「すぅ……」  背中越しに聞える寝息に、速度が上がった。心音と、それを作る鼓動の速度。 「……まったく」  すんすんとにおいを嗅ぐと、苺のにおい。布団にくるまる前に食べた物だ。  舌を軽く動かせば、まだ味がする気がした。 「眠れない、わね」  これは、ちょっと厳しいかもしれない。こんな風になる時は、眠れても六時ぐらいだ。一時間もせずに起こされて、一日中が上の空。 「まったく」  なんなのよ、もう。  後ろから感じる温度が痛い。そろそろ心臓が破裂するんじゃないのだろうか。  吐息が響く。少し動いた腕が背中を撫でる。髪をかく音。綺麗な髪なのだから、そんな風にごしごしとしたらダメだって。 「まったく……」  何度目のまったくか。ため息じゃないだけマシかもしれない。ため息なら、一生分の幸せとさようならをしているところだ。 「馬鹿みたい」  同性にドキドキして、顔が熱くなってる現状だとか、落ち着こうと六の倍数を数えてる最中に本来数えるべきなのが素数だと気付いたこととか、振り向けない自分自身に。  自身は自信のなさが仇になって、地震の様に揺れる心に耐え切れなくなって、視線の磁針は上の空。 「苺味のビスコみたいな中途半端さね、これは」  おいしくってつよくなるはずなのに、心はこれっぽっちも強くならない。  周りには人がいる。話しかけてもくる。だけど本当に、私は必要とされてるのか。 「こうやって、近くに誰かがいるってのが、心地いいなんて」  後ろでは、もぞもぞと動く音。寝返りでも打っているのか。  ああ。眠い。眠れないのに睡眠欲は沸く。流石は三大欲求と言うべきか。  ええと、食欲、睡眠欲、生欲だったかしら。生きることの欲求。食も睡眠も生きるためだから、人間絶対欲求の間違い何でしょう、きっと。 「ああ、もう。暖かいなぁ……ちくしょう…………」  毛布で顔を隠す。薄く赤い色が見える。目を閉じた。何も見えない。  目を閉じてるだけでも疲れは取れる。取れる疲れよりも今積み重ねる心労の方が大きいけれど。 「大丈夫。寝れる。寝れるわ。ほら、私がひとり、私がふたり、私がさんにん、私がよにん、私が……寝れるわけないわよ、これ」  どこかで読んだ本に書いてあったのを実践してみたけれど、目が冴えるだけだった。さっきまであった眠気が徐々に遠くに。  アルコールが恋しい。酔っ払えば眠れる、そんな気がしたから。 「いやいや、私はアル中じゃないわよ」  自分自身に突っ込みをいれる。眠れない時はこんな風になるから嫌だ。  睡眠薬でもあればよかったのだけど、導入剤すらないしね、薬箱には。 「ちょっと、お水を飲んでくるから」  するりと毛布から抜け出す。下着しか着けていない私には少し寒くて、眠気が一歩毎に遠のいていく。  冷蔵庫。水を飲むつもりが甘い飲み物が欲しくなった。アイスコーヒーをグラスに。氷はふたつ、くっついて取れないのを。  自分で挽いたものを水で出すならまだしも、市販ものならばカフェインはそんなに多くはないから寝たい時でもそれなりに飲める。なんて理由もあるが、冷蔵庫に入っていた飲み物がこれしかなかったという理由もある。 「甘……いや苦い」  甘苦さが喉を焼く。おいしいとは思えない。これが喫茶店のアイスコーヒーなら、おいしいおいしいと飲めるのかもしれないけど。 「ん、ちょっとおなかすいたような。パンでも焼くか……電子レンジでパスタをチンか」  レトルト製品はあまり使いたくないんだけどね。でも、量は少なくて作りやすいから。 「お夜食はたらこスパゲッティで。トウガラシでもつけて脂肪も燃焼」  食べてる時点で肥るということは考えない方向で。体重計の現在値も考えない方向で。 「……んあ」  電子レンジの内皿が回る。欠伸が出た、今頃。 「……まあいいや」  眠る三十分前に食べると肥るとか言うけど、言うけど、もう出来上がるんだもの、スパゲッティ。  チン、と高い音がして、機械が人間を呼ぶ。 「人が機械を使うんじゃなく、機械が人を使うんだものね」  ぴぴぴ、と電子レンジが鳴る。ドアを開けなければ、数分に一度鳴る様になっている。 「まあ、冷めないうちにと」  電子レンジから容器を取り出す。ソースが混ざってないからしっかりと混ぜて 、七味をふた振り。……七味だって七味唐辛子って言うんだから唐辛子。 「……いただきます」  箸で、五本ぐらい掴み取る。  なんだか、辛かった。  箱を見る。  明太子スパゲッティだった。 「……はぁ」  来世分の幸せも逃した気がする。 「……なに一人で食べてるんだか」 「いいじゃない、もう……五時なんだし」 「寝ないの?」 「蓮子が一人でぐぅぐぅいびきかくから寝れなかったの」  嘘だけど。寝れなかった理由はなんとなく。  かわいらしいことを言ってみるなら、ドキドキして。 「そっか」 「そう」  ずるるるる。 「一口ちょうだい」 「ほら」 「ん、あーん?」 「なんで疑問系よ」  あーんと付き合ってあげる。辛さに驚くがいい。 「うん、おいしい。あれだね、メリーに食べさせてもらってる分おいしさが倍増」 「恥ずかしいこと言わない」 「まあまあ」 「いや、まあまあの意味がわからないから」  あぁ、頭が回らない。今日、もうこのまま寝てようかしら。  講義だって、行かなくても取り返しがつくのだけだったし。 「ああ、眠い」  蓮子が零す。私だって眠いわよ、寝れないだけで。 「二度寝しよう。うん」 「いいわね、寝れる人は」 「ん?メリーも一緒に寝るんでしょ?」 「寝れそうにないのよ、なんだか」  眠いのにね。だからこんなの食べてるんだけど。 「まあ、ベッドに入れば寝れるって」 「寝れないわよ」 「いいから」 「……いいけど」  もういいや。今日は休日にしよう。寝曜日、寝曜日。  では、おやすみなさい。  結局、寝れませんでした。まる。 ―――――――― 寝室と心臓の鼓動の関係 ◆ilkT4kpmRM