――たまには、館の外にでも遊びに行ってきなさい。 それが、こぁの主人が命じた言葉だった。 「パチュリー様、私は別に宴会に呼ばれないことなんて全く気にしておりません。パチュリー様は宴会で多少は体を動かした方が健康的でよろしいので、望ましい傾向だと思っていますよ。あぁ、でも太らないで下さ――」 余計なことは言うものではない。口は災いの元。それは人も悪魔も変わらない摂理らしい。 まぁ、小悪魔とはいえ悪魔である。こぁにとって、館の外の妖怪の活動なんて興味の対象ではない。 悪魔より下等な種とはいえ、高度な精神文化を培っている。妖怪を誘惑に乗せるのは簡単ではないのだ。 逆に、面白いように悪魔の囁きに乗る人間は遊び相手にうってつけである。 まぁ、紅魔館で出会うのは悪魔の囁きより外道な要求を突きつけてくるか、誘惑が通じないか、レミリアに忠誠を誓っているという稀有な者しかいない。 希に誘惑に乗りそうな愚かしい人間も来るが、レミリアの許可を得て滞在しているので賓客扱いである。格上の悪魔に逆らう気は毛頭ない。 とはいえ、図書館には誘惑をする楽しみ以上の楽しみが眠っている。 人間を堕落させるのも好きだが、こぁはそれ以上に知識欲の方が高かったのだ。 なので、形式的には召喚主の魔女とそれに仕える悪魔だが、本質はただの本好き仲間でしかない。 そう、仲間なのだ。 ただ、パチュリーはレミリアを通じて宴会に顔を出して入るし、必要があれば異変にも介入する。交友関係は意外と広いのだ。 そこが、こぁとの一番の違いである。 こぁには、友人と呼べる者はいないし、こぁも必要とはしていない。 言外に「友達でも作って来い」という意図を感じるパチュリーの命令。それはただこぁを苛立たせるだけであった。 しかし、館から出て遊ぶからには最も楽しめる遊びをするに限る。 なので、たまには下等な人間風情でもからかおうと湖のまわりを飛んでいると、すぐにコートを来た人影を発見した。 愚鈍で安直極まりない人間が、憎しみと怒りにどれほど顔を歪ませるのか想像するだけで甘い吐息と全身の疼きが止められない。 ――が、どうやら近くの妖精どもも同じ奴を餌食にしようとしている。 普段なら弾幕で追い散らすところだが、それでは獲物にも逃げられてしまう。弾幕は派手極まりないからだ。 「ねぇちょっとそこの緑の妖精。お仲間に交ざってもよろしいでしょう?」 高圧的に、有無を言わせない。妖精相手に高尚な交渉なんて時間の無駄である。 「あら?紅魔館の……妖精たちがお世話になっております。何かとご面倒をおかけしていますが寛大なご処置をお願い申し上げます。」 こぁは、妖精にしては鋭い観察眼と高そうな知性に驚かされた。 近くで「アンタ誰?」「無視するな〜」と喚く氷精よりは話が通じそうである。 「あの人間を弄ぶのでしょう?せっかくだから私も遊びたいのよ。だから――」 「じゃぁあいつのコート脱がしで勝負だっ」 こぁの台詞を遮り、氷精が冷気を人間に浴びせかけた。北風と太陽の話を知らないのだろうか 当然、氷精が勝てるわけがない。 次は私の番ね、とこぁは誑かす準備をはじめた。 そこに「勝負といっても何を賭けましょうか?」と緑の妖精は目を輝かせて尋ねてきた。 「そうね……私が勝ったら紅魔館で働いてもらいましょう。あなたが勝ったら…あぁありえない可能性は考えても仕方ないわね。」 悪魔にとって人間にコートを脱がせるなんて楽なものである。妖精に順番が回る前に勝負は終わるのだ。 「あら、でしたら・・・私のお願いを一つ叶えて下さい。自信があるならよろしいですよね?」 ――生意気な妖精だ。紅魔館でこき使ってやろう。 そう心に誓うと二つ返事で了承した。 「うぅ、冷えるなぁ・・・」 誰も聞いてはいないのに、一人呟くこの男はごく普通の釣り人である。 里の龍の像は晴れるとでていたのだが、どうやら外れたようだ。 釣り場を探して、霧の湖の岸辺に目を凝らすと何やら鮮やかに赤いものが見える。 おかしい、紅魔館はもっと先だ。ここからではまだ見えるはずもない。 「……人…か?」 近寄ると、人のように見える。 そうだ、と釣り人は幻想郷縁起の記述を思い出した。 紅魔館を守るのは、紅い髪の妖怪だと・・・ だとしたら、なぜ倒れているのか。 そう、妖怪だとしても危険度は低く友好的なはずだ。幻想郷縁起を信じるのならば。 「君、大丈夫かい?」 計画通り! 今のこぁは耳も翼も尻尾も魔法で変化させて「人間」にしか見えないように変装している。 今の設定は『紅魔館の妖怪に襲われ、護衛の人は倒されてしまった。私自身も逃げるのに必死だったが、足をくじいて動けない。襲われたので服はボロボロ、泥を這ってきたので薄汚れている。酷く脅えており、出会った人間に頼り切ってしまう』である。 人間からしてみれば、こぁの姿は美しい。年頃の美女が頼り切って甘えてくれば、愚かな男は優しくするだろう。 そこで「寒いわ…」とでも儚げに呟けばコートを貸してくれる。そこで作戦終了である。 後はネタ明かしでもして、怒り狂ったところを返り討ちにして湖にでも浮かべてやればいい。 「あぁ…あなたは人間ですか?私、助かったの…?」 恐怖に満ち、寒さに震える強張った表情から、男に気付くと頬を緩ませ、瞳には涙を浮かべた表情に変化させた。 事情を尋ねる男に、用意してあった嘘八百を並べ立てる。 「なんてことだ…君、大変だったね。」 口ではそう性根の腐った男は答えたが、肌蹴た胸元や破れてスリットのようになったスカート。所々破けたパンストをチラチラと見ているのが明白である。 今からその内面の下衆な笑みをズタズタに引き裂いて、怒り狂わせるのが楽しみで仕方がない。 「あの、申し訳ありません…足を痛めてしまっていて上手く歩けないのです。恐縮ですが、背負っていただけませんか?」 背負ってもらい、こぁは自らの豊かな丘を男の背中に密着させた。 男が歩くたびに、それを僅かに動かして相手に感触を与え続けるのを忘れない。 男の背負う角度が微妙に前かがみになったあたりで、男は「あの・・・」と一応形式的に収まりがよくなるよう動かないように指示を出そうとする。 その言葉を遮り、「ごめんなさい、私重いでしょうか…?――え?そんなことはない? ふふっ口がお上手ですね。何せ殿方に背負われる経験なんて初めてなものですから・・・ちゃんと楽なように出来ているかわからないんですよ。え?こうですか?(ぷにっ)」 などと文句を挟ませない。わざと指示を理解せず、相手のリビドーを刺激する。 結果、相手の腕は早期に疲労して休憩を挟むことになる。 相手の体から、密着した体を離すときに寂しそうな声を「つい」出すのを忘れない。 潤んだ目で、艶かしく濡れた唇から「ここはすごく・・・寒いですね・・・」と、熱っぽさを帯びた声で伝える。 ここで、まともな男ならば上着を貸してくれるだろう。 いや、こぁが必要以上に誘惑したのが問題か。 男のほうに下劣なスイッチが入ってしまったらしく、コートのままこぁを抱きしめた。 まぁ、こぁからしていれば結局コートはそのうち脱ぐし、一瞬でどの体勢からでも男を縊り殺せる能力があるのだから何ら問題はない。 「暖かくなるおまじないをしてあげよう」などと下らない嘘を並べ立てる男が、劣情に任せた本能のままにこぁを触ろうとしたとき 男が「うひゃぁ!?」などと叫んで飛びのいた。 こぁからしてみれば、意味不明である。 しかしよく見れば、冷凍蛙やら冷凍魚を服の下に突っ込まれて慌てているマヌケな図がそこに展開されていた。 緑の妖精が、男の視界に入らないように零時間移動を繰り返して、色々服の下に突っ込んでいるのだ! やがて全ての服を脱ぎ捨て、男はほうほうの体たらくで逃げ出していった。 小悪魔が危ない! それが大妖精の判断だった。 実行を決めれば即行動。用意していたチルノ印のなまもの弾を、服を脱ぎたくなるように突っ込んだのだ。 「小悪魔さん。私の勝ちのようです」 しかし、小悪魔は当然それに抗議する。 あと少しで成功だったのに、邪魔をするなと。 だが、作戦に1時間を要する小悪魔と 開始20秒で全て脱衣させた大妖精。 目的からすれば、大妖精の勝利は疑いようもない。 だが、小悪魔は認めるわけにはいかない。認めたくなかった。 悪魔にとって、約束…いや契約は命を賭してでも守らなければならない。この小賢しい妖精はいったい何を望むのだろうか。 「でも、結局脱がせたの私ですし…」 いや、認めなければならないらしい。 何を望まれるか、こぁは恐怖で足が震えていた。妖精の能天気さは異常である。とんでもないことを望まれるかもしれない。 「そうですね……じゃぁ…」 大妖精は、悪戯っぽい笑みを浮かべて望みを言い放った。 「じゃ、あなたはずっと私の友達でいなさいよね」 「あ、こぁさん。最近はよく出かけられるんですね。」 門番風情がよく見ている。 「友達と遊びに行くんですよ」 高貴な悪魔が、妖精風情と友達とは情けない。 しかし、最近は――そんな情けない自分も嫌いではないこぁであった。 「さぁ、今日は何をして遊ぶ?」 あとがき びみょんにグレイズなのかウフフなのかわからん部分がありますが…これはどう判断するべきか。 とりあえず置いておきます。ダメだったら削除をお願いします。