――雨の日は胸が痛む。  そう、何十年前か何百年前か忘れたが、霊夢が死んだ。妖怪と弾幕をやって怪我をしたのだ。  それ自体は珍しくないし怪我も大したことなかったのだが、不幸なことに悪い菌が入ったらしい。  僕と魔理沙で必死に看病した。だけど霊夢は死んだ。最期は無理に笑って「泣かないで」と言って果てた。  遺品を整理していると『霖之助さんへ』と書いてある手紙つきの袋を見つけた。かなり重い袋。  ……五円、五円、五円、中は五円玉ばかりだった。ツケの返済のつもりらしい。ちなみに全然足りない。  実は何年か前からなけなしの賽銭を貯めていたのだと手紙にあった。あの霊夢が貯めるなんて信じられない。  本当は別のことに使いたかったらしいが、もう死ぬならツケの返済でいいのだとさ。  魔理沙は何か知っていたようだが、とうとう僕に話してくれることは無かった。  霊夢が居なくなり何だか気落ちしてしまった僕を、そんな魔理沙は自分も泣きながら懸命に励ましてくれた。  その夏の霖雨は文字通り長かった。晴れの日も僕達には雨が降っていた。  そう、何十年前か何百年前か忘れたが、魔理沙が死んだ。少々若かったが人間らしく病気で死んだのだ。  魔理沙は霊夢が居なくなってからも頻繁に香霖堂を訪れてくれた。やっぱり客ではなかったけれど。  しばらく来なかったので心配して魔理沙の家を訪ねると魔理沙がベッドの上で死にそうになっていた。  驚いた僕の姿を見て、魔理沙は苦しそうに微笑み、「香霖、今日はいい天気だぜ」と言って死んだ。  その喋り方は25の時に止めたんじゃなかったのかい、なんて茶化す間もなかった。  手元にあったスケジュール帳を見ると『香霖堂に行く』の文字ばかり。今後10年余りまでそれが続いていた。  魔理沙は嘘つきだ。先日だって僕にこんな実験をやってあんな結果が出たと話していたじゃないか。  実際はもう研究する余力は無かったのだ。床に散らばっていたのは魔法ではなく料理と裁縫の本ばかりだった。  最後のページに遺言があって、この家ごと火葬してほしいとあったから僕は大量の燃料を紫にもらい、そうした。  外は霧雨の降る『いい天気』だった。  そう、何十年前か何百年前か忘れたが、紫が眠った。霊夢の代わりに結界を維持していて無理が出たらしい。  土砂降りの日、僕が生きている間にはもう起きられないかもしれないと告げられた。  紅魔館のメイドも来なくなり、彼女は最後の常連であった。  二人がいなくなってから何十年も、意外にも結構な頻度で来てくれたものだ。  お別れに交わした言葉は何だったか、「さよなら」だったか「おやすみ」だったか……。  ああ、いや「またのご来店をお待ちしております」だ。歳を取って頭も錆び付いたか。  最後くらいは店主らしいことを言ってみようと思ってそう言ったのだ。  皮肉めいた冗談のつもりだったが、何故か僕は抱き締められた。よくわからないが、とりあえず抱き返してみた。  彼女は思ったより小さかったことを覚えている。妖怪らしからぬあの温かみも。  紫はそれから香霖堂に来ていない。本当に二度と来ることは無いのかもしれない。  そう、あれから何十年も何百年も僕はずっと独りだった。頑なに独りだった。  今になってそれが何故だったのか、わかってきた気がする。  ――カランカラン 「やあ……いらっしゃい」  何十年も何百年も待ち望んでいた『お客』が来たようだ。 「――本当は、好きだったのかもしれないな」  僕は目を閉じた。水音も遠くなって消えた。  雨は、止んでくれたみたいだ。