「いやっほう、温泉温泉!」  旅館に入るなり、荷物もほっぽり出して温泉に向かって駆け出していこうとするにとり。 「待ちなさい」  すぐさま、アリスの紐がにとりに巻き付いて絡め取る。 「げげ、苦しい苦しい締まってる。仕事されちゃうってば」  そんな必死の訴えも気にすることなく引っ張ってこられ、にとりはさらに慧音の頭突きとお説教を食らう事となった。 「まあ、まずは部屋に荷物を運んでおこう。一番奥の大部屋に五人で予約してあるから、 とりあえず夕食まで部屋でゆっくりするとしようか。長旅だったしな」 「うわあ、いい部屋ですね」  最初に声を上げたのは美鈴だったが、他の面々も同じ感想を抱いていた。 「おおお、浴衣!絶景!いい布団!!」 「にとり、そんなにはしゃぎ回らないでよ。埃が立つじゃない。もう少し落ち着いたら?」  彼女特有の好奇心で部屋中をバタバタと駆け回るにとりに、アリスが苛立ちの声を向ける。 「まあまあ、そんなにカリカリするなよ。どうだい?お前も一杯やらないか」  勇儀はいつの間にか冷蔵庫からビール取り出し、杯に注いでいる。 「冷蔵庫の物を勝手に飲むのはいいが、そこの商品は宿泊費とは別だからな。個人で払うんだぞ」 「え、そうなんですか?てっきり飲み放題のサービス品だと……」  美鈴も既にサイダーの栓を開けてコップに注いでいる。 「そんなわけないでしょう……、そもそも、夕食前にそんなに飲んでどうするのよ?」  アリスも呆れ顔で二人を見ている。 「酒が目の前にあるのに飲まないなんて、鬼に出来るわけないだろ?」  勇儀はニンマリと笑ってみせ、その笑顔にアリスはただ大きく溜息をつくのだった。 「まあ、そうこうしているうちに夕食の準備が出来たらしい。とりあえず行くとしよう」  夕食は、山菜を中心とした豊富で彩り豊かな料理に舌鼓を打ったが、 部屋に戻る途中、どうにも美鈴が一人浮かない顔をしている。 「ん?どうした?口に合わなかったか?」 「あ、いえ、そういうわけではないんですが、もうちょっと肉も食べたかったなと思いまして……」 「そういえば、大半は野菜と川魚だったわね」  言われて気が付いたように振り返るアリス。 「みなさん、あまり肉が無くても平気なんですね」  美鈴が言うと、各人自らの食生活と今日の夕食を鑑みてみる。 「まあ、一応はワーハクタクだからな。それに、料理は質素な物でかまわない質なんだよ」 「どうにも、あのくどい味はそこまでして食べたいとは思えなのよね」 「とりあえずキュウリさえあればいいよ。その点ここの山菜料理は色々とキュウリを使っていて良かったね。量が少し足りなかったけど」 「酒にあえば何でもかまわんさ。今日の山菜も、日本酒によく馴染んで旨かったぞ」  結論として、美鈴以外は誰も特に肉を求めていないのがわかったのである。 「あれー?肉を食べたかったのは私だけですか?」 「まあ、巫女は食べてもいい人類とか言ってるくらいだしねえ……」 「普段の食生活に問題があるじゃないか?」 「妖怪としての性質なのかもしれんな」 「キュウリで我慢しときなよ」  にとりから丸々一本のキュウリを受け取って、美鈴は一人肩を落としたのだった。  そして、いよいよ温泉タイムである。 「それ、一番乗りだ」  いの一番に飛び出していったのはにとりだ。服を脱ぎ捨てるように裸になると、そのまま駆けていって温泉へと飛び込んだ。  続いて勇儀がとっくりなど一式を持って湯船へと向かう。タオルは頭に乗せているが、 身体には何も纏っていない実に男らしいスタイルだ。  続いて残りの3人もやってきたが、勇儀がその違和感にすぐに気が付いた。  アリスは水着を着ていたのである。 「おいおい、水着で温泉に入ろうなんて無粋な奴だな。よし美鈴、アリスを抑えろ」 「はいはい、お任せあれ」  アリスが察して逃げようとするより速く、美鈴がしっかりとアリスを押さえ込む。 「ちょ、ちょっと、やめなさいよ!」 「いいじゃないか減るものでもなし。女同士なんだから堂々とすればじゃないか。混浴でもないんだからさ」 「そうですよアリスさん。裸の付き合いって言うじゃないですか。ほら」 「美鈴まで何を言ってるのよ!あ、やだ、変なところ触らないでよ。ああ、そこはダメっ……」 「そこまでだ!」  結局けーね倫理委員会の介入で貞操は守られたものの、水着そのものは全部剥ぎ取られたアリスは、 泣く泣くバスタオルを取ってきて、拗ねた表情で端に浸かっている。 「そもそも、あなたたちみたいなのと一緒に風呂に入る時点で恥ずかしいんだから……。 何を食べたらそんなに成長するのよ……」 「そうは言いますが、アリスさんのスタイルもなかなかですよ。 出るところは出ているし、細いところは本当に細いじゃないですか。私なんて足太いから憧れるなー」 「それに見てみなよ、あの河童の体型を。メリハリなんてあったもんじゃない」 「へへん、どうせ私は幼児体型ですよーだ。 いいんだよ、この方が水中での抵抗が少なくて。河童的には理想の体型なんだよ!!」  そう負け惜しみを言うにとりは、既に半泣きであった。  そして風呂から上がり、5人は夜も更けるまで話を続けた。こういった旅行での一番楽しいひとときである。 「で、あの地霊殿に来た黒い魔法使いとはどういう関係なんだ?」 「ただの友人よ。どうしょうもない奴だわ」 「面白い人間だけどね」 「ただ、手癖が悪いのはいただけないな。あの与太郎は」 「まったくですよ。おかげでいっつもパチュリー様から怒られるんですから」 「それはあなたが門番としての責務を果たしていないからじゃないの?」 「でも追い返せたら追い返せた時で、何か残念そうな、不満げな顔をするんですよ。 ホント、やってられないですよ」 「あの魔女……、それに、魔理沙も魔理沙だわ。どれだけあの図書館の本を持ってくれば気が済むのかしら」 「妬いてる妬いてる」 「妬いてないわよ。あいつが色々なところで迷惑をかけてるのが友人として恥ずかしいだけよ」 「永夜異変の時もずいぶんと親しげだったな。特に肝試しの時は」 「あの時は、久々の満月でテンションがおかしかっただけよ」 「まあそういうことにしておいてやろう。お前らの歴史を食べても仕方ないしな」 「だーかーらー」  そんなわけで翌朝、5人の3ボス達は帰路につく。 「いやはや、なかなか楽しい旅行だったな。」 「水着を剥ぎ取られたこと以外はね」 「根に持つなあ……」 「何はともあれ、良いリフレッシュになりましたよ。ありがとうございます」 「じゃあ、また機会があったら呼んでね。ばいばーい」  そして各々が自分の場所へと帰っていく。  その各人の背中を見てアリスは、魔理沙や霊夢とは違う、こういう人間関係もたまには良いなと思ったのだった。