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とととのお悩み相談ラジオ

2015/04/01 01:19:26
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「ってなんだよ。ふざけているのかぁ!」

 バン、とファイルを文卓に叩き付ける。
 「重要な話があるから」という皇子からの言伝に従い、講堂に集まった私たちの前に配られたのは、
『とととのお悩み相談ラジオ』企画書などというふざけた文字が躍る書類の束である。

「いいや、大真面目な話だよ」

 キリッと引き締まった顔でそうのたまう皇子ではあるが、それをそのまま鵜呑みにするのは馬鹿のやることだ。
 なにせ、最近の皇子はどこかおかしい。いや、おかしくはないのであるが、それでもやはりおかしい。

「マント羽織って大衆の前で愚かな遊戯に興じた時もそんな事を仰ってましたね」

 とりあえず唾でも吐き捨てたいところであったが、

「屠自古よ、あれはほれ、我々の偉大さを大衆に理解してもらうための――」
「それで? その結果大衆に徳が広まったとでも言うのか? 物部よ」
「それは……その、あまりうまくはいかなかったが……」

 雷光宿る視線を向けると、布都は所在なさげに言葉尻をすぼませてしまう。
 いや、正直布都を責めるつもりはないのだ。だがどうにも怨の字を背負う亡霊ゆえか意図せずして言葉がきつくなってしまうのである。
 布都はそう、確かに迂闊ではあるが根は真面目で純粋な娘なのだ。だから繰り返すが、布都を責めるつもりは一切ない。

「屠自古、一度の失敗をくどくど責めるのはよくないよ。頭を切り替えて次の作戦に移行しようじゃないか!」

 だが皇子よ、テメーは駄目だ。

 最近の皇子はどうにも頭の中がお花畑過ぎる。
 いや、私とてなにもかつての聖徳王の如くに振舞えといっているのではない。
 時代は変わったのだ。
 かつての時代にはかつての、そして今の時代には今に相応しき統治術があるだろう。それは理解している。
 このような平和ボケした里に甦った結果皇子が存在意義を喪失しかけ、己が在り方に思い悩んでしまうのも無理はない。

 だからって、頭が春の連中に合わせてこちらまで頭が春になってしまっては仕方が無いだろうに!

「で? 今度はあのあーぱー巫女を真似て異変解決でもやってみよう、っていうのですか?」
「屠自古は結論を急ぎすぎるね。ファイルの表紙をもう一度見やってごらん?」

 諌めるような視線に従って再度、文卓上のファイルに視線を落としてみると、

『とととのお悩み相談ラジオ』

「異変解決じゃあない。問題解決だよ」

 自信に満ちたしたり顔で、輪を描いて座す私たちを見回す皇子。

「さて諸君、私は一体誰だろう?」
「はーい、太子様」
「では芳香君、言ってみたまえ」
「君はラピュタ王なのだ」
「全然違う。聖徳王だ」

 ギロリ、と手を挙げて答えた芳香を睨みつける皇子。
 私からすればどっちも頭でっかちでプライドばっか高いという点では大差が無い気がするがね。
 とはいえ、このままでは話が進まないと判断したのだろうか? 青娥がハイと気だるそうに手を挙げて、

「十の言葉を同時に聞いて、適切な応答を返せる豊聡耳神子様であらせられるわね」
「流石だ青娥君。だが君が真面目に答えてくれるとなんか怖いね」
「ぶっちゃけ青娥は早く下らない会議をおわらせたいだけなのだ」
「あら芳香、そういうのは思っても口にしないのがこの国の作法よ」
「……私、そろそろ泣いてもいいかな」
「太子様、我がついておりますぞ!」
「ありがとう。私の味方はや」「安いメロドラマはそこで終わりにしてさっさと話を進めてください」

 こういったことで話を脱線させるから会議が長引くという好例がこれである。
 これを回避するためには流れをぶった切って話を元に戻す司会役が必要になってくる。つまり私のことだ。
 皇子が脹れようがそんなことは私の知ったこっちゃない。脱線する奴が悪いのだ。

「えー集中力が小学生並の君たちの為に――」
「「「「誰のせいだよ」かしら」ですか」なのか」
「足早に説明するとぉ! 市井のナマの悩みを聞いて、それに適切な答えを返しましょうという企画でぇす!!」

 半ばやけっぱちになって叫んだ皇子の言葉を吟味すれば、ふむ。
 その内容自体は為政者としてそう間違って――いや、正しい為政者の姿であると言ってもよいだろう。
 改めて、手元のファイルにパラパラと目を通してみる。

 悩みを収集する期間及び放送日時。
 お悩みポストや電波等の設置場所、各ご家庭への手回し式ラジオの配布。
 及びそれらを用意するのに掛かる費用と、費用対効果の試算等々。

 ……思ったよりも真面目に考えているんじゃないか。

「ど、どうかな、屠自古」

 私がファイルを手に取ったからだろう、恐々、といった面持ちで皇子が問いかけてくるが、

「……まあ、悪くないと思います」

 仕方なく正直にそう口にすると、途端に皇子の顔がぱっと華やいだ。

「そ、そうだろう!? 私だってたまにはまともな提案をするんだよ!」
「一応普段は駄目駄目だという自覚はあるんですね」
「そんなことはないぞ。普段だって企画段階では計画は万全なんだ。ただ民衆が全然私の思うように動かないのが悪いんだよ」
「それは残念ですね」
「ああ、そうとも。私が悪いんじゃないぞ」

 本当、なんと残念で哀れなお方だ。
 民衆を思い通りに動かせない時点で無能な為政者であると何故気付けぬのか。

 ……だが、まあいいか。今回の企画は役に立つ。
 民草がどのようなことを思い、悩み、苦労し、そして解決したいと思っているのか。
 それに正しく応え、答えてやれる輩などこの幻想郷では皇子以外には居るまいよ。

 そうとも。
 里人の動向に興味がない巫女にも。
 森で一人暮らしをする魔法使いにも。
 支配領域の拡大を封じられた地方貴族の悪魔にも。
 冥府の王であり、全てのしがらみから解放された亡霊にも。
 竹林の奥に引き篭もり、ただ負傷や病気の治療だけ人と関わる月人にも。
 平等と修行を訴えて妖怪を囲う、既に人をやめてしまった僧侶にも、一人を除いて誰にも不可能だ。

 この世でただ一人、皇子だけが。
 ただ皇子だけが人の欲望を正しく読み取り、適切な答えを返すことが出来る皇子だけがそれを成すことができる。
 そして民衆の悩みに直に触れることで皇子自身も過去と現代の齟齬を修正し、偉大な為政者への道を再び歩み出すことが出来るはずだ。

「協力してくれるね? 屠自古」

 さては私の欲を聞いたか。確信したような表情で問うてくる皇子に、頷きを返す。

「ええ。珍しく太子様がやる気を出されているわけですし、微力ながら」
「珍しく、は余計だよ。……さあ、屠自古。我々の手で里人たちの蒙を啓いていこうじゃないか!」

 「日出ずる処の」というに相応しき、愛と自身と威容に満ち満ちた笑顔。
 私こそが世界を正しく導くのだと、そう語ったかつての面影を再び宿した微笑。
 そう、この顔に、私は惚れ込んで。

 そして、ついていくとあの日に決めたのだから。




   ◆    ◆    ◆




「え? みんなの質問に答えるのは私じゃないよ?」
「「は?」」

 この日の為に人里にポストを設置し、お葉書にてお悩みを投稿する様に里全体に通達を発し。
 収録スタジオを設置してマイク、音響、アンテナと必要な設備を河童から調達して。
 付喪神に本日のOP,EDテーマまで用意させてさあ生放送直前という段階になって、である。

「パーソナリティは私じゃなくて布都。ナビゲーターが屠自古だってば」
「「はぁあ!?」」

 この野郎、この期に及んでこんなことをしれっと言いやがる。

「……ふざけないでください。『とととのお悩み相談ラジオ』でしょう?」
「そうだよ?」
「『と』よさ『と』みみのみこ『と』のお悩み相談ラジオではないのですか?」
「え? いや、ふ『ととと』じこのお悩み相談ラジオだけど」
「……」「……」

 布都と顔を見合わせると、ああ、布都よ。貴様はなんという間抜け面を晒しているのだ。
 まあ、多分私も同じような顔をしているのだろうが。

「……何故、私と布都なのです」
「ぶっちゃけるとまぁ、自慢だね。ぃや待て、待て、雷撃は待つんだ屠自古。話は最後まで聞いてくれ!」

 にわかにパリパリと雷を帯びた私を前に皇子は一歩後ずさりながらも、

「いいかい屠自古。私自身の力、この身を流れる尊き血、そして溢れんばかりのカリスマ性については既に里人たちのよく知るところだ。既に何人かの里人達が私に教えを請うために子の神霊廟の門を叩き、そして修行に身を投じていることは君たちも知っての通り。だが分かるだろう? 彼らが奉じているのはあくまで私であって君たちではない。いや、布都はこの前こころが暴走した時にその実力を示してみせたから我が弟子たちも布都を軽んじてはいないとみえる。だが翻って君はどうだ? 屠自古よ」
「別に私は慕われたいとは思ってはいませんが――」
「腹心が、妻が侮られて気分のいい夫がいるかね?」

 つい絶句してしまった私を目に、いや、そんな私の表情に気付かないまま、皇子が拳を握って熱弁をふるう。

「我々は三人で国を変えてきたじゃないか。これまでも、そしてこれからもそうだ。『私たち』でやっていくんだ」
「……皇子」
「それに配下が漏れなく優秀であると知らしめることができれば、それを従える私の株も上がるというもの。そうだろう?」

 そうやって、照れ隠しの顔で余計なことを言わなければ、ああ。
 皇子は、立派な王であらせられるというに。

「本日の施行は屠自古と布都にやってもらいたい。いいね?」

 一度、布都と顔を見合わせて、

「微力ながら」
「太子様のお顔に泥を塗らぬよう、粉骨砕身する所存にございます!」

 まったくの予想外、しかもリハーサル抜きのぶっつけ本番だが致し方あるまい。
 これでも一応は過去に政戦両面において皇子を支えてきた我らである。よほどの珍問奇問が来なければ対処は出来るだろう。

 満足そうに頷いた皇子がレコーディングブースから退室して、硝子の向こうのコントロールルームに移動する。
 葉書が山と盛られた小さな机に、布都と向かい合って腰を下ろす。
 机の傍らには補佐役の芳香。青娥は皇子の隣に待機。
 コンソールの前に腰掛けた皇子が立てた五本の指を一本、二本。

――3、2、

 さあ、始めようか……っと、おいコラ布都。もうちょっとリラックスして息を吐け。
 とんとん、と指で卓上の布都の腕を叩いてみても、ああ、だめだ。こいつ緊張に頭の中が漂白されてしまったらしい。
 仕方ない。

――1、0だ。

「はい、よい人里の皆さんこんばんは。『ふとととじこのお悩み相談ラジオ』司会の蘇我屠自古です。いやぁ四月一日、もう春真っ盛りと言っても天気は中々安定しないですねぇ――」



   ◆



「――はいそれではそろそろリスナーの皆さんのお悩みご相談に応えったいと思いまっす。えーと、まず一枚目。PN.みこちんさんの『屠自古さんは旦那さんをどれほど愛していらっしゃるのですか?』……ってなんじゃこりゃぁあああ!?」
「お、落ち着け屠自古! 収録中、生放送中であるぞ!」

 ガタンと椅子を蹴って立ち上がった私の袖を布都が引っ張る。
 が、そんなことなど知ったことか。
 見ろ、あの硝子の向こうで勝ち誇った笑みを浮かべているあのふざけた面を! 希望の面にそっくりじゃないか!

「……布都よ。貴様まさかグルだったのではあるまいな?」
「ま、待て、雷撃は待つのだ屠自古。我はなにも聞いてはおらぬ! 信じてたもれ、本当じゃ!!」

 青い顔でガクガク震える様からしてなるほど、こいつは一枚噛んじゃいないようだが、なら次は?
 皇子の横で激しく首を横に振る青娥も、ハン!
 なるほど、皇子一人の目論見に我々はいっぱい食わされたということか。

「えー、すみませんリスナーの皆さん。ちょっと放送を先送りしてまずはリクエストの多かった、九十九シスターズの『五線譜より愛を込めて』をお楽しみくだっさいっ!」

 チラと視線で合図を送ると流石は青娥。手際よくコンソールを操作して間もなくスタジオが琴と琵琶の心地よい音色に包まれる。
 青娥から、マイクオフの合図。

「布都、葉書を確認するぞ」
「あ、ああ」

 改めて、葉書の山に目を通すと、

「PN.豊聡耳神子 『ナビゲーターは私たちが目覚めるまでの間、浮気をしたりしていませんよね?』」
「PN.みこみこ 『屠自古ちゃんのハァハァ今日のパンツの色はハァハァ何色?』」
「PN.聖徳王 『最近妻が冷たいんです。どうすればいいでしょうか?』」
「PN.厩戸豊聡耳皇子 『妻のおっぱいを揉みたい煩悩が抑えられません。どうしたらいいでしょう?』」
「PN.上宮之厩戸豊聡耳命 『ナビゲーターは旦那さんのどこが好きですか? 正直に言ってください』」

 …………

 ……

 あれも、これも、それも!!

「……」
「……」
「おい芳香」
「なんだ」
「ここにある葉書、太子様からのだけ選別して全部食べっちゃってくれ――青娥! その阿呆から仙界の管理者権限を取り上げて入り口閉鎖! こっちにそいつを入れるんじゃない!」

 慌てふためいて立ち上がった皇子に対して、なるほど。流石は邪仙である。
 どこからか取り出したバールのようなもので優しく皇子を夢の世界へと旅立たせてVサイン。
 やれやれ、これで一安心か。

「終わったぞ、屠自古」
「ご苦労、芳香」

 と、こちらも終了か。
 ご褒美をねだるような芳香の頭を帽子の上から軽くなでてやって、さて机に視線を戻すと。

「って一枚も残ってないじゃんか!? ちゃんとPN確かめたか?」
「うむ、我もちゃんと確認したから確かである」

 憔悴して項垂れた布都がそうお墨をつけるが、さて。
 リスナーからのお葉書ゼロって、一体この番組、ここからどうすりゃいいんだ?
 今はまだ五線譜の調べが流れてるから余裕こいてられるが、曲が終わったら今度こそ私たちの出番である。
 番組の間に挟める曲は後はプリズムリバー楽団のが一つ、鳥獣伎楽のが一つの三つしか用意していないのだからうかうかしているわけにもいくまい。

「布都、なんかいい案はないか?」

 うむむ、と苦りきった表情で腕を組んでいた布都が進退窮まったとばかりに口を開く。

「やはり、もう一度質問を募集するしかないのではないか?」
「今からか?」
「ああ、曲が終わったら再度の投稿を呼びかけよう。それしかあるまい」

 確かに葉書が来れば番組は無事続けられる。
 いや、だが待てよ?

「……なあ、里人からのお葉書が一枚も来なかったから皇子が葉書を用意した可能性は?」

 不安に駆られてそう布都に確認してみるが、布都は何かを確信したような真顔で首を横に振る。

「それはない。昨晩太子様がなにやら庭で焚き火をしておったのだ。あれが恐らく。……あの時に気がついていれば、こんなことには……」
「いや、お前は悪くない、気を落とすのは後にしろ布都。番組中は明るく保て。声に出るぞ」
「う、うむ。そうであるな!」

 気を取り直した布都の肩を軽く叩いて、ふむと腕を組む。
 さて、投稿用のお葉書は里の各家庭に予備を含めて二枚配布してある。
 だから余らせている人々もいるにはいるだろうが……。

「しかし、投函してくれる人がいたとして、だ。葉書の回収はどうやるんだ」
「我がぽすととやらの中に仙界の入り口を作製して即時回収する。これならば一々回収する手間も省けよう」

 なるほど、仙界の制御件を持つ皇子が沈んだ今なら布都にも仙界の制御は可能か。
 軽く問題点を洗い出してみて、頷く。

「よし、それでいこう」
「だが屠自古よ。最初の葉書が投函されるまでは短くとも一時間程度はかかるだろうし、そこまではおぬしの話術で持たせるしかないぞ」
「何とかするさ。ま、困ったら仙界を通して誰かしらゲストでも引っ張り込めばいいだろ」
「なるほど、そういう手もあるか。なんにせよお茶の間の皆さんをがっかりさせるわけにはいかぬぞ。我らが太――神霊廟の名にかけて」

 太子様の、と言い切れなかった布都の心情を察するにあまりある。
 こいつは時々抜けてはいるが根が心底真面目な奴なのだというに、あの皇子ときたら!

 と、いかん。青娥からトーク移行のサインだ。
 五本指が一本ずつ折られ、次第に曲のボリュームが絞られていく。

――1、0。マイクオン。

「いやぁ、やはり九十九シスターズの演奏はいいですねぇ。我々日本人の心にスッと染みこんできます。っとここでまずは皆さんに謝罪をしなければなりません。先に頂いていたリスナーからの御便り、これが我が廟の発展を妬む邪なる者の僕によって偽物とすりかえられてしまっていたようです。皆さんからのご好意を無に帰してしまった不手際、たいへん、」

「「申し訳ありませんでした」」

 リスナーには見えないだろうがマイクの前で頭を下げ、そして気持ちと口調を切り替えて、

「それで厚かましいお願いではありますが、もう一度皆さんから御便りをお寄せいただけましたなら」
「今度こそ我ら神霊廟はこれに誠心誠意を以ってお応えしたいと思っております」
「ですので、もしよろしければ」

 せーのっ、

「「以下の投稿欄にご意見、質問等、どしどしお寄せください、よろしくお願いしまっす!」」


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