答えはやはり否だった。  あれから一ヶ月。約束の一ヶ月。  その最終日である昨日、私はもう一度、同じ提案を博麗霊夢に持ちかけたのだ。  その意図は、あの時と真逆であったのだが。  始まりは一ヶ月前。  守矢神社が、巫女と魔法使いによって陥落して一週間。  たった七日なのに、私は全てに行き詰まった。  溢れる洗濯物。料理と言うより食材を食す。他諸々。  出来ないことが多すぎる。人の身では不便すぎる。  何が奇跡か現人神か。  生まれてこの方10数年。  文明の利器に囲まれて生活していた東風谷早苗が、幻想郷でまともに生きられる筈がなかったのだ。  結果、生活水準は一時最底辺まで落ちた。  さらに、それを天狗のブン屋が記事にしようと狙っていたらしい。  それを哀れに思ったのか。それとも放っておけぬ性分なのか。  谷河童が霊夢に事の次第と今の守矢神社の状況を報告し――。  「一ヶ月。  それだけの期間で、早苗。アンタを幻想郷で生きていけるようにしてあげる。  そうね。報酬は……その間、ここでご飯を貰おうかしら。  もちろんお代はあんたら持ちね」  霊夢はそう言ったのだ。  私と言えば、霊夢が作った茸ご飯と焼いた山女が美味しくて。  少女であることも忘れて、それにがっついていたのだけれど。  まあ、しばらくぶりのまともな食事だったのだから、仕方がない。  それから、私たちと霊夢の奇妙な半同居生活が始まった。  霊夢は朝早く守矢神社に来て、夕食まで、私に生活方法を教授する。  それでいて、自分の神社の手入れまでソツ無くこなすのだから。  生きるための勉強で手一杯の私には、そこまでの余裕はない。  そして、薪割り、火の起こし方、暖の取り方などを一通り教わって。  少しだけ時間に余裕が出来るようになると、霊夢は私を幻想郷へ連れ出し始めたのだ。  紅魔館にお茶をお呼ばれし、白玉楼に遊びに行き、体調を崩したときのためにと、永遠亭への行き道も教えてくれた。  足りない物があるなら、持って行っていいから、と案内された古道具屋。  お金は置いて持って行って欲しいんだがね、とぼやく店主の顔。  うっかり巫女服を破いてしまったとき、知り合いが良い糸持ってるのよ、と魔法の森の奥に踏み込んだ。  そして人里の案内。  人里の守護者と、稗田の当主への挨拶。蓬莱人の存在。  夕飯の材料を、あれよ、いえこれよと喧嘩しながら物色した黄昏。  それに、どんな意味があったのか。  答えはまだ出ていないけれど、きっと霊夢なりに、私を幻想郷へ溶け込ませようとしたんだろう。  たくさんの人妖に会ってきた。  けれど。印象に残ったものは、咲いた霊夢の笑顔だけ。  沢山の誰かの中で、いつだって彼女は笑顔で。  新しい友人を紹介する、きっとそれくらいのつもりで、私にも彼らにも笑いかけた。  彼女にとって何でもないはずのその笑顔は、私の心をこんなにも満たす。  そして、心を満たせば満たすほど――。  一人の布団で、体を抱きしめる。  『ねえ、霊夢……』  ダメだと言うに決まってる。そんなことは分かってた。でも、言わずにはいられなかった。  過ぎるひと月。最後の夜の霊夢に問うた。  せめての礼にと、無理を言って一晩だけ泊まって貰ったのだ。今言わずにいつ言うのか。  同じ一枚の布団に眠る霊夢に。  『どうしても、博麗神社、潰せないんですよね……?』  『なによ。まだ諦めてないの? ダメに決まってるでしょ、だってあそこは幻想郷の――』  どうして。どうして私は守矢の巫女であったのか。  どうして霊夢は博麗の巫女であったのか。  ただそれだけのことで、私の淡い願いは砕かれた。  私は守矢神社を捨てるわけにもいかず。  霊夢も博麗神社を捨てられない。  もう、信仰を集めようとも思っていない。  もし霊夢が博麗神社を捨てられたのなら。神社取りつぶしに是を唱えたなら。  博麗神社を守矢神社に統合して、私は霊夢と一緒に暮らせたのだろうか。      やっぱり、離れたくはなかったな……。  2日前まで、一人で寝るのは当然だった。  昨日だけ、私の布団に寝る者が一人増えていた。  たったそれだけで。  一人だけの布団が、こんなにも寂しい。  寒々しい天井を眺めたくなくて。これ以上孤独を見つめたく無くて。  寝返りをうって横を向く。  そこにもう霊夢はいない。  孤独から逃げようとして、より深い孤独に直面した。  更に逃げる。  目に映るもの全てを消して、霊夢の笑顔に浸っていよう。  うつぶせになる。  少し苦しいけれど、寝れないほどではないだろう。  枕に顔を埋めて、目を閉じて。  ああ、これは  「……霊夢の匂い……」  それだけで、少し元気が出た。  微睡んでいく。  明日になったら、こっちから会いに行こう。  一ヶ月のお礼をちゃんと持って、あの笑顔に。