Coolier - 新生・東方創想話

夢で逢えたら

2013/07/28 05:08:46
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 あぁこれ夢なんだなー、と自覚するまではけっこう時間が掛かった。
 だって夢だからといっても状況が突飛過ぎるし、何よりも夢なのに現実感が凄まじいからだ。
 食卓に並べられたご飯の味は、現実で本物を食べているようにしか感じない。あと納豆臭いとかもリアルに臭い。
 だけど四角い机をはさんで向かいに座ってる紫を見ると、その非現実さにやっぱりこれは夢なんだなと再確認する。

「それにしても、天子と一緒に食べるのも、段々と違和感がなくなってきたな」
「そうですね」

 朝食を食べながら、横に座っていた藍が感慨深げに話した。
 藍の反対側に座ってる橙もそれにうなずいてるけど、そんなこと言われても、いきなりこの空間に放り込まれた私には違和感しかない。

「え、えっと、私ってどういう経緯でここに来たんだっけ」
「なに言ってるんだ。やんちゃばかりして親から絶縁されたら行き場がなくなって、紫様の養子みたいな形になったんじゃないか」
「あぁ、そういう設定なんだ」
「設定?」
「なんでもない」

 またありえるとありえないの微妙な境界を突いてくるなぁ。
 いや、親からの絶縁云々はともかくとして、紫の養子はまずありえないか。
 とにかく状況を確認した私は、改めて正面に座った紫に顔を向けた。

「……なにかしら?」

 目と目が合うと、そう言ってニコリと微笑まれて、何も言えず顔を反らす。
 いつも不愉快そうな顔で罵詈雑言を投げつけてきた相手に、いきなり優しくされてもどう対応すればいいのかわからない。

「天子、箸が止まってるけど食欲ないの?」
「えっとその、納豆の臭いとか苦手で」

 黙りこくっていると心配されて、適当な言い訳で流そうとする。
 今まで散々喧嘩してきたやつと仲良くにご飯とか、難易度高すぎるでしょ。
 藍が作ったらしい朝ご飯はけっこう美味しいけど、もっとゆったりした状態で食べさせてもらいたい。

「好き嫌いしてたら大きくなれないぞ?」

 続けてそんなこと言われるけど、生憎と天人なったときから成長してないので余計な御世話だ。

「そうだ! 紫様に食べさせてもらったら?」

 橙からは……って、何言っちゃってんのこの黒猫!?

「私も藍様に食べさせてもらって、嫌いなものなくしていったの!」
「なるほど、名案ね橙」

 可愛い外見をしてるけど、間違いなくこいつは不幸を呼ぶ黒猫だ。しかも紫まで乗り気だし。
 おおお、おかしいでしょ。私の知ってる紫は、いつも私のこと馬鹿にして、蔑むような冷たい目で見つめてくるはずなのに、なんだこのほのぼの家族そのものの紫は。

「い、いらないわよそんなの!」
「そんな遠慮しないの。はい、あーん」

 紫は目の前にスキマに開くと、そこから納豆を箸で持って私の口元に差し出してくる。
 いやいやいやいや、一緒に食べるだけでも相当ハードモードなのに、いきなりあーんして食べさせてもらうとかルナティックどころの話じゃないって。
 でも、元々はこういうところでヒステリックに叫んで拒絶するのを防ぐために、紫の夢を見ようと思ったんだからこれはこれでいいのか?
 いややっぱよくない、いくらなんでも早すぎるってこれは!

「うわあああおおおお!!!」

 私は紫を無視して、お皿に盛られた納豆を超高速かき混ぜて口にかきこんだ。

「……ほ、ほふぁはふぇれはわほ!」
「ちゃんと飲み込んでから喋りなさいよ。行儀悪いわ」
「もぐ、んぐ……そんなことしなくたって食べれるわよ。っていうか納豆とか食べさせるものじゃないでしょ。服が汚れたりしたらどうするのよ」
「もう、素直じゃないんだから」

 私に拒絶された紫は、ぷりぷりと怒って不満そうな声を上げた。
 と言ってもいつもみたいに心の底から冷えるような声じゃなくて、怒り方だってどこか愛嬌がある。
 何もかもが私の知っている紫と違うけど、本当の紫の素顔もこんな感じなんだろうか。

「天子ったら毎日そうやってごまかして、一回くらい食べてくれてもいいじゃない」

 えっ、これが毎日なの? 年甲斐もなく何やってるのこいつ。

「い、いい加減諦めたらどうなのよ」
「あら、諦める理由がいるの?」
「逆に聞くけど、やる理由だってないでしょ」

 夢の間中、ずっとそんな風に接しられたら耐えられないと、突き放つようなことを言って距離を取ろうとする。
 でも紫はまた優しい笑みを浮かべて。

「あなたと一緒にご飯を食べている。理由なんてそれだけで十分じゃない」

 そんなこと正面から言われたら、こっちは何も言えなくなるじゃないの。
 私は顔を熱くしてうつむいたまま、味のわからなくなったご飯を黙々と食べた。






 朝食の後、紫に連れられた私は、スキマをくぐって博麗神社にやってきていた。
 縁側にはいつもどおり霊夢が腰を下ろしてお茶を飲んでいる。

「お邪魔するわよ、霊夢」
「ど、ども……」
「あんたらまた来たの……って、どうしたのよそんなに縮こまって」

 どうも紫が隣にいることになれない私に、霊夢が怪しげな目をして問いかけてきた。

「べ、別になんでもないわにょ」
「いや、どもりまくりでしょ。おまけに噛んでるし」
「そう言えば朝から様子がいつもと違うのよねぇ」

 心配するように呟いた紫が、ぬっと顔を近づけてくる。

「熱でもあるのかしら……?」
「わあっ!?」

 気を抜いている間におでことおでこが合わせられて、紫の体温が伝わってきた。
 だがそれ以上に、鼻息がかかる距離にある紫の顔に驚いて、声を上げて飛びのく。

「だ、だから何でもないわよ! ほら、今日は要石の点検で来たんだから、あんたは霊夢たちと乳繰りあってなさいよ!」
「あっ、ちょっと天子! ……もう、あの子ったら」

 いや乳繰るはないだろうと内心自分へツッコミながら、神社に上がり込んで足早にその場を去る。

「はぁー、疲れるなぁ。いや、この状況は紫に慣れるには最適かもしれないけどさ、色々と刺激がきつすぎるわ……」

 ため息を吐きながら、博麗神社の奥へと進み台所までやってきた。
 実は私が再建した博麗神社が紫との戦いで再びぶっ壊れて、萃香の手で建て直される際、要石をいつでも点検できるように、穴を台所と繋げてあるのだ。
 要石がここに存在する以上、こればかりは必要なことなので、現実の紫も黙認している。
 この夢の世界でも現実と同じように、その穴の蓋が設置されてあった。

「霊夢のやろ、邪魔だからここに酒とか置くなって言ってるのに」

 蓋を開けて、中にあった邪魔な酒瓶をどかして、更に下にある要石に手を伸ばす。
 夢の中だから心配はいらないと思うが、一応現実と同じように要石が異常をきたしていないかチェックした。

「よし、問題ナシ! まぁ、夢でも現実でも私の要石がおかしくなるなんてありえないけどね」

 酒を戻し蓋を閉める。
 用事も済んだ私は、紫のやつが一足先に帰ってないかと期待しながら縁側の様子を覗き見た。

「それでねぇ、毎晩天子ったら一緒の布団で寝ようって寄ってきてね」
「ふーん。あいつ意外と甘えん坊なのね。もっと警戒してるかと思ったけど」
「うふふ、お風呂だって毎日一緒に」
「わー! わあー!! わああああ!!!」

 何を話してるんだこいつは!!?
 様子を見て、場合によっては奥に隠れてやり過ごそうと思っていたのに、話の内容に思わず飛び出してしまった。

「あら天子、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ! 一体どこの異世界の出来事を話してるのあんたは!? バカじゃないの、バカじゃないの!?」
「全部ホントのことじゃないの」
「まあまあ、落ち着きけなさいよ。せんべいでも食べる天子ちゃん?」
「天子ちゃんとか言うな!」

 くそう、この巫女め、生温かい目で見つめてきやがって、明らかに楽しんでやがる。
 だがそれよりも、憎むべきはこの元凶。
 目尻を細めて振り向いた先には、夢の中でもやっぱりいけ好かないスキマババアが笑いをこらえるようにしてこちらを見つめていた。

「もう、布団の中じゃかわいいのにねぇ。昨日だって私に抱きついてきて、ゆかりん、ゆかりんって甘え付いてきたのに」
「するわけないでしょ、そんなバカみたいな真似!」
「今日の朝も、お母さんあーんしてって頼んできてね」
「してないしてない。絶対にそんなことしてないわよ!!!」

 その時、パシャっと後ろから不吉な音が聞こえてきた。
 恐る恐る振り向くと、そこにはカメラを片手にグッと親指を立てる鴉天狗の姿が。

「なんと、かの不良天人は大のマザコンだった! スクープですよー!!!」
「ちょっ、待てゴラァ!!!」

 何で私の夢なのに、こう悪い方へと転がって行くんだ!
 生かして返すかと剣を抜こうとするが、残念ながら相手は最速。
 叫びも空しく鴉天狗は、あっという間に神社から飛び立って見えなくなってしまった。

「うおおおおおお……これは夢。夢の出来事なんだから、リアルの私に何か影響があるわけじゃない……けど精神的ダメージががが……っ!」
「あんたの娘そろそろどうにかした方が良いんじゃないの」
「んー、ちょっとからかうつもりだったけど、やりすぎたわねぇ」

 落ち着け私、とりあえずここで紫を抹殺すればすべて解決……いやだから落ち着け、むしろ解決しないからそれ。
 頭を抱えて込み上げてくるドス黒い衝動を抑え込んでいると、背後にゆらりと紫が立つ気配があった。

「ほら天子、よーしよし」
「ほあ!?」

 身を包む二本の腕と背中に当てられた柔らかい感触。
 って、もしかして紫に抱きつかれてる!?
 ここまで紫の接近を許すとか、一生ものの不覚に身悶えしていたら、更に頭をなでられたりしちゃったりしてあばばばばばば。

「はい、心を静かにするのよ」
「で、できるかぁー!!」

 両腕を振りあげて、紫の抱き付きを振り払ってなんとか抜け出した。

「やん、ちょっとくらい親子のスキンシップを取ってくれても良いじゃない」
「うるさい! そ、それより点検は終わったから、もうこんな寂れた神社に用はないわよ!」
「オイコラ寂れたとか言うな」
「あらそう、なら次に行きましょうか」
「次?」

 色々あったにもかかわらず、言葉を乱さずマイペースに語る紫が縁側から立ちあがって私を振り返る。

「えぇ、だって今日はたくさん予定が詰まっているもの。今日一日付き合う約束でしょう?」

 その言葉に、私は乾いた笑いしか出てこなかった。





「団子屋……?」

 博麗神社から更にスキマで連れて行かれた先は、地底の旧都の一角だった。
 私の目の前にあるのは……うん、何の変哲もない団子屋だ。
 別におかしい話でもないが、さして人気がありそうな店でもないし、わざわざ二人で来る理由もそうないような。

「どうしたの天子。早く入りましょう」
「あ、うん」

 紫に急かされてのれんをくぐって店内に踏み入れると、見知った顔が並んでいて「おっ」と声が出た。

「よう紫、天子。遅かったな」
「どうも総領娘様……ではもうありませんでしたね。天子さんお変わりないようで。紫さんもお元気そうでなによりです」

 団子屋だと言うのに相変わらず酒で顔を赤くしている萃香と、地底には似つかわしくないほど礼儀正しいたたずまいの衣玖が声を掛けてくれた。

「萃香はともかく衣玖まで、どうしたのこんなところで」
「どうって、ここで会うって約束だったじゃないですか」
「あー、そうなんだ」

 それにしたってわざわざ天界から離れた地底で待ち合わせすることもないだろうが、夢の中のことだしあんまり突っ込んでも仕方ないか。
 流れに身を任せることにして、私は紫の隣り合って席に付く。

「紫んちの養子になってしばらくだが、どんな調子だ?」
「えーと、それは……」
「そうね、ちょっと元気過ぎて困るくらいよ」

 言いよどむ私の代わりに紫が答え始めたけど、それに邪な何かを感じて横から口をはさむ。

「ちょっと、あんたまたさっき変な嘘吐かないでよ?」
「嘘?」
「こいつ、さっきも私が一緒に寝てるとかお風呂入ってるとかバカなこと言いふらしてたのよ」
「おいおい紫ぃ、嘘はいかんぞ、嘘は」

 嘘という言葉に鬼の萃香が敏感に反応する。
 よしいいぞ、このボンクラババアに一言言ってやれ。

「嘘を言おうとしたんじゃないわ。こうなったらいいなぁ、という理想を語っていたら天子に邪魔をされてうやむやになっただけよ」
「ならよし」
「よくないわよ! わけわからん妄想をひけらかすな!」

 明らかに都合のこと言って誤魔化してるだけなのに、一言で片づけやがったこの小鬼!

「別に良いじゃないですか天子さん。せっかく身元を引き取ってくれたんですから、それくらい叶えてあげましょうよ」
「私をいくつだと思ってんのよ、年齢とか余裕で三桁越えよ。何で今更仲良くお風呂に入らなきゃならないんだっつーの」
「私が天子と入りたいからじゃだめなの?」
「あんたも歳考えろババア」

 私も紫も、どうかんがえたって親子で仲良し子良しする年齢じゃないだろと。

「とかなんとか言っていますが、この子と一緒の部屋で寝てるのは事実なのよねぇ。何だかんだでこれくらいの話は聞いてくれる天子マジ天使」
「ほほう、ということだが天子?」
「うぐ、それはそうみたいだけど……」

 朝一番に紫が目の前にいてあんぐりした状況を思い出す。
 同じ部屋で寝ていることだけは一応事実であるらしく、それについては言い返せない。

「ま、まぁそれぐらい飲んどかないとしつこいからっていうか……」
「あっ、そうそう。天子さんが元気だということは、元ご実家に報告しておきますからご安心してください」
「何でこのタイミングでそれ言うの!? 言うなよ、絶対に家には余計なこと言うなよ。フリじゃないからね!?」

 夢の中だろうがなんだろうが、この歳で新しい母親と一緒の部屋で寝てますとか正式に報告されるのは絶対にお断りだ。
 声を荒げて反論していると、横からプププと笑いをこらえる音がして、苛立ちながら紫に向き直る。

「あーもう! さっきから私のことからかってばっかりして、あんたに恥ってものはないのか!?」
「あら、どこに恥ずかしがる要素があると言うの? こんなのただの母と娘のスキンシップじゃない。私としてはもっと天子に甘えて欲しいくらいなのに、というか今すぐ私の胸に飛び込んできていいのよ。さぁ、天子カモン!!!」
「するかこんなところで!」

 準備万端と腕を広げてからかってくる紫を、思わず殴り倒したくなる衝動にかられる。

「くっ……しずまれ私の右手……ここで手を出したら慣れも何もないし……!!」
「楽しそうですね紫さん」
「えぇすごく。癖になりそうねこれ」

 もしやこいつとは親子の関係になっても決して相いれないんじゃないかと思いつつも、必死に右手を振り上げそうになるのを堪えた。

「とにかく仲良くやっているようでなによりだ」
「仲良くなんてないわよ! さっきからおちょくってるだけじゃないのこいつ!」
「そんなおちょくってだなんて。ただ愛を持って慈しんでいるだけなのに。よよよ……」
「愛とか言えば何でも許されると思うなよスキマババア」

 いや、確かにこういうのも仲が良いと言えなくもないんだろうけど。
 こんなあからさまに上下関係ができている仲良しはご遠慮願いたい。

「あーもう。あんたは母親なんだから、ちゃんとそれらしくしなさいね。ちょこちょこネタ入れてこられても困るわよもう」

 思わず愚痴を言って頭を抱えていると、急に紫の声が聞こえなくなって不思議に思って顔を上げる。
 すると紫は鳩が豆鉄砲を食らったような表情で私のことを見つめていた。

「……私が母親役でも良いの?」
「ここに来てなに言ってるのよ」
「いえ、てっきりあなたは私が母親であることを不服がってるのかと思ったから」
「そりゃ確かにそうだけど……」

 不服も不服だ、仲良くなりたいとは思ったが、よりにもよってこんな厄介なのが親役になってるだなんて。
 だけどこれが私の夢だということを考えると、結局のところはこういうのをどこかで望んでたと言うことなのかもしれない。

「まぁ、紫とこういう関係って言うのも、そう悪いもんでもないかもしれないわね」

 珍しく、その時に思ったままを口にできた気がした。

「……うふふふふふ。天子ぃ」
「うわ、何そのキモイ笑い声。って、こら抱きつくなー!」
「見せつけてくれちゃって。よし衣玖、私らも対抗してイチャついてみるか」
「まず酒臭いのをどうにかしてから言ってください」
「かー、手厳しい」
「アホなこと言ってないで助けなさいよー!!」

 私の意見などまるで聞かず、紫は私の身体をべたべた触ってきた。
 この団子屋で萃香たちと別れるまで、たっぷりと紫にいじくり倒されるのだった。
 そして私が理解したのは、友達にこんな悶絶もののシーンを見られると死にたくなる、ということだ。

「じゃあなバカ親子ども、せいぜい仲良くやんな」
「それではこれで。紫さん、こんな方ですがどうかよろしくお願いしますね」
「えぇ、それじゃあね」
「げ、元気でね……」
「んじゃこれからどうする? 地底の案内くらいはできるぞ」
「そうですね、お酒用の杯でも買いたいのですが」
「よし、それなら良い店が……」

 団子屋から出て、並んで去っていく二人に死んだ目で手を振って見送る。
 旧都の人ごみにまぎれてその姿が見えなくなると、私は近くの建物に頭を押し付けてる形になってなだれた。

「ほら天子。どうしたの元気がないわよ? 」
「あるわけないでしょが、あれだけいじくられたらぁ……」

 対する紫のやつは、さっきから妙に上機嫌なのが非常にうざい。
 あぁ、なぜ夢の中まで来て疲労しないといけないのか。

「っていうか、さっきからはしゃぎすぎでしょあんた!」
「あら、せっかくかわいい娘とおでかけしてるんだもの、はしゃいで当然じゃない?」

 だから歳を考えろ、歳を。

「で! 次はどこに連れて行かれるわけ!?」
「あら、付き合ってくれるの?」
「そんなこと言って、どうせ無理やりにでも連れて行く気なんでしょ。こうなったらもう、ちゃちゃっと済ませなさいよ」
「ふふ、大丈夫よ。次は面白いところだから」

 この紫にそう言われたところで、嫌な予感しかしなかった。





 スキマをくぐってやってきたところは、丁寧に整理された庭園の中だった。

「……なんで永遠亭?」

 月からやってきた姫様や従者たちが住む、あの永遠亭に間違いなかった。
 現実においても、ここの住人とは宴会で会ったりして顔見知り程度には交友がある。
 しかしここに来る理由とは何だろかと首を捻っていると、あの狂気の瞳の頼りなさ気な兎がやってきた。

「お待ちしておりました。ようこそいらっしゃいました紫さん」
「えぇ、ごきげんよう。他の方たちはもう来ているのかしら」
「師匠たちもみんな待ちくたびれてますよ。ささ、奥へどうぞ。天子さんもよろしければご一緒に」
「えと、りょ、了解」

 状況がよくわからぬまま兎に屋敷を案内される。
 玄関から入って廊下を歩きながら、不思議に思って紫に疑問を投げかけた。

「ねぇちょっと。今度は何なのよ一体?」
「ふふ、すぐにわかるわ」

 尋ても紫は意味深な笑いを浮かべるだけ。
 ひしひしと嫌な予感がしてきたところで、兎は大きめの一室の前で立ち止った。

「こちらです」

 短くそう言って開かれた戸の向こうには、一瞬息をのむ顔が目に入った。

「うわ、何これ……!?」

 この永遠亭の薬師を始め、紅魔館の吸血鬼、白玉楼の亡霊、守谷神社の二柱、破戒僧に尸解仙。
 その誰もが私や紫にも並ぶ強者たち、幻想郷のパワーバランスを担う面々が、今この場所に集結していた。

「揃ったわね……」

 否応なく充満する重い空気の中で薬師が前に出る。

「此度はお集まりいただきありがとうございます。今回の目的は、前もって皆さんにお伝えした通り」
「そんな長たらしい話は不要ですわ。早く本台に移りましょう」
「……そうね、その通りね。それでは――」

 紫に言われ、前置きを飛ばし本腰を入れた。
 果たしてここで何が行われるのか。
 思いがけぬ状況に、面白そうな厄介事を期待して、固唾を飲んで場を見守り――

「ではこれより。幻想郷ママ友の会を開催します!」
『ウオオオオオオオオオオ!!!!』

 ――部屋が熱狂的な歓声に場が包まれ……ってちょっと待った。

「……は?」

 えーと、今何て言った? ママ友?

「ねぇ、なにこの冗談?」
「ふふふ、冗談なんかじゃないわ。これぞ幻想郷のママたちのママたちによるママたちのためのママ友会よ!」

 聞き間違いであって欲しかったのに、聞き間違いであって欲しかったのに……!!

「咲夜ったら、昔はおじょうさまーって私の後をついて回ってたのに、もう私に奉仕するようになってね」
「妖夢は昔から手が掛からない子で助かるわ」
「早苗は随分と手のかかる子でね、でも今は立派に仕事をしてくれちゃって……」
「うちのこころも凄いんですよ。お寺のことをよく手伝ってくれてまして」
「まてまて、私のこころだろう。お面を作ったのは私だぞ」

 要するにただの娘自慢に幻想郷屈指の実力者が集まり、この熱のこもった空気を作りだしているわけだ。
 こいつらバカだ! いや、というよりもバカなのはこんな夢を見る私か!?

「……いや、何故そんな頭の悪い会合に私らが出席しているんでしょうかお母上様」
「そんなの、天子のことを自慢するために決まってるじゃない!」

 やっぱりかあああああああ!!!
 私のことを恥ずかしげもなく自慢しまくる紫とか、そんな気持ち悪い光景、この世で一番見たくないわ! 拷問なのこれ!?

「輝夜とは昔から一緒にいたんですが、最近は周りにも目を向けるようになって嬉しい半面、少し寂しさを感じたり」
「そちらは幼いころから一緒にいて羨ましい限りですわ。しかし私はこれから天子と輝かしいラブラブ親子ライフを……」
「頭痛いから他のとこ行っとくから!」

 これはこの場にいるだけでガンガン精神力が削られてくるなと察知して、早々に抜け出すことを選択。
 紫が鼻息荒く語っている隙に、脱兎のごとく部屋から立ち去った。
 熱狂を扉の向こう側に閉じ込めて、この夢にて何度目かもわからないため息をつく。

「はぁ、なんつー夢を見てるのよ私は……もしかして疲れ溜まってたりする?」

 夢から覚めたらしばらく下界に降りず休養を取ろうかなと考えながら、やることもなくブラブラと廊下を練り歩いていると、何だか見覚えのあるが目の前にふよふよと流れてきた。
 白くて半透明で、揉めば柔らかそうな謎の物体。
 けど何だったか思い出せなくて、とりあえずそれに手を伸ばしてみた。

「何だっけこれ?」
「みょん!?」

 あっ、ついいじめたくなるような良い悲鳴。
 それを握りしめると同時に声が聞こえてきた部屋を覗いてみると、納得に顔ぶれが揃っていた。
 今しがた掴んだ半霊の本体である妖夢にこんなときまで背筋を伸ばして瀟洒にたたずむ咲夜、それに奥の方じゃ無表情のこころに団子を詰め込んで餌付けしている輝夜と早苗。
 宴会で飲みあったりした面々は、関連性がないように見えて、さっきのママ友会を思い出せば共通点がわかる。

「あー、こっちは娘ゾーンってわけね。なるほどなるほど」
「わ、わけわからないこと言ってないで、半霊を離して下さい!」

 ビクンビクンと震える妖夢を見て続けざまにいじろうかと考えたが、さっきので相当疲れていたのか実行に移す気にはならず、素直に手に握った半霊を離す。

「あんたたちも何も知らされず連れてこられた感じ?」
「えぇ、お嬢様にいきなり言われてついて来たらね。あんまりな場なんでこっちに逃げてきた次第だけど」
「あぁ、うん、気持ちはよくわかるわ」
「幽々子様に褒められるのは嬉しいですが、ああいうのはちょっと……」

 冷静に語る咲夜の横から、妖夢がもじもじと指をいじりながら言葉を紡ぐ。
 私もあのまま紫が私を褒め称えたり自慢したりするのを聞いていれば、色んな意味で正気ではいられなかったと思う。
 場合によってはマグネチュード9.0もやむなし。

「そっちの三人も同じようなの?」
「そんなところね。永琳ったら時々自分勝手に暴走するもんだから」
「神奈子様も諏訪子様も常識をわきまえて欲しいですよね」
「もふぁふぁふぁふぁ、おふぁふぁふぁ」
「こころ。まず飲み込んでから喋りなさいよ」

 先の二人にもちょっとツッコミたかったが、とりあえずこころを優先する。
 いつものポーカーフェイスのまま饅頭を頬張る姿は、それはそれでリスみたいでかわいいけども、このままじゃ話にならない。

「もぐ……ごくん。天子はなんでこっちに来たんだー?」
「何でって、大方みんなと同じよ。まったく、こんなバカらしい会合だなんて知ってたら、引っ叩いてでも止めるべきだったわ」
「引っ叩く? 何だそれ変だな」
「変って、何がよ?」

 驚いた時の仮面を被ってあからさまに表現するこころに、気になって尋ねてみた。

「天子って重度のマザコンじゃなかったのか?」
「毎朝おはようのキスをしてるって聞いたわ」
「夜も一つの布団で寝てるんじゃ?」
「お風呂も一緒に入ってるんじゃなかったかしら」
「毎日ドカポンやってるのに喧嘩したことないんですよね!」
「するかそんなことー!!?」

 一体どこのどいつがそんな根も葉もない噂をばら撒いているのか、って考えるまでもないなこんちくしょう!
 楽しそうな顔をした紫が、ないことないこと吹聴してる姿が容易に思い浮かんだ。

「こ、殺す……後であのババア完膚なきまでブッコロス……!」
「何だ嘘だったのね、残念だわ」

 つまらなそうに輝夜は呟いたが、全面的に残念な思いをしてるのはこっちだと叫びたい。
 誓って言うが私はマザコンなどではない、なぜ二度もそのネタを引っ張られなきゃならないのか。天子だけに天丼だってか、ってやかましいわ。
 仮に紫が本当に母親になったとしても、そんなみっともない真似は死んでもやらない。

「様子を見るにあんまり仲良くないみたいですね」
「仲良くなんかないわよあんなやつ! 行く先々で私のことからかいやがって!!」
「じゃあ嫌いなの?」

 無表情のこころから、起伏のない簡潔な言葉が飛んできた。

「嫌いなの?」

 二度言われて完全に押し黙る。
 嫌いかどうか、か。
 現実の私を知っているものなら、百人が百人「嫌いだろう」と予測を付けるだろう質問だ。
 でもその答えは、実際の答えとは少しずれる。

「……嫌いと言うか、何と言うか」

 嫌いじゃない、と言えば嘘になる。
 現実のあいつに罵詈雑言浴びせられてボコボコにされたのは確かだし、それが自業自得とは言え多少の恨みは溜まる。
 とは言えそれだけが紫に対する感情のすべてじゃない、今日の……正確にはこの夢の中の朝に、紫に頬笑みかけられた時、胸がすごくドキっとした。
 あの時に感じたものは、そう嫌なものじゃないと思う。
 もし、あれが夢の中だけのものじゃなくて、現実にも与えられるものなら。

「まぁ、ちょっとは歩み寄ろうかなって」
「――――天子!!」
「うわ!?」

 胸の内を解き放とうとしたところに、慌てた様子の紫が押し入ってきて心臓が飛び出しそうになった。

「ゆ、紫? 聞いてた今の……!?」
「何の話? いや、それよりも」
「えっ?」

 呆気に取られる私の目に入ってきたのは、部屋に入ってきた紫を追尾するように廊下から飛んできた、蝶の形をしだ弾幕だった。

「うおあ!?」

 いきなりのことに反応できなかった私だったけど、紫が咄嗟に腕を引っ張ってくれたお陰で蝶は私の顔の横ギリギリを通過していった。
 目標を見失った蝶が、そのまま私の背後で何かに当たって弾ける音がする。

「ぐわあああああ!!」
「カ、カグヤダイーン!!」

 あっ、なんか後ろで死んだっぽい。

「いやちょ、これ何事!?」
「まずは動きやすい場所へ出ましょう」

 私の質問には答えようとせず、紫はスキマで永遠亭の庭にまで連れ出した。
 するとそれを予測していたかのように、私たちのいる空中に第二の弾幕が飛来してくる。
 状況が分からないながらも、今度はの弾幕は紫の手を借りずに避けて見せた。

「っと!」
「動きが予想されていたようね。大丈夫?」
「これくらいなんてことないわよ!」

 この程度の弾幕、紫とのガチ喧嘩に比べればどうってことない。
 緋想の剣の柄を取り出して力を通すと、そこから緋色に輝く気質でできた刀身が形成された。
 臨戦状態に入ったところに現れたのは、やはり亡霊の幽々子だった。

「やっぱりあの程度はかわされるか。どうしても素直に終わってはくれないのね紫」
「えぇ、こればっかりは幽々子と言えども譲れないわ」

 確か現実では友人だったはずの紫と幽々子が、一触即発な空気で静かに火花を散らす。

「ちょっと、これ一体どうなってるんだよ」
「そうね、話せば長いのだけれど」

 確かこの二人は親友と呼べる間柄だったはずだ。
 そんな二人がこの状況、これは相当な大きな理由があるはず……。

「どっちの娘が一番かリアルファイトで決着をつけようと言う話になって」

 大きな理由? そんなものはなかった。

「一行で終わったわね! っていうか、どういう話の転び方したらそんな風になるのよ!?」
「いや、気が付いたらこんな風に」
「アホでしょあんたら!!?」

 私が紫に噛みついていると、「幽々子様ー!」と声を上げて半人半霊の剣士が飛び出してきた。

「なんだかよくわかりませんが、主の供をするは従者の務め!」
「流石私の妖夢ね。それじゃ早速だけど二人を落としましょうか」

 モタモタしてる間に、向こうは戦闘準備を整えたようだった。さっさと攻撃して、幽々子一人の内に倒した方が良かったかな。
 なんにしろ戦わざるを得ないようで、私も改めて気合を入れ直していると、紫が身を寄せて尋ねてきた。

「さて、どう出ようかしら?」
「決まってるでしょ、私が前衛であんたが後衛。妖夢とぶつかるから援護しなさいよ」
「あら、母をこき使うだなんて、親不孝な娘だわ」
「ヘンだ、やんちゃな子供を助けるのも親の務めよ」

 しかしやっぱり戦いとなると、何だかんだいって調子が出てきた。
 剣を握り直して構えると、まずは妖夢を落とそうと背中を紫に任せて突貫する。

「ちゃんと付いてきなさいよね!!」
「そっちこそ、あっさりやられないようにね」
「ほらほら、猪突猛進娘が来たわよ妖夢」
「わかっています。幽々子様は後ろ下がっていてください」

 私の突撃に合わせて、やはり妖夢も主を守ろうと前に出てきた。
 いつもの頼りなさ気な表情は吹き飛んでいて、剣客としての鋭い眼光をたたえて私を真っ直ぐに睨みつけてくる。

「フン!」
「ちぇい!」

 私から振り下ろした緋想の剣を、妖夢が難なく防ぎきる。
 天人のパワーに負けないよう、正面から力任せにぶつからず受け流すような受け方だ。
 総合的な実力ならともかく、剣術に置いては妖夢が一歩上を行っている。
 とは言え私も天人のはしくれ、未熟者には負けていられないと続けざまに剣を振りかぶった時、突然横から凝縮された力の塊が飛んでくるのを肌で感じて悪寒が走った。

「うわあ!!」
「あぶなっ!?」

 危険を感じ取って私も妖夢も一旦離れたところを、紅い槍が暴力的な唸りを上げて目の前を通過していく。
 間違いなく、これは紅い吸血鬼のグングニル。

「一番は私の咲夜に決まってるでしょうがああああ!!!」
「なんかきたあ!!?」

 掻き混ぜられた大気の向こうに、メイドを連れ、二本目の槍を構えながら叫ぶロリ吸血鬼。

「何を言っているのかしら。輝夜が一番美しくて可愛いに決まってるじゃない」
「ちょ、ま、永琳、さっきので腰がイタタタタ!!」
「まずそいつを治療してあげなさいよ!?」

 痛そうに腰を曲げる姫を無理矢理引っ張ってきた薬師。

「何だかわからないけど、うちのアリスちゃんが一番です!」
「かあさ、神綺様恥ずかしいから止めて!」
「誰だお前!?」

 どこからともなく現れた良く知らないヘンな毛の人。

「だから早苗の良さって言うのをさっきから散々語ってるじゃん。話聞けよ祟るぞ!」
「いざ南無三!!!」
「身内アピールと聞いて飛んできました! 行くぞちぇえええええええん!!」
「よくわかんないけどあたいが一番!」
「な……なんか収拾付かないほどカオスってきた……!!」

 さっきのママ友会のやつだけじゃなく、永遠亭の外からも新たな参加者がドンドン集って来て、そのあまりの喧騒を前に紫の元まで引き下がった。
 流石私の夢、どうにもこうにも騒がしい。
 普段ならそれはそれで面白くて結構なんだけど、今回ばかりは原因が原因だけにアホらし過ぎてこのまま帰りたいところなのだが。

「……ねぇ、もう帰らない?」
「まさか、ここは天子のいいところをアピールして、人気を上げるべきよ!」

 非常に残念ながらこの相方がやる気である。
 現実では見たこともない紫の異様なハイテンションにげんなりしていると、そこかしこで力が膨れ上がり、幻想郷屈指の実力者たちによる弾幕の打ち合いが始まった。

「オラァ死ねえ!!!」
「そっちこそ死ね!!」

 最早この場に置いてルールなどあってないもの、誰も彼もが全力で撃ち合い、下の方じゃ永遠亭の建物が吹き飛んでいき、兎たちが逃げ惑っているのが見えた。
 それをかわいそうなんて思う暇はない、バトルロイヤル状態となったこの場で、四方八方から来る流れ弾を要石で防ぐのでいっぱいだった。

「アピールするったってどうするのよこの状況!!」
「慌て過ぎよ、あなたらしくもない。少し頭を回してみなさい」

 声を荒げる私とは正反対に、紫の声質はとても落ち着いたもので、ストンと私の中に入り込んでくるようだった。
 その声を聞いていると、こんがからかった頭が不思議とクリアになってきて、あまりの出来事になくしていた集中力が戻ってくる。

「こんなに全力で撃ち合っていれば、すぐに何人かはやられるわ。場が落ち着くまで一旦引いて、遠巻きから様子を見つつ、同じように身を引いた者たちを各個撃破する」
「何連戦になるってのよ。流石にしんどいわよ」

 言われた通りに戦場から後退するけど、果たしてここから自分と同レベルの対戦者ばかりを何人倒せば良いのか。
 ハッキリ言って勝率はほとんどない、やる気だってない、ないない尽くしで嫌になる。
 だけど、非常に面倒くさいことだが、今ここにいるのは私一人じゃないんだった。

「……ねぇ、あんた勝ちたいの?」
「愚問ね、そうでなければわざわざこんなところにいないわ」

 無秩序に交差する流れ弾の合間を縫いながら聞いてみれば、返ってきたのはこの答えだ。
 一体こいつのどこからそんなやる気が出てくるのか、不思議で仕方がない。

「ま、でもそう言うなら仕方ないか」

 でもそれに焚きつけられて、ちょっとくらいは本気を出してみようかなという気になってきた。

「……ふふふ」
「何よその気持ち悪い笑い方」
「いえね、やっぱりそう言ってくれるだって、少し嬉しくなってね」
「むっ」

 紫からそんな言葉が飛んできて、心を見透かされてるようでちょっと腹が立つ。

「そんなことよりさ、戦うならさっき言った戦法が最良だろうけど、それでも流れ弾にぶつかる可能性はあるわよ。戦うって言っても期待しないでよね」
「あら、何を弱気なことを言っているの」

 紫は後ろから私の肩を掴み、にその口を私の耳元寄せてくる。
 戦闘中になにしてんだと思いながら、弾幕の対処を要石の防御へと変更していると、先程までとは違って重く、言霊の乗った言葉で静かに語りかけてきた。

「私に背中を任せると言ったのはどなただったかしら?」

 息が掛かる距離からの言葉に感じたのは、吐息の気持ち悪さとか、温かな体温とか、そんなちゃちなものじゃなくて、絶対的な確信だった。
 現実では敵対してばかりだったはずの紫が、私に対するわずかな敵意も腹黒い策略などもなく、ただ味方として共に戦うと言っている。

「私のことは、何だかんだであなたは良く知っているはず。臆せずいつも通り戦いなさい、そうするなら私もいつも通りであなたに応えるわ」

 夢の中ではおちゃらけてばかりいた紫が、それでもこの瞬間は本気で私の背後にいると言っている。
 今まで紫のことは何度も怒らせて、何度も戦ってきた。
 紫がどれだけ強いかは誰よりも知っている、そして紫も私の強さのほどを知っている。

「さて、それでもまだあなたは負けるかもしれないなんて言うの?」
「……へへ、そりゃあ」

 最強だ。

 互いに実力を掴んでいるからこそ確信できる、負けるはずがない。
 かつてないほど熱い血が身体を巡り、自然と口元が釣り上がる。
 バカらしいアホらしいと思っていた戦いだったけど、こればっかりは燃えてきた。
 熱い胸に応えるように、緋想の剣がいつにもまして力強い光を放って私の闘志を顕示し始める。

「ほら、紫たちがいたわ。妖夢、今度こそ倒しちゃうわよ」
「了解しました!」

 その光を目印として、さっきぶつかった妖夢と幽々子が、また私たちへと向かってくる。

「あらあら、敵を引きつけちゃったわよ」
「誘蛾灯としては上出来でしょ」
「目立ち過ぎていらぬものまで引きつけてしまうわ。連戦になるだろうけど、覚悟はいい?」
「ふん、当然でしょ。行くわよ紫、信じてるわよ!」

 もう我慢が出来ないと、話をそこで終わらせて私は飛び出した。
 ギリギリまで引き絞られて放たれた矢のように、恐れも迷いもなく戦いの中に身を投げ込む。

「……あなたからそんな言葉を貰えるだなんて、思ってもみなかったわ」

 数多の弾幕をかすらせながら、風を切って飛ぶ私の後方。
 本来は聞こえないはずの距離から耳に届いたそれは、まるで現実の言葉のように感じた。

「幽々子様、来ますよ!」
「えぇ」

 妖夢と幽々子が構える、突進する私を二人で受け止める算段のようだ。
 それは向こうからしたら最良の選択だろう、今の私は前に出過ぎて後衛との距離が伸びきっていて、紫の援護が来るまでタイムラグがある。
 二対二で戦うよりも、一瞬でも二対一の状況に持って行けるならそうして戦うべきだ。
 けどそれは私も、そして紫も考えていること。

『廃線「ぶらり廃駅下車の旅」』

 スペルカードの宣言が聞こえてくると同時に私が横に進路をずらした瞬間、後ろから走ってきた列車が私の髪をかすって突っ走ってしていった。
 その様子を幽々子と妖夢は目を丸くして見ている。
 そりゃそうなるだろう、なんせ味方に向かってスペルカードを放って、それを見ずに避けたんだから、冷静に考えればとんでもない話だろうと思う。
 でも、私には自然とそれが出来た、そうするのが正しいと感じた。

「まったく、意地が悪いわよねあんた!!」

 あいつなら、平気でそれぐらいはするだろうと、なんとなくわかっていた。
 この程度ができないようじゃ、現実の紫に散々バカにされるだろう。

 驚愕で幽々子と妖夢の思考が一瞬遅れる、そのため二人の判断がわずかに、だけど致命的に間違った。
 迫りくる列車を横に飛んで避けようとするが、あろうことか二人はそれぞれ反対方向に飛び出してしまった。
 亡霊コンビの間に、列車がその身をすべり込ませて分断を成功させる。

「しまっ――」

 私の前に出てきた妖夢が、主と離されたことに気づくがもう遅い。
 列車に阻まれて幽々子はこちらを視認できないのに対し、紫は悠々とこちらを眺められる位置にいる。
 例え列車が過ぎ去っても、幽々子は見てから動作に入らなければならない分、紫の方が一手早く行動できるだろう。
 わずか一瞬だが二対一の形になるわけだ。

「ナイス援護よ紫!」

 冷や汗をかいて体勢を立て直そうとする妖夢に向かい、私は勝利の予感を背中に緋想の剣を振りかぶった。






 ――そこからの戦いは、かつてないほど楽しく、充実を感じる戦いだった。

 私も紫も、今までの戦いを通じて互いの戦術を、癖を、考えを身に沁み込むまで熟知している。
 まぁこれが夢だってこと一番の理由なんだろうけど、とにかく戦っていて終始、紫との連携が乱れることはなかった。
 どこで紫の援護が来るかわかった、どこで前に出るべきかわかった、どこで後ろに下がって紫と合流するべきかわかった。
 紫はどこで私に隙が出来て、どこをどう援護すればいいのかわかっているようだったし、私もまた背後から伸びる紫の一手一手をすべて事前に感じ取り、完璧に有効活用して戦えた。

 真っ先に刃を向けてきた妖夢と幽々子は紫の援護で作られた隙を利用し、各個斬り伏せた。
 辺りを飛び回り片っ端から攻撃を加えていたレミリアと咲夜は、私が肉薄して強引に動きを止めたところを紫が狙い撃ちした。
 そこからは私たちを警戒して何組も襲いかかってきたけど、どの相手をしても私たちは決して退かず、八面六臂の大奮闘。
 全ての敵を倒しつくした後、すわ異変かと駆けつけてきたブチギれいむとも激闘を演じて、最後には勝利で幕を下ろして見せた。

 誰かにこのことを話せば、所詮夢の話だと笑われるかもしれない。
 でも例え相手の全てがが現実の強さを持っていたとしても、この時の私たちにかなうものはいなかったと思う。
 それぐらい、この時の私たちは圧倒的だった。

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