「ゆっくりしていってね!」 「………」 私は思わず、紫の腕に抱かれているその生首らしき物体に自分の眼を疑った。 なぜなら、それは、そう ―― 間違うこと無き、私の生首だった。 事の発端は数分前、神社の縁側でゆっくりとお茶を飲んでいるときだった。 鳥居の周りの掃除も終わり、静かに一人の時間を楽しんでいた所に、いきなりスキマが開いて紫が顔を出してきたのだ。 「はあい霊夢、お元気?」 開いた境界から上半身だけを突き出し、スキマの上に腕を乗せたまま。 気持ちの悪い笑みを浮かべて、境界の妖怪、八雲紫はそう言った。 「お元気、って……何か用?  いつもなら昼寝してる時間じゃないのかしら?」 「失礼ね、私もいつも寝てるわけじゃないわよ、夜とか」 「つまり昼間はいつも寝てるんじゃないの」 多少呆れながら、紫のにやけ顔を眺める。 いつもこいつはこんな表情だが、いつもの笑みとはまた違う表情のような気がする。 期待のような、好奇心のような……。 「今日はお土産を持ってきたのよ、それも豪華な」 「お土産、ねえ……」 お茶を横に置いて、しばし考え込む。 紫の持ってきた土産など、たちの良いものである筈がない。 断るべきだろうか、それとも。 「ほら、これよ」 そう言うと紫は境界から全身を出し、地面に軟着陸した。 彼女がスキマから抜けると空間に出現した歪みは溶けるように大気の中に消え去り、元の透明色に戻った。 そして、紫の腕の中には―― 「ゆっくりしていってね!」 「…………」 何と言えばいいのだろうか。 屈託がなく、それでいて中々小憎たらしい笑み。 頭にくっついた大きな赤色のリボン、横髪をまとめたアクセサリ。 瞳の色から黒子の位置まで、「それ」は私にそっくりだった。 「どう?面白いでしょう」 「どう、って……」 恐らくは妖怪の類だろう。幻想郷にはこんなのがいてもおかしくはない。 ただ、私にそっくりな妖怪、というのは聞いた覚えがないが。 「幻想郷と外の世界の境界でうろうろしてたのを橙が捕まえてきたの。  これはもう、霊夢に見せないと、と思ったのよ」 「ふぅん……まあ、面白いと言えば面白いわね。  けど、形態模写をする妖怪なんて幻想郷に居たかしら?」 「いるんじゃない?この前の月人だって私たちの知らない間に此処に住み着いてたわけだし」 そう言うと紫はかがんで、私に似た生首を地面に置いた。 すると「それ」は体(?)全体を使ってぴょこぴょこと跳ね、私の方へと寄ってきた。 「ちょっ、何で私の方に……」 「自分に似ているからじゃない?  お仲間だと思っているのかもしれないわ」 「それ」は一際大きく跳ねて縁側に飛び乗ると、お茶の横に置いてあったお煎餅を器用に口に銜え、ぱりぱりと食べだした。 紫の方を向いたままちらと視線を向けると、今度はずりずりと這う様に移動し、膝の上に乗ってきた。 そこまで見て、私は思った。これを紫に押し付けるのは無理だ、と。 「……つまり、面倒を見れば良いわけね」 「あらそう?藍の新しい式にしても面白いと思ったんだけど。  まあそう霊夢が言うなら止めないわ」 相変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべて紫はそう言った。全く、性格の悪い妖怪である。 ……妖怪で賑わう博麗神社に、また一匹新しい妖怪が増えたようだった。 「しっかし、よく食べるやつねぇ」 「ゆっくり食べていってね!」 「いや、むしろあんたがゆっくりするべきだと思うけど」 元々一人分しか作っていなかった昼食は、妖怪が一匹増えたことですぐになくなってしまった。 この分では毎日のおかずにさえ困るだろう。お賽銭も日々減っていっているし、どうしたものか。 足元でもそもそと蠢く「それ」を眺めながら、頭の中には暗雲が渦巻いていた。 ……どうでもいいが、どこで消化しているのだろうか。 「あ、そうだわ。  早苗のところに行けばいいんだ」 そうと決まれば話は早い。 むんずと生首(名称不明)を掴みあげ、小脇に抱える。 「ゆー!」 悲鳴なのか感嘆なのかよくわからない声を上げ、もぞもぞと暴れる生首(仮称)。 それをとりあえず殴りつけ、今晩の風呂と夕食を調達に黄昏の妖怪の山へ飛び立った。                                                        続く!