これは創想話に投稿した『臥龍と狩人』のオマケです。  内容はオマケのお話をいくつかと、向こうに書くには少し長くなりすぎたあとがきです。  お話はあくまでオマケと言う事で長さも描写も非常にあっさりした物になっています。  もしお付き合いいただけるならどうぞ。  目次 ・中国風没ネタ(二つ) ・咲夜さんは美鈴が育てた(三つ) ・臣は考える(時系列について疑問が) ・Exあとがき、という名の作品解説 ・中国風没ネタ集 ☆  美鈴と咲夜の対立は続く。  主としての鶴の一声で美鈴に命令すれば解決できなくもない。 しかし美鈴があえて諫言してきた以上はそれを無視する訳にもいかない。  そこでレミリアは館の知恵袋であるパチュリーに相談する事にした。 「この二人の間を何とかしてあげたいんだけど、何かいい方法はないかしら」 「いい方法ねえ……正直お手上げかな。そもそも温厚な美鈴があそこまで態度を硬化させてる時点でかなりのものよ?」 「これまでずっと人手が足りないと言ってきたから、咲夜をしもべにしたら喜んでくれると思ったんだけどねえ」 「それは認識が甘いわね。自分の敬愛する主を殺しに来た相手に好感を抱くはずないでしょ」 「むう……」 「咲夜がへりくだればまだ望みはあるんでしょうけど、彼女はあっさり美鈴を倒してしまったからね」 「……あの。僭越ながら一つアイデアを思いついたのですが……」  そばで控えていた小悪魔が控えめに挙手をする。 「と言ってるけど?」  パチュリーはレミリアの方に振る。 「聞かせて」  レミリアが頷いたので小悪魔は自分のアイデアを語り始めた。 「これと似たような状況を主がとりなして上手くいった話があったのを思い出しました」 「どんな話?」 「三国志というお話の一部なんですが、当時貧しい家柄出身の武将は、 たとえ自分の方がが上官でも、部下達の家柄がいいとなかなか言う事を聞いてもらえなかったそうなんです」 「へえ……それで?」 「彼は身体に多数の傷を負うほどまでに奮戦して、ずっと主君を守ってきた武将でした。 ある時、主君は宴会を開いて自ら配下の者達に酌をして回りました、 そして彼に酌をする時に服を脱がせ、一つ一つの傷の由来を尋ねました。 彼は昔を思い起こしながらその由来を答えました。 さらに主君は彼の身体をつかんで涙を流しながら言いました。 『あなたは私のために勇敢に戦い、身命を惜しまず多くの傷を負われた。 私はどうあろうともあなたを肉親同様に扱い、兵馬の指揮と言う重任を委ねずにはいられない。 あなたはこの国の功臣である。私はあなたと喜びと悲しみを共にしたいと思う。 あなたの思うように事を運んでよろしい。寒門の出身だからといって遠慮しなくていい』 こうした事があってから、彼の部下達は非を悟って命令に服するようになりました。 これは彼がどれだけ主君のために働いてきたかを他の人に教える狙いもありますが、 主君にこうまで言われて感激しない配下がいるでしょうか? いないと思います。 美鈴さんもちょうど彼と同じ立場にいるのではと思いまして……」 「なるほどね。咲夜に美鈴のこれまで忠義を教えつつ美鈴を労う事もできるのね、いいアイデアじゃない」  レミリアは笑顔で頷き、小悪魔も自分のアイデアが役立ちそうなので満面の笑みを浮かべる。  しかしパチュリーは残念そうな表情をして言った。 「美鈴の身体に傷なんてある? 彼女の生命力だと再生して消えてしまうと思うけど」 「「あ……」」 ※この理由のためにエピソードに組み込めず。つい最近の傷ならまだしも、昔の傷はきっと残っていないでしょう。  オマケという事で、ここでは美鈴の身体に傷がいくつも残っているとして話を進めてみます。 「いいアイデアね。でも美鈴を裸にして、さらに咲夜がそばにいるなんて状況、どうやって作ればいいものやら」 「レミィがお風呂に二人を伴うのはどう?」 「お風呂ねえ……」  流れ水が苦手な吸血鬼の特性のため、お風呂もあまり好きでないレミリア。なので基本的に身体は拭いて綺麗にする。 「お風呂がお嫌なら、あとは夜伽の相手として二人を呼ぶくらいしか……」  小悪魔の提案にレミリアは駄目駄目と手を振る。 「まあ二人とも私の物だからそれはできなくもないけど……美鈴が嫌と言って出て行きそうで怖いのよね。 そんな事をする主にはついていけませんと愛想を尽かされて」 「ではお風呂しかないですね」 「でも私がお風呂に入る事がかなり不自然だけど」 「仕方ないわね。友人のためにここは一つ私が悪者になってあげましょうか」 「どうするつもり?」 「東洋ではお風呂で裸のつきあいをして親睦を深めると本に書いてあったわ。 そこで私がレミィをお風呂に誘い、レミィは渋々ながらそれを受けてくれた。 私はこぁに身の回りの世話をさせるから、レミィは二人に世話をさせる……とこんな感じでどう?」 「それで行くわ。悪いわねパチェ」 「居候してる借りがあるからね」  ――という事で、レミリアは二人をお風呂に呼ぶ事にした。  まずは咲夜に話を通す。 「咲夜。パチェが親睦を深めようと私をお風呂に誘ってきたの。 彼女とは付き合いが長いから断る訳にもいかず承知したけど、お風呂はあまり好きじゃないのよ」 「はあ……」 「身体を洗うのとかは従者の仕事。パチェは小悪魔を連れて行くと言ってる。 小悪魔がいかにできた従者か私に自慢するつもりなんでしょうね……こっちも負けてられない。 咲夜、一緒に来てくれるわね?」 「お嬢様がお望みとあれば」 「よろしい」  咲夜の方は特に問題はない。  咲夜にとってこの館が最後の居場所。だからここを出て行くという考えはない。無理を押し通す事はできる。  ――問題は美鈴である。  レミリアは咲夜を伴わず、一人で美鈴のもとを訪れた。 「美鈴、ちょっといいかしら」 「あ、お嬢様。呼んでいただければすぐに飛んでいきますのに」 「散歩も兼ねてね……ちょっと話があるの」 「はい」 「パチェが親睦を深めようと私をお風呂に誘ってきたのよ。そういうのを本で読んだとか言ってたわね。 お風呂はあまり好きじゃないけど、友人の頼みとあれば断る訳にもいかないわよね」 「そうですね。今後も良い関係を続けたいのであれば付き合うべきでしょう」 「で、パチェは小悪魔に世話をさせるつもりなの。きっとできた従者だと私に自慢したいのよ」 「確かに小悪魔さんはよく働きますし、パチュリー様も自慢したくなるでしょうね」 「私も負ける訳にはいかない――だから貴方と咲夜を連れて行こうと思うんだけど、来てくれる?」 「……」  咲夜の名が出ると、美鈴の表情が冷たいものに変わった。 「お嬢様は彼女を自慢したいなら彼女だけを、私を自慢したいなら私だけをお連れください。 仲の良くない二人を左右の責任者として置き、大事を損ないかけた昔話があるのです。 私が彼女と場を共にすると、お嬢様へのご奉仕をやり損なう可能性があります」 「……」  咲夜には無理を押し通せるから美鈴を連れて行くとは告げなかった。  しかし美鈴に対して咲夜の事を伏せると機嫌を損ねる可能性がある。だから素直に名前を出したのだがこの反応だ。 やはり対立は根深いのかとレミリアは心中で唸った。  主としての絶対的な命令という形を取らずに美鈴に承知させるにはどうすればいいか。  少し考えたレミリアは説得の方策を思いついた。 「自慢するならもちろん貴方よ。でも咲夜にも世話の仕方を教えないといけない。 貴方が私に対して細やかに世話をしてくれるのを咲夜に見せてあげたいのよ。 貴方が彼女を嫌っているのは知っている。でもそこを曲げて頼むわ。 公私を混同してはいけないと私に説いた貴方なら、受けてくれると信じてる」 「う……」  レミリアが珍しく頼むとまで言ったので心が揺れる美鈴。さらに自分の教えを逆に説かれてしまったのだ。どうして嫌と言えよう。 「分かりました。ではお供いたします」 「よろしい」  風呂の準備が整い、脱衣所で一同が顔をあわせる。  目を合わせようともしない美鈴と咲夜に、レミリア達も内心ため息をつきながら浴室へ。 そして取り決め通り従者に背中を流させる展開へ。  ここで小悪魔が大ハッスル。主のためにと心をこめて髪を梳き、背中を流す。 そこに芝居の有無は関係ない。あるのはただ主への思いのみ。  だからこそ、そんな小悪魔の健気な姿を見て、レミリアは芝居であるのを忘れて負けん気を出した。 「美鈴!」 「はい……では失礼しますね」  苦笑しながらレミリアの世話をする美鈴。こちらも小悪魔に負けない奉仕を展開した。 これなら風呂に入るのも悪くないとレミリアが思ってしまうほど、それは心地よいものだった。 (私にやらせてくれれば……)  ライバルが株を上げたのがいまいち面白くない咲夜。主への思いなら自分だって負けないのにと。 「ふう……いやあパチェ、こういうのも意外といいものねえ」 「本の知識も馬鹿にならないでしょ。レミィはもっと本を読むべきね」  すっかり上機嫌の主二人。 「実に気分がいい。だから今日は特別に私が背中を流してあげるわ美鈴」 「えっ……そんな畏れ多い」 「いいのいいの。せっかくいい気分に水を差さないでよ」 「……分かりました」  観念して美鈴はタオルを取って椅子に腰を下ろす。背中にはいくつもの傷が存在していた。 「この傷は……いつ負ったものかしら」  自分を守るためにたくさんの傷を負った……なるほど、小悪魔の話にもあったようにこれは労わずにはいられなくなる。 レミリアはそんな気持ちになっていた。 「そこは確か……」  と、美鈴はレミリアの問いかけに昔を思い出しながら答えていく。そうしているうちに美鈴はこの風呂の集いの意図を悟った。 きっとパチュリーに相談して、それで吹き込まれたなと。  しかしそれだけ咲夜との関係改善に心を砕いてくれたのだ、その気持ちに感謝する美鈴。 「美鈴。貴方は私のためにこんなにも頑張ってくれた。だから私は貴方に館を任せているのよ」 「もったいないお言葉……」 「咲夜もこうなってくれればね……」 >目から鱗が落ちた。  自分に負けたくせに偉そうにと思っていた咲夜は、背中に刻まれた傷を見ていて己の非を悟った。  それほど大事に守ってきた存在を殺そうとしたのだ、自分を目の敵にするのも当然ではないかと。 ※以下は本編と一緒なので省略。 >面白くない。  レミリアの何気ない一言に美鈴への反発心が刺激されたのか、咲夜は言った。 「身体の傷なんて勲章でも何でもありません。弱いだけじゃないですか。私なら傷一つ負わずお嬢様をお守りしてみせますよ」  その言葉にレミリアとパチュリーは思わず天を仰いだのだった。 ※咲夜さんの反発度合いによっては、こんな事も言いかねない。 ☆☆  紆余曲折を経て、ようやく信頼関係になった二人。レミリアもやれやれ一安心。 「貴方達、いっそ義姉妹の誓いでも立ててみたら?」 「義姉妹の誓いとは何ですか?」  と首を傾げる咲夜。 「血の繋がりはなくとも家族のように強い絆を築く事、とパチェに借りたこの本で読んだ。年齢的に美鈴が姉で咲夜が妹ね」  レミリアが本の表紙を二人に見せると『三国志演義』とあった。  どうやら自分を劉備、二人を関羽と張飛になぞらえたい模様。関羽と張飛のように自分に尽くしてくれれば紅魔館は安泰だ。 「美鈴が姉さん……」  咲夜は少し恥ずかしそうに美鈴の方を窺う――美鈴は寂しそうな表情をしていた。 「お嬢様のお気持ちはよく分かりました……今までお世話になりました」 「ええっ!?」 >美鈴が下野しました。 パチュリーいわく、 「ほかにすることはなかったの」 「いやいやパチェ、訳が分からない。いったい私は何を間違ったの」 「その三人が義兄弟の誓いを立てた時のセリフをもう一度読み直してみる事ね」 「誓いの時のセリフ? ええと――『我ら三人、姓は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、 困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。 同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を』――これが何?」 「ここまでヒント出してあげてるのに分からないの? 同年、同月、同日に死にたいって部分を考えてみなさい。 人間の咲夜がまず確実に先に寿命を迎えるでしょうに。つまり美鈴に早く死ねと……」 「ち、違うのよ。そんなつもりで言ったんじゃないのよめいりーん!!」 ※この美鈴にうっかり空箱でも贈ろうものなら大変な事に。 ★ ・咲夜さんは美鈴が育てた ☆  仕事の事で分からない事ができたので、咲夜は質問をしに美鈴の部屋までやってきた。  実はこれが初めての訪問だったりする(なので部屋の中も広げてない。掃除で訪れた事もない)。  部屋には主の性格が表れるもの。美鈴はどんな部屋に住んでいるのだろうと、咲夜は少しドキドキしながらドアをノックした。 「誰だいこんな時間に……この気は咲夜か。どうしたの?」 「ごめんなさい。ちょっと仕事の事で教えて欲しい事があるんだけど……」 「いいわよ。入って」  許可が出たので中に入る。 「え……」  部屋の様子を見て咲夜は驚いた。 「何その反応は。私の部屋に何かおかしなところでも?」 「その、何と言うか……殺風景にもほどが」  これならメイド達の部屋の方がまだ豪華と言っても過言ではないくらい美鈴の部屋には物がなかった。 ベッドと机と椅子、それから姿見だけという有様。 「ここは寝に来るだけの部屋だからねえ」 「……あのさ、貴方はお嬢様に何百年とお仕えしてきた重臣も重臣よね」 「まあね」 「それなら相応にお給料みたいな物を貰ってて当然と思うんだけど」  紅魔館では衣食住は提供するかわりに給料はない。それはこれまで働いてきて知っている咲夜。 でも個人的に欲しい物ができたなら、その要望を出せば通る時は通る。 そして美鈴はそれを決める立場にあるのだから、自分の欲しい物に却下の判断など出す必要はない。 「それとも、こっそり貯金でもしてるの?」 「帳簿を弄って裏金とか作ってるとでも言いたいの?」 「そ、そんなつもりじゃないのよ。ただ働いたら見返りを要求するのはごく普通の事だと思うけど」 「見返りってお金か物じゃないと駄目な訳? じゃああんたは何でお嬢様にお仕えしてるのよ。富貴を求めてではないでしょう」 「そうよ。食っていけるなら、ゆっくり眠れる場所があるなら、そしてお嬢様にご恩返しできるなら、お金なんて……」  とは言いつつ、実は珍しい小物を集めるのがちょっとした趣味なので全くいらないって訳ではなかった。 「ふふふ、まあ言いたい事は何となく分かるわよ。要は価値観の違い。 物やお金が大事なのか他の何かが大事なのか。私は物やお金が欲しいタイプではない、それだけの事」 「……じゃあ貴方は何を求めてるの?」 「暇つぶし。私がお嬢様のしもべになったのは暇つぶし、私に生き甲斐を与えてくれると仰ったからよ」 「ひ、暇つぶし……さすが長生きする妖怪は言う事も桁違いなのね」 「物なんて持っててもすぐに朽ち果てるじゃない。もちろん長く残る物もあるけどね、骨董品みたいに。 ただ私にとっては形はなくとも気持ちを満たしてくれる何かの方がずっと価値がある」 「ふうん……」  働く事が生き甲斐には納得できるとはいえ、物欲も少しは持ち合わせている咲夜にはピンと来ない部分もあった。 「古来より人は自分が仕えるべき主にめぐりあえない事に苦しんだものよ。 でもあんたは幸いにもめぐりあえた。だから力を尽くしてお仕えしないといけない」 「……そうね、それは分かってる」 「『士は己を知る者のために死ぬ』とも言う。お嬢様はあんたの価値を認めてそばに置く事にしたのだから、 命をかけてお仕えするくらいの覚悟を持ちなさい」 「はい」 「よろしい。それで仕事の件だったわね」 「あ、うん。実は……」 ☆☆ 『今宵、裏庭で待つ――美鈴』  まるで決闘状のような手紙が自室の扉の下に置いてあった。 (わ、私何かヘマをやらかしたのかしら……)  仕事で失敗したなら普通に呼び出して説教すればいいのにわざわざ裏庭に呼び出される……肉体言語か? 鉄拳制裁か? 「こら咲夜、何をぼうっとしてるの」 「あ……すいません。少し考え事を」  レミリアの叱責に慌てて頭を下げる咲夜。  夜はこうしてそば仕えをしているのに、なぜ他の時間を指定しなかったのだろうか。 「ふうん、何を考えてたの?」 「実はこのような手紙が」 「――ふむ、何をやるつもりかしらね。行ってみましょうか」 「え、お嬢様もですか」 「暇つぶしよ」  そうして二人は裏庭にやってきた。 「おや、お嬢様もご一緒でしたか」 「暇つぶしに見学に来てみたの。ついでに咲夜が私の所に来てる時間帯をあえて指定した理由を知りたくてね」 「私の予定が空くのがこの時間だったのと、もう一つ大きな理由がありましてね。 お嬢様、今日の咲夜の時間を私にいただければありがたいのですが」 「いいわよ。何するのか知らないけど私もここで見させてもらうわ」 「ありがとうございます……さて咲夜。銀のナイフは持ってる?」 「いつでも持ってるわ」 「じゃあ私と訓練をするわよ」 「えっ?」 「私の見る限り、あんたは時を止める能力のおかげで、動きに隙が多いままでも勝ててしまう。それを矯正してやろうかと思ってね。 だから能力を使わずに素のままでかかってきなさい」 「い、いいわよ。能力を使わずに戦う事なんてないし……まさか訓練にかこつけて私をいじめたいの?」 「以前ならいざ知らず、今はそんなつもりはないわよ。以前だって手は出さなかったでしょう」 「確かにそうだけど、別にわざわざそんな訓練なんてしなくても……」 「甘い!」  美鈴の一喝に思わずすくみ上がる咲夜。 「いい、あんたがこれから立とうとしている場所はお嬢様をお守りするための最後の壁。 もし何らかの事情で能力が使えない時に敵が来たらどうするつもりよ」 「その時は私自ら相手をしてあげるわよ。そもそも従者に守られるほど私は弱くない」  と横からレミリアがつっこむ。 「では日中ににんにくたっぷりの餃子と聖水を持ってこられたらどうします? 私がそのつもりになれば明日にでも用意できますが」 「うぐっ、それは勘弁願いたいわね……やめてよね、安眠を妨げられるのは嫌よ」  本気で言ってるのではないと分かっているが、いちおう釘をさしておくレミリア。 「ええ、冗談ですよ。まあそれはさておき、お嬢様の実力はよく分かってます。 こうした弱点さえなければお守りする必要もないほどお強いですからね」 「ふふん」 「ですが従者としては、じゃあ護衛しなくてもいいという訳にはいきません。もしもに備えておく必要があるのです。 そういう訳だから、さっさとかかってきな。私は反撃はしないから」 「……仕方ないわね。行くわよ」  ナイフを構えて飛び掛る咲夜。しかし妖怪と人間の身体能力の差は歴然。さらに体術に秀でる美鈴が回避に専念したのだ。 体力が尽きて地面にへたりこむまでに咲夜は一撃も当てられなかった。 「このようにヘトヘトになった咲夜をお嬢様の所に行かせても満足いくご奉仕はできないでしょう。 それならばお嬢様に許しを得て、こうして夜に訓練するのがいいかと」 「なるほどね……二人を見てたら血がたぎってきた。美鈴、かかってきなさい」 「ええっ!? 昔ならともかく、もうお嬢様に手を上げるのは嫌ですよ」 「私がいいと言ってるんだから遠慮しない」 「勘弁してください。恨むなら私を心服させるほどにまで育ったご自分を恨んでください……何か変な言い回しですねえ」 「……ふん、仕方ないわね。勘弁してあげる」 ☆☆☆  引っ越ししてそれなりの月日が流れ、だいぶ生活も落ち着いてきた。なのにいまだに料理を教えてあげるとのお声がかからない。 ひょっとして忘れてるのでは、と咲夜が催促してみると案の定、 「ああ、そういえばそんな事言ったわね。あんた普通に料理できるから料理を教えるという考えが出てこなかったわ」  と美鈴は答え、じゃあ今日は料理教室にしようという事になった。  さあ、自分の炒飯をあそこまで酷評した以上は相応の物を出してもらおうじゃないか。ついでにその技も盗んでみせる。 そう意気込んで咲夜は作業工程を凝視していたのだが、美鈴の作業に変わったところはない。 炒める際の火力に少し驚いたくらいで、特別な事は何もしていなかった。 「はいよ」  そうして完成した炒飯が皿に盛り付けられ咲夜の前に置かれる。 「いただきます」  レンゲで恐る恐るすくい取り、熱いので何度か息を吹きかけて冷ましてから口に入れる。  ――思わずレンゲを取り落としそうになった。 「な、何これ。ほんとに炒飯?」  それぞれの具の味はちゃんとしてるのに、でも全体としてまとまりがある。 噛めば噛むほどに味わいが増していき、飲み込むのが惜しくなるなんて気持ちになったのは初めてだった。 「ずっと見てたでしょう。それは間違いなく炒飯」 「……まいりました、ごめんなさい。私の炒飯はほんと混ぜて炒めただけで味もバラバラなご飯だった」  咲夜はテーブルに手をついて頭を下げた。 「だから言ったでしょ。何十年と修行してるコックでさえ私の前ではひよっこだと。無駄に歳くってる訳じゃないのよ」 (駄目だわ。天地が引っくり返っても勝てる気がしない……)  咲夜は完全にテーブルに突っ伏した。そもそも何百年と経験を積んだ相手に勝とうと思う事が間違いだったのだ。  しかし負けん気の強い部分も持っている咲夜としては、意地でも中華で美鈴に美味しいと言わせるような物が作りたいと考えた。 さてどうすればいいか。 (同じ事をやっても絶対に勝てない。ならば……違う事をやればいい。たとえば中華に中華以外の何かを組み合わせてみるとか)  いわゆる創作中華である。これならまだ望みはあるはず。美鈴が考えつかないような新メニューを考えればいいのだ。 「見てなさいよ。絶対に中華で貴方に美味しいって言わせてみせる」 「あはは、しょげ返ったと思ったらもう反骨精神を出したか。でもまあそういうのは嫌いじゃないよ。 じゃあ私を驚かせてくれるような中華が出てくるのを楽しみにしようかね」 「……うん、楽しみにしていて」 ★★ ・臣は考える(時系列について疑問が)  求聞史記によりますと、 ・お嬢様だろうと思われる吸血鬼が幻想郷に来て大暴れ。いろいろ契約を結んで停戦。 ・一部の妖怪がこりゃまずいと上に泣きつく。 ・形式的試合のためのスペカルールができた。 ・お嬢様、紅霧異変を起こす。異変一番乗り。  という流れになりますよね。  ただ書籍文花帖の32ページ、ルナサのライブ記事で紅魔館の名前が出てきます。これが第百十三季、文月の一(1998/08くらい?)。 つまりこれより早く紅魔館がこっちに来てないと記事が成り立ちません。  紅魔郷が第百十八季の夏なので、五年もの間お嬢様はじっとしてた事になります。戦いで酷く消耗して眠っていたのでしょうか。  またスペカルールができたのは、紅霧異変が初めての異変であるのを考えると、その少し前にできたと考えるべきでしょう。 なのでお嬢様が動くのが早かったのなら2003年上半期、遅くとも2002年下半期くらいまででしょうか。  だとするとお嬢様が来てから四年近くの間、いったい何をやってたんだと思うのです。お役所仕事にもほどが……。 ★★★ ・Exあとがき、という名の作品解説  今回の具材は五つですね。 一「咲夜さんも美鈴が育てた」 二「逆に考えるんだ。仲が悪かった二人の話を書くんだと」 三「狩人から従者へ。側近から門番へ」 四「めーさくはいいものだ」 五「いやっほーぅ! 美鈴彩光! 咲夜さんも最高!」  一は前作が「お嬢様は美鈴が育てた」だったので、今度は咲夜さんというだけの事です。  二について。  美鈴と咲夜さんの過去話というと、お嬢様が拾ってきた、あるいは戦って打ち負かしたやさぐれ咲夜さんを美鈴が優しく包み込んで心を開かせる。 こんな展開の物が多いのではないでしょうか。私も大好物な展開です。なので逆に考えてみました。  しかし温厚な(少なくとも前作では温厚気味に書いた)美鈴が、まだ十代半ばくらいの咲夜さん相手に怒るだろうか。 相応の理由がないと納得してもらえないぞと考えた結果が本編です。説得力ある理由になったでしょうか。  三の前者は見たままで説明不要でしょう。後者について。  表のあとがきで、なるべく公式の歴史に近づけるようにと書きました。公式で側近の位置には咲夜さんがいて美鈴はしがない門番です。 でもこのお話終盤までは側近は美鈴でした。どうにかして門番の位置に美鈴を持っていかねばなりません。  求聞史記によると『(弱点がないから)門番をさせられている』とあるので、これを無理やりやらされていると解釈してみました。  また四にも通じるのですが、もし咲夜さんに実力で追い落とされたら、その後仲良しでいられるだろうか。 美鈴にだって相応のプライドがあるでしょうし、表面上は館のためにと我慢はできても内心かなりモヤモヤした気持ちになるはず。  ならば後進に譲るという形を取れば角は立たないだろう。そのまま引退しようとして、お嬢様に引き止められてしまった。 これなら二人の仲もいい状態のまま門番をやらされるという形にできるかなと。 よくある「とりあえず美鈴にナイフ投げとけ」も、気合を入れなさいという咲夜さんの叱咤という事にしてみたり。  四。  最終的にくっつくとしても過程は様々。いろんな流れがあるでしょうね。書き手さんそれぞれの味付けが出る部分です。  二で逆に考えなければ「憧れ(信頼)→恋慕→愛」という王道な流れになりますか。 今作は「反発(嫌悪)→中立→信頼」といった感じでしょうか。あとは普通に「信頼→恋慕→愛」と進めばよろしいかと。  まあ二人がくっついてくれるなら、よほどの事がない限りはばっちこーい。めーさくでもさくめーでも。  個人的には背中を預けあうくらいの頃と、結ばれてまだ初々しいあたりがストライクゾーンです。 刎頚の交わりとか、上ではネタにしましたけど義姉妹のように強い絆があってくれると嬉しいです。  五。  見たまんまです。二人が好きだからこの話は生まれました。それ以上でもそれ以下でもありませぬ。  お嬢様については、従者が輝けば主も輝くが持論なので言及するまでもないです。 ☆  ある部分は公式に倣い、ある部分は公式を拡大解釈して、ある部分は公式を見なかった事にして。 そうして作り上げたのでジェンガのごとくと例えたこのお話。きっとどこかに致命的な穴があると思います。 でもとにかく五が達成できたので非常に満足でございます。  ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。  忘れた頃にまた中国風美鈴のお話を見かけたら、お前ほんと美鈴好きだなと笑ってやってください。