ありそでなかった釣り対決。いざそれを観戦しようとやってきた人妖によって、 紅魔館の前に設置された特設ステージは大賑わいを見せていた。 そして、その賑わいぶりに答えるかのように、 大物を仕留めるべく湖に向かった4人は成果を出し始めた。 まず最初に動いたのはアリス。大型トラウト用のスピニングタックルに、 自ら作り上げたハンドメイドルアー(ミノープラグ9cm)を付け、キャスティング。 ロッドを小刻みに振りながらルアーを動かし、魚を誘う。 この「ルアーを動かす」という行為は、「無機物に命を吹き込む」という事に他ならない。 そしてそれは言うまでもなく、「人形を操る程度の能力」を持つアリスのお家芸である。 ロッドとラインを通し、ひたすらに生命のリズムを刻み続けるアリス。 ルアーは本当に生命を持ったかのように踊り続け、傷つきはぐれた1匹の小魚を演じ切る。 すると、それに誘われた魚が見事ヒット! 強力な引きを見せる魚は、時として水面から激しく躍り出る。 しかしアリスはその動きに応じて完璧にロッドを捌いていく。 魚は自由に逃げ回っているように見えて、操り人形が如く手の内で踊らされているにすぎないのだ。 程なくして魚が抵抗を止めたところで、網を使って無事に取り込みに成功。 アリスが釣り上げたのは、は二尺六寸(78cm)もある超大型の降湖型イワナだった。 次に動いたのは神綺。アリスが大イワナとファイトしているその時から、 彼女はボートで湖に繰り出し、今やすっかり湖上の人となっていた。 軟調子の短いリール竿に、夢子お手製のバケサビキ仕掛けを付けた仕掛けで、 勝負に関係なく一尺あるなしの魚の数釣りをのほほんと楽しんでいる…かと思いきや、 次の瞬間、誰もが目を疑うような事態が発生した。大型魚の激しいアタリが神綺の釣り竿を襲ったのである。 実は、これこそが神綺の真の狙いであった。サビキ釣りというと、「小型の魚を数多く釣るための釣法」 というイメージが強いが、実際にフィールドで試してみると、大型の魚が不思議なくらい掛かることがある。 そして、神綺の「サビキ釣りしてると何故かくそでかい魚が掛かってる」作戦は見事に的中した。 掛かった魚は底を目指して走り回る…かと思いきや、次の瞬間には銀色の鱗に覆われた体躯を空中に躍らせる。 しかし、アリスの釣り上げたイワナよりも苛烈な引きを見せるその魚を、神綺は見事に捌き切り、 最後は水面に浮かび上がったところでエラに手を入れて一気に引き上げた。 神綺が釣り上げたのは、超大型のサクラマス。ヤマメが川から大きな湖や海などに下り、 豊富な餌をたっぷり食べて大型化した魚である。カリスマ溢れるこの魚、 釣り上げるのはもちろん、出会うだけでも難しいってレベルじゃない。 今回釣り上げた魚の大きさは、なんと二尺六寸(78cm)。 アリスの釣り上げたイワナとサイズが同じのため、逆転には至らなかったが、 カリスマとカリスマのぶつかり合いとなったこのファイトは、 間違いなく記録より記憶に残る素晴らしい一戦であった。 両チームが同寸の魚をそれぞれ1匹ずつ上げた後に、大きなアタリを捉えたのは諏訪子だった。 諏訪子が選んだ釣り方は、大型の量軸受けリールをセットしたイシダイ竿を用いたぶっ込み釣り。 用いた仕掛けは、小判型オモリ30号+自作の吸い込み仕掛けで、餌は秘伝の練り餌+ドバミミズ。 他の対戦者がサケ・マスの類にターゲットを絞った中で、彼女はただ一人湖底にロマンを求めたのだ。 それはある意味賭けであったが、結論から言うとその賭けは諏訪子の勝ちとなった。 初めは、竿の先にセットした鈴が「チリチリ」と鳴り響いただけだった。 しかし次の瞬間、イシダイ用の剛竿が大きく弧を描き、 「ずぎゃあああああああああ」と湖めがけて突っ込んだのである。 すぐさま駆け寄り、竿を握ると言うよりしがみついた後にそれを煽り、ガッチリと魚に針をかける。 リールからは絶え間なく道糸が吐き出され、耐えるだけで精一杯の様子。 諏訪子の用いている仕掛けは、先述の二人に比べてはるかに強力であるからして、 その引きからすると掛かっている魚が先程までと比べ物にならないサイズなのは確定的に明らか。 しかし、流石は土着神。「その体のどこにそれだけの力が…」と思わせる粘りを見せ、 魚の力を確実に奪っていく。ど根性ケロちゃん大物に負けず! 巻いては出され、出されては巻き…を何度繰り返したか誰もが忘れ去った頃、 ついに魚がその姿を現した。その体は鎧のように厳つい茶褐色の鱗に覆われ、 長く伸びたにはヒゲが垂れ下がり、尾びれは上端が長く伸びるという異形の姿。 ハリに掛かったのは、チョウザメだったのである。 日本では、今や自然下で繁殖している個体が実質的に絶滅してしまい、 稀に迷い込んでくる魚がいる程度だったこの魚だが、 幻想郷では今もなおたくましく生き抜いているものがいたのだ。 動きが弱まってきたところで湖岸の浅瀬に誘い込み、神綺のアシストを受けて、 鼻と尾びれをそれぞれ掴んで魚体を曲げ動きを封じ、取り込みに成功。 そのサイズは、驚きの4尺8寸(144cm)。チョウザメにしたら特別大きいほうではないが、 それでもアリスと神綺の釣り上げた魚達に比べるとはるかに大きい。 この時点で、チームお母さんズ(仮)が頭ひとついやふたつは抜きん出た。 もはや、誰もが神綺&諏訪子ペアの勝利を信じて疑わなかったが、 今回一番会場を沸かせたのは、他ならぬ東風谷早苗その人であった。 それでは、その顛末を見てみるとしよう。 早苗の使用したタックルはこちら。 ロッド:ボロンロッドカスタム8ftモンスタースペシャル リール:ABU-アンバサダー5500D改 ライン:ナイロン50lb リーダー:ナイロン80lb ルアー:アリス手製のハンドメイドルアー(ウッド製ミノー16cm・フック3基) ハッキリ言って、人間の女性アングラーが使うタックルとしてはとても若干手に余るスペック。 しかし、早苗はひたすらこれを使い、キャストし続けた。全ては、試合開始前の打ち合わせ通り。 アリス「神綺様と、あなたの所の洩矢様…。この二人いや二柱に、 真正面からぶつかって勝てる可能性はとても低い。この勝負、あなたの力がカギとなるわ」 早苗「私の…力…」 アリス「そう。可能な限りバックアップはするわ。それにもちろん、 私も最初から負ける気でいくわけじゃない。あなた一人に重荷を負わせたりはしない」 早苗「アリスさん、わかりました!あの…ひとつお願いがあるんですが…」 と、このようなやりとりを経て、早苗はオーダー通りのルアーをアリスに作ってもらっていた。 そして、本来は神奈子専用の対モンスター用タックルを借り受け、この勝負に挑んだのである。 しかし、他のメンバーが調子よく成果を出していく一方で、早苗には一度のアタリもなかった。 タイムリミットが迫り、誰もが(一度くらい仕掛け変えるべきだろ…)と思い始めたその時、 ついに早苗のロッドにこの日初めてのアタリが訪れた。 早苗(…) 無言でロッドを煽る早苗。すると、ラインが水を切り裂いてゆっくり進み、水面がバシッ!と弾けた。 掛かっているのは…50cm程のイワナ。これとて大物には違いないが、霧の湖のポテンシャルや 本日の成果から見ると、これでも大きくはない…むしろ小さい部類に入る。 会場は落胆に包まれた。が一転、それが驚愕に変わるのにさしたる時間はかからなかった。 イワナの直下で水面が「ゴッ!!!」と音を立てて弾け、 湖が張り裂けんばかりに水飛沫が立ったかと思いきや、ラインが張り詰め一気に滑り出したのである。 周囲の人妖の多くがこの状況を把握できていない中、早苗はここで初めて高らかに叫んだ。 「かかったー!」と。 その声を聞くとともに、すぐさまアリスがかっ飛んできて、早苗のアシストに回る。 この試合、誰もが賭けに挑み、そしてそれに勝ってきた。だが、一番の大勝は間違いなくこの早苗だろう。 早苗の挑んだ賭け、そして秘策…それは、かつて神社の二柱と共に読んだ本に書かれていた釣り方。 神奈子「早苗…見事に瓢箪から駒を出して見せたようだね」 魔理沙「こまぁ?一体何なんだ?」 神奈子「まず最初に、早苗のルアーにイワナがヒットしたところは見ただろう?」 諏訪子「だけど…駒はその後に出たの」 神綺「つまり、大イワナよりはるかに大きな魚が、ルアーごと大イワナを飲み込んだ!?」 会場「うぇえ!?」 魔理沙「うーん、しかしそんな事がありえるのか?」 神奈子「十分にありえることさ。ただし、『それ』が起こることは、決して多くはない。 そして、それをこの場で可能にしたのが、あの子の…」 「「「「奇跡を起こす程度の能力…」」」」 神奈子「ただ、それだけじゃないけどね。自らの信念を曲げることなく貫き通したその姿勢が…」 諏訪子「この結果を手繰り寄せた、と」 神綺「早苗ちゃん、頑張ったのね…」 魔理沙「ああ…しかし、今掛かっている魚は一体何なんだ?」 今まで経験したことのないその引きに、必死に耐える早苗。耐えて耐えて耐え続けたその後、 水底に張り付いて暴れ続けていた魚がついに水面を割った! 魚は、月をバックにその巨体に似合わぬ軽やかな跳躍を見せる。 月…そう、その壮絶なファイトに魅入るばかりで誰もが気付かなかったが、 辺りにはすっかり夜の帳が下りていた。ここまで来て、ようやく件の大物は動きを止め、 引かれるままに寄ってきたが、ここである疑問が発生した。 「どうやってこのサイズの魚を取り込むんだ?」と。 すると、すぐに早苗が動いた。 早苗「アリスさん!例のものを!あと、ロッドをお願いします!」 早苗はアリスにロッドを預けると、アリスが持ってきた箱から取り出した白い布を左手に巻きつけ、 霧の湖めがけて飛び込んだ! 唖然、騒然とする会場。それを尻目に、早苗はラインにそって泳ぎ魚を目指す。 そして魚に辿り着くと同時に、左手を魚の口に突っ込み、 残る右手で余った布をグルグルと魚の頭に巻きつけ結んだ。 そのまま、目隠し状態になった魚を浅瀬に誘導する。そして、ついに早苗は魚を引き上げることに成功した! 早苗が釣り上げたのは「イトウ」。魚へんに鬼と書いてイトウ。 かつては日本最大の淡水魚と呼ばれた魚である。その長さ、7尺(210cm) この瞬間、早苗・アリスペアの勝利が確定。会場は割れんばかりの歓声に包まれた。 そして、早苗・アリスペアの祝勝会が終わった後は、 幻想今日の人間やら人間以外やらスレ住民やらが入り乱れての大宴会になったという。 アリス「しかし早苗、改めて考えてみると、よくまああのスタイルを貫き通せたものね」 早苗「ふふふ、常識にとらわれていてはいけないのが幻想郷…でしょう? 実際に、幻想郷は私に応えてくれましたよ」 結果:早苗&アリスペアの勝ち *おまけ* アリス「ところで、あの箱に入ってた白い布って何だったの?」 早苗「ああ、あれは使い古して捨てようと思っていたサラシですよ。 マンガで麦藁帽子の男の子が似たようなことをしてて『これはイケる…!』思ったんです」