・クオリティー低い ・オリジナル設定有り ・誤字脱字あったらスマン 【Knives n' roses 】 「はあ…はあ…!」 妖怪の山の麓。生い茂る林の中、ザザザっと藪を駆け抜ける。 後ろから風切り音。振り返らず頭を下げる。私の頭を狙った一本をかろうじて避けた。 私の後ろ髪を何本か切断しつつ目の前を通過したのは木々から漏れる月光を反射し、鈍く光るナイフ。 構わず、ひたすら前方へと走る。木や岩を盾にしつつ追跡者からの銀色の猛攻を避けた。 しかしいくつかは避けきれず、私の服を切り裂いてゆく。 この服また縫い直さないとな、と考えているとすぐ横の木の幹にクナイが刺さった。後、もう少しだ。集中しないと。 僅かな光しか差さない林の中、前方が明るくなっていく。私は足に力を込めた。 草の茂みを抜けると木々や藪によって遮られていた視界が広がる。目の前には空。 林を抜けた先は低い崖になっており、その下には木どころか草一本生えていない岩と砂で構成された荒涼とした一帯が広がっていた。 迷わず飛んだ私は地面に着地する。衝撃を膝を曲げることで殺し、そのバネで前方へと転がる。 後方で鋭音。すぐに立ち上がり、振り向くと着地地点にナイフが何本も刺さっていた。 斜めに刺さるナイフの柄の延長線上。 「追いかけっこはおしまいかしらナズーリン?」 追跡者は息一つ乱れることなく空から私を見下ろしていた。 真っ赤な月を背後に紅く暗く輝く瞳。手には何本ものナイフ。 私はというと息も絶え絶え、服はボロボロ、あるのは愛用のダウジングロッドとペンデュラムのみ。 しかし私だって無軌道に無鉄砲に無計画に逃げていたわけではない。 でもその為にはまだここでは足りない。 もう少し。もう少し奥まで… 「はあ…全く…これだから猫だとか犬だとかいう生物は嫌いなんだ…ぜえ…」 会話をして息を整える。時間ぐらいは稼げるはず。 「あら何度も言うけど私は人間ですわ」 すっとぼけた返答だが、追跡者はまだ警戒を解いていない。 「大して変わらないよ。そっちは楽しいかも知れないが甚振られる側としては堪ったもんじゃない」 「貴女が素直に宝を渡せないからよ」 「素直に渡したいのはやまやまなんだけどこっちも仕事でね」 「なら仕方ありませんわ。鼠狩りも飽きましたし。そろそろ終わらせましょうか」 「全く…こんな依頼受けなければ良かった…」 厄介事が次から次へとやってくる。 大体この依頼からして胡散臭く、請けるかどうか迷ったが、この食料不足のおりに、 大量の食料を支給されると聞いて請けてしまった。しかしどうやら判断を誤ってしまったようだ。 この仕事を始めてからは巫女二人には出くわす魔法使いには襲われる。その上今度は銀色メイドだ。 「しかし皮肉な話ね。知ってる?このナイフ、銀製なのよ。自ら集めてきた銀にやられるなんて。ご愁傷様ですわ」 追跡者、もとい十六夜咲夜はナイフを翼のように広げた。 「ごきげんよう。そしてさようなら」 幻符【インディスクリミネイト】 無数のナイフがまるでレーザーのように高速で私に牙をむく。 身を捻り、避けようとするも間に合わない。 銀色の雨に鮮血が舞い、大地を濡らした。 後、少し…後少しで…あそこにさえたどり着ければ… ・・・ 時は遡り一週間ほど前。 太陽も高くなり、春を感じさせる陽光がキラキラと輝く霧の湖に私は立っていた。 今日は珍しく霧もなく、対岸まで見渡せた。 湖の対岸にはその赤色の壁面が異彩を放つ館が堂々と建っていた。 紅魔館。 用がなければ近付きたくないし用があっても立ち入るのに躊躇うような、そんな場所。 私は重い麻袋を引きづりながら、対岸まで飛んでいこうか湖に沿って歩いていこうかを思案していた。 幸いにも霧は晴れている。この辺りを縄張りにしている厄介な妖精も見当たらない。 正直この荷物を持って歩くのは少し辛い。 「全く…肉体労働は苦手なんだ」 とはいえ仕事だ仕方がない。私の足元をうろつく子鼠達にいくつか命令を出した。 キーキーと鳴いた彼らはそれぞれがそれぞれの方向へと走り出した。 私は飛ぶ決意を固め、地面を蹴る。すぐに襲い掛かってくる浮遊感。麻袋が揺れ、ガチャガチャと重い音を鳴らした。 「苦手尽くしだな今日は…」 愚痴もほどほどに紅魔館へと向かう。 ふわふわといつもよりゆっくりと飛んだ。 依頼の品を湖に落としでもしたら目も当てられない。 やはり直線で行ったのが正解か、段々と紅魔館が視界の中で存在感を増してゆく。 「しかしいつ見ても違和感だらけの建物だ」 周りの景色に一切溶け込まない赤色の壁面に、極端に少ない窓、広く色鮮やかな庭園。そして狂った時計台。 この館に住む者達にそっくりといえばそっくりだ。会った事のない者もいるので聞いた話による想像だが。 なんせあの館に夜行くのは自殺行為。私は生憎と自殺志願者ではないので昼間に行く。 もっとも太陽が高い正午。荷物のせいもあってか、ふらふらと飛ぶ私はなんとか対岸にたどり着いた。 飛ぶのに疲れたので今度は徒歩で館の正面に回る。裏から忍び込むなんて真似をすれば何をされるかわかったもんじゃない。 えっちらおっちら歩いていると、立派な門の前にたどり着いた。 「…相変わらず無用心だなここは…」 門は閉じられているが、肝心の門番が見当たらない。 ダウジングロッドに力を注ぐ。いつもならクリアに“聞こえる”はずの大地からノイズを感知。 「…?妨害の結界か何かか?」 地面からの探知を諦め、耳を澄ませると奥の庭の方で鼻歌が聞こえた。 おそらく庭弄りでもしているのであろう。 ここの門番は庭師も兼任しているので仕方がないと言えば仕方がない。 しかし、ここの門番、庭を管理し門番をしているかと思えば昼寝をしていたりとかなり自由だ。 それでも辞めさせられないという事はそれだけ優秀ということ。 「お邪魔するよ」 そう言って私は門を開け、庭に入った。 紅魔館に入るにはまず、この広い庭を通らないといけない。 館へと続く道の両脇には多種多様の花が咲き乱れており、つい足を止めたくなる。 歩きながらロッドに再び力を入れ、地面を探った。 やはりこの館周辺には、不自然な流れを感じる。 何か人為的な力でこの辺りの大地には力が集まっているようだ。 まるであの向日葵畑のよう。 その力がおそらくこの花達の咲く源になっているのだろう。 そしてこれが先ほどのノイズの原因。 少し歩くと前方にその元凶であろう人影が見えた。 いつものチャイナドレスと功夫道着を組み合わせたような服に帽子を被っている彼女は紅美鈴。 何度かここに通っているうち仲良くなったのだが、剪定に夢中なのかまだこちらには気付いていないようだ。 私は手を上げ、彼女に声を掛けた。 「やあ美鈴。今年も立派に咲いたみたいで何より」 彼女が作業をやめ、こちらに振り向いた。 「ああナズーリンさん!今年はいつもより精を出したおかげでいい感じに咲きましたよ!」 笑顔がまぶしい。頬や膝に泥や土がついているがそれでも彼女の魅力は損なわれない。 「みたいだね。しかし一体どうやってこんなに咲かせているんだい? どんなに一所懸命世話をした所でこの辺りの土地の力ではここまで咲かないはず」 いつも疑問に思っている事を聞いてみた。先ほどのノイズの件もある。 多分、久しぶりに会った為だろうか。少しぐらいの立ち話も悪くないと思った。 「実は妖怪の山を通る龍脈を少し弄ってみたんですよ。本来この辺りには通ってないんですけど」 なるほど。先ほど感じた不自然な流れは彼女によって歪められた龍脈か。 龍脈というのは大地に血脈のように流れる気の中でも特に力を持った、気の流れの事を指す。 ニコニコと彼女は笑っているが、これは並大抵の力で出来ることではない。 「納得いったよ。しかしそんな事をして大丈夫なのかい?」 龍脈は人体でいえば大動脈。そこを弄ればもちろん他に影響を及ぼしてしまう。 それを心配しての私の言葉だが、彼女は慌てたように返答した。 「あ、いえ!ほんの少しだけ気をこちらに流しただけなので目に見えるような影響はないはずです! それに季節が終わったら元に戻しますし」 彼女は気の流れに関してプロだ。私の取り越し苦労か。 「君がそう言うなら大丈夫だろうさ。いや、作業の邪魔をして悪かった」 「いえいえ〜それより咲夜さんですか?」 彼女が視線を私の麻袋に向けた。 「それ以外にここに来る用事はないさ。彼女は中かい?」 「そのはずですけど。それでは私は戻りますね」 では、と言って彼女が道の脇に生える植物に向かった。 その横を通り過ぎようとする私の目にその植物が映った。 「それは…」 私の言葉に彼女が答えた。 「野薔薇です。夏に向けて剪定しているんですよ」 「そうか…そのなんだ、よろしく面倒見てやってくれ」 「…?なんだか家族を見ているような目ですね?何か思い入れでも?」 「ん…いやなんでもない。それじゃあ、また」 「はい。夏辺りに咲くのでまた来てくださいね」 そう会話し、私は彼女に別れを告げ、館へと向かう。 広い庭を抜け、紅魔館の正面玄関へとたどり着いた。 扉というよりもはや門といった感じの樫作りの扉。 獅子ではなく蝙蝠をあつらえたドアノッカー。 いつものように私が手を伸ばそうとした、その時。 ドアが開き、中から声が聞こえた。 「お待ちしておりましたわナズーリン」 薄暗い扉の内側には銀髪のメイド服を来た女性が佇んでいた。 十六夜咲夜。それがこの紅魔館の全任を預かる彼女の名。 人外の巣窟であるこの紅魔館唯一の人間。実をいうと私はまだ彼女が本当に人間なのかどうか疑っている。 「そんな訝しそうに見なくても。窓から美鈴と喋っていたのが見えていただけですわ」 「ああ、いや別にそういう目で見ていた訳じゃないが…まあいいか」 私の視線を、なぜ自分が来る事が分かった?という風に勘違いしたようだ。 この建物。全くといっていいほど窓がない。それも主人の特異性ゆえにだろう。 さらに窓のある位置はここから離れており、そこから見ていたとしても彼女がここにたどり着くには早すぎる。 しかし、そんな事彼女の前では些細な事でしかない。 私にとっても、だ。 「それで用件は?と言っても一つしかないと思うけど」 「ああ、例の物を持ってきた」 さっそく話に入る。彼女もいつもの口調に戻る。 あまりこの紅魔館に長居はしたくない。 「随分と早かったわね。まだ依頼してから一週間も経ってないわ…二週間かしら?」 「君の前では時間なんて物は些細な事でしかないようだね。ちなみにいうと依頼を請けたのは二週間と二日前」 「そう。じゃあこっちに運んで頂戴」 そう言って彼女はスタスタと奥へ歩いて行った。 私は彼女の後についていく。 この紅魔館で迷子にでもなったらどうなることやら。 日光が差さない為、薄暗い廊下をランプの明かりだけを頼りに進む。 とは言っても私は鼠の妖怪。多少の暗所でも目は利く。 ただ、この墓場のような空気の冷たさだけ勘弁して欲しい。 私は一度ぶるっと体を震わせ、離れまいと彼女についていく。 ほどなくして一つの部屋にたどり着いた。倉庫か物置として使っている部屋だ。 彼女は扉を開け、中へと進む。続いて私も入った。 「この机の上でいいわ」 そう言い彼女は部屋の片隅にある机の上にランプを置いた。 私は麻袋を置く。ドスンと音がして、机が軋しんだ。 麻袋の口を縛ってあった紐を解き、明かりの下に依頼の物を取り出す 「一応良質な物を選び持ってきた。チェックして欲しい」 ランプの明かりで鈍く光るのは一見するとただの金属の塊。しかしただの金属ではない。 銀の塊だ。 彼女はいくつかを明かりにかざし丹念に検分した。 「文句はありませんわ。相変わらず見事な仕事ね」 「いつも通り原石のままだけど、これでいいのかい?」 そう。私は時折彼女に銀を探して欲しいといった依頼を請ける。 彼女から依頼を請けると私はダウジングで地中に埋まる銀を探し、掘り出し、彼女に売るのだ。 「ええ。精製に関してはうちにエキスパートがいるから」 「相変わらずなんでもありな場所だ、ここは」 「なんでもはありませんわ。あるものだけ」 そう微笑む彼女や美鈴を見ていると、居場所があるというのはいい事だなあとしみじみ思う。 転々と住む場所を変える私からすれば少し羨ましい。ここの主に仕えるというのも悪くないかもしれない。 「それじゃあ報酬だけど」 「ええ。食料庫に案内するわ」 私の仕事の報酬は常に食料。 私の部下である子鼠達は大軍だ。それゆえに並大抵の食料調達では間に合わない。 倉庫を出て、再び廊下を歩く。 「にしても随分と早く、それに大量の銀を見付けてきたわね」 彼女が疑問を投げかけてきた。 「急な仕事が入ってね。集中してやらないと難しそうな仕事だからとりあえず今請けている仕事は終わらそうと思ってね」 「なるほど。でもあの量。よほどいい鉱脈を見付けたのね」 「いいタイミングで見付かってね。まだまだ取れそうだよ。良かったら案内しようか? しばらく他の仕事はできそうにないから、もしまだ必要なら自分で取ってくれてもいい」 「人の仕事を奪うような無粋な真似はしないわ。それにあの量だと当分必要なさそうだし」 「だろうね」 彼女は賢い。賢い者と喋るのは楽しい。 それより何より面白いのは 「着きましたわ。お好きなだけ運んでいいわ」 会話が終わると同時に食料庫にたどり着いたこと。 いつもそうなのだ。 おそらく空間か何かを弄っているのか、いつもピタリと扉の前で話が終わる。 「遠慮なく頂くよ」 もちろん必要な分だけ麻袋に詰め込む。 この仕事は私一人でできる割には報酬も多い。 部下を使うと、それが食料の場合私に届く前になくなってしまう。 躾が足りないというか私が甘すぎるのだが、変える気もない。 「あら、チーズはいらないの?」 彼女が、まるで昔話に出てくるような三角に切り分けられたチーズを手にして聞いてきた。 はっきり言うが、鼠がチーズ好きというのは人間の抱く幻想に過ぎない。 「悪いけど、そんな赤色の薄い物はいらないよ」 「そうねえ。そこのブラッドチーズは今晩のお嬢様達用ですし…でしたらそのハムはどう?」 彼女が指差した先を見た瞬間、違和感。 いつの間にか彼女が手に持っていたはずのチーズが消えていた。 「!?」 驚き、彼女を見ると、彼女は無言で麻袋を指差した。 麻袋の中にはつい数秒前まで彼女の手にあったチーズが入れてあった。 「そんな驚いた顔をしなくても」 「時止めは勘弁してくれ」 「あら、今のは止めてないわ」 「…?」 「今のはミスディレクション、貴女の油断を誘っただけよ。少しのテクニックと知性させあれば時を止める必要なんてないわ」 「そうかい。まあいいやチーズは貰っておくよ。でもハムも頂くよ」 「お好きに」 ほんのりと赤いチーズではなく脂の乗った美味そうなハムの塊を袋に入れた。 やはりチーズよりハム。 結局私は袋がパンパンになるまで詰め込んだ。 まるで泥棒みたいだが、仕方がない。 「こんなものかな」 私は彼女の方に向き告げた。 「それじゃあ玄関まで案内するわ。」 「よろしく頼むよ。とてもじゃないが一人で帰れそうもない」 そして私と彼女は元来た道を戻った。 道すがら、またお喋りが再開した。 「そういえば急な仕事ってなんなの?話せないならいいけど」 「うん?いやそんな大それた仕事じゃないが少し厄介でね」 「と言うと?」 この時私は失念していた。 仕事が終わった安心感。食料を得た喜び。 理由はいくらでもつけられる。 でも。 このミスは取り返しがつかないミス。それは。 彼女が珍しい物好きだったという事。 「いや、何でも“飛宝”とかいう物を探してこいとお達しでね。これが何なのか検討もつかない」 「…秘宝…面白そうね」 「名前からして鼠達には無理だし、当分私一人でかかりっきりだろうね」 「…そう…秘宝…霊夢は関わっているのかしら…」 ぶつぶつと独り言をしだす彼女に不安感を抱いた頃には時既に遅し。 「…まあどうせしょうもない物だ。いかんせんその正体がつかめないからややこしい」 「…そう…魔理沙なら動くわね…間違いなく」 「咲夜?聞いているかい?」 「着きましたわ」 気付くと玄関が目の前。 つまり。 これで会話は仕舞いと。 一抹の不安を抱きながら私は外へ出た。 太陽が眩しい 不安は残るが、仕事は片付いた。 「それではまた会いましょうナズーリン」 「ん?ああしばらく会えそうにないが。また頼んでくれ」 「ええ。もちろんですわ」 そういい彼女と別れ、私は部下達の待つアジトへと帰った。 今思えばあの別れ際の笑み。 そうあれは。 捕食者側の表情だった。 つい数分前。 請けた依頼通り、私は飛宝探しに明け暮れていた。 依頼者の説明によると、飛宝は妖精やら賊やらに宝物庫から盗まれてしまったらしい。 なのでとりあえず探してみたが、見付からず。 巫女や魔法使いに妨害されながらもやっとこさ飛宝を見付け(どこか狂った妖精達が所持していた) なんとか依頼者からお小言を頂かずにすんだと思っていた頃。 私は妖怪の山の麓を捜索していた。 まだこの辺りから反応があるので来てみたが、狂った妖精は見付からない。 捜索をしているうちに辺りはすっかり暗くなってしまった。月はいつもより大きく見え、心なしか赤く光っていた。 「ふう…そろそろ戻るか」 そう呟き、最後の足掻きに辺りを見渡す為、視線を後ろに向けた。 霧の湖が月光を反射しきらきらと輝いており、その湖畔に明らかに周りから浮いている紅魔館。 窓が少ないためかあまり明るくなく、いつものようにどんよりとした空気を纏っていた。 視線を戻す。目の前には緑に覆われた妖怪の山。 その麓近くに、ぽっかりと山にあいた穴のように木が生えていない場所がある。 先日、銀の鉱脈を見付けた場所だ。 なぜあそこだけ木が生えていないのか。 それが疑問で調べてみたのが発端だった。 驚く事にそこだけホットスポットように龍脈が吹き出ていたのだ。 龍脈といっても実は五種類あり、木、火、土、金、水、とに分かれる。 妖怪の山には全ての龍脈が通っており、そこに吹き出ていたのは金の龍脈。 金は“金剋木”と言い、その金の龍脈の過剰な流れが、この不毛の地を作ったのだ。 その為か、大量の銀やその他のレアメタルが見付かり、私としては満足だったが。 おそらく美鈴は植物の力たる木の龍脈を紅魔館の庭まで引き込んだのだろう。 しかし。今私が求めているのはそんなものではない。 「ふむ。しかしどうにもダウジングはあてにならないな…」 そもそも飛宝という物自体が特殊過ぎる。 未知の物質で構成されており、これを妖精が所持するとなぜかその妖精が狂ってしまう。 妖精とは自然の権化。 つまりこの飛宝は自然に対しなんらかの影響がある? 仮説の域を出ない結論だが、そう思うと扱いが慎重にならざるを得ない。 「しかし参ったな…あとどれだけ見付けてこればいいのやら…」 どれだけが盗まれて、どれだけを取り返して欲しいのかの明確な指示がない為、どうにも動きづらい。 とりあえず。 いったん地面に降りる事にした。 「ふう…」 たん、と着地し大きく伸びをした。 私の能力の都合上、どうにも、飛ぶという行為に今ひとつ馴染めない。 地に足つかないと落ち着かない。 「さてどうしたものか…」 「お久しぶりですわ、ナズーリン」 突然の声に私はダウジングロッドを構え振り向いた。 「…?君は…」 「ふふふ宝探しを少々」 そこにいたのは相変わらずのメイド服を纏った十六夜咲夜だった。 そして久しぶりという程日が開いた訳でもないけど、まあそれはいい。 「こんな時間に何をしているんだい?」 当然の疑問。そしてさきほどの彼女の言葉。 宝探しを少々。 宝。 「実は私も秘宝を探しているの」 「…人の仕事を奪うような無粋な真似はしないって言ってなかった?」 「秘宝…面白そうね。大変そうね、異変みたいね」 「異変?いや違うね。ただの雑用さ。自らの主人を放っておいてまでする事ではないよ」 この時間。紅魔館がもっとも騒がしくなる時間。 気紛れな主人が起き出すこの時に彼女はここで何をやっている? 「心配には及びませんわ。お嬢様なら、“宝船でも探しに行ってくるからあんたはその秘宝とやらを探してきなさい” と仰られていましたので」 「…そういえば君の主人もそういう性格だったね。失念していたよ」 「お嬢様の好奇心を止める事なんて私にはとてもとても…」 「ああそうかい。じゃあまあ頑張ってくれ。私はこれで失礼するよ」 「…ねえナズーリン。貴女、いくつか秘宝とやらを持っているんでしょ?」 「秘宝?知らないね。私の探している物はもっと別さ。その依頼はまた今度請けるよ」 「クスクスクス…あなたから宝の匂いがするわ」 「…犬が」 「人間ですわ」 「話にならないね。悪いけど行かせてもらうよ」 「そう…仕方がないわね…」 冷徹な笑みを浮かべる彼女に私は鳥肌が立つ。そして全身が私に訴える。 目の前にいるのは敵だ、と。 彼女の目が揺らぐ。赤く。紅く。 「それではナズーリン。あなたの持っている宝。一つ残らず頂くわ!」 その声を合図に彼女がいつの間にか手に持っていたナイフを投擲。 「こういうのは私の柄じゃないんだけどね」 正確に急所を狙うナイフをダウジングロッドで弾く。 ガギンッ!と音がなり、ナイフが明後日の方向へと飛んでいく。 何本ものナイフを弾いているといつの間にか彼女が視界から消えた 後ろを振り向く。 一瞬で真後ろに移動していた咲夜のナイフによる直接攻撃。 光すらを追い抜く速度の一閃。それでも。 「遅い」 頭を下げ、回避。頭上を風を切る音が通る。 反撃に移る。すぐにロッドを横に薙ぐ。 しかし手応えがない。 間髪入れず、後ろへと飛ぶ。 さきほど立っていた位置に大量のナイフが出現。 ズササササ!とナイフが地に向かい降った。銀色のシャワー。 なんとか避ける。これぐらいならまだ大丈夫だ。 一定の距離を保つ。 咲夜は手に持つナイフを弄びながらこちらに視線を向けた。 「あら?意外と動けるね貴女」 「これでも妖怪の端くれだからね。人間に後れを取るつもりはない」 「そう。じゃあそろそろ本気でもだそうかしら」 「それは嬉しいね。でも正直…」 彼女が動いた。 と気付いたときにはもう既に攻撃は終わっていた。 時符【シルバーアキュート360】 私を中心とした球状の空間にナイフが埋め尽くされていた。 「参ったね」 そう私が呟くと同時にナイフが殺到。 ただやられるだけなら馬鹿でもできる。 守符【ペンデュラムガード】 首につけていたペンデュラムに力を注ぎ開放。 何十倍もの大きさになった青い水晶は私の盾。 目の前に迫るナイフをペンデュラムでなぎ払い、前へと飛び出す。 待ち構えていた咲夜による第二波。 銀符【シルバーバウンド】 ナイフが斜め下、丁度私の足を狙うように飛んできた。 膝に力を入れ止まり、すぐにバックステップ。 足を殺すのはいい作戦だけど、少し考えが甘… 「…!」 地面に刺さるはずのナイフがなぜか兆弾のように弾かれ今度は私の顔目がけて飛んできた。 避けきれず、いくつかのナイフが私の顔を切り裂いていく。 幸いにもかすった程度だったが、頬が熱い。 血が唇の端まで伝ってくる。 「ナイフを兆弾させるなんて…」 驚いている暇はない。なんとか攻撃に移らないと… しかし攻撃手段がない。 ダウジングロッドで殴るにしてもそこまで近付かせてくれるとは思わない。 ペンデュラムは守備に特化しているため、素早い彼女に当てれそうもない。 「残るは…」 あれしかない。 再び降ってくるようにナイフの雨が私を襲う。 全ての道具を駆使し、なんとか避けるも時間の問題。 先ほどから地面に探りを入れているが、一向に反応がない。 こうなるともう… 「ここでは厳しいか」 「こちらばかり攻撃でつまらないですわ」 「そうかい。じゃあ反撃に移させてもらうよ」 力を腕からダウジングロッドまで通す。 準備は完了。 棒符【ビジーロッド】 膝を曲げ、飛ぶ。 力を最大限までダウジングロッドに通しきる。 するとロッドの先端からレーザー上のエネルギーが槍のように伸びた。 そして私は両手に持つレーザーと化したロッドを彼女に向け、薙いだ。 地面まで届く程伸びたロッドが彼女を大地ごと爆散。 濛々と土埃や塵煙が舞う。 これでやれるだなんて思ってはいない。 私は煙に紛れ山へと走った。 ここは場所が悪すぎる。 あんな化け物、まともに相手して勝てるわけがない。 … そして。 「…傷を負いすぎたか」 なんとか避けるも足をやられ、もうあまり動けそうになかった。 転がるように近くの岩場の陰に入るもそう長くは持ちそうにない。 地面に探りを入れると当たり前のように反応が返ってくる。 あとはタイミングと場所… 今もたれかかっている岩の向こうは崖になっており、 そこには人間が通れる程の大きな穴が開いていた。 「鼠の癖にしぶといわね」 声に反応すると同時に私はその穴へと走りだす。 地面を蹴るたびに足に痛みが走り、背後には金属音。 もうなりふり構っていられない。 回避することを諦め、目の前の迫った穴へと飛び込む。 前転して勢いを殺さず、奥へと転がった。 「はあ…はあ…」 「あらあら。行き止まりじゃない。鼠に相応しい死に場所ね」 穴の入り口を切り取るように彼女は立っていた。月明かりを背に彼女の影が私の近くまで伸びていた。 彼女の言うように穴は6メートル程進んだ先で行き止まりになっていた。 壁面はまるで鉱道のようにボコボコとしており、岩を削りだした跡が窺える。 彼女に気付かれないよう、ロッドとペンデュラムに力を込める。 「もういい…疲れたよ。宝を渡す」 「…怪しいですわ。とても」 「この閉鎖空間で一体私が君相手に何ができる?」 「…じゃあこちらに寄こしなさい」 まだだ。まだ早い。 「そう言われてもね。こっちは君のナイフで足をやられていてもう立てそうもない。そこまで投げる体力もない」 「…そう」 彼女が入り口からこちらへと近付いてきた。まだだ 一歩。 二歩。 三歩。 私は力を込めたペンデュラムを渾身の力で彼女の足元へと投げた。 彼女がペンデュラムに気をとられたその瞬間。私はロッドを翳した。 捜符【シルバーディテクター】 ロッドから眩い光が放たれる。 すぐにこちらに視線を戻し、彼女が咄嗟に避けようとするも無駄。 光は彼女を通過し、穴の中を一瞬照らし出した。 「…?」 しかし何も起こらなかった。彼女は無傷で立っており、ロッドは光を失い、ペンデュラムは入り口近くに転がっていた。 「それで…おしまいかしらナズーリン?」 「ああ終わりだよ」 私はロッドを杖代わりに立とうとする。 「…ペンデュラム開放」 私の言葉と同時に入り口に転がったペンデュラムが先ほどの同じように巨大化。 「…!」 咲夜が振り返るも、ズーンッッと音がし、入り口が完全にペンデュラムによって塞がれた。 なんとか立ち、彼女に対峙する。 「…さっきのスペルカードはね。本来攻撃用じゃないんだ。探索用に使う物を攻撃用に応用してね」 「…入り口を塞いだ所で何も変わらないわ」 こちらを睨む彼女の視線は鋭い。 「金やレアメタルを探す時に使うんだよ。さっきの光だが、あれは無害だ。当たったってどうもない。 それは当たった君自身が一番分かっているはず。じゃあ何の為にあるかというと、あの光は少々特殊でね。 あの光が当たった場所に“特定の金属”が含まれていると反応を起こすんだよ」 「反応?」 「そう。それを手掛かりに探すんだけど…そろそろかな」 真っ暗な穴の中。少しづつだが、壁から光が漏れはじめていた。さらに壁だけではなく天井も地面も。 そして咲夜自身も。 「君のナイフは何製だったかな?」 「…まさか」 スタスタと私は入り口へと歩く。もはや彼女は身動きが取れない。 「ここは先日話していた、銀の鉱脈がある場所でね。こんな形で案内するとは思わなかったよ」 「まさかこれ全部…」 光の浸食は激しく、もう目を開けていられないぐらいの光を発していた。 「このスペルの光に当たった物体から銀が探知されると、反応として無数の弾幕が発射される。 果たして時を止めてもこの閉鎖空間で避けきれるかな?」 「それで入り口を…」 「ミスディレクションさ。君の得意技だろ?」 ペンデュラムにもたれかかり、最後に彼女に告げた。 「やれやれしかし皮肉な話だね。自ら持つ銀ナイフにやられるなんて。ご愁傷様」 彼女は諦めたように肩をすくめた。 「…全く…鼠に負けたなんてパチュリー様に知れたらまた“うちのネコイラズは役立たず”と叱られますわ」 「それじゃあ。また仕事があれば頼むよ」 「ええ。もちろんですわ」 そう彼女が言い終わると同時に壁、天井、地面、そして持っていたナイフから無数の弾が発射された。 避けきれるわけもなく。 ペンデュラムを元に戻し、外へと出た。 後ろを確認するまでもなく、彼女は戦闘不能だろう。 どうせ彼女はすぐに復活するだろうし、体のあちこちが痛い。 今日はもう帰ろう。 帰り道。 銀の採掘所の近くでとある植物を見付けた。 「この季節に咲いている?」 白く儚い花を咲かせているのは野薔薇。 本来なら夏に咲くはずの花。 「そうか美鈴のせいか…」 おそらく彼女が木の龍脈を引き込んだせいで、この辺りの金の流れと木の流れが混じり、植物達が季節を勘違いしたのだろう。 ありえる話だ。 「まあこれぐらいなら影響はないか…」 しかし何か報われた気分だった。 遠い昔。 誰かが私に名前を付けてくれた。 それが誰だったかは覚えていないし、なぜそう付けたのかも聞いていない。 女らしくない私の一つだけの宝物。 ナズーリン。 異国の言葉であり、私達の言語に訳すと。 「まあみなまで言わないさ」 そう呟き、私は再び夜空へと飛んだ。 月明かりを背に受け、私は飛空挺へと向かった。 いつの間にか月はいつもの青白い色へと戻っていた。 終わり。