妖精にだって自己主張はある。 ただ、主張より悪戯に引っ掛かった奴を見て大笑いするほうが楽しいだけだ。 「ねぇこぁちゃん?たまには遠出しない?」 大妖精の彼女は、湖の畔の大きな石に優雅に腰掛けた小悪魔に話し掛けていた。 大妖精は、櫛を手にして深紅の小悪魔の髪を梳いている。 湖の貝から出来ているのだろうか。その櫛は玉虫色に輝いて見える。 「あら、貴女が遠出なんて珍しいわ。何か面白い悪戯でも思いついたのかしら?」 柔和な頬笑みを浮かべて、でも大妖精に向き直ることはしなかった。 動いたら梳かす邪魔になるし、お互いが心から優しい表情をしていることは見なくても解っていたからだ。 「楽しい悪戯もいいのだけれど。ちょっとこぁの悪戯の真似をしたいのよ……っと、はい梳かし終わったわよ。」 より一層艶やかさを増した小悪魔の髪をみて、誇らしげに大妖精は終了を宣言した。 二人は位置を交換すると、今度は小悪魔が大妖精の髪を梳きはじめた。 小悪魔が手にしているのは、漆黒のダマスクス鉱で出来た櫛である。 細かなルーンが刻まれた櫛に、所々金とミスリルの装飾がなされており、素人目にも何らかのマジックアイテムであることに疑いの余地はない。 当然だが、妖精が目にする機会はまずないといってよいだろう。 つまり、お互いにとって最高の櫛で梳かし合いをしているわけである。 「私のやり方……あまりあなた向きではないと思うのだけど」 人間を堕落させ、破滅に導く綿密な計画に沿ったやり方は、妖精向きではない。 興味の対象がころころ変わる妖精では、数年単位の破滅なんて待ちきれないだろう。 「そう…かな?ほら、この前人間を2〜3言で誘き寄せて落とし穴に落としたじゃない」 あれは・・・そう。大妖精が、人通りの悪い場所に落とし穴を掘っていたのでちょっと惑わせてやったことがあった。 「あれはただ、『こっちに金塊があるの!一人じゃもてないから手伝って!』って声をかけただけよ。貴方に人間の愚かなほど果てしない欲望を理解できるとは思えないわ」 そう言われては、大妖精は反論できない。 人間のモノマネをして飲み食いしても、それは形だけである。 生き残りを賭けた食料の確保なんて、妖精の理解の範疇を超えている。 そもそも、死んでもすぐに蘇る妖精に命の価値なんて理解できるはずもない。 妖精は欲望なんてものとは無縁なのだ。 「わからないから、こぁちゃんに聞きいているのよ?他の妖精に聞いてもわからないもの」 「なるほど、遠出って言うのは人里近くまで行く気だったのね。手当たり次第試せるから。」 妖精は単純で無謀だ。思慮も浅い。 妖精の中では飛びぬけて賢く慎重な大妖精ですらこうなのだ。 「――そうと解ればさらにダメよ。」 小悪魔は、少し強めに大妖精に言い聞かせた。 不満げに口を尖らせる大妖精に、手を休めて小悪魔はこう続けた 「だって、せっかく梳かしたのに。人間にバラバラにされたらもったいないもの」 あくる日。今日は小悪魔が遊びに来ない予定だ。 何でも館の住民が出かけるので、留守番をしなければならないらしい。 それじゃチルノと…と思ったのだが、蟲の妖怪と遊びに出かけてしまって入るらしい。 以前は、妖怪(とはいっても弱い部類の)と渡り合って楽しんでいるチルノを羨ましく思っていたが今はそうではない。 私は、悪魔(とはいっても弱い部類の)と楽しく過ごせてるのだ!実力に明確な差はあっても、楽しめれば勝ちなのだ。 唯一不満があることと言えば、親しみを込めて大ちゃんと呼んで欲しいといったのに、それを聞いてくれないことだろうか。 「さて、どうしましょう……」 とにもかくにも、大妖精はヒマだった。 いっそ紅魔館に進入して、小悪魔に会いに行こうかとも考えた。 しかし、どんな時でも恐ろしい「イモウトサマ」という怪物が中にいるので危険だと、青ざめた表情で小悪魔が語っていたのを思い出した。 うっかりバラバラにされても、数日すれば元通りなのだから別に危なくはないと思うのだが…小悪魔がこのことを話したときの表情を思い出すと、どうも行く気がうせるのだ。 そして、その選択が正しいことを大妖精は知らなかった。 「存在そのもの」を破壊されては、蘇生もままならないで消滅するしかなかっただろう。 「………遠くが騒がしいわ。人里の方ね…」 笛や太鼓の音だ。お祭りでもあるのだろうか。 その音に釣られ、妖精たちが人里へと集まってゆく。騒ぎに乗じて悪戯三昧を働くつもりなのだろう。 渡りに船とはこのことだ。 暇潰しに、大妖精は騒がしい人里へと向かっていった。 大妖精が、お祭りで最初にやることは型抜きである。 大妖精ほどの智慧があると悪戯と盗みの分別がついているし、何より得意だからだ。 細密なクナイ弾で弾幕型抜きをして小銭を稼ぐと、屋台でりんご飴を買ってそれをほお張った。 この飴を食べきる前に、何とか悪戯の目処を立てたいのだが…そう諮詢しつつ神輿を眺めていると一人の人間の男と目が合った。 妖精にしては大き目の体格が目に止まったのであろうか。 だが、大妖精にしてみれば「よし、こいつをからかおう」と思うのに十分なエピソードである。 「(さて…どう悪戯するべきかしら?)」 こちらがバレている以上、不意打ちドッキリ系の悪戯は通用するまい。 姿を晒してする悪戯……小悪魔の得意分野である。しかし、なんとかしたい。 熟考に入って周りに気付かなかった大妖精は、遠くで行われた弾幕の流れ弾に気付けなかった。 被弾こそしなかったものの、足元に打ち込まれたために大妖精は大きくバランスを崩して尻餅をついた。 微かに晒す純白の三角地帯。 その男の目は、爛と輝いた。 大妖精は、その意味を理解せずに――いや、勘違いを交えて――その輝きを捕らえた。 以前、小悪魔が色気たっぷりに人間を騙した時の人間の目つきと同じである。 ここで、身の危険(貞操の危機)を感じるのが人間である。 如何に陥れるか考えるのが悪魔である。 とりあえず襲ってみるのが妖怪である。 何の不安もなく、相手を悪戯できると勘違いするのが妖精である。 そして、大妖精はやはり妖精であった。 理由は解らないが、ちらりとパンツを晒すと小悪魔のように人間を騙せると考えたのだ。 小悪魔のまねをして、ちらりと流し目を男に送る。 小悪魔のまねをして、人の少ない方に歩みを進めてゆく。 小悪魔のまねでしかない。でも小悪魔のように人間を正面から騙せる。 そして、小悪魔に言ってやるのだ。「私にもできたよ。次は一緒にやろうね」と。 大妖精は、自らが招いている危機を理解していない。 つづく