昼を過ぎる頃には、芋ようかんは半分以下になっていた。  「ちょっと、食べ過ぎないでよ」  居座る魔理沙に文句を飛ばす。やってきて一時間。このままでは昼食までにお茶請けは全滅だ。  「美味いのが悪いんだ。私は悪くない。  ただ、茶が出がらしなのはいただけないぜ。たまには淹れたてをくれよ」  いけしゃあしゃあとのたまってくれる。  せっかく取れた焼き芋を、氷室で冷やして作ったお手製ようかん。  それを大量に消費して帰るんだから、お茶くらい出がらしじゃないと価値が釣り合わない。  第一、うちの淹れたてを飲んで良いのは私だけ。他のは出がらしで十分。  でも、いい加減食べ過ぎよね。毎日毎日。  「来るのはあんただけじゃないんだから、昼食入らなくなっても知らないわよ」  遠回しに言ってみる。太るぞ、という現実を言い含めたつもりだったが。  「大丈夫だぜ。  ……ん? 他に誰か来る約束でもあるのか?」  きょとんとした眼で魔理沙が聞く。  伝わらなかった! さらに変なところに食いついた!  大体、どの口がそんなことを言えるのか。  「あんたらがウチに来るのに、アポ取ったことあったかしら」  「律儀に取るヤツもいるな。慧音とか。阿求とか」  「その二人くらいじゃない」  言い捨てて、昼食を作るために席を立つ。全く、人を訪ねる基本を知っているのは、幻想郷で二人しかないのか。  そんな私の背中に、追いすがる魔理沙の声。  「そう言えば、おかしいぜ……」  ……話が見えない。一体、何がおかしいというのだろう。  「霊夢」  「何」  味噌汁の作成中、声がかかる。魔理沙は先程から、何かを考え込んでいたのに。  「誰か、待ってるのか?」  「約束はないわよ」  「そう言う意味じゃない。アポの有無関係なしに、お前自身が誰か待ってんじゃないか?  私は、そう言ってるんだ」  魔理沙の言う待つの意味は、誰か来て欲しいと私が望んでいる。そういうことだ。その誰かのために、ようかんを残しておけと言う。  魔理沙はさっきの言葉を、そう受け取ったらしい。  馬鹿らしい。そんなのいないわよー、と言おうとして。  「東風谷――早苗か?」  見当違いの言葉を、先にぶっ放された。  「なんでそうなるのよ」  そもそも、私に待ち人が居るあたりから見当違いなので、見当違いが重なって迷走している感は否めない。  「最近のお前、ずっとあいつに付きっきりじゃないか。この一ヶ月だって、昼はずっとあっちにい たんだろう?  ……そうだな。もうそのあたりからおかしかった」  「何がおかしいの」  「入れ込みようが、だぜ。  異変……いや、前のは事件か。  それが解決して、なお世話を焼く……おまえ、これまでそんなことしなかったのに」  「してたわよ。萃香の時も、永夜事変も。  ごはんできたわよ」  「いただくぜ。  で、話を戻すが」  ずぞぞ、と味噌汁を啜り。  「やったって、最後にみんな集めて、宴会でパッと騒いだだけだろ。それで終わりだぜ。  それがみんなに新しい仲間を紹介する。それも兼ねていた……それだけだ。  今みたいに、一ヶ月生き方を教えて、なおかつそっちの神社の巫女をみんなに紹介して回る……。  普通じゃないぜ」  「普通じゃないのは当然よ。あんたじゃないんだから。私は素敵な巫女さんなの」  「茶化すな。半分真面目なんだぜ?」  凄い勢いで、ご飯をかき込みながら言っても説得力は全くない。  「なあ霊夢……」  口を動かしながら魔理沙は言う。  変わらず、表情だけは真面目だ。  「好きなのか?」  「なワケないでしょ!?」  真面目に言うから、心して聞いてみたらそれか!  「ふぅん……」  言いたいことだけ言って、つまらない顔で茶を啜る魔法使い。  なぜだろう。その眼に、一種の哀れみとも取れる感情が浮かぶのは。  「無重力も、良いことずくめじゃないんだな……」  唐突に、話題を変えられる。  「何の話よ、いきなり。こんどは能力の話?」  「気にしないでいいぜ。ごちになった。  さて、私はそろそろ行くぜ?」  箒を持って立ち上がる魔理沙。いけいけ、とっとと何処へでも行ってしまえ。  「飯が終わればデザートの時間……。  今から行けば、ちょうどアリスのお茶の時間だぜ」  「聞いてない。私は猫じゃないし。わからなくないし」  ……あと、少し他人にたかりすぎではないかと思うのだけれど。  まあ、そんな思考は魔理沙に届くわけもなく。  「百合巫女霊夢♪ 脇巫女で〜♪」  妙な歌を歌いながら去っていった。  目に残るのは、庭の離陸痕と、既に空の一点となった魔理沙。  かちゃり、と魔理沙の食器を片付けようとして。  「あら……」  言葉が功を奏したのだろうか。芋ようかんは、あれからちっとも減っていなかった。  普段なら、何を言っても食べ尽くして行ってしまうのに。  珍しいな、と思いながら。私は余った芋ようかんを、他の奴ら……主にレミリアや紫に食べられないように、そっと戸棚に隠すのだった。      「……いむ」  声が聞こえる。その声は、私の脳内にゆっくり浸透していって――。  「ん……寝てた?」  「それはもう、気持ちよさそうに」  膨れたお腹のせいか、いつしか眠っていたらしい。  覗き込むのは早苗。自分からこっちに来るなんて珍しい、と考えて。  今までは自分が向こうに行っていたのだから、当然だと思い改まった。  「レミリアちゃんと八雲さん、帰っちゃいましたよ?」  「うそ、来てたの?」  なら、起こしてくれたらいいのに……。とぼやくと。  「起こそうとしてみたいですよ?  声をかけて、揺さぶって、叩いて踏んで蹴って。運命イジって境界もイジって。  それでも起きないから、ふてくされて行っちゃいました。  私にも、今行っても無駄よ、と言い残して」  「嘘でしょ? だって、私今、声かけ一回で起きたじゃない」  ですよね? と不思議な顔をする早苗。  なんだ。レミリアや紫の声と、早苗の声では何か違うのか。  アレか。えふぶんのいちのゆらぎとかそう言う名前の波長なのか。  「ところで早苗――」  何の用かと聞こうとして。  「あ、よだれ」  早苗の爆弾発言。  少女として、そんな事実を告げられたら超反応せずには居られない。  「うそっ!」  結果、口元をこすりながら急いで起きあがってしまい。  「ぎにゃっ」  その行動は、そのまま覗き込んでいた早苗へのヘッドバットとなってしまう。  「――あ」  踏まれた橙みたいな声を出して、仰け反った早苗はバランスを崩して。  そのまま、後頭部からうちのちゃぶ台に突っ込んだ。  あ――……そこにはお茶が……。  「どう?」  温くなっていたのが不幸中の幸いか、お茶をかぶった早苗に火傷はなかった。  けれど、秋も深いこの時期。まだ3時くらいとはいえ、冷え込む黄昏はもう半刻の後に迫る。  濡れた服を着せたままにもしておけず、とりあえず風呂を沸かしたのだ。  「良いお湯です。久しぶりの生き返るお風呂。うちではこうもいきません」  「なんでよ?」  三人家族。沸かし方は教えたはず、困ってはいないはずだ。  「まず、神奈子様がお入りになります。あの人は熱いくらいがちょうど良いので、少し熱めに薪をくべるんですが……」  「老人肌ね」  木を組み合わせた、簡単なブラインドの向こうから、早苗の「そんな失礼な!?」との声が聞こえる。  でも残念。私は誰からも無重力。誰にも甘く誰にも厳しいの。  「次に、諏訪子様が入られます。この時、『煮殺す気!?』との言葉と共に薪の火が消え、大量の水が投入されます」  「……つまり、温くなるのね」  「巫女という立場上、神よりも先に身を清めるワケにもいかず……。かといって、再び湧かすには時間が足りず……」  ……可哀想になってきた。  ウチにいる神なんて、基本私には不干渉だし。  魅魔も大人しく封印されててくれるので、平和なものなんだけど。  「……今から冬だし。そんなことじゃあ風邪ひくわ。  お風呂くらい貸してあげるから、早苗だけウチで入れば?」  「……いいんですか?」  「日によって、魔理沙が入っていったり萃香が入っていったり紫が入っていったり……どのみち誰かいるもの。  いまさら一人増えたってかわりゃしないわ」  しばしの沈黙。ブラインドの向こうから届く返事は。  「……ありがとう」  「良いってことよ」  会話が途絶える。  体を洗い終わり、湯船に浸かったのだろうか。  久々の至福であるらしい。邪魔をしてはいけないな、と手近にあるもので暇つぶしを探す。  ……早苗のために用意した着替えと、早苗の下着が目に入った。  「……あれ?」  違和感。  自分が脱ぎ捨てた下着と何が違う気がする。何か足りない。何かが……。  下着の入った籠を漁る。そうして突き止めた違和感の正体は……。  「サラシがない……」  代わりに見つかる、肌色のぶよぶよ。  「コレは一体なに……?」  全く分からない。  サラシが無いのにコレが入っていると言うことは、代役を勤めるアイテムということだろうか。  ……むう。本人に聞くか、こっそり確保して霖之助さんのトコへ持ってって見て貰うか……。  とりあえず……サラシの代役だとするなら……。  謎の肌色を、服の上から自分の胸に近付ける。お、ちょうど胸の先にぴったり合いそうな形。  これで用途は決定。コレと同じモノを、実は私知っているかも知れない。  「パッド長って言うな――!!」  胸に当てて叫んでみる。  ふう。咲夜のは固めだったけど、こっちはずいぶん柔っこいわね。  外の世界の胸パッドは、ここまで進化していたのか。まるで、本物のおっぱいのよう……。  おっと、咲夜と同じくパッド愛用者だなんて、早苗も他の人に知られたくはないだろう。  見つからないうちに戻しておこう……。  そう考えて、かがんだ瞬間を。  「ふう良いお湯でし……た……」  ばっちり見られた。  「ああああああ、私のヌーブラ――!」  体に巻き付けていたタオルを捨ててまで、突進してくる早苗。  「ああああああごめん、誰にも言わないから!  ていうか隠して、全裸、全裸が――!!」    「……あ……んと、それで……」  言葉が出てこない。  さっき、早苗の全裸を目の前で見た時から、ずっとこうだ。  「これは、パッドじゃない、のよね……?」  ふよふよ。  謎の肌色を掌で弄びながら、私は早苗に聞き返す。  「そうです。外の世界でブラの代わりに開発されたものです」  ぶらじゃー……ああ、サラシの代わりか。紫から名前だけは聞いている。  でも、そうか……このふよふよしたものがさっきの、早苗の胸に張り付いてるんだ……。  早苗の……。  「うっぁ!」  ダメだ、思い出すな。  あの色、あの形、大きくはないけど綺麗だったとか考えるな。  考えるな、考えるな、考えるな……!  けれど、思考に反して脳はその映像を鮮明に再生し、そして……。  (ううう……)  顔が真っ赤になる。  (これまで、こんな事はなかったのに!)  長い付き合いだ。魔理沙の裸も萃香の裸も紫の裸も、そもそもウチに泊まったヤツらの裸は殆ど見てきてるはずなのに……。  いつだって、ハイハイ早く服着なさいね風邪ひくわよ、であしらっていた筈なのに。  なんで、早苗だけこんなに、私の中に強く残るのか。  あの時だってそうだ。  あの事件が終わっても、ぼおっと考えることは早苗のことだった。  幻想郷に来て間もないって言うから、ちゃんと生きれてるのかな、と。  気になって気になって。  そんなところに、あの河童が「このままだと、あの巫女いつか栄養失調で死んじゃうよ!」って血相変えて来たモンだから――。  ――好きなのか?  白黒の声が聞こえる。  違う、違う……と思う。  あの時は否定できた。だって、あの時私は正常だったもの。  だってしょうがないじゃない。こんなの、産まれてからこれまで一回も無かったんだから。  もしこれが、この高鳴りが好きだという感情だというのなら。  違うなんて……断言できるワケがない……。  「ああ、霊夢。あと、今日はこれを渡しに来たんです」  「――え?」  その言葉に、思考の海から浮上する。  目の前に差し出されるは、秋の味覚満載の籠。  「一ヶ月間の、お礼です」  「お礼って……そんなの、一ヶ月ちゃんとご飯貰ったわよ。  それだけで十分」  「ダメです」  私の言葉を、早苗は強い口調で遮る。  「霊夢」  早苗は私の手を取って続ける。  「霊夢は言いましたよね。  一ヶ月分の食事を、報酬として貰うって」  「確かに、言ったけど……」  「報酬というものは、労働の対価として得られるべきものです。  そこに、感情というものは介在し得ません。  労働者と雇用者が互いにどんな感情を抱こうが、それを無視して渡されるべきもの。それが報酬です。  私たちは、食事という形でそれを清算した。  でも、これだけでは、私たちの感情は清算できていないじゃないですか」  取られた手。早苗の温もりに包まれた手は、そのまま早苗の胸元に抱き込まれる。  もっと近くで。もっと強く。  「ですから、これを以て私たちの感謝をあなたに伝えます。  対価ではなく、私たちの感情の清算。  それでも――受け取っては貰えませんか?」  どくどくと。  もしかすると、今の私よりも早いかも知れない早苗の鼓動が。  手を伝って、私の心に流れ込む。  「そ、そこまで言うなら受け取るけど……」  ――その、私の言葉を受けて早苗は、  「――良かった」  本当に……花みたいに笑った。  同時に、抱かれていた手が離れる。  ではそろそろ、お暇しますねと何かの音が告げて。  するり、と心地良い温もりは逃げていき。私の手は、冷たい中空に残されて――。  「――待って!」  その手を引き留めていた。  早苗は今日で、一ヶ月の清算を済ませてしまった。もうここに来る理由はない。  ――行かせてはいけない。  だってもう、早苗はここに来てくれないかも知れない。  もう――。  そう考えた瞬間、心が圧縮された。  重力にひかれ、小さく小さく縮こまって。  苦しい、痛い。こんな心は知らない、私の心じゃないと言ってしまいたい。  でも、それを言ってしまえば取り返しは付かなくなるし。  なにより、言えるはずがない。  けれど、  「い、芋ようかんがあるの!  食べていかない?」  それが精一杯だった。  早苗をここに引き留める口実は、これしかなかった。  この苦しみから解放されるには、こう言うしか。  「もちろん! い、頂いていきます!」  そうして私は、早苗のその言葉に心が軽くなるのを感じるのだ。  「美味しい……!」  「あ、ありがと……」  戸棚に残った芋ようかんを早苗に出して、私はそれを眺める。  あの時と同じ表情。  いい加減、幻想郷でも生活に疲れ果てようとしていた早苗に、茸ご飯と山女で簡単な食事を出したとき。  あの時も、早苗は美味しい美味しいと嬉しそうに食べてくれたっけ。  そんな早苗を見てるのは、私も楽しい。  楽しいのだけど。  この瞬間だって、終わってしまう。  その時こそ早苗は再び、私を置いて守矢へと帰ってしまうのだ。  今更ながらに思う。  どうして私は博麗の巫女で、早苗は守矢の巫女だったのか。  この、立場の違いさえなければ。私たちは、離れずに済むの?  とりとめもなく考える。  早苗はゆっくりと、本当にゆっくりと芋ようかんを咀嚼していった。  まるで、彼女も私との別れを惜しむかのように。  (本当にそうなら、どれだけいいか……)  赤くなったまま戻らない顔。収まらない動悸。  それでも、心だけはいつか来る未来に怯えて。  こうして、彼女を目の前にして、心の中で膝を抱えるしかできない。  ……繋がりが欲しい。  決して切れない、鎖のような繋がり。  鎖でなくても良い。細い糸でも良いんだ。切れなければそれでいい。  伝説のアカイイトとやらが存在するのなら。  どうか、私と早苗を結んでいて欲しい。  そして終に、最後のようかんが早苗の中へと消える。  動く、早苗の綺麗な唇。  今は、それを見ている事までも辛くて。  心が急く。作らないと。早く、早く。早苗が帰ってしまう前に。  ――いっそのこと、この気丈な殻を捨てて、全てを早苗にぶちまけてしまいたい。  けれど、この感情が恋なのかすら知らない私は、どうすることもできないのだ。  これまでの人生で形作られた、博麗霊夢という人格は、この心を晒すことを許さない。  だが。  「ありがとう、霊夢。とても美味しかったです」  その言葉に、心の奥底で動くものがある。  本音の私が暴れている。  表層の、机上に振る舞う霊夢をぶっ壊してしまえと。  私の心、それそのものが暴れ出す。  「でも、もうすぐ日が暮れますし。妖怪の山は夜になると危ないですから――」  やめてよ。  そんな寂しそうな顔で、そう言うこというのは。  「神奈子様も、諏訪湖様もご飯を待っているでしょうし――」  ――私はこんなに、あなたと別れたくないのに。  なのに――。  「では、改めて、お暇します」  その、振り向いて去っていく背中に。  「霊、夢――」  驚いた早苗の声。  抱きついた。  捕まえた。  「早苗は――、一人で、平気?」  私は――。  「お願い早苗、行かないで……。  早苗が行っちゃったら、私、寂しくて……苦しくて……どうにかなっちゃう……」  言った。  言ってしまった。  その背に抱きついたまま。  石鹸と早苗の匂いの混じった、温もりを感じながら。  ……何分経ったろうか。  早苗は唐突に、私の背を振り払う。  一瞬の別離。手にした温もりを離す喪失感。  けれど。  「……るい」  「ぇ……」  早苗のつぶやきは、小さくて聞き取れなかったけど。  「ずるいっ!」  それでも、その温もりは自分から、私の腕の中へ帰ってきた。  抱き合う。お互いの温もりを認め、求め合って。  「私の方が先なのに! 私の方が前から……ずっとずっと苦しかったのに!! 寂しかったのに!!  霊夢が先に言うなんてずるいっ!!」  早苗の涙が胸を濡らす。それを感じるか感じないかの差で、私の頬も涙が伝った。  「ごめんね、早苗……ごめんね……。だ」  「言っちゃだめ!!」  その言葉は、あまりに強く。私の言葉をぶった切る。  「今度は、私が言う番だから……全部、良いとこ全部、霊夢に持ってかせてたまるもんですか……。  霊夢……!」  「好きです……大好きです霊夢……!!」  埋まっていく。  その一言だけで。さっきの寂しさ、苦しさは、早苗の気持ちが全部埋めてくれた。  その、たった二文字に。どんな魔法がかかっているというのだろう。  ああ、今ならいえる。自信を持って言える。  これは恋だった。  お互いがお互いを好きである故に、同じ苦しさ辛さを抱いて、お互いに埋め合うこと。  相手を想うこと。その想いで、互いの心を埋めること。  「私も……私も好きよ早苗……大好き……!!」  そうして。  お互いに抱き合いながら泣き合って喜び合って――。  私たちは。  「――帰らなくて、いいの?」  布団の中で早苗に聞く。  「帰って欲しいんですか?」  「そんなわけないでしょ!」  あまりといえばあまりな言葉に、つい、声を荒げてしまう。  「ごめんなさい、ごめんなさい。  でも、大丈夫ですよ。あの二柱様には、ご自分で食べておいてくださいと伝えておきましたから」  「ああ……」  なるほど、夕食前、分社の前で喧々囂々やってたのはそれか。  「だから、大丈夫です霊夢。  今日は、離れません。離れませんとも」  「そうね。私も離れない」  泊まり人の多い博麗神社には、予備の布団くらい用意してあるのだが。  一つの布団に身を寄せ合い。私たちは囁く。  きっと、明日からは離れて過ごさないといけない。時々泊まったりするけれど、でも、私たちは一緒に住むことはきっとできない。  だから。  「もう――大丈夫ですから」  「うん、私も大丈夫」  離れたって、辛くないように、苦しくないように。  互いで互いを埋め尽くそう。  早苗を見つめる。  早苗が見つめる。  どちらから言い出すこともなく。  私たちは、それが自然であるとでも言うように――。  二人しかいない夜の静寂の中に、唇を重ねたのだった。