いのちふたつ 今日もまた幻想郷に一つの命が生まれた 生まれたばかりの名も無き命に思考能力があるはずもなく、だがそれは明確な意思を持って行動する [かの命]は膨大な魔力を吸って生まれてきた それは偶然か必然か、あるいは誰かの意思で与えられたのかもしれない 真相を知る者はいないが、その大きすぎる魔力はその名も無き命の行動をも決定づけていた 「さらに多くの魔力が欲しい」と [かの命]は他の存在を吸い始めた 魔法の森で、人間の里で、妖怪の山で、霧の湖で、霊界で 幻想郷の全ての場所で 魔を、人を、妖怪を、妖精を、幽霊を、亡霊を 幻想郷の全ての者を [かの命]は他の存在を蝕み続けた 逃げるものを喰らい、来るものを殺し 時には太陽が全てを照らす夏に、時には月の光さえ届かない冬に [かの命]は他の存在を蹂躙した 四季が五周する頃にはさらに魔力は膨れ上がり 自我が芽生える事もなく、本能が赴くまま暴虐の限りを尽くす だただ他を脅かし、ただただ他を奪う化け物がそこにいた [かの命]は肥大しすぎていた 自分を保てなくなる程に、存在するだけで全てを飲み込む程に、幻想郷を崩壊させる程に 体躯は山よりも大きく、一歩踏み出すだけで谷を越え、その咆哮は幻想郷中に響き渡った 幻想郷のありとあらゆる存在が安全でいられる場所などありはしなかった 幻想郷において、[かの命]を終らせる事が出来る者はもういなかった だがしかし、それでも尚、幻想郷の歴史は閉じはしなかった それは何故か? もう一つ命が生まれたのだ 自然発生したともとれる、また生み出されたとも言える 滅亡の危機に瀕した幻想郷の想いが集まり、成るべくして生った命 新しく生まれた命それ自体の魔力は、[かの命]の十分の一しか持ち合わせてはいなかったし 身体は人間の少女に酷似しており、触れれば壊れてしまいそうな程弱々しかった だが[その命]は、そんなマイナスを埋めて余りある特殊な能力を持って生まれてきた 幻想郷において初めて顕現した異能者 幻想郷最古の〜する程度の能力を得た存在 幻想郷のバランサーが誕生したのだ 生まれたばかりであり、[かの命]と同じく自己の意識などあるはずもないが 心身に集められた想いが、使命として[その命]を動かす、[かの命]を消滅させろと そして、戦いが始まった 全てを奪う命と、全てを守る命の戦いが その戦いは苛烈を極め、山を砕き、湖を蒸発させ、里を焼き、天を揺るがす、幻想郷を崩壊させる程の戦いになる と思われたが、それは予想に反して割合大人しく「幻想郷の運命を決める戦い」と銘打つのがおこがましい内容となった それもそのはず、[かの命]は今まで本能のまま他の存在を吸収してきたのだが、初めてそれが出来ない存在と出会い困惑し 体内に有り余る魔力の使い方も知らず、ただその巨大な体を振り回すだけ [その命]はというと、生まれたばかりで自分に与えられた稀有な能力を使いこなせず 死なないというだけで、[かの命]の大きな体に小さな傷をつけるだけしか出来ない 結局、規模の違うだけで子供が二人じゃれ合っているかの様な形だった だが、自分の意思を持たない二つの命は戦い続けた かたや使命を与えられ、かたや本能が赴くままに そのいつ終るとも知れない戦いを戦い続けた そうして、どれくらい経っただろう 春と夏と秋と冬が、何十回過ぎ去った頃だろうか それらにゆっくりと、しかし確実に変化が起き始める いつの間にかそれらに意識が生まれはじめたのだ [その命]は、体に集まった想いが存在としての自我を発生させ [かの命]は、奪ってきた存在達の中にあった記憶が自我を呼び覚ます 思う事が出来ない想いが集まった二つの命に、心が芽生えたのだ 二つはいつしか考えるようになった [その命]は考える、どうして目の前の存在を消さねばならないのかと 最初から自分の中にある使命が、目の前のモノは敵だと叫ぶ、敵を倒せと叫び続ける しかし理由がなかった、一つの存在を消し去るに足る理由が[その命]の中にはなかった 心がなかった頃には思うことがなかった疑問を、[その命]は拭えなかった [かの命]は考える、どうして自分はこんな事をしているのだろうと 初めから自分の中にある本能が、目の前のモノは餌だと囁く、餌を喰らえと囁き続ける しかし出来なかった、いつも傍にいる存在を奪う事など[かの命]には出来なかった 心がなかった時には感じることがなかった孤独を、[かの命]は恐れていた 考えても考えても答えは出ない 気付けば二つは自然と戦いを止めていた 幻想郷の隅っこで、二つは意思疎通を始める 自分は何者なのか、相手は何者なのか 話をして、意見を交わし、時には喧嘩し、また仲を戻した 命を喜び、己に怒り、死を哀しみ、生を楽しんだ、二つの心は成長していった 二つは長い時間を共に過ごした、世界の片隅で幻想郷を見続けた かつて[かの命]によって崩壊寸前にまで至った世界が再生する程の長い時間を 確固たる時間が、二つを固い絆で結んでいた そしてまた時が過ぎ、二つの命は幻想郷を見守る存在になっていた [かの命]は幻想郷を見渡した、その大きな体を小さき存在のために使った [その命]は幻想郷の隅々まで把握した、その特異な能力を弱き存在のために使った 幻想郷は以前の、美しく、残酷で、力強く、儚い、元の姿を取り戻していた いや、それ以上の、素晴らしい世界に生まれ変わったのかもしれない 平和の時間が緩やかに始まった 世界が完全に修復され、桜舞う穏やかな春の日 [かの命]は[その命]に言った 「ねぇ、***。そろそろわたしを消してくれないかな?」 聞いて、軽い口調で返す[その命] 「急ね、****。なにかいいことでもあったの?」 調子を合わせてまた返す 「ええ、いい頃合いでしょう?やりたいことは全部終ったわ、春は出会いと別れの季節って言うしね  それとも、やってくれないの?」 わかっていた事だ、前から思っていた事だ 「まさか、やらせていただきますとも」 [その命]は、本音を言えば[かの命]を消したくなどなかった 過去[かの命]が行った事は、終った事だと別段気にしていなかったし、やっぱりまだ一緒に居たかった しかし[かの命]は心を決めていた、自分を消滅させる事を 偶然だったとしても、心がなかった時の事だとしても、どれだけ贖罪をしようとも、奪った命は戻らない 徹頭徹尾、最後の最後まで[かの命]は自分の存在を許していなかった 長く永く連れ添った[その命]だから、その[かの命]の憤りや、自責の念、罪の意識、それらの重さと深さを理解していた だから手伝う、多くの時を共にした自分によく似た存在の最後の願いを 「ごめんね、嫌なこと頼んじゃって」 頭を下げる 「別に。それにどうせ私にしか出来ないんだし」 それに邪険に答える 「うん。それじゃあ、そろそろお願いするわ」 「はいはい」 気だるそうに[その命]が手をかざすと、[かの命]の周りの空間に次々と亀裂が入る 今や[その命]は己の能力を使いこなすに至っている、間違いは起きない 空間に入った亀裂が開くと、[かの命]の存在を吸い始める 「そうそう、わたしの魔力は幻想郷に還しておいてね」 「わかってるわよ」 [かの命]の体が透けていく 「・・・最後に二つ聞くわ」 [その命]が聞く 「なに?」 「立場が逆だったら、あんたは私を消したかしら?」 「自分からは消そうと思わないわね」 「そう、じゃあもう一つ」 少し間をとって問いかける 「あんたは、本当は消えたくないんでしょう?」 「ええ」 [かの命]は即答する 「じゃあ、止めていい?」 「だーめ」 「ちっ、頑固者め、誰に似たんだか」 「間違いなく、あなたね」 「そうだわ、間違いない」 二人はずっと一緒に居たのだ、一番影響を受けたのはお互いだろう お互いがお互いを理解している 尚も[かの命]の存在は薄くなり続ける 「あら?泣いてるの?***」 「はっ、あんただって泣いてるわよ、****」 「辛いね、苦しいね、悲しいね」 「切ないさ、侘しいさ、寂しいさ」 「だからあたしはここを去るわ」 「それでも私はあんたを送るよ」 別れの時が刻一刻と迫る 涙を拭きながら、二人は笑顔で、友に最後の言葉を交わす 「ありがとう」 「ありがとう」 「あなたがいたおかげでわたしは存在し続ける事が出来た」 「あんたがいたおかげで私は生まれることが出来た」 「楽しかったわ」 「楽しかったよ」 「あなたのこれからに、良き出会いと、多くの幸と、眩い光が、あらんことを」 「あんたがゆく先が、体静かに、心安らぎ、魂救われるところで、あるように」 「さようなら」 「さようなら」 そうして、[かの命]は幻想郷から消えた だが、その時撒かれた[かの命]の魔力は、その想いと共に幻想郷で今でも息づいている 「楽園よ、美しくあれ」と ***「めでたし、めでたし」 霊夢「・・・そんな荒唐無稽な話じゃ、悲劇か喜劇かすらもわからないわよ。紫」 聞き終えての幻想郷の巫女の一言 紫「一つの物語を聞いてその程度の感想しか出ないとは、悲しいわねぇ」 そう嘯くスキマ使い 霊夢「そうは言うけど何のために今の話をしたのよ」 紫「歴史のお勉強よ」 霊夢「それに話がオチてないと思うんだけど」 紫「だって、まだ続いているもの」 霊夢「え?」 言って視線を明後日の方向に向ける紫 それに釣られて霊夢もそちら側を見やる そこには一体の彫像が置いてあった 紫「あれ、なんだかわかる?」 霊夢「あんま覚えてないけど、たこりん、だったっけ?    昔幻想郷にいたとかなんとか、っていうかあんたから聞いた事じゃないか    で?それがどうしたってのよ」 紫「・・・はぁ、あなた勘はいいけど、察しは悪いわねぇ」 霊夢「?だから何の話よ?」 紫「だから、歴史のお勉強よ」 ずっと憶えている、忘れるはずがない 今までの事も、命も、想いも 紫「そう、幻想郷は全てを受け入れるわ」 それは遠い遠い、この楽園が楽園と呼ばれるより以前の話 知る者が一人しかいない昔話                                  ―Fin―