幻想郷。 かつて、そう呼ばれていた場所。 その幻想郷の、小高い丘に私は立っている。 春の花、夏の日差し、秋の風、冬の雪――。 私はこれまでの生の全てを、「幻想郷」で過ごしてきた。 そして、たくさんの物を得て、失った。 そう。 失った。 ――小高い丘の上に佇む、小さな墓標は、緩やかな傾斜に座り込み、黄昏の空を眺める。 黄金色に輝く空は、海にその色を映して境目を曖昧にしている。 その黄金が、何故か、大切な人を思い出して。 「――紫様」 呟く。 静かに風が、丘を通り抜ける。 幻想郷の風は何時でも世界を見渡していた。 「……貴女の愛した……そして、私の慕った藍様が……」 顔を伏せる。 足元に小さな花が咲いている。 花畑は季節が変わる度に違った顔を見せてくれた。 「……貴女の元に、旅立ちました……」 視界が潤む。 夕日が丘を照らしている。 日差しは幻想郷を照らし、恵みを分け与えてくれていた。 「分かっていました、……さよならは言わなきゃいけないって」 頬を涙が伝う。 抑えきれない気持ちが、心に浸みこんで行く。 どうしようもない寂しさが、私を包む。 「でも……さよならは、言えませんでした」 腕でごしごしと涙を拭く。 けれど、拭いたそばから涙が出る。 ああ、約束したのにな。『泣かない』って。 「だから、言ったんです」 幻想郷の結界も、今はない。 だから、海も見える。 ――私は、もう『結界』を越えて、どこまでも行ける。 「『また会おうね』って。  ……だから、紫様も……待っててくださいね」 さよならは、言わない。 だって、また会えるもの。 ――また、会おうね。