※注意  この話は文×霊夢←魔理沙の魔理沙メインです。  各キャラクターに独自解釈があります。  文×霊夢は練りこみが甘いです。許して。  魔理沙や文の独白が大半を占めています。霊夢は空気に近いです。  やや失恋風味です。  霊夢は皆に愛されています。  初SSなので、細かいところは大目に見てくれるとありがたいです。    以上の注意を聞いて、なおかまわないと言う方。この先二百由旬↓ 「よおし、出来たぜ」  魔法の森、薄暗く太陽の光の差し込まぬ奥深く、ぽつんと建てられた己の自宅で霧雨魔理沙はうんと腕を伸ばし身体をほぐした。  久々に身体をほぐすような動作を要求された身体はわずかに音を立て、身体の固まりをほぐすと同時に己の主に今までの不遇を涙目で訴えてくる。  目の前には乱雑に何かを書きなぐられた紙。机の枠をかたどるように分厚い書物が積み上げられている。机に顔を寄せれば周囲のことを伺うことすら出来ぬであろう。  今の今まで使われつづけてきたのか、その周囲には埃がなく頻繁に動かされていたことが容易に想像できた。  すこし机から視線を動かしてみれば部屋の中は薄いカーテンにのみさえぎられた光が差し込んでいるのがわかる。その輝きに照らし出されるように全く掃除されていない、机とは対照的な部屋を見て取れた。  皺のついたシーツの上に丸められて投げ捨てられている毛布。ベッドからくたびれたようにしなだれ落ちるシーツの先には同じように生気の感じられない薬草が所狭しと投げ出されていた。 「前のよりもちょっぴり効果を強めた丹だ。私の一週間も凝縮されてるんだ、きっと成功してるさ」  誰に聞かせるでもなく、その誇る成果の入った袋を大切そうに机の引出しにしまい、魔理沙は立ち上がった。  大好きな宴会にも行かず、それこそ材料集めから資料集めまで考えると一月は使い込んだ傑作。  その会心の出来ににんまりと口の端をゆがめ、小さくガッツポーズをとる。 「さーて、これまでずっと篭ってたからな。霊夢がさびしがってるに違いないぜ。そうと決まれば、昼飯をご馳走してもらいに行くか」  よく考えれば、満足なものを食べずにいたその小さな身体は限界に違いない。そっと耳を済ませてみればほら、お腹のなる音が聞こえるだろう?  勝手に思い描いた理由を元に、魔理沙は己の欲求を満たすべく行動を開始することに決めた。  よれよれの衣装は脱ぎ捨てて、きっと帰ってきたら片付けようと心に誓い。  細い腕をいつもの服の中を通し、袖、裾を確認する。乱れていては乙女の一大事だ。いつだって、どんなときだって乙女の身だしなみチェックは忘れない。  整え終わった身体を姿見に移し、くるりと一回転。ふわりと翻るスカートがチャームポイントなのだ。  柔らかく、わずかに重力に抵抗した翻りに満足行ったのか、今度は顔を近づけ髪を整える。  急いで終わらせたい、会いたいという気持ちを最高の精神力で押さえ込みみっともない癖を整えて。  矛盾している? 解って欲しい、乙女心なのだ。恋する人の前では最高の自分でいたい。そのための努力は決して見せず、けれど相手に幻滅されないために。あわよくば、可愛いと思ってもらえるように。このために惜しむべき何物だってありはしないのだ。  整った髪を隠すようにトレードマークの帽子を頭に載せて。白のリボンは相手から見て左側、すこしだけ奥に引っ込んでいる控えめさになるように。精一杯の自分を演出して。  思えば、こんな淡い思いを抱いたのはいつの頃からだったのだろう。   ――霧雨魔理沙は博麗霊夢に恋してる。  考えても結論の出ないこの話。  必死で追いつこうと努力をして、弾幕ごっこに明け暮れていたときから?  二人で笑いながら縁側でお茶を飲んでいたとき?  全力て跳んでいく自分にしょうがない、と苦笑しながらもついてくれたとき?  レミリアが神社に入り浸り、霊夢に抱きついているのをみたときだろうか?  それとも、終わらない夜、満月の下で紫とチームを組んでいたのと戦ったときだろうか?  結論は出ない。けれど、自覚はしている。  霊夢の普段は柔らかい、けれど異変になれば輝く黒の瞳が好き。  霊夢のそっけない、けれど思いやってくれる声が好き。  霊夢の微笑むたびに垂れ下がる眉が、僅かな風にたなびく細く、上を向いたまつげが好き。  霊夢の赤く健康的な唇が好き。巫女服の隙間から見える健康的な腋に心がドキドキする。  人のことを考えない自分よりも早い歩調、けれど決して見失うことのない心遣いが全身を使えなくする。  なんだかんだ言いながらそっと出してくれるお茶。悪態とともに、けれど拒むことのない心に呼吸を忘れることもある。  わがままな自分、勝手に宴会をセッティングしながら、けれど「全く、しょうがないわね」と囁かれると何もかもを捨てて抱きしめたい衝動に駆られる。  霊夢の動作、言葉すべてに心が熱く燃え盛り全身の細胞が叫びだす。  考えてしまえばしまうほど、一層自分が壊れていくのを感じる。  だけど、まだ一歩も踏み出せない。精一杯の理性で表情、動作すべてに普通を作り出し、何も無いように行動する。  伝えたら壊れてしまうかもしれない。告白すれば、終わってしまうかもしれない。  そばに居れればそれでいい。心はそれだけでもういっぱいに満たされてしまう。  私たちはずっとこのまま、きっとこのまま。  臆病なだけかもしれない。けれど、この恋が霊夢の手で終わらされるのは、それだけは承服できそうに無い。  僅かに浮かんだ不安、恋の終焉。いやいや、と首を振る。 「……霊夢、霊夢」  恋する相手の名前を口に出す。それだけで心が浮き足だち、いいようも無い不安を溶けさせてくれた。  一度、服の上から魔理沙自身の僅かなふくらみに手を当てる。震える手を伸ばし、姿見の脇の壁に倒れないように。  鏡に映る真っ赤な自分の顔をみないように俯き、恋しさを洩らさないよう唇をかみ締めて。    落ち着け、呼吸。収まれ、鼓動……!  たっぷり一分を使って自分自身を整える。そっと息を吐き出して、背を伸ばした。 (ああ……胸のところに皺が出来てる。みっともないぜ)  鏡を見つめ、服を直し。 (一人のときですらこんなんじゃ、鋭い霊夢のことだ。ばれちゃうよな)  頬が緩む。いけないいけない、と頬を抑え、愛用の箒を掴んで部屋の外へ。 (さてと、一週間ぶりだが、行くぜ。っと、その前に水で顔の火照りを収めないと)  乙女は覚悟あるのみ! 浮き立つ心を抑えながら玄関のノブに手を伸ばし―― 「魔理沙、いる?」  自動的に開いた玄関に心臓が飛び出しそうになった。                 ――――――☆――――――☆――――――  全く、予定は未定とはよく言ったものだと魔理沙は一人心の中でつぶやいた。  魔理沙の目の前には自分と同じ金の髪を持った、自称都会派魔法使いのアリス・マーガトロイドがいた。  はて、何か用事だろうか。さっさと済ませて欲しいものだとため息一つ。 「……なんだ、アリスか。驚かせないで欲しいぜ」 「それはこっちのセリフよ。玄関に鍵も閉めないで、あけてみれば目の前になんて。上海人形で攻撃するところだったわ」  呆れたようにアリスは肩をすくめ言葉を返してきた。わざと見せつけるように、大きく息を吸い込み、息を吐き出して。 「おいおい、それじゃあ私が悪いみたいじゃないか。前方不注意なのはアリスのほうだろ」  急いで飛び出したがる心を押さえつけ、皮肉げに口の端を吊り上げて言葉を返す。驚いて首筋に汗が浮かんでいたりするのは乙女の秘密だ。 「おあいにく様、ちょっと前にノックはしたわ。注意散漫なのはあなたのほうでしょう?」 「そうか、それは気づかなかったぜ。こんど河童にベルでもつけてもらうか」 「河童? ああ、山の……でも、知り合いなんているの?」  不思議そうに首をかしげ、覗き込んでくる。身長はアリスのほうが高いから自然とやや前にかがむように。 「私の人脈は幻想郷一なんだ」 「……なんだか、危険な気がするわね」 「何をおっしゃる。安全第一がモットーだ」 「速度超過が過ぎるわね。嘘も突拍子が無い」  風が二人をなでつける。今日は少し風が強いのだろう。右手に感じる箒のつかに力をこめながら、アリスは本を片手にいつもの調子で会話が続く。もう大丈夫だ。魔理沙は確信した。 「いいじゃないか。サプライズってやつだ。ところでなんのようだ? 用事が無いなら出かけたいんだが」 「ああ、忘れてたわ。はい、これ」  魔理沙の言葉にしまった、というように表情をかえ、持っていた本を差し出した。厚い表紙に黒の文字、一般人には到底興味の湧かないそれを魔理沙は受け取って。 「なんだ?」 「前に読みたいって言ってた本よ。人体の成長に関する……」 「ああ! 完全に忘れてた」  そこまで聞いて、合点が言ったと手をたたく。自慢ではないが、決して自慢なんかではないが魔理沙は身体の成長が芳しくは無い。それは年齢を考えてしまえば仕方の無いことなのだが、それだけでは済むものでもない。  乙女はいつだってレディにあこがれるのだ。恋しい人を振り向かせるために、精一杯の陰の努力のために。 「あなたらしいわね。何に使うか解らないけれど、魔術的には参考にはなると思うわ」 「サンキュ」  手を上げ、礼をいって一度きびすを返した。流石にこんなものを持っていくわけにはいけない。わかりやすい所にでもおいておこうと家の中へと身体を向けて。手近な椅子の上に置いた。 「……そういえば、聞いた?」  魔理沙が再び家を出ようとしたとき、またアリスが話し掛けてきた。  すでに家の外、玄関の鍵を閉めながら。アリスは魔理沙の家の外壁にもたれかかるように背中を預け。 「なんだ、まだいたのか」 「いたのよ。それよりも、ちょっとした話よ」  アリスが笑顔で近づいてくる。その様子は、話さずにはいられないといった風で、そんなアリスの様子に少し心動かされた魔理沙は話を聞くことにした。 「面白い話か? 異変の話なら大歓迎だぜ」  やたら好戦的な話を期待するような魔理沙にアリスはまだまだお子様ね、と頬を緩め。 「違うわよ。恋愛話よ」 「本当か? とはいっても、上海人形が五月人形に恋をしました、とかはお断りだぜ」 「違うわよっ! ていうか、なぜに鎧冑の武将に恋してるのよ」  呆れて肩をすくめるアリスの横で、上海人形が起こったように手を上げていた。  魔理沙は上海人形にすまない、と謝罪をし、けれど、はてそうなると見当がつかないぞ、と首をかしげた。 「まさか一週間外に出ないだけでこんなに世界が変わるとは。で、いったい誰だ?」 「あなたが一週間も外に出てないなんて意外ね。でも、それなら知らない理由もわかるわ」 「なんだなんだ。その言い方、私の知り合いか?」 「知り合いも何も……一人はあの霊夢よ」 「……はっ?」  世界が凍りついた。  聞き間違いだろうか。まさか、そんな、あの霊夢が? 「……冗談だろ?」 「あら、ずいぶんショックみたいね。先を越されたのが悔しいの?」  そんな、そんなことは関係ない。魔理沙は顔を少し俯かせ、極力アリスを見ないように問いただす。 「ち、違うっ! でも、あの霊夢、霊夢だぜ……? 男なんていってもこーりんくらいしか……まさかっ!?」  思い出す。霊夢の交友関係。けれど、魔理沙の知る限り男では霖之助位しか思い当たらない。 「違うわよ。それに、男とは限らないじゃない」  アリスはそんな焦っている様子の魔理沙をからかうように、焦らすようにゆっくりと話を進めていく。 「じゃ、じゃあ……レミリア、紫、萃香、幽香、咲夜……」  思いつく限り、指折り数えながら名前を挙げていく。そうして気づく、霊夢がどれだけ好かれているかを。  けれど、そんな中、アリスは微笑を崩さない。あたっていないのか、それともただしどろもどろの魔理沙がおかしいのか。魔理沙には判断できなかった。  相手を聞きたい、けれど、聞きたくない。たった一週間、たった一週間なのだ。その直前遊びに行ったわけでもないから、正確には一週間と少し。けれどたったそれだけの時間で―― 「はずれね。正解は、私もびっくりなんだけど射命丸文らしいわよ?」  けれど、現実は無常だった。  アリスの告げたとどめの一言に呼吸を忘れた。 「文? なんで……ブンヤ?」  魔理沙は自分の出した声にひどく驚いた。冷静だった。心の処理が追いつかない。  うそだといって欲しい。男なら、まだいい。博麗神社に子孫は必要だろう。そう理性は納得させられる。けれど、全く同じ、同じ条件の文だとは! 「詳しくは知らないけれど……最初は密着取材だとか何とか。その前からもちょくちょく取材に訪れてたみたいよ?」  それは知っていた。神社で見かけることも、自分が列挙した相手よりは少なくても、見かけているのだ。  でもそれは、でもそれは普通のことだと感じていた。霊夢は何か相手をひきつける魅力がある。それに事件だっておきやすい。だからなのだと考えていた。 「それは……知ってるけど」 「で、何でも一週間くらい前から神社に泊り込んでお手伝いしながら密着取材をしていたらしくて」  心が暴れる。恋をしているのではなく、けれど目的も無く。世界がゆがむような痛みを魔理沙は覚えていた。 「それでね? 文は博麗の巫女の秘密を探るって張り切ってて。霊夢も霊夢でいい手伝いが出来たって。詳しいいきさつは知らないけれど一週間すごして、思いが募ったのかしら?」 「でも、それじゃあまだ付き合ってるってわけじゃ……」  一縷の望み。まだ同棲しているだけ、取材の付き合いだけではないのだろうか。その思いが口をついて言葉となる。 「甘いわね。こういうの、ブン屋の役目なんだけど……見たらしいのよ」 「なにをだよっ!」  自然と、言葉が荒くなる。 「二人が鳥居のところで抱きしめあっているのをよ」 「……抱き合ってる」 「そう、目撃者の亡霊が面白そうにだれかれ構わず話しまわってたわよ」 「いや、でも、転んだのを支えただけかも」 「……そうね、そういう見方もできるわね」 「だろ?」 「でも、ケーキを、こう、あーんって」  アリスが手を動かし、ケーキをすくい口に運ぶ動作のまねをする。魔理沙にとって、それこそ想像できないことだった。 「なんだよ、今度は誰が見たって?」  イライラする。聞けば聞くほど、嘘っぽい。嘘だ。だから、信じない。 「今度はメイド長。趣味で人里の美味しいケーキ屋さんに言ってみたら隅っこのほうで真っ赤になった文に霊夢がケーキを差し出して、写真撮ってたって。実に悔しそうに話してくれたわよ」 「いやいやいやいや、きっとあれだ。取材だ。美味しいところみたいな、な?」  そうだそうだ、と何度も頷きながら言葉を紡ぐ。考えてみればあれでいて霊夢は少し悪戯っぽいところもある。相手にも遠慮しない。きっとからかったんだ。それで、文は恥ずかしがっただけで。  きっと、そう。 「そうなんだけどね……でも、一週間の間にそんな面白おかしいハプニングにあうかしら?」 「きっと幸運の詐欺ウサギが居たんだ。で、霊夢がからかって楽しめるように幸運が……」 「……苦しいわね」 「関係ないぜっ! どの道、私は今から神社にいくんだ。そこで確かめてくるっ!」  そう、だから、確かめる。嘘八百のブン屋じゃなくて、霊夢に直接。  身体が浮かぶ。箒の上に身を躍らせ、願った。はやく、はやく空を飛んで。 「あ、ちょ、魔理沙!?」  だから、だから一刻も早く魔理沙はアリスの戸惑う声を後ろに幻想郷の空へと飛翔した。            ―――――☆―――――☆―――――  考えてみれば、いつからだったのでしょうか?  写真の束を整理している中、ああ、この人は誰かと二人で移っていることが多い。そう感じたとき?  よく見てみればすこしうっとうしそうに顔をゆがめながらも抱きつかれるままカメラに視線を向けている顔。  黒い髪が風に、抱きつかれる勢いに靡いていた。身体を僅かに傾げながら、けれど逃げずに受け止めている。  あの吸血鬼を。あの隙間妖怪を。あの鬼を。あの花の妖怪を。    ハッキリと言ってしまえば、異常だった。だから、興味が湧いた。    この巫女が妖怪の山に乗り込んできた時、私達は対峙した。私は組織仕えの悲しさから。相手は己の指名をなすために。  決して真面目ではなかっただろう。おなじみの言葉遊び。そして弾幕ごっこ。何せ知った仲なのだ。    けれど、巫女は微塵も容赦という物をしてこなかった。  花の異変とは違う、目的がしっかりと、ご自慢の感で見つけられている様子。  答えるように此方も全力で。  疾風、最速。巻き上がる大弾、渦を描く小弾。    巫女はその風すら感じないように身体を折り曲げ、左に右に。    迫る弾幕を好きなの中に身体を伸ばし。    手を伸ばして針を投げつけて。    前に進みながら、真横に現れる。    被弾。けれど、止まらない。痛そうに右腕を抱え込み、大空をゆるゆると滑り逃げる。    右足を軸にスピン。左の袖から大きく膨れ上がる陰陽玉。    私とて天狗。最高の速度で暴風を生み出し、攻撃を避ける。それは人のみである故にか弱い物で、しかし弾き飛ばしきれない物だった。    夕日の中、私の前で此方を撃墜せんと舞う巫女は――――とても美しかった。    そして、私は撃墜されたのだ。              ―――――☆―――――☆――――――                                                                                                                          昼の博麗神社、普段ならこの紅葉舞い散る季節、霊夢は庭の掃除をしているのが日常だった。 「掃いても掃いても終わることが無いわ。いっそ木がなくなればいいのに」  こうぼやいている霊夢の困った顔は良く憶えていた。 「それは横暴だぜ」  そういって大笑いした。美しい紅葉の山々を背景に、秋の木枯らしを身に受けながら掃除する霊夢はきっと一級の芸術品だ。できればそれに沈む夕日の赤い空があればいい。きっと霊夢に似合う。  けれど、そんなことを言う勇気も無い魔理沙は大抵「仕事大変だな。私はくつろぐぜ」といって、境内で寝転ぶのだ。  めんどくさそうに箒で履く霊夢、その不満げな顔がおかしくて、恋しくて。眺めているだけで、幸せになれた。  風が吹いて、集めた落ち葉がまた舞い散り。また集める。そんな繰り返し。恋しい日常。  それなのに、今日はいない。それどころか落ち葉がすでに掃除されている。  はて、霊夢はこんなに手際が良かっただろうか。 「霊夢、サボりかー?」  普段どおり。声をかけて我が物顔で神社の中へ。かって知ったるなんとやら。  全くの迷いを見せず、普段霊夢がくつろいでいる一室へと歩を進める。  僅かに襖の動く音、そのまま視線を室内と向けて。 「あやややや。魔理沙さんですか。お久しぶりです」  そこには射命丸文がくつろいでいた。 「ひ、久しぶりだな。あー。あれだ、私が来ない間にいつのまにか神社も乗っ取られたか。いやいや、そうだ。心配してたんだぜ? いつか乗っ取られるんじゃないかって。しっかり新聞用の道具まで持ち込んでるみたいじゃないか。いつの間にこの神社は文々。新聞支社になったんだ?」  一気にまくし立てる。部屋の中には大きな机が一つ。文が座っているのは魔理沙の正面。文の前には書きかけの新聞が一つ、近くには筆に硯としっかりと準備万端だ。  少し視線を動かしてみれば文の周りには書きかけで没になっただろう新聞紙が丸めて捨ててある。霊夢は案外整理整頓はきちんとしている。物が無いともいえるかもしれないが、けれどどちらにしろこうも部屋を汚したりはしない。 「ああ、ひどい言われ様ですね。なんといいますか、そんなことすれば私、幻想郷で生きていけませんよ」  あまりといえばあまりのいわれ用に困ったように眉根を寄せた文が答えた。 「いやいや、大丈夫だぜ。前に乗っ取られたことがある。まあ、退治されたが。ということで、悪い妖怪は退治決定だな。今宵のミニ八卦路はよく焼けるぜ」  そういって、懐に手を入れる。 「ちょ、ちょっと待ってくださいよっ! 第一今、昼ですし!?」 「みなまで言うな、一撃で大地と口付けをもれなくプレゼントだっ!」 「っ、もうっ! 全く、そんなことすれば私が霊夢さんに怒られちゃいますよ……それに、聞いてませんか? 取材のこと」  そのあまりの魔理沙の本気な様子に慌てたのか、文は立ち上がるなり自慢の速さを生かし距離を詰めた。そのまま、反応できていない魔理沙の腕を抑える。 「……セクハラだな。閻魔に説教フルコースだ」 「うっ、まあ霊夢さんに嫌われるよりは……」  ひどく心がざわめく。文が霊夢さん、そういうたびに心が。 「取材か? なら、それだけ、なんだな?」  ゆっくりと、かみ締めるように、進み過ぎないように。心の準備が必要だったから。 「そうですね。最初は、そうでした」 「最初は?」  ええと、なんだか、おかしい。   「とはいっても、私としてはただ一枚の写真がほしかったんですよ」 「写真?」 「ええ。異変を解決する巫女。確かな脅威に立ち向かう気高き巫女」 「なにをいってるんだ? 霊夢は不真面目だぜ?」  そうだ、霊夢は不真面目なのだ。そんな異変だって怠惰な様子で解決する。こっちが必死なのを差し置いて、呼吸するかのように。   「そうですね。きっと『めんどくさいわね』って言って、お払い棒で頭をかきながら空を飛ぶんです」  想像できる。なにせ、博麗の巫女一不真面目なのだ、霊夢は。   「けれど、きっと解決するでしょう。それは朝が来て夜が来るようにとてもとても自然なこと」 「不真面目に、しかし立ちふさがる有象無象を一切の慈悲なく打ち倒す」 「知った仲でも。妖怪だから。対峙する物だから。現に、容赦なく針突き立てられましたしね。でも……」  それはそうだ。霊夢はそういうやつだ。きっと解決するために邪魔なら打ち落とす。でも……   「その後は何もなかったかのように笑いかけてくれる。受け入れてくれる」  そんなこと忘れたかのように、お茶をご馳走してくれる。もちろん迷惑そうに。   「きっと、私が強いとか、妖怪だとか、異変を起こしただとか」  きっと、すぐ忘れてしまってるんだ。鳥頭め。相手が何かをしたところで、それは。   「関係ないんですよ」  関係ないんだ。       「でもきっとそれは、私自身だけを普通に扱ってくれるということ」  だからそれは。霊夢が何にも縛られずにこちらを見てくれるということ。       「そして、それはとても居心地がいい」  そしてそれは、暖かい優しさのようで。            似ている。感じ方が、似ている。そう魔理沙は感じていた。  霊夢はそんな飄々とした風だから大物には特に好かれやすい。  死に誘う能力だとか、大妖怪だとか、吸血鬼だとか。それこそ閻魔だとか。  関係ないのだ、霊夢には。    きっと迷惑なことをすれば眉を吊り上げ、お払い棒を突きつけ説教するだろう。相手が誰であっても。    きっと贈り物でもされれば笑って、ありがとうと感謝をするのだ。相手が誰であっても。    でも、それだからこそ、魔理沙は思うところがある。 「文の気持ちは、その……理解したつもりなんだが、だからって異変は起こらないぜ?」  そう、そうなのだ。それならば目的はそのときの写真だ。けれど、異変は早々起こりうる物ではない。  だから、それは成し得ない。           「起こりますよ」  けれど、文はそのようなことはなんでもないという風に済ました顔で言ってのけた。           「私が起こします」 「真顔で、神社で何を言ってるんだ……不謹慎、だぜ」  私は其処まで、出来るだろうか。嫌われるかもしれないのに。       「そうですね。でも、そうすれば私のところに来てくれます」  真実、文は本気だった。       「とはいえ、今は必要ありません」  一転して、顔が紅く染まる。先ほどまでの凄惨な妖怪の顔ではない、少女の顔。   「実は、ですね。思ったんです。この思い、伝えなくてはいけない。真実は、明らかにしなければ、と」 「私たちにとって、人間の寿命はあまりに短い。だから一定の距離を保つ物もいます。けれど」 「私はそれは承服できませんでした。あの時、美しく舞う霊夢さんを見たその瞬間から」 「私の身体はいっぱいでした。隙間なんてなく、思うのはあの美しい横顔。私の風ではためく美しい黒髪」 「妖怪には真似の出来ない刹那だからこそ輝く人の美しさ。その極み」 「その光景は今まで撮った写真の中で一番で、けれど、其処に意思がなければきっと美しくなんて、ありません」  文はまるで何かに陶酔するように胸に手を当て、何も見ることなく声を、台詞を続けていく。   「だから、近づいたんです。けれど、私の心は近づけば近づくほどに乱れていきました」 「掃除中に風が吹いて、大変ですねと風を止めてあげて。そうすれば  『あんた随分役に立つわね。助かったわ。その、ありがとう』  と微笑んでくれました。些細なこと、けれど、その微笑みは至高。  ふわりと髪が浮き上がり、細められた瞳。眉はうれしそうに跳ね上がり、頬はだらしなく緩んで。  あの美しかった霊夢さん。けれど、今の霊夢さんはとても可愛らしくて。  私なんかこれくらい赤子の手をひねるような物です。だから毎回手伝ってあげました。  そのたびに『あんた、意外といいやつよね』と笑いかけてくれます。  その動作、やわらかく耳を溶かす声。私だけに向けられた大輪の花が咲くような笑顔。  その全てが、愛しい。心は早鐘のように鳴り響きよりからめとられていく。  霊夢さんだけしか感じられなくなる自分がとても嬉しいのです」       「私の不注意でした。鳥居のところで足を踏み外して、倒れてしまいそうになって。  そんな私を細い腕で抱きとめてくれた霊夢さん。  『あんたでも、こんなことあるのね。なんだか可愛い』  その言葉とともに顔が近づいて。そっと上を向いた睫毛、まだ少女の丸みを帯びた顎。  私は不覚にも恥ずかしくなって、しがみついてしまいました。  『あらら、恥ずかしいの? けど、可愛かったわよ。そんな姿も』  そういってすこし強く抱きしめてくれたのです。  立ち上がれば良いのに、それも出来なくて。恥ずかしいから、離れたくて。  腕を通して背中に伝わる熱。肌が、身体が、心がまるで溶かされるかのよう。  赤子のように折りたたまれた私の腕に、かすかに解る霊夢さんの胸の膨らみ。  私が解けて、まるで吸い込まれるように。頬は熱く、秋の涼風が気持ちよくて。  一瞬は無限にも続くようで。愛しく、永遠にこのままでと願いました。  私のほうが長生きなのに、けれど霊夢さんのほうがリードするように。  そんな関係がたまらなく嬉しくて、愛しくて。  私はきっと、その頃からもう戻れなくなったんです」       「人里に買い物に行ったとき。  『そういえばおいしいケーキ屋さんがあるらしいのよ。咲夜がお勧めだって言ってたわ』  そういって、カメラを持っていない手をそっと握り締めてくれる霊夢さん。  ほっそりとした指が、すこし冷えて冷たい指が、とてもとても熱くて火傷してしまいそうで。  ちょっとだけ、咲夜さん、という名前に嫉妬しながらも連れられるまま店に向かう時間は至福でした。  実は、私其処知ってるんですよ。新聞の取材で訪れたこともありますし、第一ケーキなんてお店、少ないですから。  けれど、私はこんなところがあったんですね、知りませんでしたと知らない振りをして。  それにすこし得意げになった霊夢さんが可愛らしい胸をそらして  『でしょ? ふふん、ブン屋に勝つとは私の情報網も捨てたモンでもないわね』  勝ち誇るかのように頭を二度、なでてくれたんです。  先ほどまで私の手を包み込んでくれていた指が、絡まった髪にもぐりこんでほぐすように。  髪の一本一本に神経があるようで、確かめるように指が蠢いて。きっと私の顔は真っ赤でしたでしょうね。  そのまま二人、手をつないで店内に入ったんです。  場所は窓際の、人里の様子がよく見える場所でした。  私だっていろいろな知り合いとこういうところに言ったりもするんですが、どうしても上下関係が生まれてしまいます。  椛は部下ですし、同僚と行けばどちらが面白い、面白くないと。  だから、何にもなしにただ、お喋りするためだけなんて。  そんな折『カメラって、どう使うの?』と聞いてきたんです。  私はカメラの存在なんて手をつないだ時に忘れてましたから、はっとして、それをお渡しして。そのときに指先が触れ合って。  顔をしかめてカメラを操ろうとする霊夢さんが可笑しくて、愛しくて。  こうですよ、と近づく肌、吐息。時折必死に鼓動を収めながら。  『なるほど、理解したわ』  そういって、理解された瞬間、カメラが私を映し出して。  『これで写真が出来るんでしょ? いつ出来るの?』  まさか自分が撮られるなんて! けれどそれをおくびにも出さずに時間がかかります、と答えました。  『そう。でも、楽しみね』  何が楽しみなんですか、と。  『初めての写真が見れるのがよ。あんた……いえ、文の顔がいっぱいに映った初めての』  文、文。そう、このとき文と呼んでくれたんです。いつもその場にいるときはあんた、とかそこの、とかしか言わないのにっ!  私は嬉しくて舞い上がってました。誰だろうと関係ない、といった様子の霊夢さんが、二人きりの時に名前を呼んでくれるなんて!」 私は答える言葉も見つからず、じっと霊夢さんを見つめ続けてしまいました。そうすれば  『面白いじゃない。ね、その写真、出来たら頂戴。大切にするわ』  なんてことでしょうか!  私の写真がほしい、大切にしてくれる、なんて。いつも、撮る側の私です。ですからくすぐったくて。  そうして、私がもじもじしているうちにケーキが運ばれてきました。霊夢さんは抹茶、私はちょこです。  私を気にすることなく霊夢さんが食べ始めまして、フォークが口に運ばれていって。  じっと見てたら霊夢さんが勘違いをして。  『なに? そんなにこれが食べたいの? いいけど……そっちのも一口ね。はい、あーん』  と、ケーキの乗ったフォークを差し出してきました。  私が、恥ずかしいですよっ、見られますしと抵抗しても、  『良いじゃない。他人は関係ないもの』  どこ吹く風。仕方なく、口を小さく開いて、其処に伸びてくる霊夢さんの腕、苦い、甘い、変な味が口いっぱいに広がって。  『おいしかった?』  肘をついて、頬に手を当て、身体を支えて此方を見つめてくるんです。無邪気、でした。  私はしどろもどろになりながら頬を押さえ、美味しかったって答えたんです。  不安だったんですよ? 一応新聞作ってますから、噂の恐ろしさは知っているつもりです。  そんなことになったら、いろいろ言われるのに。そういったら『気にしない。そんなことより、今、楽しいからいいじゃない』って。  そして『ほら、お返し。あーん』口をあけて、雛鳥のように此方を見つめてくるんです。  直接、ですか、と戸惑っていると『嫌?』いえいえ、そんなことあるはずがありません。少女は度胸、試してみましょうと!  口に運んで、食べさせて。私の差し出した、さっきまで私の使用していたフォークが霊夢さんの口に。  舌に当たって揺れ動き、美味しそうに顔を綻ばせて。愛しい、子供のような、満たされる愛しさでした。  私が子供みたいですね、というと『私は巫女よ』と真面目に語るんです。可笑しくて笑ってしまいました」       「そこで、私は、決意しました。現像した写真を片手に、思いを伝えてみようと。付き合えなくても、傍にいたいと、思いを知ってもらおうと。  神社の境内でお茶を飲む霊夢さんの前に降り立って、写真を渡して、進められるまま隣に座りました。  そして告白しました。愛していますと。  切っ掛けは解りません。けれど、見つめているうちに、そのあなたの自由なところ。何者にも屈せぬ気高さ。時折見せる可愛らしい笑顔。その全てが愛しくなったのです、と。  答えはすこし時間がかかったようでした。やがて、  『私も、文といて悪い気はしないわ。これが恋なのか、愛なのか、わからないけれど……とても、楽しい。だから、一緒に居たい』  申し訳なさそうにそういってくれたのです。けれど、それは私にとって望外の幸福です。  続けました。  子孫のこととか、私とだと難しいですし、何より新聞記者です。それは、やめられそうにありません。きっといろいろ飛び回ることになるでしょう。けれど、私はあなたが愛しくなった。ただ、何もかもを捨てて語り合い、過ごせる二人、組織だとか、記者だとか関係なく射命丸文として向き合える喜び、それを手放したくなくなったのですと。  それを聞いた霊夢さんは恥ずかしそうに、  『私は、そう思われてるなんて思いもしなかったわ。でも、文が新聞記者だとか、それはきっと私と文が傍にいることにまったく関係ないのよ。まあ、新聞にいろいろ書いてくれたけどね』  そうです。私は新聞に巫女のネタを書いたこともあります。だから、いいました。嫌なら、やめますと。  そしたら霊夢さんは怒ったように、  『それで、いい記事がかけるの? 私は、私のために変わってしまったあなたは見たくないわ』  嬉しかった。例えようもなく、ただただ嬉しかった。感極まって、抱きついてしまいまして。  『まだ、はっきりと愛してるとはいえないけれど、それでもいいかしら?』  ええ、もちろん。傍にいられるなら、きっと私だけを見つめさせて見せます。  『それは、楽しみね。でも、私は巫女だから』  そうですね。退治もされるかもしれません。けれど、だからこそ、愛しい、愛しいんです、霊夢さん。  『うん、そうね。なら、私は文が帰ってきたとき休める木になってあげる』  木、ですか?  『ええ。あなたが取材して、帰ってきて、私に逢いに来てくれたとき。そっと抱きしめてあげる』  抱きしめてくれる、ですか?  『そう、お互いに疲れたら寄りかかれるような、そんな関係。嫌?』  嫌な事なんてっ! 嬉しいんですよ。  『離れていても、ずっと一緒、心は同じ』  ずっと、思い続けます……。  『この写真、大切にするわ』  駄目です。二人で、二人っきりで……。  『ええ、そうね』  愛しています、霊夢さん」           「とまあ、こんな感じでして。目出度くお付き合いさせていただくことになりました。まあ、そういって二人で撮った写真を手帳に挟んで飛び回っているんですが、そのあとすぐにさびしくなって、居候もどきのような関係になってしまいました」  恥ずかしいですね、と頬を抑える文。その姿はいつもの一歩引いた姿とは違い、ごく普通の少女で。  その言葉、行動、全てに魔理沙は追い立てられるように。 「そ、そうか。じゃ、じゃあ馬に蹴られる前に失礼するぜ」  ぎこちなく、箒を手に取りまたがる。  胸が痛い、心が軋む。手足がばらばらに動くようで、視界がぐらぐらと揺れ動く。  嘘だ、と。嘘だと思っても、こんなに恋する乙女のように語られたら認めないわけにはいかない。  きっと、けれど。同じだったのに。それなのに。  現実から目をそむけるように背中を向け、声をかき消して。            気づいたら空を飛んでいた。    幸せそうな文に見送られながら、ついと顎を上に上げて。    いつ空に飛び出したかも憶えていない。                 「ああ、今日は、雨か? 頬が、濡れてるぜ」  けれど、きっと、諦めきれはしない。この、思いは。  だからきっと、今日は涙が枯れ果てるまで、泣いてしまうのだろう。                                                   ――終わり?――