「ゴルフボール」 「ゴーヤーチャンプルー」 答えは同時だった。 丸いテーブルの上で、二人の視線が火花を散らす。 同じく卓についている三人目はため息をついた。 ここは幻想郷の地下深くに存在する屋敷、地霊殿。 そこに住む一家の、朝食の風景である。 テーブルには、地霊殿の家主である古明池さとりと、そのペットである燐と空がついていた。 「ゴルフボール」 「ゴーヤーチャンプルー」 再び繰り返される謎の単語。 沖縄にあるゴルフ場近くの居酒屋、あるいはどこぞの電子空間座談会でしか許されない単語の衝突だ。 しかしながら、二人の顔は真剣そのもの。 無理もない。彼女らは今、最愛の主人を奪い合っているのだから。 「何さゴーヤーチャンプルーって」 「何よゴルフボールって」 言葉をぶつけ合う二人を前にして、さとりは悟りきった表情で、みそ汁をすすった。 「いいじゃんゴルフボールで! あのつぶつぶした表面が生み出す魅惑の球体! 絶対さとり様も喜んでくれるよ!」 嫌です。 「ゴーヤーチャンプルーを馬鹿にしないで! ゴーヤーの苦みと豚肉の甘み、双半する要素が一つの皿でフュージョンし尽くす! そこに豆腐と卵が加われば……その魅力はまさにさとり様そのもの!」 泣きますよ? 「こっちはその気になれば、200ヤード飛んでいくんだからね!」 それでどうしろと。 「こっちはご飯と食べれば完全食よ!」 私とどんな関係があるんですか。 「大体なんでゴーヤーにチャンプルーをつけるのか分かんないね! ゴーヤーで事足りるじゃないのさ!  わざわざ炒め物にして意味なんかないでしょ!」 「そっちだってゴルフボールでどうしろってのよ! ゴルフでいいじゃない!  道具一式そろってるんだから! ボールだけなんて意味ないよ!」 「なにおう!」 「このお!」 「二人とも、もうそれくらいでやめなさい」 心の中だけで返答していたさとりが、ついに固い声で割って入った。 額をつきあわせていた二人は、タイミングをぴったり合わせながら、主人の方を向いた。 「「さとり様!」」 「何です?」 「お選び下さい!」 「この火焔猫燐か!」 「夢烏路お空か!」 「ゴルフボールか!」 「ゴーヤーチャンプルーか!」 「「どっちですか!?」」 「どちらでも構いませんよ」 さとりは微笑した。 「だって、どちらも同じ『る』で終わるじゃない」 「「……あ」」 ここで二人と読者はようやく気がついたのだった(たぶん)。 主人を取り合う朝の恒例事業。 本日のお題は『しりとり』であった。 いきなり話を振られたさとりは、戸惑いつつも、『動物愛護』とお題を出した。 それにすかさず二人が反応して、冒頭のシーンに至ったわけである。 果たして、どちらが主人の気に入る答えなのか。 しかし、結局は行き着くところは同じだったのだ。 「私の番ということね。……『るすばん』です。二人とも」 燐は五番アイアンで殴られたような衝撃を、空はゴーヤージュースを飲んだような苦痛を感じた。 さとりは怖い微笑を浮かべたまま宣告した。 「休日のピクニックは無し。私一人で行ってきます。 貴方達は家で反省して、仲良くしていること。いいわね」 「ま、待って下さい!」 「ごめんなさい! もう喧嘩しません!」 「本当はあたい達はとっても仲が良いんです!」 「ほら! 見て下さい!」 燐とお空は引きつった顔で肩を組み、『島唄』を合唱しだした。 肝心の主人がいなくなってしまっては、争いの意味がまるで無い。 必死に歌う二人は、二度の池ポチャに心を乱し、グリーン上でドライバーショット放つプレイヤー並にヤケクソだった。 しばらく、さとりはその光景を見ていたが、やがてやれやれと、肩をすくめ 「仕方ありませんね。とりあえず、許してあげます。 ただし、ご飯くらいは静かに食べさせてくださいね」 ばつが悪そうに黙り込む二人。 結局、ご主人様には敵わないのであった。 さとりは平穏な空気が戻ったことに満足して……、 好物の納豆を、ねちょねちょとかき回す作業に入った。