「あなたもできる!トラップマスターのススメ〜〜ベトコン編〜〜」 「子供の悪戯対策マニュアル〜伸び伸びとした子育てのために〜」 「妖精伝承:大自然の成立ち」 近頃の小悪魔が好んで読む本は、悪戯と妖精に関するものである。 妖精のような、無邪気な悪戯を学びたかったのだ。 特に破滅や堕落を狙わない、純粋な遊び。それらは余計な事をしないためにとにかくペースが速い。 妖精の記憶力や注意力の移動に勝る速度で繰り出される悪戯の数々。大妖精は比較的ペースが遅いとはいえ、こなす数はそれでも小悪魔の数倍である。 「水の妖精が、夜中に子供の蒲団を濡らして帰る…ですか…。確かに最小の手間で高い効果をあげることができますわ」 吸血鬼にやると後が怖いので、やるなら外でやる事になるだろう。 水を生み出す魔法は、基本的な魔法の一つである。小悪魔にも十分可能な悪戯だ。 「さてと、この本を戻して……あら?」 パチュリーの机の上に、小さな瓶が置かれている。 喘息の発作を起こしたときに使う、緊急用の薬だ。外出する時に忘れたのだろうか? パチュリーに死なれては、図書館に留まる大義名分がなくなるので困る。もっとも発作を起こさなければこの薬の出番はない。無駄足になるだろう。 今朝は調子が良さそうだったので、必要ではなかったのかもしれない。 少し考えた後、小悪魔はお祭り見物に行っているはずのレミリア(に付き合わされているパチュリー)一行を探しに行くことにした。 湖にいるはずの大妖精に少し顔を見せようとしたのが最も大きな後押し要因だったが、妹様が大暴れした時に門番にすべて責任を押し付けられるという大切な要因もある。 大通りでは、笛や太鼓の音が狂おしく楽しそうに踊っている。 それが裏路地ではどうだ。別世界の出来事のように、遠くで狂おしく鳴り響いている。 大妖精は、そんな狂気に気付いていない。いや、狂気をコントロールしていると思い込んでいる。 たしか小悪魔は、こんなとき肩を肌蹴ていた。そう思い出すと胸元のリボンをするりと解き、肩を露出させる。 そうすると、男の視線は肩に注がれた。 おもしろい、まるで人間を人形のように操っている気分だ、それが大妖精の純粋な感想である。 大妖精は、子供が人形で遊ぶその姿に似ていると壮絶な勘違いをしているが、実際はそうではない。 それより、猛毒を持つヘビを惑わせて躍らせるヘビ使いに近い。そんな緊迫した状態なのだ。 くすりと、思わず悪戯っぽい笑みがこぼれる。 面白さが我慢できなくて、思わずこぼれた笑みであるが、それは男から見ればさらなる挑発に他ならない。 次に、スカートを片方だけたくし上げて健康的な太腿を晒した。 そうすると、さらに男の目は血走り、鼻息を荒くさせた。 それを見て、単純に面白い反応だと笑い転げたいのを必死に押さえ込む。 だって、小悪魔はそうしていたから。 確か、小悪魔のときはこの後人間が近寄ってきていた。この後どんでん返しで驚かせるのがお決まりだ。 小悪魔のように、何か準備している訳ではない。まぁ至近距離で弾幕宣言でもすればビックリする顔が見れるだろうと安直に考えている。 小悪魔なら、それでも良かった。並の人間なら身体能力でも魔力でも捻れるのだから。 大妖精には、人間を上回る力も弾幕もない。短距離の零時間移動は並みの人間に獲得できるものではないが、捕まれたら相手ごと飛ぶしかないので絶対的なアドバンテージではない。 そして、大妖精の最も大きな勘違いは失敗した時のことである。 失神するほどボコボコにされて意識を失って放置されるか、蘇生に数日かかるほどバラバラにされるかの「いつもの失敗」程度の心配しかしていない。 繁殖の本能も必要性もない妖精にとって、理解も想像もつかぬおぞましくて屈辱的なことなど予想の立てようがないのだ。 だから、じりじりとにじり寄ってくる男に、見よう見まねの流し目で艶かしく姿態をくねらせながら近寄るのを待つことができた。 大妖精の肩に男が手をかけたとき、男の腹に弾幕を叩き込む事もできた。 ここまでは、大妖精は自分がこの場をコントロールしていると思っていた。 弾幕を叩き込んでも、男は肩から手を離さなかったのだ。 そして、慌てて2発目を叩き込もうとしても捕まれたまま男はスペルカードを宣言した。 大妖精の渾身の弾幕は、塵のように吹き飛ばされてしまった。それどころか弾幕を飲み込んだ男のスペルカードは大妖精を飲み込んでしまう 薄れゆく意識の中で、あぁ失敗しちゃった。次は上手くやらないと。そう軽く大妖精は考えていた。 小悪魔が、お祭りに付き物の露店でパチュリーを発見したのはすぐだった。 露店に置かれた古本の束をめぐり、朱鷺色の羽を持つ妖怪と弾幕を演じていたからだ。 物見遊山と洒落込んでいたレミリアも、朱鷺色の妖怪の意外な奮闘振りに驚いている様子だ。 レミリアは、パチュリーが勝利を収める運命は見ていたが、ここまで朱鷺色の妖怪ができる相手だとは読めていなかったらしい。 レミリアの傍らに仕えるメイドの咲夜に、事情を話して薬を渡すついでにそんな経緯を聞いた。 本好きな妖怪となれば、多少は話しても悪くないかもしれない。 勝負がつくまで、のんびりと綺麗な弾幕でも眺めていようか……どうせ館に戻ったところで今頃妹様が暴れて門番が困っているに違いない。わざわざ戻って苦労を背負い込む必要はないのだ。 なぜ暴れていると確信できるか?それは出かける直前に「今日は人里で楽しい事があるらしいですよ」と妹様に告げ口したからに決まっている。 嘘は言っていないし、出るように勧めてもいない。苦労するのはただ門番だけだ。 そう、冷笑を浮かべながら弾幕を眺めていると視界の隅に別の弾幕が映った。 あの弾幕には見覚えがある。そう、大妖精のものだ。 お祭りに乗じていつもの悪戯でもしに来たのだろう。折角だから顔でも見せに行こうか、そう判断してそちらに向かうことにした。 図書館の留守番を放棄する大義名分はあるのだから、一緒にお祭りをめぐるのも楽しいかもしれない。 大妖精のことだ。どんなイベントにもくるくる目を回しながら無邪気にはしゃぎ回るに違いない。 その情景を想像し、思わず微笑むとレミリアと咲夜に気味悪がられた。 そういえば、紅魔館では冷笑と愛想笑いしかした事がなかった。癪だが気味悪がられるのも仕方ない。 位置的には、この辺りのはずなのだが。 少し路地裏に入り込んだあたり。大妖精が好む遊び場としては狭い気がする。 人気の少ないところで悪戯を仕掛けたのだろうか。 意外と、私が来たのに気付いてかくれんぼでもしているのかもしれない。 零距離移動で背後に回りこまれ、目を後ろから塞がれたときは驚いて変な声を上げさせられたものだ。 そんな楽天的な考えは、土の上に落ちた玉虫色の櫛を見たときに打ち砕かれた。 悪戯を咎められたならば、その場に彼女が転がされているはずである。死んでもすぐ蘇生するので生死問わず。 大妖精の宝物の櫛、それに回りには大妖精の服の破片が僅かに散っている。 決定付けているのは、建物の隅に胸元のリボンが落ちていることである。 1.大妖精が、この櫛を置いて自分の意思で移動するはずがない。 2.大妖精はここで交戦している(弾幕もあり、布の欠片も残っている) 3.消滅するほどの火力を浴びせられたわけではない。(リボンが完全な形で残る) つまり、交戦して敗れた大妖精は自分の意思でなく移動させられたことになる。 小悪魔は、以前大妖精が人里に行くことを嫌がっていた。 バラバラにされるから…などと言いくるめていたが本当は違う。 大妖精は、妖精ではなく女性としてみると大変魅力的に映るからだ。 飢えたオオカミの群れに、美味しそうで警戒心のない子羊を放り込んだらどうなるか。結果は明白である。 普通は大きくても幼子程度の妖精。しかし大妖精は年頃の女性の姿という特異性を持っているのである。 大妖精を探さなければなるまい。早急に。そして無垢な妖精に欲情する鬼畜変態野郎に鉄槌を食らわせなければなるまい。 目が覚めると、冷たい屋外ではなかった。 遠くで祭りの音が聞こえるので、人里には違いないだろう。 ぼぅっとする頭で見渡すと、手に鉄の鎖が巻かれている。 それで吊り下げるように、壁際に大妖精は繋ぎとめられていた。 足にも鉄の鎖と鉄球が繋がっている。しかし吊り下げられていてもギリギリ膝をつける程度だ。 若干の肌寒さを覚えると、服も下着も代わっていた。 可愛らしいデザインの服だが、妙にシースルー素材を多用している。 こんな服は、当然大妖精は持ち合わせてない。 それに、ドロワーズではないパンツなんて始めてである。妙に肌寒い原因はこれかもしれない。 大妖精が部屋の奥を見ると、何やら人影が動いている。 「あの…?」 声をかけた後に大妖精はぎょっとさせられた。 男は、大妖精の服を顔に押し付けてくんかくんかと犬のように嗅いでいたのである。 その後、執拗にドロワーズに舌を這わせながらゆっくりと大妖精に向き直った。 垂れた涎をドロワーズで拭い、細い布と所々穴の開いた球体を手に取って無言で歩み寄っていく。 何かをされるのは、大妖精でも理解できる。しかし、何をされるのか大妖精には理解ができない。 好奇心の沸かない、理解できないものは恐怖である。 こう手足の自由が利かないと弾幕も撃てない。それに繋がれている以上この家ごとでなければ零距離移動ができないが、それほどの力はない。容量オーバーなのだ。 いくら恐ろしくても、大妖精に残された抵抗の手段は何一つ残っていなかった。 男は、大妖精の小さな口に似合わぬ大きな球体を口に捻じ込むとそれをベルトで固定した。 魔女の魔法詠唱を封じるために作られたという、俗に言うギャロットボールである。 大妖精は、小さな舌でそれを押し返そうと必死になるが力の差は歴然である。 次に、黒く細長い布で大妖精の目を覆った。 大妖精は恐ろしさに、嗚咽を漏らすが声は声にならない。叫びはただ涎となって頤を伝い、静かに床を濡らすだけである。溢れる涙は目隠しを濡らし、それでも溢れて頬を伝った。 追跡魔法を駆使して場所を割り当て、小悪魔が現場に到着したのはまさにそのタイミングであった。 一瞬で首を跳ね飛ばしてしまいたかったが、もし周りに騒がれては大妖精がさらに困惑するだろう。 それに喉がこれほどまで熱く、狂おしい怒りを鎮めるには一瞬の死ではとても足りない。 当身で気を失わせ、追跡の魔法陣を植えつけて今は放置でいいだろう。 後々、地獄の炎で焼かれるよりも絶望的な苦しみを与えて嬲ればよい。 トンと首筋に一撃。人間は脆いものだ。 「大ちゃん、助けに来たわよ」 そして目隠しとギャロットボールを外す。 鍵は探しているのも面倒なので、魔力弾で鎖を弾き飛ばした。 「こぁちゃん…ありがとう!えへへ、こぁちゃんのマネ上手くできなかった」 ばつの悪そうな、でも悪戯っぽさを残した笑みで大妖精は笑っていた。 それでいい。大妖精には笑顔が似合う。そう小悪魔は思っていた。 「まったく…だから私の真似は妖精には向かないといったでしょう?」 これでは悪い見本は見せられない。 本格的に妖精の悪戯様式を学ばなければならないらしい。 「途中までは上手くいったのだけれど…あ、そうそう!こぁちゃん」 今度は、心底嬉しそうな顔と声で、こう大妖精は言い放った 「大ちゃんって呼んでくれてありがと」 小悪魔は、今になってそう呼んだことに気がついた。 少し恥ずかしくて、そっぽを向きながら「別にいいでしょう?」と返した。 心地よいくすぐったさが二人を支配する。 「「そういえばまだお祭りが続いているけれど」」 二人は同じタイミングで同じ言葉をかけあい、同じ考えであることを確信すると、お祭りへと参加していった。 男が目覚めると、そこは暗い部屋の中だった。 うっすらと、虹色の結晶のようなものが浮かんでいる ここはどこだろうと、光に近寄るとそれは幼い少女の背中から生えていた。 羽だろうか。それにしては歪過ぎる。 「ねぇお兄さんどこからきたの?」 この子も妖精だろうか。だとしたら力づくで手篭めにするのは簡単な話だ―― 「こぁ、フランに玩具を与えたと聞いたけれど?」 「えぇ、10時間苦痛が消えず死ねない呪いをかけた人間です。少々罰が必要な人間でしたので、ご用意させていただきました。」