てゐとお月見してゐたら ------------------------------------------------ 幻想郷を定期的に訪れるようになってはや五年。 多くの人間や妖怪たちとの人間関係もそれなりに出来、お気に入りの風景もあり、今では現実世界よりも好きな場所である。 ・・・というのも、好きな妖怪(ひと)ができちゃった、というのが正解かな。 彼女の名は、因幡てゐ。僕よりはるかに長生きだけど、顔かたちはかわいい女の子。もちろん兎耳もついてる(本物)。 今日もぼくは、いつものように、輝夜さまのおわす永遠亭に向かった。 十五夜の下、お菓子をつまみながら歌詠みの会が催されることになっているからだ。 (今夜披露する歌は・・・これにしよう。カラオケでも練習したし、本番っていってもカラオケみたいなもんだし) 境界から出てきた僕は、地面に足が着くと同時に、手にしていたカンペを浴衣の懐にしまいこんだ。 目指すは竹林、姫さまと彼女の従者たちの住まうあの場所。 (前来たのは1ヶ月前、か・・・前々回の訪問から3ヶ月。サイケな壁紙に変わってないといいけど) 何度入っても迷いそうになる竹林。ここへの入り口というものは幾度来ようが未だにわからない。 でも僕はここ一帯でそれなりに有名らしくて、来る度、てゐさんの忠実な僕(と、彼女は呼んでいる)が案内してくれる。 (よくできた先輩ウサギなんだなぁ・・・かっこいいところもある) よくできた、とぼくは書いた -- しかしながら、一度、こういうことがあったのを忘れてはならない。 その日、やたらとてゐさんについて褒め殺しの文句を紡ぎまくるウサギ(最近変化した新人らしい)に案内されたぼくは、 行き止まりと思しき、竹藪が文字通り壁のようになった袋小路にたどり着いた。彼女の言葉を思い出す。 『壁の下らへんに小さな穴があります。そこから潜りこめば、てゐさんのお気に入りのお昼寝場所に着けます』 すこしばかりニヤリとするぼく。 (だめだだめだ!) 次々と襲いくるあられもない甘い妄想をふりふり振りほどき、体をかがめる。 「うへぇ、ちょっと狭いな〜」 ほふく前進を続ける。 「あれ。ここ・・・温泉?」 あたりにはもくもくと湯気がたちこめている。頭がようやく小穴から出たところで、 カチャッ。 何かが頭に突きつけられた。 (・・・冷たく、丸い・・・・・・・銃口?!) 覚えのある、鋭く透き通った声がぼくの耳にやさしく入ってきた。 「度胸あるわね」 鈴仙さん?! 「私の沐浴現場を大胆にも覗くとは・・・てゐに言いつけるわよ」 ゆっくり顔を横にすると、毛布で体を覆ったうどんげさんが見えた。 「こ・・・・これにはわ、わけ、その、教えてもらったうさぎさんがぁぁ」 ニッコリとしているレイセンさん。これは、まずい!! 微笑みを顔一面に湛えたまま、手際よくロックをはずす彼女。 そしてぼくは、ピチューンという音とともに、ポイント加算に貢献したのだった。 「今回は大丈夫だよね」 ぼくがそう独りつぶやくと、背中をつつくものがあった。てゐさんをそのまま小さくしたような、かわいらしい兎・みるさんである。 人間で言うと7,8歳あたりだろうけれど、五十年ほど前に変化した妖怪。もちろん僕より大先輩なのだ。 「あ、あの、今日は、みるが、案内、ですの」 「みるさん、また会えたね。今日も待っててくれたの?」 先輩相手にタメ口は躊躇われるけど、みるさんは『でも、みるのほうが、見た目は子供だから・・・ですの』と言って 妹のように接することを望んでいる。ちょっと微妙だけど、これはこれでかわいい。 見ていると、みるさんは手を振袖の中に入れ、なにやら文のようなものを取り出した。 「てゐ先輩が、これを・・・・」 「なんだろう」 ぼくはそれをそっと受け取り、手の中でいたわるようにして開いた。 << たけのこ取ってきてくれないかな。前取りそびれたでかいのがあるから。区画・東ヰ45947cあたりにあるやつ。お願い  >> 「・・・・・」 コミケの配列かと見まがう記載だが、ぼくはなぜかこの場所だけは知っている。 手を背にやると、 「のこぎり・・・」 来訪ごとに何かお使いをさせられている気がするが、気のせいだろう。気のせいかな。そうだといいな・・・・・ ともかくぼくは、東(中略)に向かった。 てくてくと足を進めると、やがてたけのこ畑に到着する。 「これが・・・そうか」 人間の片足ほどの太さの巨大なたけのこ。 「これほど育つと普通は不味いけど、ここ・幻想郷産のは不思議と美味いんだよなぁ」 永琳師匠によると、どうやら特殊な製法と幻想の空気があいまって、熟成されるとのことだ。 ぼくはのこぎりを手にし、その根にえいっと歯を立てる。 「てゐさん、いますか?」 だが、ぼくを迎えたのは輝夜さまだった。仄かに笑みを浮かべつつ、 「あら、ちょっと遅かったじゃない。もうはじまってるわよ」 「す、すみません。ちょっとコレ」 言うと、背中にしょっていたたけのこを示し、 「とってたもんで」 姫さまは両手をそっと合わせ、顔を傾けて、 「あ〜、ちょうど料理にたけのこが入用だったところなのよ。永琳が、足りない足りないってうるさくてね。ありがとう」 輝夜さまはぼくを見てずっとにっこりしている。 営業スマイルとも、友人との再会の喜びともとれない、不思議な微笑みだ。 不死のわびさびを知り尽くしているからといってしまえばそれだけなのかもしれないけど。 また見たいと強く思わされるけど、見るとどこか余所余所しいものを感じる・・・そんな、笑み。 「どうしたの? お入りなさい」 「あ、はい」 華奢な手を伸べてくる姫さま。ぼくがいつものようにその手をとると、 (つめたい) 広間に続く回廊に導かれる。 ふんふんと鼻歌を歌いながらぼくをエスコートする輝夜さま。 (もうすっかりペットになっちゃったな) 広間の襖の前に来ると、ぼくたちの足がとまった。姫さまはぼくをちらっと見て、 「彼女、待ってるわよ」 一瞬何のことかわからなかった。 「えっ?!」 「ふふふ」 響き渡る大音量のロックサウンド。兎たちはみな、えーりん、えーりん! と叫びつつ腕を上げ下げしている。 ぼくの席はてゐさんの隣に確保されていた。 (やった!) 毎回ランダムで席順が変わるようなのだが、今回は何かのまぐれだろうか。嬉しいことに間違いはない。 隣に来たぼくに気づくと、なつかしい声が響いた。 「もぅ、遅いっ」 えーりん、えーりん。 合唱が終わり、拍手と歓声がひと段落すると、ぼくの名前が呼ばれた。  「さ、行ってきなよ」 「うまく、歌えるかな・・・」 「何甘えてんの」 「練習でも失敗ばっかだったし」 情けなくそう言うと、てゐさんが両手を広げ、ぎゅっとぼくを抱きしめた。 耳元で、 「久しぶりに会えたんだから、ちょっとは成長したとこ見せて」 (積極的に・・・なってる?) ステージに上がったぼく。唾をのみこみ、目を閉じて、 (てゐさん・・・ヘタだけど、てゐさんのために、歌うよ) ポーズを付け、マイクをかっこよく目の前にもってきて、目をカッと見開く。 てゐさんは (こっち見てないじゃんorz) 歌の集まりの後は宴と決まっている。 メロンの仲間みたいな名前の妖怪さんが持ち寄ったお酒、脇が見えてる巫女さんが神社から運んできたお酒。 色んな種類の飲みものをあおりながら、一級品の料理をいただくんだ。 「うわー、おなかいっぱいになりました」 驚くなかれ、これはすでに三次会なのだ。ぼくは思わず声をもらす。 隣に座っていたてゐさんを見ると、その横の兎となにやら楽しそうに談笑している。 宴会もそろそろお開き。四次会としてお月見というオプションがあるけれど、参加する人はいつも数名である。 (てゐさん、お酒あんまり飲まないみたいだけど、こういう雰囲気は楽しいんだろうな) 見ていると、兎は立ち上がって部屋を出て行ってしまった。 片付けに帆走している兎たちを除くと、部屋にいるのは、姫さま、永琳師匠、そしてぼくとてゐさんだけだ。 (ん?) ちら、ちら、と、ぼくに視線がやられるのがわかる。てゐさんがぼくを見ているんだ。 それが気になっていないフリをしつつ、ぼくはあえて姫さまと師匠のほうを見る。 ニコニコ。ニヤニヤ。 二人は何やら、ぼくらのぎこちない態度を話のタネにして愉しんでいるようだ。 (・・・・) ぼくは何も言わず、てゐさんの手をとって --- 自分から、手を差し伸べて --- 縁側に出る。 垂らした足をぶらぶらさせ、月を眺めながら団子をほおばるてゐさん。 といっても、お腹はすでにいっぱいのようで、それについた餡を舐めているだけだ。 ぼくはちょっと恥ずかしくなり、視線を逸らす。 「てゐさん・・・」 「なぁに?」 「こうやってずっと会えないと、寂しいとか思わない?」 「うーん」 団子をお皿に置くと、 「兎たちが世話してくれるからね。友達もいるし」 (そういう問題じゃないんだけど・・・) 「でも、ぼくは・・・」 続けようとするぼくを遮るてゐさん。 「それは仕方が無いよ。お互い時間がいつもとれるわけじゃないでしょ?」 「そうだけどさ・・・」 「じゃあ何、毎日でも会いたい?」 そんな冷徹な声色を聴くのははじめてだった。 「毎日会ったら飽きると思うんだけど」 「・・・・」 (なんでこんなに冷たくなったんだろう。さっきまではあんなに・・・、それまで、今までこういう・・・) 「てゐさん、」 「お互いを縛り付けるのはよくないと思う」 ぼくは、ぎり、と歯をかみ締める。 「だって考えてもみてよ。あたしは永遠亭まわりの雑魚妖怪退治で忙しいし、あなたは現実世界で仕事に追われてる」 「・・・・・」 「これくらいがちょうどいいのよ」 視線を意図的に避けている彼女。ぼくはわざとおどけて、 「ちょうどいいって・・・どうして? 久しぶりに会えてうれしいな〜、とか、もうずっと離さないわ〜、とか言っても、」 「そんなクサいセリフとか態度、」 ぼくの中の何かがふっきれた。 「ちょっとまってよてゐさん。ぼくの・・・ぼくの気持ちだって、」 再び団子を舐め始めたてゐさんは、こちらを見ようともせず、 「スキスキ〜、ってなったら負けよ」 「えっ」 「ほどほどが一番ってこと」 「そうだけど・・・そんな風に、言わなくてもいいだろ」 ぼくはてゐさんを見る。だが彼女の視線は、依然として円い星に注がれていて・・・ 「てゐさん! ぼく、もう帰るよ。こんな会話しに来たんじゃない」 立ち上がりかけると、すっ、と彼女がぼくを横目で見るのがわかった。 (やっと見てくれた) その唇の端が、ゆっくりと悪戯っぽくゆがむ。あの懐かしい、いつもの、かわいらしいイタズラっ娘の顔だ。 「ふふ、必死なところ、かわいいんだぁ」 ぼくは半泣きになりながら、 「ひどいよ、てゐさん・・・!」 彼女は見た目はちょっと年下とはいえ、やはり「おばさん」である。頭が上がるはずもない。 「ちょっと女王様が過ぎたかな」 声の調子も普段のそれを取り戻した。痒い所をさらにこしょこしょとこそばすような、甘酢っぱい色だ。 「女王様プレイにしては、ちょっとセリフが生々しすぎたと思います」 てゐさんは舌をちろりと出し、 「てへっ、ごめんね」 「てゐさんのイタズラ好きには困るなぁ」 月明かりが、彼女の無垢な(?)笑顔を照らしている。 「でも、そういうところがぼくは・・・」 言って、彼女の僕を見つめる瞳の様子がちょっと変なことに気づいた。 「てゐさん・・・?」 潤んだ目で僕を見つめる因幡さん。ぼくが何かを言おうとすると、かがむようにしてひざに飛び込んできた。 「てゐさん?!」 「ホントは・・・いつだって会いたいの!」 長い耳をそっとなでてあげる。ヴェルヴェット調のステキな肌触り。これにどれほど長い間、触れてなかっただろう・・・・ 「ぼくだって、」 「あなたは何もわかってない」 ぼくの両膝に手をついて顔を上げ、 「あなたに会ってから四年・・・あたし、ずっと同じでしょ? 年とってないように見えるでしょ?」 「・・・」 「でも、あなたはどんどん死に近づく。いずれ、あなたは・・・・あたしは、」 ぼくはもう、彼女にそれを言わせたくなかった。 「てゐさん」 彼女の頬を両手で包む。 「あたしは、あなたを失いたく・・・」 「てゐ」 彼女の唇の甘さ・・・その切なさは、あまりに残酷で。