東方ファイト、今回の勝負は……善行! 「私と言えば善行、善行と言えばこの私、審判は四季映姫・ヤマザナドゥが務めさせていただきます。  さて、今回はとにかく善行を積み、一日でどれだけの徳を稼げるかで勝負をしてもらいます。  両選手とも、準備は……」 「はい、今すぐにでも始められます映姫様。誠心誠意、正面から勝負させていただきます」 「うふふふふ、今日の私は蝶ハッピー♪ いつでもなんでもどんと来いよ?」 「……………………ええ、まあ。東方ファイトでは常識に捉われてはいけないということは重々承知しております。  善行の内容や手段、場所などについては自由、  誰かの手助けを受けても構いませんが、それで単純に仕事量が倍になったからと言って、  あなた方自身の徳が倍でカウントされるということはありえないので注意するように。  それではお二人とも、始めてください」 人里にて…… 「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、永遠亭の幸福兎が本日限りの大放出!  今日はこの、人間に幸運をもたらす食器類の数々が、価格破壊の特別セール!  お箸にお茶碗、しゃもじにお皿、なんでもより取り見取りですよ!  繰り返します、本日限りー! 今日買わないと大損ですよー!」 「ちょっとちょっとてゐ!」 「何よ、今日は人手を補うために売り子を手伝ってもらう予定の鈴仙ちゃん?」 「説明的な紹介をありがとう!? じゃなくて、何でいきなりこんなインチキ臭い商売やってるの!?  善行積むんでしょ!? こんな人間を騙すような真似をして、逆効果じゃない!」 「別に騙してないよー。ほら、この食器見てみてよ」 「え、食器が何か……あ、これ、てゐの妖力が込められてる?」 「幸運を呼ぶ食器、偽りなしよ? それに、値段を見てみてよ」 「え……うん、ああそういえば安いわね。普通の食器と大して変わらない?」 「今日は人を騙すとかの目的は無しなの。本当に、大セールで売り尽くす予定よ」 「でも、だったら売る必要無いんじゃない? 無料で人家に配っちゃえば……」 「駄目よ鈴仙ちゃん、それやった師匠が人間たちに凄く不審がられてるの知らないの?  無償の善意は時として悪意以上に疑心暗鬼をもたらすの。  幸いというか何と言うか、師匠の薬はそれ以上によく効くから、皆の不信感はうやむやになってるけど――  ここまではいい? ちゃんと話についてこれてる?」 「私そこまで馬鹿だと思われてるの? 伊達に師匠の弟子やってないわよ」 「ならいいけど。で、師匠の薬箱に加えてさらに、永遠亭の兎である私が同じような真似をしてみなさい?  人間からすれば、気持ち悪いことこの上無いわ。人間って疑り深い生き物だもの。  それに、私の食器は永琳の薬ほどわかりやすい効果なんて無いわ。幸運なんて目には見えないもの。  そうなると、いたずらに人間たちの不安を煽るだけになるわ。  そうならないよう、無料じゃなくて、低価格でご奉仕。わかった?」 「う、うーん、わかることはわかるけど……」 「それに、無料で食器を大量配布なんてしてみなさい、人里の食器職人たちは揃っておまんま食い上げよ?  こういうのはあくまでほどほどにやるのがいいの。わかったら黙って手伝いなさい」 てゐの出店に、人々が集まってくる。ここぞとばかりにてゐは大声を張り上げた。 「幸運を呼ぶ食器だよー! あ、ちょっと失礼お嬢さん、そっちのお椀、ちょっと幸運のかかり具合が悪いかもだわ。  ちょっとそのお椀貸してね……むむむー、えいや! 幸運祈願!」 びかびかー、とてゐの手の中のお椀が光る。 「ほらこれでばっちり! こいつで毎日お味噌汁飲めば、あなたにも幸運ざっくざく!」 「(ひそひそ)ちょちょちょちょっと、てゐの幸運ってそんな派手な演出とかいらない能力のはずじゃ」 「(ひそひそ)しっ! デモンストレーションは大事でしょ? 別に騙してるわけじゃないわ、ちゃんと能力は使って幸運の効果はばっちりなんだから!」 「えー、でも、えー?」 「本日限りの幸運食器、金運健康運恋愛運にええい出産祈願もおつけしちゃおう!  買えば幸せになれる食器だよー! 今日を逃すと手に入らないかもー!」 「騙してはいない……? 本当に? これでいいのかなぁ……?」 一方、地獄にて。 「地獄の獄卒さんたちお疲れさまでーす、差し入れですよー!」 「おや、あんた見ない顔だな。新入りか?」 「はい、今日限り地獄のお手伝いをさせていただくことになった水橋パルスィといいます、皆さんよろしくー!」 「あっはっは、何か知らんが地獄の底だってのに陽気な嬢ちゃんだな、気に入ったよ。  どれ、差し入れ……って、こりゃまたより取り見取りだな」 「本当は得意のペルシャ料理一色にしたかったんだけど、ここの獄卒さんたちはやっぱり日本食のほうが慣れてるかなーって、  そしたら作りすぎちゃって……皆さん食べてくれるかなぁ?」 心配そうな表情を出しつつしなを作るパルスィ。ぶりっ子以外の何者でもない。 「おお食べるよ食べる、ここの鬼どもはみんな大食らいだからさ――  おお、こりゃいける。ペルシャ料理ってのもなかなかさっぱりしてていいな。そのくせ味自体は薄くないから、酒と一緒に食いたくなるぜ」 「ああん、お酒は駄目ですよ、仕事中なんですからー。  お仕事が終わったらお付き合いしますから……ね?」 「うははは、そりゃあ楽しみだ! よっし、今日の仕事は張り切って終わらせなきゃなぁ!」 また人里にて。 「ぜーはーぜーはー。か、完売したわよてゐ……」 「えー? まだお客さんいっぱいいるのにー」 「そんなこと言ったって……無いものは無いわよ?」 「もーしょうがないなあー……ええい今日は出すつもりの無かった商品も出しちゃうわよー! ここにずらりと並んだ家具一式でどうだぁー!」 「ちょ、おま」 「お、そこのお客さんお目が高い、このツボは舶来品でね、今の幻想郷じゃ他じゃ手に入らないんだよ! ただ、まあやっぱりそこまでいくと値段が……  え、買う? 幾らでもいいから売ってくれ? えーもうしょうがないなー。はいそろばんぱちぱちっと、この値段でどうだ! よし売った!」 「待て待て待て待ちなさいってば! 詐欺でしょそれどう見ても詐欺よね!?」 「人聞き悪いこと言わないでよ、双方合意の上での商売に詐欺も何もあるもんですか!  ツボが外の品だったのも本当よ、今日の私は大真面目、一切嘘はついてません!」 「嘘だッ! 少なくとも家具を今日出すつもりが無かったってのは大嘘! でなきゃわざわざ重い家具をこんなにたくさん揃えてるはずが無い!  ついでにさっきのツボ! 香霖堂で買ったときは激安だったじゃないの!」 「いいのよ、あそこの店主が物の価値のわからない男なだけなの! 物の価値のわかる私が同じく価値のわかる人に、相応しい値段で物を売っただけ!」 ずんどこ調子に乗って家具を売りさばくてゐ、興奮状態で次々と押し寄せるお客さん。もはや会場は催眠商法状態。 「こ、この……いい加減に、しろーー!!(ズビシュ!)」 「ザヤクっ!?」 見るに見かねた鈴仙、鋭く重い一撃をてゐにお見舞いする。てゐ、撃沈。 「あんたたちも! いつまでも押し寄せてきてるんじゃない!!」 続けて鈴仙が狂気の目を発動、人々から興奮の波が引き、正気へと返っていく。 「えー、本日の商売はこれまでです! 今日手に入れられなかった人は後日、また折を見て食器の訪問販売に行かせて頂きますので、  ご希望の方は永遠亭まで連絡ください、それでは失礼しますー!!」 地に沈んだてゐを抱えて、あっという間に逃げ出す鈴仙。まさに脱兎と呼ぶに相応しかった。 さてはて地獄にて。 「閻魔がなんだー!!」 「地上のやつらが何だってんだー!!」 「妬ましくなんかない、妬ましくなんか……ふわああーん!!」 「畜生……こちとらきつい、汚い、キモがられるの3K仕事やってんのによぉ……出会いなんて無いよ、昇進もできないよぉ……」 既に仕事は終了、定時上がりした鬼たちは全員こぞって行きつけの酒場に通い、飲んだくれていた。 もちろんパルスィも一緒だ。というより、パルスィがここにいる鬼たち全員を大々的に誘ったのだ。 「あらあら皆、そんなに鬱憤溜まってたの?」 「溜まってるなんてもんじゃないよ! 閻魔のやつ、俺たち鬼以上に鬼なんだよ!」 「ちょっとこっちが前世で罪がかさんでるからって足元見ちゃってさぁ!」 「死神たちの出世振りが妬ましいよ……俺らだってがんばってるのに……」 「ふふふ。そんなに妬ましいのみんな? 自分の汚らわしさを棚に上げてまで妬ましく思うんだ?」 「そ……そりゃあ、こっちは後ろ暗い身だしさ、非があるから言い返せないけど……」 「妬めばいいのよ」 「え?」 「妬みは生き物としての本性よ、誰に止められるものでもないわ。  私たちはその妬みを糧にして、バネにして、明日を生きていけばいいの」 「あ……ああ……!」 「そうよ、人間が何よ! 閻魔がどうしたっていうの! 死神だから何なの!? 博麗の巫女が、境界の大妖がそんなに偉いの!?  私たちだって生きてるじゃない! 頑張ってるのにどうして報われないの!?  ……わかる? 世の中って理不尽なのよ。不公平が当たり前なの。  だったら私たちはどうすればいい? ……その不公平を妬めばいい、妬ましさを積み重ねれば、いつかは天人だって地に落ちる時がやってくるわ!」 「う……うおー!!」「感動した!」「パルスィさんすげぇ!」「姐御と呼ばせてください!」 「一生ついていきます!」「俺らもう嫉妬心の虜ですから!」「俺らのことわかってくれるのはパルスィの姐さんだけだ!」 「今日あんたに会えて良かったよ……今までの苦労が全部報われた気がする……ありがとう、本当にありがとう!!」 「あっはははははは! そうよ、もっと妬みを、もっと嫉みを! 嫉妬の炎は、誰にも止められるものではない!  ああ、気持ちいい! 嫉妬に囲まれて嫉妬を操る私って最高! これだから嫉妬妖怪ってやめられないわー!!」 一日終了。ジャッジ―――― 「こほん」 「…………」 「…………」 「さて……二人とも。申し開きはありますか?」 「ぜ、善行よ! 人里の経済活性には大いに貢献したし、私の家具やツボを買った人は誰も後悔してない!」 「わ、私だって鬼たちに救いを与えてあげたわ! 明日から鬼たちの仕事ぶりはもっと良くなるはずだし、立派な善行――」 「卒塔婆弾幕っ!」 「ぶげらっ!」「あべしっ!」 「…………まあ。確かに善行は善行なんです。それを認めぬわけには……い、いきません」 「めっちゃ不本意そうね」 そう、一応やったことは善行である。 てゐは安価でたくさんの人たちに幸運をばらまいた。人里の経済活動を乱さぬよう、無料にしなかった配慮も大きい。 買った人たちで文句を言ってる人間もいないし、追加注文も殺到しているという。 幸運は人に笑顔を生み、それは更なる幸福をもたらす。てゐの能力は有効活用すれば、いとも簡単に善行を成し遂げる。 パルスィは、日々の仕事に疲れきっている鬼たちに誠心誠意尽くした。手料理を振る舞う以外にも、様々な雑用を手伝った。 元々、地獄の仕事は血なまぐさい。人手は少なく、居心地は悪く、モチベーションも低いままが当たり前だ。 そこに積極的に働きかけ、あの巨大な職場を活性化した。これによって魂の輪廻は正常化に向けて、より効率的に回りだすだろう。 「えー……ですが、手段があまりにもアレです。もう解説する気も起きませんが……二人ともわかっているようですし」 「だって」「ねえ?」 「だってもねえもありません! はい、この勝負はてゐさんの勝利!  では反省を促すためにここから説教フルコース――」 「ちょっと待ってよ、なんで私負けたの? 納得いかないわ」 「……まあ、私は言っても構いませんが……てゐさん、よろしいですか?」 「……何を気使ってるのよ。言いたきゃ勝手に言えば?」 「では説明します……今回の善行は、お二人とも伯仲したものでした。手段のアレさを差し引いても、どちらが勝ったとも言えないほど拮抗していました。  ですが、てゐさんはさらにもう一人分にだけ、善行を施していたのです。  それが鈴仙・優曇華院・イナバです。  元より、永遠亭の妖怪兎たちを使わずに鈴仙さんを使い走りにしたのは、  月から脱走してきて罪深かった鈴仙さんに、少しでも自分が稼ぐ徳を山分けしてあげたかったため。  そして、自分が後のほうで調子に乗って詐欺商法にかまけ始めるのを、真面目だった最初のほうで見越しておいた上で、  鈴仙さんを側に置き、すぐに止めてもらえるようにしておいた。  そうすれば、鈴仙さんは詐欺で騙される人を救い、同時に詐欺で徳を失おうとするてゐさんを救う、  さらに会場から元凶のてゐさんを連れて逃げ出すことで、場がパニックになることさえ未然に防ぎました。  これらの善行は全て、てゐさんの計算によってもたらされたものです」 「待って、鈴仙ちゃんの善行は」 「はい、彼女が善行を行い罪を償ったのは変わりありません。ですが同時に、あなたの善行もまた変わりは無いのです」 「……いや、まあ、私は別に、そこまで考えたわけじゃなかったけどね」 「真面目になっても素直にはなれないのですね……というわけでこの勝負、里の人間たちと一匹の月兎に幸福をもたらしたてゐさんの勝ちです」 「ふんだ、全部勝手な憶測よ……さて」 「その思慮深くも心優しい性格、妬ましいわ……さて」 「「じゃあ帰ろ、」」 「帰すわけが無いでしょう? これから地獄の密着6時間説教コースに突入です」 二つの少女の絶叫が響き、後には閻魔の説教が残ったという。