Coolier - 新生・東方創想話

片目を開いて

2011/03/01 01:20:37
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 静かだった。
 この世に存在するもの全てが無に還ってしまったかのような、その無すらもどこかへ無くしてしまったような、そんな静けさに包まれていた。
 数日前に訪れてきた人間たちの喧騒も、今では幻であったかのように微塵も感じられない。
 数多くいるペットたちも、今やどこかへと散り散りになって影も形も残してはいなかった。
 耳をすますことなく流れ込んでくる思考の波もなく、完全な静寂の中で、私は一人だった。
 何も聞こえてこない時、空間。
 そんな機会に乏しい私にとって、いまが何よりも心休まる時間であった。
 ソファーに身を沈め、この瞬間を存分に味わおうとした、その矢先。
 普段は気にもしない、扉が開く音が耳に届けられた。

ただいま

 それは果たして声なのか、あるいは音なのか、私は判断ができずにいた。
 空耳だと、最初から何も聞こえてはいなかったと思いこむことすら簡単そうである。
 そして、こんなことを思わせる存在を、私は一人だけ知っている。
 それほどまでに、彼女の言葉には重みがない。
 何も込められず、ただ無感情に、無感動に、無意識に喉を鳴らしているだけなのだ。
 とはいえ、気付いてしまったからには、それに応じないわけにもいかないのだろう。
 一応は私の妹で、家族なのだから。

おかえりなさい

 それでお終い。
 私は彼女とこれ以上の接触を求めない。
 心を閉ざして以来、何を考え、何を思っているのかがわからない妹。
 心を読むのがさとり妖怪のアイデンティティーであるのに、それが通用しないこいしは、私にとってこれ以上ないほど恐ろしい存在であった。

ねえ、お姉ちゃん

 珍しいことに、こいしはまだそこにいた。
 その場から動かずに、あまつさえ二の句を継いだのである。

なにかしら

 挨拶以外で言葉を交わしたのはいつぶりだろうか。
 そうは思っても、私に妹と会話をしているという実感がなかった。
 意志と意図を持たない彼女相手では、まるで彫刻に話しかけているようなものである。
 気付くと、こいしの気配が消えていた。
 かと思えば、すでに私の背後に佇んでいた。
 無意識に行動する彼女を捕らえることは、同じさとりであり、姉である私でも不可能である。
 もっとも、彼女はもうさとり妖怪とは呼べないだろうが。
 そして、私もまた、姉とは呼ばれないのだろう。

外でね、人間に会ってきたわ

 彼女の放浪癖は今に始まったことではなかった。
 無意識に行動する彼女は、誰にも意識されることはない。
 故に、先ほどのように誰にも気付かれることなく地底から出て、地上へと出掛けることが多々あった。
 私は何気なく振り返り、彼女の出で立ちを目にして驚いた。
 身につけた衣服は薄汚れ、いたるところが擦り切れて穴が開いている。
 焼け焦げたように黒くなったところもあれば、被っている帽子までもが破け、彼女の明るい毛髪が覗いていた。
 ただ事ではない。
 そうは思っても、私はどうしたのかと問いかけることが出来なかった。
 彼女に問いかけて、ちゃんとした答えが返ってくるかがわからなかった。
 なにより、傷つきながらも彼女は、微笑んでいたのである。

神社で、魔理沙っていう魔法使いの人間に会ったの

 笑みを浮かべたまま、こいしは続ける。
 彼女が口にした名前を聞いて、私は地底にやってきた白黒の少女を思い浮かべた。
 私のペットである、地獄烏のおくうが起こした異変を嗅ぎつけやってきた人間に違いない。
 そして神社とは、事の発端とされる神のいる神社を指しているのだろう。
 なぜそんなところへ行ったのか。
 なぜそこで、あの人間と出会い、そしてそんな姿になって笑っているのだろうか。
 さとり妖怪でありながら、それを知れないことをもどかしく思った。
 これだから、私は妹と接するのが苦手なのだ。
 私の思いなど知るはずもないこいしは、ただ淡々と、けれども、心なしか楽しげに話し始めた。
 私のペットが神の力を与えられて強くなったこと。
 それを聞き、自分のペットにも力を与えてもらおうとしたこと。
 いざ神社に着いたが、肝心の神が不在だったこと。
 そこに現れた魔法使いのこと。
 その魔法使いと弾幕ごっこをしたこと。
 負けたこと。
 その後にきた神のこと。
 人間と約束を交わしたこと。
 今に至ること。
 こんなに永い間、妹が何かを話しているのは見たことも聞いたこともなかった。
 それどころか、私がこんなにも一方的に話をさせることすら、初めてのことである。
 背後から流れてくるその声に、私は相づちを打つこともなく、こいしもまたそれを求めてはいないように、聞くだけと話すだけの時間が過ぎて行った。
 一通り話終え、こいしは一息いれるように言葉を切る。
 私もまた、いつしか閉じていた瞼を開き、視界に色を取り戻した。

あのね、お姉ちゃん

 こいしは言うべきかどうかと、思い悩んでいるようであった。
 心を閉ざして以来、こんな話し方をされたことが、今まであっただろうか。
 私は何も言わず、ただ黙って、こいしの言葉を待ち続けた。
 心が読めないのだから、こうしなければ、彼女の意思は伝わらない。

私、お茶会を開きたいの

 意を決したようにこいしは告げた。
 何かをやってみたい。
 そう言って、私に許可を求めるなど、本当に何時ぶりだろうか。
 これではまるで、昔に戻ったかのようである。

それでね、魔理沙を呼びたいの。魔理沙だけじゃなくて、魔理沙のお手伝いをしてた、人形使いの人も。あと、魔理沙のお友達に巫女さんがいるんだって。その人と、あともっと、いろんな人と仲良しなんだって。だから、魔理沙も人形使いの人も巫女さんも、みんなみんな呼んでみたいの。

 一度口にして気が楽になったのだろう。
 こいしは軽快に言葉を紡いでいくのを、私は相変わらず聞いているだけである。
 それでも、しっかりとこいしの想いを受け止め続けた。

こいし

 嬉しそうに、楽しそうに話をするこいしに、私はようやく声をかけることができた。
 ぴたりと、溜め続けていたモノを吐き出すように紡ぎ続けた言葉の羅列をこいしは止めた。

なんのために、ですか

 責めるような語調ではない。
 思ったことを思ったままに、その者の意思を答えさせるための口上。
 こいしの表情は見えないけれど、きっとこいしは、笑っているのだろう。
 誕生日を間近に控えた子供のように、その日がくるのを楽しみにして、笑みを浮かべていることだろう。

知りたいの。魔理沙のことも、そのお友達のことも、人間のことも、もっともっと知りたいの。こんなふうに思ったのはじめてで、それが嬉しくてしかたないの。もっと、もっといろんなことが知りたい。ねえ、お姉ちゃん。私ね、私

「もっと、みんなのことが見たいの」

 声が聞こえた。
 私の妹であり、大切な家族の声。
 いつからか忘れてしまっていたその声を、私は再び耳にした。
 ぽたりと、不意に滴がこぼれた。
 滲んだ視界を拭いながら振り返ると、こいしは驚いた表情を見せた。
 それも構わず私はこいしを見つめると、そんな私に応えるように、こいしもまた、私を見つめ返した。
 しばらく言葉はなく、心を読み合うこともできず、それでも確かな想いが、私とこいしの間を行き交わしていることがはっきりと感じられた。
 いつからだろうか。
 この子を傷つけたくないがために、接することに恐怖を抱き始めたのは。
 いつからだろうか。
 妹はもう、心を開くことないと、諦め始めたのは。
 いつからだろうか。
 こいしに対して、私自身が、心を閉ざし始めたのは。
 ようやく向かい合うことができたのは、こいしが変わったからだ。
 手を取り合うことを放棄した私と違い、こいしは自ら歩み始めていた。
 姉として。
 家族として。
 私は自分の身勝手さを恥ずかしく思った。
 心を閉ざした妹と、それから逃げていた私。
 互いに築いた望まれない関係。
 その関係を崩したこいし。
 それに気づかされた私。

「ただいま。お姉ちゃん」

 私に、姉と呼ばれる資格はないのだろう。
 それでも、こいしが私を姉と呼ぶのであれば。
 私はそれに応えなければならない。
 私はこいしの姉であり、この子の家族なのだから。

「おかえりなさい。こいし」
 
 
読んでいただきありがとうございます。
初投稿でした。

追記
たくさんのご意見、ご感想ありがとうございます。

>鈍狐様
ご報告感謝いたします。
訂正させていただきました。

>10様
ご指導いただきありがとうございます。
期待に応えられるよう精進いたします。

>コチドリ様
読み返したところ確かに違和感を感じました。
どのように修正するのが適切であるかの判断ができなかったため、ご指導いただいた通りに訂正させていただきました。
ありがとうございます。
月曜日
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コメント



0.1250簡易評価
7.70鈍狐削除
個人的にはそこそこ好きな部類。

誤字報告
>人間たちの謙遜
人間たちの喧騒

>静寂野中で
静寂の中で
9.90名前が無い程度の能力削除
ふむー……文章がいいですね、丁寧でリズムも考えられてる。
古明地姉妹という難しいキャラクタを初投稿で扱ってくれただけでも凄いんやな。
ただ正直この短さはまずいですね。終始さとりがこいしのことをどう思ってるか的な語りが普通のシチュエーションに乗ってるだけなので、読者にいろいろと感じてもらうには文量とかが足りない感じ。ストーリーに動きがないってのも全体の印象を薄めてる。これだと「へー、そう」とかで終わっちゃうかもですよ?
というわけで初投稿らしいのでちょっと思うところをあげてみました。次作も待ってますよ!
11.70ずわいがに削除
接し方がわからなかった相手と打ち解けていくってのはやはり良いもんですねぇ

初投稿ですか
これからまたたくさんの作品を書いて、東方への愛を一層深められると良いですね
頑張って下さい!
14.100奇声を発する程度の能力削除
とても良かったです。
これからも頑張ってください
20.90名前が無い程度の能力削除
素敵でした。
21.90コチドリ削除
初投稿おめでとうございます。

お互いを意識せず、そして感情が伴わなければその声は鼓膜を震わせない。
覚り姉妹に対する作者様の視点は、とても繊細、且つ秀逸であると私は感じます。
最後に二人の声が聞けて本当に良かった。

ところで作者様のお名前を拝見した時に受ける僅かなプレッシャー。
俺だけ? こんな感覚を覚えるの。
23.100名前が無い程度の能力削除
うわーい、よかったー。
今後も頑張ってください。楽しみにしてます。
27.90v削除
おお、おおお……。
丁寧な心の動き、そして今回の鍵カッコの使い方にじんわりとあったかく。
初投稿お疲れ様です! いつかまた次回作も期待させて下さい!
29.100名前が無い程度の能力削除
じんわりと、心に沁みました。
33.100tukai削除
最後のカギ括弧付きが良いアクセントになってますね。
良かったです。