は何もなかった。それどころか、隣にいたはずの賢者の姿形、気配が完全に消えていて、そこにいたのは狛犬ただ一人。
 巫女の方を見る。八雲紫が見せているモノだとしたら、これもまた夢なのだろう。実在する博麗霊夢がこのような仕打ちを受けているわけではない。
 しかし、目の前にある光景は先ほどまでの酒宴と同様の現実感があった。
 孤独の巫女。
 当て所ない「無」に彼女はついに膝を折る。
 博麗霊夢は強い。が、その強さは誰かや何かを守るためのモノ。外敵を討ち滅ぼすためのモノ。
 あうんは知っている。博麗霊夢という少女の弱さを。
 巫女は恐怖をこらえきれずに涙を流す。
 彼女は、自身を救う術を身につけていないのだ。
「霊夢さん!」
 駆け出す。
 巫女の元へ。主の元へ。
 カッカッカと下駄を響かせて。
 夢でなくても現実でなくても、あうんが取る行動は変わらない。主人が、博麗霊夢が泣いている。理由はただそれだけで構わないのだ。
 彼女を守れるのは自分以外にもたくさんいる。
 彼女を慕うモノや仲間もそれ以上にいる。
 たとえ自分が彼女の一番じゃなくても良いのだ。
 なぜなら、いま此処で悲しみに染まる主人を放っておく理由にはなり得ないから。
 答えは単純だ。
 そばにいたい。元気づけたい。勇気づけたい。
 そうしてたどり着く。博麗霊夢の肩を抱いて。
 あなたは独りじゃないのだと声をかける。自分がついているからと涙をぬぐってあげる。
 すると彼女は自分を見てくれるのだ。
 立ち上がって、前を向いて、手をつないで。
 いつの間にか遠くにある光に向けて歩いて行く。
 その出口にはまた宴が待っていることだろう。中心には博麗霊夢がまた音頭をとるはずだ。人間と妖怪が入り乱れてのどんちゃん騒ぎ。そこに自分は混ざれるだろうけど、同時に、またあの寂しさを抱えるのだと思うと少し切なくもなる。
「その寂しさの正体、お教えしてさしあげましょうか?」
 賢者の声。
 振り向くと、そこにいたはずの巫女は消えていた。代わりに、慌てて視線をさまよわせた先、誰かと手をつないで歩く博麗霊夢の姿があった。
 誰か、とは。もう一人の高麗野あうん。
 夢の主人と、夢の自分。
 その周囲が徐々に光に満ちていく。そして光だったモノが形をなしていき、退治屋仲間や相対した妖怪たちが次々に溢れるように現れ、二人は次第に見えなくなっていった。
 その光景を見て、あうんはホッと胸をなで下ろした。主人の周りにはたくさんの仲間がいる。そして、その中には自分も確かに存在していることが強く嬉しかったのだ。
 ――光の中に、私たちはいる。
 改めて八雲紫と向き直る。
 博麗霊夢に抱く寂しさ、不安の正体。
 どんな答えでも、今なら受け止めることができる。そんな気がして。
 賢者には自分がどう映っているのかはわからない。しかし、八雲紫は柔らかな笑みを浮かべてこう答えをくれるのだった。

「愛、と呼ぶのですわ」

「……アイ?」
「ええ。その寂しさは霊夢を想っているからこそのもの。誇りなさい。あの子をずっと見てきたあなただからこそできることがある。それをこれから探せば良いのよ。あの子と一緒に。あなたにはその資格があるわ」
「資格、ですか。なんだか、そんな大それたモノ必要ない気がしてきましたけど」
 自然と笑みがこぼれる。胸の内にあるしこりが「寂しさ」かどうかはもう気にならなくなっていた。ただ、賢者に否定されず、あるがままに受け入れてくれる気持ちが心地よくて。
「あなたはあの子の幸せを強く願うあまり、自分もその一部になりたいのだと思う心を嫌い、おこがましいモノだと捉えていたのよ。そういう気持ちと向き合うことも大切だけど、もう少し、自分とあの子に甘えても良いんじゃなかしら」
 言いながら賢者はあうんの頭を撫でた。
 返事はできない。しかし、その温かな手を受け入れている自身の心には正直でいたいなと、彼女はそう思うのだった。

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