咲夜が、私のそばに珈琲の入ったカップを置いた。 「……んー、いい香りね」  咲夜は軽く頭を下げる。  その様子というか、雰囲気を見て、私は言った。 「怒ってるのかしら?」 「いいえ、パチュリー様」  否定するが、いつもより態度が硬い。  私はため息を吐き、宥めるようにして言い聞かせた。 「あの作戦については、貴方も同意したじゃないの。レミィに手っ取り早くわかってもらうには、あれしかなかったんだって」 「……ですが、もっと他に、お嬢様を傷つけないやり方があったのではないか、と」  口答えをしてくる。  やっぱり、咲夜は根に持っていたようだ。 「――レミィが最近活発すぎて、それに振り回されるメイドたちの一部に不穏な様子が見られる。そう言ったのは咲夜、貴方よね」 「ええ」 「まあ、仕方がないわね。レミィはもともと肉体派。存分に暴れられなくなったら、ストレスも溜まるってものよ」 「最近は異変も起こしてないですからね」  珈琲を一口啜る。  そう、私は咲夜から相談を受けて、レミィをおとなしくさせる作戦を考えたのだった。  基本的な構想はいたってシンプル。  レミィが妖精メイドたちのことを、もう少し思いやるようになればいい。 「だけど、そう言って、『はいそうですか』と従うレミィじゃないからね」 「レミリア様にそんなこと言えば、下手すれば逆効果ってこともありますよねぇ」  小悪魔が近寄ってきて、そんなことを言う。  咲夜は渋い顔をした。 「お嬢様はプライドがお高いですから。お嬢様ご自身で気づいて頂かなくては意味がありませんわ」 「そう、だから小悪魔やメイドに協力してもらって、レミィに気づいてもらったのよ」  小悪魔の演技は私がそばで見ていたとおりだし、咲夜が推薦したメイドの演技も相当のものだったらしい。  なんでも、去年の秋に「タケトリストーリー」とか言う珍妙な演劇の主役を務めたメイドだったのだとか。  その他大勢の妖精メイドと馬鹿にしたものではない。演技派からコックまで、何でも揃っているのだ。  咲夜が日頃嘆くほどには、彼女らは役立たずではない。  むしろ、咲夜の理想が高すぎるのだろう。完璧主義者にはよくあることだ。 「ですが、私は散々でしたわ。お嬢様のご不興も被ってしまいましたし」 「それでレミィが成長できたんだから、安いものでしょ」  私がそう言ってやると、不承不承といった様子で頷く。 「……まあ、最悪なのは、メイドたちの不満が高まり、本当に陰口が蔓延して、それをお嬢様が直接耳にされることですからね」  伝聞だけであんな調子だ。  きっと、直接噂話とやらを聞くような事態が生じていたら、短気なレミィのことだ、すぐさますべてのメイドを解雇しかねない。 「うーん、ちょっと脚色しすぎましたかねぇ」 「貴方、ちょっと調子に乗りすぎよ」  小悪魔をぎろりと睨み、咲夜が言う。  もちろん、小悪魔がレミィに吹き込んだのは、八割がたデタラメだ。  私たちの作戦は、小悪魔が言ったようなことが現実にならないようにさせるためのものだったのだから。 「――とにかく、全部レミィのためだったってわけよ。実際、何だかんだいってレミィはそんなに嫌われてないわけだしね」 「そうですねぇ」  小悪魔が、うんうん、と頷く。 「だから出ていらっしゃい、レミィ」  私がそう言うと、向こうの本棚の陰から、黒い翼がひょこりと姿を見せた。  現れたレミィを見て、咲夜は平然としていた。レミィが隠れていることに気づいていたんだろう。  小悪魔も……って、なに素で驚いてるのよ。駄目ねぇ。 「……で? 全部演技だったってわけ? パチェの話も、咲夜も、あのメイドも」 「ええ、概ねそうよ。だけど、あのままじゃ現実になっていただろうけど」  私が応えると、レミィは深くため息を吐いた。 「あの、お嬢様……」 「いいわよ、別に怒っちゃいないわ」  面倒臭そうに手を振り、レミィは言う。 「それに、私にも至らない部分があったようだしね」  ほう、レミィにしては殊勝なことを言うじゃないの。  シナリオを練った私と咲夜の見込みは外れていなかったようだ。  この作戦は、レミィ自身が反省してくれなければ意味がないどころか、かえって事態が悪化する可能性もあった。  つまり、諸刃の剣だったわけで。  だけど、私たちはレミィが気づいてくれるだろうことを信じていた。  私たちは、賭けに勝ったのだ。 「レミリア様、すみません! ごめんなさい!」  必死な様子で頭を何度も下げる小悪魔。  ああ、そういえば、“メイドたちの噂話”は全部この娘の創作だものね。  そりゃ必死にもなるわ。  レミィはというと、苦笑した様子で腕組みをしたまま黙っていた。  案外、本人にも耳の痛い内容だったのかも知れない。 「――でも、私を担いだからには、それ相応の報いは受けてもらうわよ?」  レミィが低い声で言う。  小悪魔がびくっと身を震わせた。これは演技じゃないわね。 「な、何でしょう……?」 「ふふん、それはね――ハローウィンパーティーの盛り上げ役! 気合入れて頑張ってもらうわよ!」  喜色満面といった感じでレミィは言った。  私たちは顔を見合わせ、そして。 「……やれやれね。いいわ、協力してあげようじゃないの」 「お嬢様、今年は例年とは一味違った趣向をお見せ致しますわ」 「わ、私も微力ながら、お手伝いさせて頂きますっ!」  三者三様の言葉が、薄暗い図書館に響く。  レミィはそれを聞いて、ニッコリと笑った。  それは幸せそうな笑顔で。  私はこの幼い吸血鬼の友達をやっていてよかったなぁ、と、そんなことを思うのだった。    〜おしまい〜