Coolier - 新生・東方創想話

愉快で平和な監禁生活

2012/03/05 03:31:53
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* * * * *

 誰もいない博麗神社は、静寂さのみが漂っていた。
 もともと参拝客が少ないというのは周知の事実だったが、今は紅白の巫女を訪ねてくる迷惑な客もいない。
 博麗霊夢が監禁された。という事実は、迅速かつ静かに皆に伝達されていた。
 それはレミリアが言っていた『幻想郷最終防衛ライン同盟』なる面子の家族や仲間を主要核としていたからであり、天狗は一切絡んでいない。
 絡んでいないからこそ、『神社から巫女がいなくなった』という異常事態を誰も騒ぎ立てず、その事に関して誰も口を開かない。
 だが、この事実が伝達した時、非力な人間の中でも一人だけ反対する者がいた。

 「あんまりなんだぜ!!」

 それは霊夢の親しき友人、泥棒に限りなく近い自称普通の魔法使い。
 白黒の衣服を常に身に纏っている少女。そんな魔法少女……というと言葉違和感あるが、霧雨魔理は間違っていないのに何処となく沙は、怒りに任せてマスタースパークを発射していた。
 何処にって、永遠亭である。
 何千年も生きた大木よりも太く、範囲の広いレーザー。
 もうレーザーという表現があってるかも分からないくらいに太い光の鉄槌が、迷いの竹林を消し炭にしていく。
 だが、そのレーザーを迎え撃つかのように一筋。たった一筋の、か細い光が永遠亭より放たれた。
 まるで銀色の流星かのような光の矢が、眩い輝きを放って迫るマスタースパークの中央を目掛けて飛んで行く。
 それは比喩でも間違いでもなく、矢だった。たった一本の矢だった。
 キラキラと淡い銀の尾を青空に引いて、永遠亭を消し去ろうと迫る光の怒号へと真っ直ぐに飛んでいく。
 そうして、衝突した。
 銀の流星と光と熱の瀑布が、天空の中心で衝突を果たす。
 力をその一本だけに圧縮され凝縮された凶悪な鋭い矢と、力任せで感情的な、しかし何よりも熱い輝ける命の光が、空でぶつかり合う。
 まるで彗星と惑星の衝突のように、空で激しく眩く光が迸る。
 そうして二つの星は、天空で一瞬の均衡を見せたのち、弾けた。
 目を開けていられないほどの光が空へと弾けて大地を白く染め上げ、遅れて轟音と嵐。

 「ぐぅうぅぅ……」

 魔理沙は帽子を深く被り、その上から手で押さえて眩すぎる光から視界を守った。
 その傍らで、もう片方の手で箒を強く掴んで嵐に飲まれぬようにと必死に舵を取る。
 だが、目の前に冷たく鋭利なものが迫っていると、溢れる光の中で微かに感じ取った。
 命の危機が迫っている。そう肌と第六勘で感じ取る。
 帽子の影からそれを捉えると同時に、魔理沙は首を横へ大きく逸らしていた。

 「うぉおぉ!?」

 光の中、亜音速で顔の横を通り抜けて行く銀色の矢。
 弾けたのは、魔理沙のマスタースパークの方だった。

 「っ、っ……くっ、そぉおぉぉ……!!」

 矢を避けた拍子に魔理沙はバランスを崩して、乱気流に飲まれた。
 荒ぶる疾風に揉まれ、視界がグルグルと回る。
 光と風の暴風は暫しの間止まず、周囲を掻き乱す。
 竹林は唸り撓り折れそうなほどに軋みを上げ揺れ。花は散り、動物達は物陰へと姿を消す。
 永遠亭は凄まじい嵐にガタガタと震え、窓は割れ、遂には屋根が吹き飛んでいた。



* * * * *


 「おーい……おい、生きてるか? おーい」
 「っ、ぅ……うぁ?」

 呼ぶ声におぼろげだった意識がゆっくりと浮上して行く。
 ぼやけた視界が明瞭になるにつれ、己の瞳に映っている景色がハッキリと脳みそへ伝わっていく。
 どうやら自分は仰向けになって寝転がっているらしい。そう緩慢に理解する。
 空の蒼がよく見えて、雲がのんびりと泳いでいた。

 「気が付いたみたいだな」

 そして、自分の事を心配そうに見下ろしていた白髪の少女が誰かも理解する。蓬莱人、藤原妹紅だ。
 妹紅の背には紅蓮に燃え盛る鳥のような翼が一対。
 きらきらと零れる金色の火の粉と、激しく燃える焔のオレンジと赤。空の蒼に映えて、魔理沙は「おー。きれーだぁー」と暢気に思った。

 「もこーじゃないか。なんだぁ、そんな羽なんてはやして……なんかあったかぁ?」
 「あのなぁ」

 妹紅はまだ脳みそがぼんやりしているらしい魔理沙に呆れた顔をする。
 そんなやり取りをしていると「魔理沙、起きた?」と涼やかな声が妹紅の後方から届いて、その人が顔を出した。
 長い黒髪が、その人の挙動に合わせてさらさらと流れるように揺れる。
 いつ見て思うが、そのさらさら感や滑らかさ、マジで天子の輪っかかと思える程に見事なキューティクルは、どっかのシャンプーのCMに出てきそうなくらいに綺麗で。んでもって、超美形の美少女という奴なんだから、神様というやつは意地が悪い。
 幻想郷の神は意地悪の前にテキトーな奴らばっかりだが。

 「んぁ? 輝夜じゃんか。どうしたぁー?」
 「……大丈夫?」
 「ダメみたいだな」

 魔理沙のダメダメな様子に、妹紅と輝夜は目を合わせて肩を竦めた。

 「頭でも打ったの?」
 「かもな。でっかいタンコブあるし」

 妹紅はそう言って、魔理沙の頭、脳天よりやや後頭部にずれた位置を指差す。
 そこには漫画みたいに膨らんでいる大きなタンコブがあり、輝夜は「いたそう」と感想めいたものを小さく零した。

 「これ以上バカになってどうするのかしら?」
 「どっかのバカ妖精とは楽しく遊べそうだな」

 魔理沙は良い意味でバカだが、どっかのバカ妖精とやらは純粋な意味でバカである。
 というのは置いておいて、結構酷い事を言っている二人だったが、その言葉にも魔理沙は突っ込めずに、ただぼへーとしたまま。
 そんなところに、もう一人が会話に加わった。

 「バカは死んでも直らないっていうけれど、これじゃあ話にならないわね」

 白銀色の長い髪を背で緩く一つに纏めた女性。竹林の名医師と評判の、しかし実はヤブ医者というおかしな人物。
 竹林の奥で診療所を開く薬師、八意永琳てんてーである。
 そんな永琳てんてーが「てゐ」と、短く名を呼ぶと、

 「ほいっ。八意印のちょぉ~効く気付け薬、いっちょう!」

 頭に垂れた兎の耳を生やした小柄な影がひょいっと魔理沙の傍へ躍り出た。
 てゐは何やら怪しげな液体が入った小瓶を手に持っており、その蓋をきゅっと開けて魔理沙の口へと徐に突っ込んだ。
 そうして、躊躇いもなく中身を流し込む。

 「おい、それ……」

 その実態を知っているのか、妹紅は至極嫌そうな顔をして体を横へ傾げててゐから距離を稼ぐ。
 輝夜も「あーぁ」と何処か気の毒そうに魔理沙の様子を見守っている。
 謎の液体を流し込まれるが、ぼんやりダメダメな思考状態の魔理沙は反射的に飲み込むしかない。
 ゴクンッと喉が鳴る音が微かにして、輝夜と妹紅は眉を顰めてそっと自分の耳を両手で塞いだ。
 てゐは「にしし」と何処か楽しそうにほくそ笑んで脱兎のごとく魔理沙より離れて輝夜の後ろへ逃げ込んで、垂れた自分の耳をぎゅむっと押さえる。
 永琳は腕組みをしたままだた事態を静観して。
 そして。


 「ぐぎゃゃああああぁぁああぁぁぁああ!?」


 大きな大きな悲鳴が迸った。

 「ううぇえええぇ!? な、なん、なんだよっ、これぇええぇ!? げほっぐうぇっ! まずっまずってかにげぇええぇええええぇありえねぇええぇええぇぇえええぇぁあああうぉおおおおぉぁあああぁぁぁぁ」

 竹林中に駆け巡る、魔理沙の奇声めいた悲鳴みたいな雄叫びのような叫び声。
 魔理沙は盛大で悲痛そうな声を上げながら、超高速悶絶ローリング。グルグル転がって、ついでに鯉のように跳ねたりし、挙句の果てには四回転半ジャンプを華麗に決める。だが着地は上手くいかずに惜しくも獲得した点数は低く、優勝とはならなかった。別になんの選手権もしていないが。
 ビリビリビリと大気を震わせる魔理沙の大声。
 その小柄な体のどっからそんな声量が出るのかという甲高く耳にキンキンと谺する声に、輝夜は耳を塞ぐのに加え、ぎゅっと目を瞑って耐える。
 妹紅も同じような感じだったが、本能によるものか、それともドサクサに紛れてか。何故だか自然と輝夜を胸へと抱き寄せ、寄り添う形で耐えていた。
 ちなみにてゐは耳をぎゅっぎゅっと押さえて輝夜のスカートの中に潜って蹲っていたりして、ついでに永琳はメチャクチャ不機嫌な顔で腕組みしたまま不動を貫いている。永琳マジぱねぇ。

 「にげぇ!」とか「口の中が死ぬぅ!」とか「ありえないんだぜぇ!!」とか「ってか頭チョーいたいんですけどぉ!?」とかと迸り続ける魔理沙の悲鳴。
 それは三分経っても止まず、遂にあの人がプッチンした。
 誰って、そんなもん腕組みをして平然そうにしていた八意様である。
 超高速門前ローリングしている魔理沙。
 その素早い動きは坂道を転がる鞠のようであるにも関わらず、永琳は腕を伸ばしてその胸倉を一発で掴み上げた。

 「あぐ、ぐぐっ、ぐぇ」

 胸倉を捕まれて、永琳の視線上まで持ち上げられる魔理沙。
 足はぷらんぷらんと宙を彷徨うが、涙を零す魔理沙の滲む視界に、しっかりと映る永琳の顔。

 「うるさい。黙りなさい」

 どんな顔って、そんなん青筋を浮かせて眉を怒らせた氷像みたいな顔である
 。銀色の瞳には凍て付く光。それは冬の湖よりも、北風が踊る夜空よりも冷たい光で。誰もが死に絶えるしかない絶対零度の白銀世界を思わせた。
 そんな瞳の色合いに、魔理沙の背筋は凍り、全身が萎縮して強張った。

 「ふ、ふぁい」

 口の中が苦くて死にそうだとか思ってられる余裕なんてない。従わなければ死んでしまう。いや、マジで。と、魔理沙のゴーストが訴える。
 魔理沙は小さく、しかし何度もコクコクと首を縦にシェイキングしつつ情けない声で返事を一つ、二つ、三つ。
 永琳はその返事を認めると、まるで何かを捨てるかのように手を離した。
 ポイッちょっ。と、打ち捨てられた魔理沙は、地面にどかっと尻餅をついて、カタカタと震えながら項垂れた。

 「うぇぇっ……ひっく……ぐずっ、ぅっうっ……」

 そうして、そのままぐずぐずと泣き始める。
 口の中はあんまりな苦さに襲われているし、分かんないけれど頭は痛いし、ケツも痛いし、永琳こわいし。
 これで泣くなという方が無理な話。だがしゃくり上げる声もウザったかったのか、魔理沙はギロリと永琳に睨まれてしまっていた。

 「うぐっ!」

 ぴたっと動きを止まる魔理沙。だがそれも一瞬。涙
 は更に溢れて止まらなくなり、ついでに鼻水も止まらなくなって顔は色々な汁でグチャグチャになっていった。

 「もぉ、永琳……」

 本気で鬼よりも怖い顔をしている永琳に、しかし恐れた様子なく声を掛ける姫様、一人。
 輝夜は永琳と魔理沙の間に割って入り、若干怒った顔で永琳を見上げた。

 「子供には優しくしなきゃダメでしょう?」
 「ガキは嫌いよ」
 「知ってる。でも診療中は優しくしてるじゃない?」
 「営業時間外に仕事するもの嫌い」
 「あのねぇ……」

 輝夜は溜息を吐いて、「でも、それじゃあダメ」と、永琳の鼻先をぴんっと指先で弾いた。「いたっ」と呟いて、少ししょんぼりした顔をする永琳。
 それはまるで、叱られた子供みたいな表情だったが、直ぐにむすっとした顔になって輝夜から顔を逸らした。

 「拗ねちまったな」

 魔理沙の傍にしゃがみ込んでいる(というか、ヤンキー座り。なんだか超似合う)妹紅が、ぼそっと言う。
 輝夜は苦笑しながら永琳に背を向けて魔理沙の方へと体を向けた。両手を太腿の裏から膝裏へとすっと下ろして長いスカートが邪魔にならぬようにと魔理沙の前にしゃがむ。
 えぐえぐと泣きじゃくる魔理沙の、涙と鼻水と脂汗と冷や汗でグチャグチャになっている顔を見て、また苦笑を零した。

 「うっ、うっ……えーりん、こわいんだぜ……」
 「ゴメンね? 永琳、ゴキゲン斜めだから」

 よしよしと、魔理沙の頭を撫でる輝夜。その華奢な手は、たんこぶが痛まないように優しく動いて、魔理沙の乱れたふわふわの髪の中に潜る。
 幼子にするような撫で方だったが、魔理沙は「お前の手、冷たくて気持ちぃーぜ」と言って、少しだけ涙の勢いを弱めた。
 その後ろで永琳が更にむすぅっとした顔で二人のやり取りを睨むように見ていたが、魔理沙がその視線に気付く前に、妹紅はタオルを取り出して魔理沙のグジョグジョの顔を乱暴に拭いた。

 「うわっ、きたねっ」

 タオルを離すと、鼻水がでろーんと布地にくっ付いてきた。
 紅は笑いながらタオルを折り返してもう一度吹いてやる。
 輝夜も「しょうがないわねぇ」なんて笑いながら、懐からポケットティッシュを取り出して、魔理沙の鼻先に当てた。

 「はい、ちーん」
 「ふんがっ」

 じゅびじゅびと勢いよく鼻をかむ魔理沙。
 ティッシュを変えて二、三度ほどそれを繰り返して、大分スッキリした顔になった。

 「はい。じゃあ口直し」
 「んむ?」

 そうしてから、仕上げとばかりに口の中にころりと入れられる。
 苦いばっかりだった口の中に飴玉ころり。
 ころころと舌先で転がすと、爽やかな甘酸っぱさが広がってきた。

 「レモン味。好き?」
 「ん」

 こくりと素直に頷いて、ころころ飴玉を転がす。
 そんなお子様全開な様子に、輝夜はただ微笑んでまた頭を撫でた。

 「ったく。世話のかかる奴だなぁ」

 漸く泣き止んだ子供の頬を、妹紅も笑いながらむにむにと軽く抓んだ。
 が、そんな微笑ましい三人の様子を睨むように見詰める銀色の眼が一対。

 「おい、どうすんだよ? すげぇ睨んで来てんぞ?」

 魔理沙は口の中の飴ちゃんに夢中で、目の前にある輝夜の綺麗な微笑みに隠されて気付いていないが、妹紅は背中に刺さるように感じる視線に、内心でヒヤヒヤしていた。

 「拗ねるとめんどうくせぇーぞ?」と付け加えて、ギリギリまで潜めた声で輝夜に相談を持ちかけるが、輝夜は「放っておけば?」とテキトーな回答をした。
 「永琳の機嫌なんて、あとで直してあげるわよ。心配いらない」
 「……ほっぺにちゅー以上は許さないからな」

 ちょっと眉根を寄せて「炭にするからな」と物騒な事を呟く妹紅。
 だが輝夜はくすりと笑って「はいはい」と極めて軽い返事をするだけだった。

 (うわぁ。口の中の飴ちゃんよりも、目の前のやり取りの方があめぇーんだぜ……)

 そんな二人を見て思う魔理沙さが、黙って飴を転がす事に専念した。
 魔理沙は大分平静を取り戻しつつあったが、それは同時に「おくすりにがいよえーりんこわいようぇーん!」と泣いてしまったという事実を明確に理解するという事であり。それはあんまりにも恥ずかしい事だったので、下手に口を出して、もし反論された時にそこら辺の事を突っつかれたら羞恥心で死んでしまうと思ったからだ。

 「機嫌は直ったかしら?」
 「お、おう。も、もう大丈夫なんだぜ!」

 目尻に残った涙を乱暴に袖口で拭って、にかっと笑って見せる。
 すると妹紅は「ほら。拾ってきてやったぞ」と言って、ちょっとヨレヨレになった三角帽子を頭にばふっと被せてくれた。

 「へへっ。ありがとな」

 色々な意味を含めて言い、照れた笑いを零しながら帽子の位置調整。
 完全復活した白黒魔法使いは、「よいせっ」と立ち上がって、衣服を軽く叩いて土埃を落とした。

 「それで? 用件は何なのかしら? まさか、何も無しに永遠亭を消し飛ばそうとしたわけじゃないわよね? 私の姫を危険に晒したわけじゃないわよね?」

 魔理沙の状態が回復するまで一応は待っていたらしい永琳から、刺々しい言葉を投げられる。
 どっかのメイド長が投擲するナイフよりも鋭いんじゃないかという視線でぎろっと睨まれて、魔理沙は「やっぱりこうぇぇ」とたじろぐが、ぐっと唾(レモン味)を飲み込み、息を吸って胸を張った。俎板なんていっちゃいけない。

 「霊夢が監禁されたって聞いてなっ! それを提案したのはどっかの優秀な薬師って話じゃないか。どういうことか説明して貰うぜ!!」
 「あぁ、その事……」

 イラぁっとしているのが、傍目にも分かる。『えーりんの イライラしすうが ぐーんと あがった』というテロップを入れたくなるような感じで、見るからに顔が険しくなっている。
 魔理沙が「しまったっ! 地雷か!?」と内心で叫び声を上げたと同時に、

 「魔理沙、それ地雷だぞ」

 と、隣に佇む妹紅から肯定の言葉。
 「ぐぇっ!?」と焦ると、今度は輝夜からコソコソと耳打ちされた。

 「あのね、その事について朝から慧音と喧嘩しちゃったのよ。だからゴキゲン斜めなの」
 「なぬっ!?」

 つまり、この案について異議を唱えていたのは自分以外にもいたという事で。
 それは喜ばしい事かもしれなかったが、今は全然有り難いと思えなかった。

 (ってか……永琳と慧音ってそんなに仲良かったのか?)

 この「姫の為ならば死ねるっ!」と素で言っちゃうような、いや、現に態度と言葉で公言しちゃっているような奴なのだが……それがどういう経緯で半獣と仲良くするようになったのか。そこらへんの事は知らないが、たまに宴会の端っこでちょっとイチャイチャしているのも見た事があるような気がする。
 その時は「あいつらって意外に仲良いんだなぁ~」とか思うだけで、でも酒が入った故に見えた幻だとか思ったりして。

 (も、もしかして慧音にも春が……? くそっ。そうだったのか……春来てたんだなぁ、あんな堅物にも……くっ、うらやましいぜ……)

 くそぉっ、祝ってやるんだからな! 後で赤と白の毒キノコ持ってってやるってんだ! おめでとー!! つーか、なんだかんだいって幻想郷は常春じゃないかっ! 春が来てないのは私のトコだけなんじゃないのか!?

 とか、なんて暢気に心の中で叫んでいる場合じゃない。だってつまり、今目の前に居るのは仲良し(恋仲?)な相手と喧嘩しちゃって最高にご機嫌が悪い超ドSな薬師というわけで。そりゃあ渾身のマスパだって弾かれるに決まってる。ついでに苦い薬だって飲まされちゃうに決まってる。

 (マスパ打つんじゃなくて、普通に玄関から殴り込めば良かったんだぜ……)

 そう思うが、それもそれで自殺行為だったと考えを改める。
 張り手一発でノックアウト。もしくはダーツの的、ならぬメスの的となっていたに違いない。
 そもそも、永琳に喧嘩を売った時点で間違いだったのである。
 密かに冷や汗を流す魔理沙に「お前って奴はほんとに命知らずだな」と、妹紅がぼそりと呟く。
 妹紅に言われたくないと一瞬思ったが、妹紅だって永琳の凶悪さを身を持って知っている人物である。
 だからこそ妹紅の言葉はズシリとした重みを持って折れ掛ける心に重圧を加えてきた。ただの追い討ちだった。
 だがしかし、もうここまで来ちゃってるので、逃げるなんて事も壮絶にカッコ悪いような気がしてならない。
 魔理沙は震えないように下っ腹へと力を込めて、ビシッと人差し指を突きつけた。

 「どっ、どういうつもりだっ! 幾らなんでも酷いんじゃないか!?」

 ヤバイ。えーりんこわい。ちょーこわい。
 と、心の中で生まれたての小鹿のようになっていても、魔理沙はビシッと質問する。
 すると永琳は、魔理沙に気圧された……わけでは勿論なく、ただ単に話してしまった方が面倒事は減ると判断した為、大きな溜息を吐いて「しょうがないでしょう?」とものっそい面倒臭そうに言葉を切り出した。

 「今年も去年のように博麗の巫女が暴れたらどうする? って、皆不安がるんだもの。早く帰って姫におかえりのちゅーして貰いたいのに、会議は行き詰りまくりで。だから『いっそ監禁したら?』って言ってやったのよ。冗談のつもりだったから半笑いでね。だけど、もうそれ以外ないんじゃないかって流れになって。そりゃあ白蓮とか神奈子なんかは反対したわよ? それはあんまりなんじゃないかって。でも監禁するにしても、あの巫女が素直に大人しくしてるわけもないし……だから『そういう試練』って事にして便宜上監禁って呼ぶことにしたわけ。実際には三食昼寝付きプラスおやつ、場合によっては夜食も有りっていう高待遇の軟禁もどきよ」

 そんな屁理屈、じゃなくて説明を加えつつ永琳は、要約すると巫女様の様子見って事になると付け加えた。

 「よ、様子見だぁ?」
 「そうよ」

 魔理沙の訝しげな様子に、永琳は髪の毛を弄りながらテキトーに頷き、最後に、

 「その後、監禁内容の詳細を決めて、それでめでたく議決。会議は無事に終わって私はハッピー。これで冬は皆安全に過ごせるから皆もハッピー。ほら、ハッピーエンドでしょう?」

 とかなんとか言って言葉を切った。

 「それのどこがハッピーなんだよ! ポッピーの間違いだろ!?」

 お前はアホかっ!?
 と、魔理沙は言いそうになるが、そこは頑張って飲み込んだ。
 ついでに「おかえりのちゅーとか、おまっ!」とか「慧音はどうした!?」という突っ込みも一緒に飲み込んだ。

 「他にも案はあっただろ!? お前天才なんだろっ!?」
 「えぇ。勿論色々あったわよ。寂しくないように八雲紫写真集を作るとか、よく眠れるように八雲紫抱き枕を作るとか、いつでも声を聞けるように八雲紫ボイス集を作るとか。個人的に最有力候補だったのは、いっそ八雲紫に冬の間中起きてて貰う。いっそ八雲紫の冬眠先を博麗神社にする。もういっそ八雲紫を博麗神社に地下に一生監禁する。っていう案だったんだけど……」
 「なんだそのグッズは!? ただの罪袋ホイホイだろそれっ! ってか、一番最後不穏過ぎるだろ! お前らは紫をなんだと思ってんだ!? こんなの聞いたら紫の奴ぜったい泣くぜ!?」
 「勿論、全て九尾の狐に却下されたわ。猛烈な勢いでね。グッズ製作に関しては一部から『欲しい』って声があったけれど」
 「いるのかそれ!? 欲しいのかそんなもん!?」
 「そうね。ナマが一番よね」
 「カタカナにするなぁ!!」

 いい加減突っ込みつかれてきた魔理沙。
 幻想郷はこういうフリーダム過ぎる脳みその持ち主が多くて困るんだぜ。と、内心で毒づく。勿論、その脳みその持ち主に自分が入っているという事については亜音速で目を逸らしておいた。

 「まぁ、スキマ妖怪がどうなろうが博麗の巫女がどうなろうが私には関係ないわ。ついでに幻想郷がどうなろうとも関係ない。大事なのは姫の心身の健康と安否のみ」
 「ほんっっっとにジコチューだなお前っ!」
 「違うわよ。ヒメチューよ」
 「もう黙れ月の煩悩!」

 力の限り叫び、ぜぇぜぇと息を切らす魔理沙。
 そんな魔理沙の肩を、従者の愛が重すぎていつか潰れるんじゃないかと思われる姫が「まぁまぁ」と苦笑しながらポンと叩いた。

 「監禁って物騒な言葉を使っているけれど、永琳の言った通り実際は大した事ないのよ。巫女も去年の事についてはそれなりに反省しているみたいだし」
 「そうそう。場所も紅魔館だしな」

 反対側の肩を妹紅がポンと叩いて「まぁ、そんなに怒んなよ」と魔理沙を宥める。
 思えば、義理と人情になかなか厚い妹紅が騒がずにこんなにも落ち着いているのも、多分そういう話を聞いて幾らか安心しているからか。と、魔理沙は今更ながらに理解した。

 「……ふんっ」

 ちょっと感情的になり過ぎたぜ……と、気恥ずかしくなって、頬を膨らませながらぷいっとソッポを向く。でも、その口からはそれ以上の反論は出てこなかった。
 永琳は魔理沙が口を閉ざしたのを、話は終わったのだと解釈して踵を返した。
 その後ろに今まで何処にいたんだというてゐがひょっこり現れて付いて行く。
 妹紅も「じゃあ片付けやるな」と輝夜に声を掛け、魔理沙の頭を軽くポンと叩いて駆け足で傍から離れて行った。

 「片付け?」
 「……もしかして気付いてないの?」

 首を傾げる魔理沙に、輝夜も小首を傾げる。
 そんなところで、魔理沙はざっと視線を周囲に走らせて理解した。

 「な゛、なんじゃこりゃぁ!?」

 魔理沙は思わず、戸惑いと驚きにどもった声を上げる。
 永遠亭はしっちゃかめっちゃかになっていた。
 まあるい窓はひしゃげて割れ、畳はひっくり返っておかしな所へ飛んでおり、襖はあるべきところにあらず壁に食い込んでいて、あらぬ事に屋根が全部無い。まるで巨人かなんかが引っ掴んで剥がしてしまったかのようにない。
 扉という扉も、全部ぶっ飛んでいて、雨風に対する耐性ゼロパーセント。寧ろマイナスだった。

 「さっき、突然と嵐が巻き起こって。それで、ね」
 「あ、ぅ……そ、そうか……」

 輝夜と視線を合わせ辛い。合わせ辛いからふらふらと彷徨ってしまうが、そんな不安定な視界に、ボロボロになった永遠亭を前に手を付き膝を付いてガックリと項垂れる兎耳の少女、鈴仙が「永遠亭が……私達のお家が……」と悲壮感全開で呟いている姿が飛び込んで来て、更に居た堪れなくなった。

 「今年は壊されずに済むと思ったけれど……まさかあなたに破壊されるなんて……」

 別に皮肉ではなく、ただ事実を述べただけの呟きだったのだろう。
 だが、そんな輝夜の言葉は魔理沙の心に深く突き刺さった。

 「す、すまん……頭に血が上ってて……」

 帽子を引っ張って目許を隠しながら俯く。
 隣にいる非常に寛大なお姫様は「まぁ、そういうこともあるわね」と軽やかに笑っていた。

 「幸いまだ冬本番じゃないし。急いで修繕……じゃなくて、建て直し? すればなんとかなるんじゃない?」

 瓦礫や割れたガラス、拉げた枠とか破けた襖や障子。
 家の中に台風が潜入したんじゃないかというように荒れている我が家。その片付けに勤しむ、永琳と妹紅と鈴仙とてゐの姿を、姫様はただのんびりと眺めていた。

 「ほんとに悪かった! 私も手伝うぜ!!」
 「あぁ、いいわよ。こんな被害が出たのは永琳の所為なんだから。結界でも張って防衛に徹してれば、花瓶一つ壊れたくらいで済んだものを……それをわざわざ迎え撃つんだもの。詰まるところ、八つ当たりってやつね。それに、本を正せばやっぱり原因は永琳でしょう?」

 だから気にしなくていいわ。と微笑む輝夜。
 その笑みにちょっとだけ心が軽くなって、魔理沙は肩を軽く竦めた。

 「手伝わなくて良いから、私の話し相手になってくれる?」
 「ん? お前は片付けしないのか?」
 「料理人は手が命。それにこれでも姫様よ? 危険な作業はさせて貰えないの」

 適材適所よ。と、ひらひらと手を振って輝夜はその場から少し移動する。手出し無用と賜った魔理沙も、その後にくっ付いていく。
 もともとあったのか。それともわざわざそういう風に置いておいたのか。大きな切り株と、小さな切り株が置いてある所まで来ると、輝夜はその小さい方の切り株に腰掛けて、魔理沙を手招いた。
 どうやら、ちっちゃい方が椅子で、おっきい方がテーブルらしい。まるで不思議の国のアリスに出てきそうなセットに、魔理沙はちょっと笑って腰を掛けた。

 「残念ながらお茶とクッキーはないけれど。まぁ、飴玉で我慢して」
 「構わないさ、お姫様」

 くすくすと二人で笑い合う。
 輝夜は袖の中から飴玉をころころと何個か取り出して、切り株のテーブルに転がした。
 魔理沙は早速、オレンジ色の包みの飴玉に手を伸ばして口に放り入れる。外見に違わず、味はオレンジ味。
 口の中でコロコロと転がしていると、輝夜が口を開いた。

 「それにしても、あなたは相当なお人好しね。去年は魔理沙だって結構酷い目に遭っているのに」
 「まぁ~な~。確かに家も壊されたし、フルボッコにされたし……いや、ボッコにされるのはいつもの事だが……マジひでぇーってそりゃ思ったけど。実はそんなに気にしてないんだよな、これが。霊夢だから仕方ないか、ってくらいだぜ」

 飴玉を口の中でころころと転がしながらサバサバした態度で言う魔理沙。
 その「霊夢だから仕方ない」という言葉に輝夜は「ふふっ」と小さく笑って「その意見には同意するわ」と頷いた。

 「あいつとはそれなりに長い付き合いで……まっ、ただの腐れ縁ってやつなんだがな。でも、腐れ縁には腐れ縁なりの仲ってもんがあるだろ? だから去年の事は原因が原因だけに、ちょっと同情しちまうというか……寂しすぎて八つ当たりとかさ、あいつにしては随分と可愛いらしぃ~理由だぜ」
 「そういう風に言えば聞こえは良いけれどね?」

 苦笑する輝夜に、魔理沙も苦笑する。
 壊れた永遠亭の方では柱が倒れてきたとかなんとかで大騒ぎしていた。

 「それにあれだ。反抗期ってやつが運悪く重なったんじゃないか? 今までそういうもんが無かったから一気にきたって感じだが」
 「あー」

 輝夜は魔理沙の推測に、去年の暴●ん坊将軍もビックリな暴れ具合を今一度思い出す。

 「何回リザレクションをしたかしらね?」と呟くと、魔理沙は「ほんと恐ろしい奴だぜ」とケタケタと笑った。
 「でも、反抗期にしても……」
 「なんだ。お前は覚えがないのか? もしくは遠い昔の事過ぎて忘れたか?」
 「ん~」

 輝夜は視線を遠くに向ける。
 どうやら遥かる記憶を辿っているようで、その眼差しは彼方遠くを飛んでいた。

 「…………」
 「……ん?」
 「…………」
 「お、おい……」
 「…………」
 「おーい? 輝夜さぁ~ん?」

 魔理沙の呼び掛けを無視すること数回。
 暫しの無言の後に、輝夜は視線を斜め下に向け、口許に自嘲的な笑みを微かに浮かべた。

 「な、なんなんだぜ?」
 「いえ、ね……人間の反抗期なんて可愛いものよね」
 「……お前、一体どんな反抗期だったんだよ?」

 少々辟易した様子になる魔理沙。
 輝夜は開き直ったのか、妙ににこっとした笑みを浮かべて「一国を揺るがす程度」と答えた。

 「あー、うん。そうか。お前も色々あんだな……」
 「聞かないで。長くなるから」
 「聞くかっ、んな恐ろしい思い出話!」

 魔理沙は大袈裟に肩を竦めるが、「あ、でもさ」と言葉を区切り、テーブルに突っ伏す寸前のような体勢で輝夜へ顔を寄せた。輝夜は「なに?」という顔をして、魔理沙と同じような体勢になって顔を寄せる。

 「永琳にも反抗期ってあったのかな?」
 「……どうかしら? 聞いたことないけれど……」

 テーブルの真ん中で顔を寄せ合い、聞こえるか聞こえないか程度にまで声のボリュームを下げ、口許に手を添えてひそひそと言葉を紡ぐ二人。
 片付けの合間合間に二人の様子を伺っていた妹紅がそれに気付いて「ちょっとくっ付きすぎじゃね?」と、ちょっとモヤモヤしていたなんていうのはまた別の話なので、今は割愛。

 「ちょっと興味あるが、調べるには勇気が足りないぜ?」

 「私はヒーローじゃなくて名脇役だからな」との魔理沙の軽口は軽く無視しつつ「そうねぇ」と頷く輝夜。輝夜のスルースキルは月でも右に出るものはいない……というのは冗談である。

 「あの風神様辺りなら知っているかもしれないけれど……」
 「神奈子が? なんでまた……」
 「実は遠い親戚らしいのよね。確かめたわけじゃないから断言は出来ないけれど……」
 「マジか!? ひぇ~。世間って奴はやっぱ案外狭いんだなぁ~」
 「でも、知っていても教えてはくれないかも」
 「う~ん。やっぱ企業秘密ってやつか……」
 「そうじゃなくて……あの神様、永琳のことを凄く怖がってるというか、苦手そうな感じなのよ」
 「へぇ~、意外だぜ。あの大胆不敵っぽい神奈子にも苦手なもんってのがあんだな」
 「そこは人も妖も神も一緒って事ね。でね、私が思うに……永琳の反抗期って、きっと天照大神も手を焼く程度には凄かったんじゃないかなって思うのよね……」
 「ぐぇぇ……ますます勇気が足りないぜ……」

 えーりんマジ怖い。ってか、月人の反抗期ぱねぇ。
 とかなんとか、また少し怯える魔理沙に、輝夜は面白そうにくすくすと笑った。
 輝夜はまた魔理沙の口に飴玉を放り入れてご機嫌を整えてやりながら、「触らぬ神に祟り無しね」と話を締め括る。
 魔理沙もそれには大いに同意し、「話が脱線しちまったぜ」と顔を離して、また元の姿勢に戻り、切り株に座り直した。

 「で、何の話だったんだ?」
 「霊夢の反抗期」
 「あぁ、それだそれ」
 「今思ったけれど、魔理沙の反抗期は終わったの?」
 「いや、これからだろ」
 「……ところ構わずマスパ連射というのだけはやめて欲しいわね」

 我が家をぶち壊されたばかりの姫様が顰めっ面を作る。
 それに魔理沙は「は、ははっ」と乾いた笑みでどうにかやり過ごす事に成功した。

 「ま、大目に見てやってくれ」
 「……どっちの事?」
 「そりゃどっちもだぜ」
 「我侭な上に欲張りね」
 「お子様だからな」
 「ふぅん。都合の良い時だけお子様なのね?」
 「ぐっ……」

 言葉に詰まる魔理沙。輝夜は愉快そうくすくすと笑った。
 永遠亭の方ではイラついているらしい永琳が、今にも倒れそうな柱へミドルキックを入れて八つ当たりをしており、その所為で壁がグラグラと揺れて、鈴仙が「ぎゃぁあぁ!? 何やってるんですか師匠ぉぉ!?」と叫んでいる。
 本人達は全然楽しそうじゃないのに、魔理沙は「楽しそうだなぁ」という勝手な感想を抱きながら、「言った事は無いんだけどさ」と、ポツリと言葉を漏らした。

 「うん?」

 なんとなく、だけど確かに優しげに。
 そんな態度で耳を傾けてくる月の姫様。魔理沙は、今はその寛大さにちょっとだけ甘えちゃおうかななんて思って、照れ臭そうに胸の内を言葉にしてみた。

 「その、なんだ。これでも魔理沙さんは紫に感謝してるって話だぜ」
 「感謝……なんて、あのスキマ妖怪には酷く似合わない言葉ね?」
 「ぷっ、くく……確かになっ。でも……そんな紫がさ、霊夢の事をすごい大切にしてんのは分かるんだ。だってあいつ……変わったからな」

 舐めて小さくなった飴玉を最後ガリッと噛み砕いて飲み込むと、今度は赤い色の包みに手を伸ばす。
 口の放り入れてみると、中身は予想通りの苺味。
 魔理沙は飴玉を口の中でコロコロと絶えず転がしながら続ける。

 「霊夢ってさ、基本的に何事に対しても無頓着だろ? 今も割かしそうだけどさ。もうちょっと昔はもっと色々な事に執着ってもんがなくてだな。あろうことか自分に対してもあんまなくて……そうだな、例えば怪我したりしても特に手当てをしないだとか。三食の食事は摂っても栄養には気を遣わなかったし、下手すれば食事全部お新香とご飯だけとか、煎餅とお茶だけとか。腹が膨れればいいやって感じでさ」

 「しかも『いくら食っても太らない体質だから平気よ』とか抜かしやがるんだぜ?」と付け加えつつ、ぎゃーぎゃー騒ぎながら永遠亭の片づけをしている四人の様子を眺める。
 妹紅が崩れてきた壁に埋まり、それを永琳が鼻先で笑って、しかし助けず。てゐは危ないなぁーと言って近付く事もせず、鈴仙はあわあわと慌てて瓦礫に躓いて転び、ぐじぐじと泣いていた。

 「感情はあったし、喜怒哀楽もそれなりだったが……どれも一過性のもんで、薄っぺらいし。もっと怒ればいいのとか、もっと悲しんだっていいのにとか。もっと喜んだらどうだとか……なんつーか、ほんと表面だけしか揺らがないというか……」

 頬杖を付いて、口の中で飴玉をコロコロ転がす。
 少し昔の事を思い出しているのか、魔理沙の視線は少し遠くの方を彷徨っていた。

 「水面は揺らぐんだ。でも波は立たない。渦も巻かない。真ん中っていうか、芯っていうか……そういうトコには何も、誰も届かないんじゃないかって……そんな感じだったぜ。上手く言えないけどな」

 博麗の巫女だからこその性(さが)なのか。それとも元からそういう心の仕組みをしているのか。
 そう理解は出来たとしても、納得は出来ないと、魔理沙は飴玉を転がしながら呟く。
 輝夜はその言葉に「そうね」と静かに同意した。

 「長い時を生き、精神が磨耗した故の無感情さ、無関心さ、無機質さ……諦観。そういうものならば私達も持っているけれど、あの巫女の場合は少し違うわね」
 「だよなぁ~」

 二人して崩壊した永遠亭を奮闘する四人を見守る。
 「なんかこっちの方から凄い稲光みたいなのと轟音がしてきたようなんだが、みんな無事か!?」と人里で寺子屋の教師なんてものやっている半獣が血相変えて現れ、永遠亭の凄惨な状態を見て「ぎゃぁーす!?」と叫んでいた。

 「だけどさ」

 ぼんやり遠くを見ていた視線が戻ってくる。
 その目は嬉しそうに笑っていた。

 「それが、今じゃあぁだぜ? 自分の感情に振り回されて、回りも巻き込んで駄々こねてさ。人間らしくなっちっまってさぁ~」

 言葉の割りには、唇の端を上げて笑っている魔理沙。
 輝夜も、そんな友人思いの魔理沙に「本当にお人好しね」と笑った。

 「どんな魔法を使ったのかは知らんが、あのイケ好かない妖怪は博麗の巫女をただの『女の子』ってやつにに変えちまったんだ。あー、別にな、ふわふわしてるアイツも嫌いじゃなかったんだぜ? 昔から人間離れしてたし、霊夢はどっか違う次元で生きてんだろくらいに思ってたしな」

 自分の事のように友達の事を語る魔理沙を、輝夜はただその様子を微笑んで見守る。
 その視線は姉のようであり、母のようでもあって。
 だから魔理沙は心なしか安心しつつも、何処かちょっと照れて、時折「へへっ」と笑みを零してしまいながら続けた。

 「前だって楽しくなかったわけじゃないけど、やっぱ今の方がつるんでて張り合いがある気がするんだ。照れ臭いし、なんか恥ずかしいから、二人には絶対に言ってはやらないんだけどなっ」

 また照れ臭そうに笑いながら、鼻の頭を掻く。
 子供っぽい仕草をするのに、見た目もまだまだ子供っぽいのに、それでもきちんと友人の事を想っている魔法使い。
 輝夜は「素直じゃないわね」と苦笑して。「でもそんな素直じゃないところが可愛らしいわよ」と、まるで犬や猫にでもするように頭を撫でた。

 「ばっ、このやろっ! んな子供扱いすんなだぜ!」
 「お子様はお子様らしくしておくものよ。甘えられるうちに甘えておかないと、変な大人に育ってしまうもの」
 「なんだそれ、お前の事か?」
 「ふふっ。さぁ、どうかしらね?」

 だから、あなたは素敵な大人になって。と、輝夜は魔理沙を撫で繰り回す。
 永遠亭の方では、半獣が喧嘩していた事も忘れて薬師の安否を気にしつつ、片付けに参戦していた。薬師の機嫌は、そこでちょっとだけ良くなったらしい。


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