Coolier - 新生・東方創想話

狛犬問答

2018/02/10 22:14:27
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 ○

「じゃあ留守番をお願いね。買い出しに行ってくるから」
 そう博麗霊夢に声をかけられて、あうんは自分が上の空であったことを恥じた。鳥居にもたれていた姿勢を正し、どこかで覚えた敬礼で主人に挨拶をする。
「あ、はい! お任せください! 高麗野あうん、博麗神社に忍び寄る外敵は全て追い返すと誓います!」
「そんなに気張らなくて良いってば。最近はだいぶ冷えてきたし、寒いと思ったら神社の中で休んでても構わないわよ?」
「お気遣い感謝です。でも私は狛犬です。狛犬は外で参拝客を迎えるモノ。神社の中にいては守護者の名が廃りますので」
「あっそ。固いわねえ……まあ良いわ。昼前には戻るから、それまで神社をよろしくね」
「了解です!」
 階段を降りていく主人の背中を見送り、あうんは両頬をパチンと叩いて気合いをいれる。秋と冬の季節の境目。今朝も霜が降りていたが、春夏秋冬、寒暖風雪なんのその。肉体を手に入れる前はずっと外で見張りをしていたので、あうんは自分の丈夫さに自信があった。そうそう体調を崩すことはないし、人ならざる存在の長所を認識している。
 ここからが彼女の仕事。天気は快晴。枯れ葉茂る木に寄り添っている雀たちへ睨めっこの挨拶。冷たい風が笛を吹き、それを背中越しに受けながらあうんは歩を進めた。
 まずは境内の見回り。朝早くから主人が日課の掃除をしていたので、そこかしこに落ち葉の蟻塚が出来上がっていた。今日は焼き芋をするだろうか。火種にするにしても風にふかれて散り散りになっては二度手間になりそうだったので、見回りが終わったら一カ所に纏めておこうと思った。
 きっと、気が利くわね、と言って褒めてくれるだろう。
 その時が楽しみだとあうんは笑みを浮かべる。
 次に神社の縁側をとおり裏手にまわる。異常なしの指差し呼称も忘れずに。役目に従事しているときは自然と鼻唄まじりになる。像のままではできなかった見回り。肉体を得て自由に動けるようになったのは守護者冥利につきる。
 異変が起きるのはよくないこと。だけど、四季が入り交じったあの出来事を高麗野あうんは密かに感謝もしていた。主人に聞かれたくないことの一つである。
「う~ん……でも、霊夢さんはそんなに怒らないような気がする」
 複雑な気持ちにはなりそうだなと、あうんは主人の苦笑した顔を思い浮かべる。困らせることに変わりはないので、やはりこの本音は黙っていようとあうんは誓う。
 独り言を呟きながら次へ。
 間欠泉異変のときに発生した温泉に足を向ける。夏は暑熱地帯となるため誰も近寄らないが、今は寒気がやってきている季節だ。良い案配に入浴者の身も心も温めるだろう。あうん自身も足湯だけでもと誘惑に負けそうになるが、そこは我慢。
「覗き……とかさすがにいないよね。博麗神社だし」
 主人がよく湯に浸かっているのは知っている。悪漢の存在を気にしつつ周囲を歩くが、やはり人間の気配は全くなかった。巷では妖怪神社と揶揄されることもあるせいか、縁日でもない限り参拝するものはほとんどいない。それはそれで警邏する身としては楽なのだが、参拝客の少なさには主人も頭を悩ましているところ。
 問題がすり替わりそうなので考えるのをやめる。次へ。
 今度は一番気をつけなければいけないところ。
 博麗神社の裏手。少し進んだ先に大木がある。そこには厄介な連中が住んでいた。
 ――三妖精。
 案の定悪巧みをしているところを発見。週に何度か神社に悪戯を仕掛けようとしていることもあって、あうんは最重要危険区域に指定していた。最近は地獄の妖精を仲間に加え、妖精相手とはいえ苦戦することもしばしばあり、取り逃すことも逆に返り討ちにあうこともあった。
 お互い健闘を称え合う平和的解決や友情の芽生えもあったりするので、実のところあうんは彼女たちとの邂逅を楽しみにもしていたりする。
 いつもどおりに三妖精並びに地獄の妖精に注意をして、受け入れられないなら弾幕勝負。本日は妖精たちが個々で連携をとらず勝手に自滅……というよくある場面に遭遇し、労せずしてあうんに軍配があがった。
 ――覚えてなさいよ!
 敗者の言葉を聞けばあうんもご満悦。妖精たちに負けることがあっても、大抵彼女らは弾幕勝負で疲弊してしまい、勝手に満足して帰っていくのだ。当初の悪戯という目的も忘れて。
 見回りを終えて境内に戻ってくる。
 落ち葉たちを一カ所に纏めておこうとさっそく作業に取りかかろうとする。箒は確か賽銭箱の近くに立て掛けてあったはず、と。
「……っ」
 そこで禍々しい妖気を感知する。妖精たちとは比べものにならないほどの力。
 何もないはずの空間に、刃物で切り込みを入れたかのような歪みが生まれる。
 降り立ったのは自分も主人もよく知る人物で。
「おはよう狛犬さん。今日もお勤めご苦労様ですわ。霊夢はご在宅かしら?」
 博麗神社に降り立ったのは、奇妙な形の傘を携えた妖怪の賢者、八雲紫だった。

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